ブラームスはお好き

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無題50

2007年07月21日 | 無題
二人〔ふたり〕の若〔わか〕い紳士〔しんし〕が、すつかりイギリスの兵隊〔へいたい〕のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲〔てつぱう〕をかついで、白熊〔しろくま〕のやうな犬〔いぬ〕を二疋〔ひき〕つれて、だいぶ山奥〔やまおく〕の、木〔き〕の葉〔は〕のかさかさしたとこを、こんなことを云〔い〕ひながら、あるいてをりました。

「ぜんたい、こゝらの山〔やま〕は怪〔け〕しからんね。鳥〔とり〕も獣〔けもの〕も一疋〔ぴき〕も居〔ゐ〕やがらん。なんでも構〔かま〕はないから、早〔はや〕くタンタアーンと、やつて見〔み〕たいもんだなあ。」

「鹿〔しか〕の黄〔き〕いろな横〔よこ〕つ腹〔ぱら〕なんぞに、二三発〔ぱつ〕お見舞〔みまひ〕もうしたら、ずゐぶん痛快〔つうくわい〕だらうねえ。くるくるまはつて、それからどたつと倒〔たふ〕れるだらうねえ。」

 それはだいぶの山奥〔やまおく〕でした。案内〔あんない〕してきた専門〔せんもん〕の鉄砲〔てつぱう〕打〔う〕ちも、ちよつとまごついて、どこかへ行〔い〕つてしまつたくらゐの山奥〔やまおく〕でした。

 それに、あんまり山〔やま〕が物凄〔ものすご〕いので、その白熊〔しろくま〕のやうな犬〔いぬ〕が、二疋〔ひき〕いつしよにめまひを起〔おこ〕して、しばらく吠〔うな〕つて、それから泡〔あわ〕を吐〔は〕いて死〔し〕んでしまひました。

「じつにぼくは、二千〔せん〕四百〔ぴやく〕円〔ゑん〕の損害〔そんがい〕だ。」と一人〔ひとり〕の紳士〔しんし〕が、その犬〔いぬ〕の眼〔ま〕ぶたを、ちよつとかへしてみて言〔い〕ひました。

「ぼくは二千〔せん〕八百〔ぴやく〕円〔ゑん〕の損害〔そんがい〕だ。」と、もひとりが、くやしさうに、あたまをまげて言〔い〕ひました。

 はじめの紳士〔しんし〕は、すこし顔〔かほ〕いろを悪〔わる〕くして、ぢつと、もひとりの紳士〔しんし〕の、顔〔かほ〕つきを見〔み〕ながら云〔い〕ひました。

「ぼくはもう戻〔もど〕らうとおもふ。」

「さあ、ぼくもちようど寒〔さむ〕くはなつたし腹〔はら〕は空〔す〕いてきたし戻〔もど〕らうとおもふ。」

「そいぢや、これで切〔き〕りあげやう。なあに戻〔もど〕りに、昨日〔きのふ〕の宿屋〔やどや〕で、山鳥〔やまどり〕を拾円〔じふゑん〕も買〔か〕つて帰〔かへ〕ればいゝ。」

「兎〔うさぎ〕もでてゐたねえ。さうすれば結局〔けつきよく〕おんなじこつた。では帰〔かへ〕らうぢやないか。」

 ところがどうも困〔こま〕つたことは、どつちへ行〔い〕けば戻〔もど〕れるのか、いつかう見当〔けんたう〕がつかなくなつてゐました。

 風〔かぜ〕がどうと吹〔ふ〕いてきて、草〔くさ〕はざわざわ、木〔き〕の葉〔は〕はかさかさ、木〔き〕はごとんごとんと鳴〔な〕りました。

「どうも腹〔はら〕が空〔す〕いた。さつきから横〔よこ〕つ腹〔ぱら〕が痛〔いた〕くてたまらないんだ。」

「ぼくもさうだ。もうあんまりあるきたくないな。」

「あるきたくないよ。あゝ困〔こま〕つたなあ、何〔なに〕かたべたいなあ。」

「喰〔た〕べたいもんだなあ。」

 二人〔ふたり〕の紳士〔しんし〕は、ざわざわ鳴〔な〕るすゝきの中〔なか〕で、こんなことを云〔い〕ひました。

 その時〔とき〕ふとうしろを見〔み〕ますと、立派〔りつぱ〕な一軒〔けん〕の西洋〔せいやう〕造〔つく〕りの家〔うち〕がありました。

 そして玄関〔げんくわん〕には、


     RESTAURANT
       西洋料理店
    WILDCAT HOUSE
        山猫軒



といふ札〔ふだ〕がでてゐました。

「君〔きみ〕、ちようどいゝ。こゝはこれでなかなか開〔ひら〕けてるんだ。入〔はい〕らうぢやないか。」

「おや、こんなとこにおかしいね。しかしとにかく何〔なに〕か食事〔しよくじ〕ができるんだらう」

「もちろんできるさ。看板〔かんばん〕にさう書〔か〕いてあるぢやないか」

「はいらうぢやないか。ぼくはもう何〔なに〕か喰〔た〕べたくて倒〔たふ〕れさうなんだ。」

 二人〔ふたり〕は玄関〔げんくわん〕に立〔た〕ちました。玄関〔げんくわん〕は白〔しろ〕い瀬戸〔せと〕の煉瓦〔れんぐわ〕で組〔く〕んで、実〔じつ〕に立派〔りつぱ〕なもんです。

 そして硝子〔がらす〕の開〔ひら〕き戸〔と〕がたつて、そこに金〔きん〕文字〔もじ〕でかう書〔か〕いてありました。

  「どなたもどうかお入〔はい〕りください。決〔けつ〕してご遠慮〔ゑんりよ〕はありません」

 二人〔ふたり〕はそこで、ひどくよろこんで言〔い〕ひました。

「こいつはどうだ、やつぱり世〔よ〕の中〔なか〕はうまくできてるねえ、けふ一日〔いちにち〕なんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。このうちは料理店〔れうりてん〕だけれどもたゞでご馳走〔ちさう〕するんだぜ。」

「どうもさうらしい。決〔けつ〕してご遠慮〔ゑんりよ〕はありませんといふのはその意味〔いみ〕だ。」

 二人〔ふたり〕は戸〔と〕を押〔お〕して、なかへ入〔はい〕りました。そこはすぐ廊下〔らうか〕になつてゐました。その硝子〔がらす〕戸〔ど〕の裏側〔うらがは〕には、金〔きん〕文字〔もじ〕でかうなつてゐました。

  「ことに肥〔ふと〕つたお方〔かた〕や若〔わか〕いお方〔かた〕は、大歓迎〔だいくわんげい〕いたします」

 二人〔ふたり〕は大歓迎〔だいくわんげい〕といふので、もう大〔おほ〕よろこびです。

「君〔きみ〕、ぼくらは大歓迎〔だいくわんげい〕にあたつてゐるのだ。」

「ぼくらは両方〔りようはう〕兼〔か〕ねてるから。」

 ずんずん廊下〔らうか〕を進〔すゝ〕んで行〔い〕きますと、こんどは水〔みづ〕いろのペンキ塗〔ぬ〕りの扉〔と〕がありました。

「どうも変〔へん〕な家〔うち〕だ。どうしてこんなにたくさん戸〔と〕があるのだらう。」

「これはロシア式〔しき〕だ。寒〔さむ〕いとこや山〔やま〕の中〔なか〕はみんなかうさ。」

 そして二人〔ふたり〕はその扉〔と〕をあけやうとしますと、上〔うへ〕に黄〔き〕いろな字〔じ〕でかう書〔か〕いてありました。

  「当軒〔たうけん〕は注文〔ちうもん〕の多〔おほ〕い料理店〔れうりてん〕ですからどうかそこはご承知〔しやうち〕ください」

「なかなかはやつてるんだ。こんな山〔やま〕の中〔なか〕で。」

「それあさうだ。見〔み〕たまへ、東京〔とうきやう〕の大〔おほ〕きな料理屋〔れうりや〕だつて大通〔おほどほ〕りにはすくないだらう。」

 二人〔ふたり〕は云〔い〕ひながら、その扉〔と〕をあけました。するとその裏側〔うらがは〕に、

  「注文〔ちうもん〕はずゐぶん多〔おほ〕いでせうがどうか一々こらえて下〔くだ〕さい。」

「これはぜんたいどういふんだ。」ひとりの紳士〔しんし〕は顔〔かほ〕をしかめました。

「うん、これはきつと注文〔ちうもん〕があまり多〔おほ〕くて支度〔したく〕が手間取〔てまど〕るけれどもごめん下〔くだ〕さいと斯〔か〕ういふことだ。」

「さうだらう。早〔はや〕くどこか室〔へや〕の中〔なか〕にはいりたいもんだな。」

「そしてテーブルに座〔すわ〕りたいもんだな。」

 ところがどうもうるさいことは、また扉〔と〕が一〔ひと〕つありました。そしてそのわきに鏡〔かゞみ〕がかゝつて、その下には長〔なが〕い柄〔え〕のついたブラシが置〔お〕いてあつたのです。

 扉〔と〕には赤〔あか〕い字〔じ〕で、

  「お客〔きやく〕さまがた、こゝで髪〔かみ〕をきちんとして、それからはきもの
   ゝ泥〔どろ〕を落〔おと〕してください。」と書〔か〕いてありました。

「これはどうも尤〔もつと〕もだ。僕〔ぼく〕もさつき玄関〔げんくわん〕で、山〔やま〕のなかだとおもつて見〔み〕くびつたんだよ」

「作法〔さはふ〕の厳〔きび〕しい家〔うち〕だ。きつとよほど偉〔えら〕い人〔ひと〕たちが、たびたび来〔く〕るんだ。」

 そこで二人〔ふたり〕は、きれいに髪〔かみ〕をけづつて、靴〔くつ〕の泥〔どろ〕を落〔おと〕しました。

 そしたら、どうです。ブラシを板〔いた〕の上〔うへ〕に置〔お〕くや否〔いな〕や、そいつがぼうつとかすんで無〔な〕くなつて、風〔かぜ〕がどうつと室〔へや〕の中〔なか〕に入〔はい〕つてきました。

 二人〔ふたり〕はびつくりして、互〔たがひ〕によりそつて、扉〔と〕をがたんと開〔あ〕けて、次〔つぎ〕の室〔へや〕へはいつて行〔い〕きました。早〔はや〕く何〔なに〕か暖〔あたゝか〕いものでもたべて、元気〔げんき〕をつけて置〔お〕かないと、もう途方〔とはう〕もないことになつてしまふと、二人〔ふたり〕とも思〔おも〕つたのでした。

 扉〔と〕の内側〔うちがは〕に、また変〔へん〕なことが書〔か〕いてありました。

  「鉄砲〔てつぱう〕と弾丸〔たま〕をこゝへ置〔お〕いてください。」

 見〔み〕るとすぐ横〔よこ〕に黒〔くろ〕い台〔だい〕がありました。

「なるほど、鉄砲〔てつぱう〕を持〔も〕つてものを食〔く〕ふといふ法〔はふ〕はない。」

「いや、よほど偉〔ゑら〕いひとが始終〔しじう〕来〔き〕てゐるんだ。」

 二人〔ふたり〕は鉄砲〔てつぱう〕をはづし、帯皮〔おびかは〕を解〔と〕いて、それを台〔だい〕の上〔うへ〕に置〔お〕きました。

 また黒〔くろ〕い扉〔と〕がありました。

  「どうか帽子〔ぼうし〕と外套〔ぐわいたふ〕と靴〔くつ〕をおとり下〔くだ〕さい。」

「どうだ、とるか。」

「仕方〔しかた〕ない、とらう。たしかによつぽどえらいひとなんだ。奥〔おく〕に来〔き〕てゐるのは。」

 二人〔ふたり〕は帽子〔ぼうし〕とオーバーコートを釘〔くぎ〕にかけ、靴〔くつ〕をぬいでぺたぺたあるいて扉〔と〕の中〔なか〕にはいりました。

 扉〔と〕の裏側〔うらがは〕には、

  「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡〔めがね〕、財布〔さいふ〕、その他〔た〕金物類〔かなものるゐ〕、
   ことに尖〔とが〕つたものは、みんなこゝに置〔お〕いてください。」

と書〔か〕いてありました。扉〔と〕のすぐ横〔よこ〕には黒塗〔くろぬ〕りの立派〔りつぱ〕な金庫〔きんこ〕も、ちやんと口〔くち〕を開〔あ〕けて置〔お〕いてありました。鍵〔かぎ〕まで添〔そ〕へてあつたのです。

「はゝあ、何〔なに〕かの料理〔れうり〕に電気〔でんき〕をつかふと見〔み〕えるね。金気〔かなけ〕のものはあぶない。ことに尖〔とが〕つたものはあぶないと斯〔か〕う云〔い〕ふんだらう。」

「さうだらう。して見〔み〕ると勘定〔かんじやう〕は帰〔かへ〕りにこゝで払〔はら〕ふのだろか。」

「どうもさうらしい。」

「さうだ。きつと。」

 二人〔ふたり〕はめがねをはづしたり、カフスボタンをとつたり、みんな金庫〔きんこ〕の中に入れて、ぱちんと錠〔ぢやう〕をかけました。

 すこし行〔い〕きますとまた扉〔と〕があつて、その前〔まへ〕に硝子〔がらす〕の壺〔つぼ〕が一〔ひと〕つありました。扉〔と〕には斯〔か〕う書〔か〕いてありました。

  「壺〔つぼ〕のなかのクリームを顔〔かほ〕や手足〔てあし〕にすつかり塗〔ぬ〕つてください。」

 みるとたしかに壺〔つぼ〕のなかのものは牛乳〔ぎうにう〕のクリームでした。

「クリームをぬれといふのはどういふんだ。」

「これはね、外〔そと〕がひじやうに寒〔さむ〕いだらう。室〔へや〕のなかがあんまり暖〔あたゝか〕いとひびがきれるから、その豫防〔よぼう〕なんだ。どうも奥〔おく〕には、よほどえらいひとがきてゐる。こんなとこで、案外〔あんぐわい〕ぼくらは、貴族〔きぞく〕とちかづきになるかも知〔し〕れないよ。」

 二人〔ふたり〕は壺〔つぼ〕のクリームを、顔〔かほ〕に塗〔ぬ〕つて手〔て〕に塗〔ぬ〕つてそれから靴下〔くつした〕をぬいで足〔あし〕に塗〔ぬ〕りました。それでもまだ残〔のこ〕つてゐましたから、それは二人〔ふたり〕ともめいめいこつそり顔〔かほ〕へ塗〔ぬ〕るふりをしながら喰〔た〕べました。

 それから大急〔おほいそ〕ぎで扉〔と〕をあけますと、その裏側〔うらがは〕には、

  「クリームをよく塗〔ぬ〕りましたか、耳〔みゝ〕にもよく塗〔ぬ〕りましたか、」

 と書〔か〕いてあつて、ちいさなクリームの壺〔つぼ〕がこゝにも置〔お〕いてありました。

「さうさう、ぼくは耳〔みゝ〕には塗〔ぬ〕らなかつた。あぶなく耳〔みゝ〕にひゞを切〔き〕らすとこだつた。こゝの主人〔しゆじん〕はじつに用意周到〔よういしうたう〕だね。」

「あゝ、細〔こま〕かいとこまでよく気〔き〕がつくよ。ところでぼくは早〔はや〕く何〔なに〕か喰〔た〕べたいんだが、どうも斯〔か〕うどこまでも廊下〔らうか〕ぢや仕方〔しかた〕ないね。」

 するとすぐその前〔まへ〕に次〔つぎ〕の戸〔と〕がありました。

  「料理〔れうり〕はもうすぐできます。
   十五〔じふご〕分〔ふん〕とお待〔ま〕たせはいたしません。
   すぐたべられます。
   早〔はや〕くあなたの頭〔あたま〕に瓶〔びん〕の中〔なか〕の香水〔かうすゐ〕をよく振〔ふ〕りかけてください。」

 そして戸〔と〕の前〔まへ〕には金〔きん〕ピカの香水〔かうすゐ〕の瓶〔びん〕が置〔お〕いてありました。

 二人〔ふたり〕はその香水〔かうすゐ〕を、頭〔あたま〕へぱちやぱちや振〔ふ〕りかけました。

 ところがその香水〔かうすゐ〕は、どうも酢〔す〕のやうな匂〔にほひ〕がするのでした。

「この香水〔かうすゐ〕はへんに酢〔す〕くさい。どうしたんだらう。」

「まちがへたんだ。下女〔げぢよ〕が風邪〔かぜ〕でも引〔ひ〕いてまちがへて入〔い〕れたんだ。」

 二人〔ふたり〕は扉〔と〕をあけて中〔なか〕にはいりました。

 扉〔と〕の裏側〔うらがは〕には、大〔おほ〕きな字〔じ〕で斯〔か〕う書〔か〕いてありました。

  「いろいろ注文〔ちうもん〕が多〔おほ〕くてうるさかつたでせう。お気〔き〕の毒〔どく〕でした。
   もうこれだけです。どうかからだ中〔ぢゆう〕に、壺〔つぼ〕の中〔なか〕の塩〔しほ〕をたくさ
   んよくもみ込〔こ〕んでください。」

 なるほど立派〔りつぱ〕な青〔あを〕い瀬戸〔せと〕の塩〔しほ〕壺〔つぼ〕は置〔お〕いてありましたが、こんどといふこんどは二人〔ふたり〕ともぎよつとしてお互〔たがひ〕にクリームをたくさん塗〔ぬ〕つた顔〔かほ〕を見合〔みあは〕せました。

「どうもおかしいぜ。」

「ぼくもおかしいとおもふ。」

「沢山〔たくさん〕の注文〔ちゆうもん〕といふのは、向〔むか〕ふがこつちへ注文〔ちゆうもん〕してるんだよ。」

「だからさ、西洋料理店〔せいやうれうりてん〕といふのは、ぼくの考〔かんが〕へるところでは、西洋料理〔せいやうれうり〕を、来〔き〕た人〔ひと〕にたべさせるのではなくて、来〔き〕た人〔ひと〕を西洋料理〔せいやうれうり〕にして、食〔た〕べてやる家〔うち〕とかういふことなんだ。これは、その、つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが……。」がたがたがたがた、ふるえだしてもうものが言〔い〕へませんでした。

「その、ぼ、ぼくらが、……うわあ。」がたがたがたがたふるえだして、もうものが言〔い〕へませんでした。

「遁〔に〕げ……。」がたがたしながら一人〔とり〕の紳士〔しんし〕はうしろの戸〔と〕を押〔お〕さうとしましたが、どうです、戸〔と〕はもう一分〔いちぶ〕も動〔うご〕きませんでした。

 奥〔おく〕の方〔はう〕にはまだ一枚〔いちまい〕扉〔と〕があつて、大〔おほ〕きなかぎ穴〔あな〕が二つつき、銀〔ぎん〕いろのホークとナイフの形〔かたち〕が切〔き〕りだしてあつて、

  「いや、わざわざご苦労〔くらう〕です。
   大〔たい〕へん結構〔けつこう〕にできました。
   さあさあおなかにおはいりください。」

と書〔か〕いてありました。おまけにかぎ穴〔あな〕からはきよろきよろ二〔ふた〕つの青〔あを〕い眼玉〔めだま〕がこつちをのぞいてゐます。

「うわあ。」がたがたがたがた。

「うわあ。」がたがたがたがた。

 ふたりは泣〔な〕き出〔だ〕しました。

 すると戸〔と〕の中〔なか〕では、こそこそこんなことを云〔い〕つてゐます。

「だめだよ。もう気〔き〕がついたよ。塩〔しほ〕をもみこまないやうだよ。」

「あたりまえさ。親分〔おやぶん〕の書〔か〕きやうがまづいんだ。あすこへ、いろいろ注文〔ちゆうもん〕が多〔おほ〕くてうるさかつたでせう、お気〔き〕の毒〔どく〕でしたなんて、間抜〔まぬ〕けたことを書〔か〕いたもんだ。」

「どつちでもいゝよ。どうせぼくらには、骨〔ほね〕も分〔わ〕けて呉〔く〕れやしないんだ。」

「それはさうだ。けれどももしこゝへあいつらがはいつて来〔こ〕なかつたら、それはぼくらの責任〔せきにん〕だぜ。」

「呼〔よ〕ばうか、呼〔よ〕ばう。おい、お客〔きやく〕さん方〔がた〕、早〔はや〕くいらつしやい。いらつしやい。いらつしやい。お皿〔さら〕も洗〔あら〕つてありますし、菜〔な〕つ葉〔ぱ〕ももうよく塩〔しほ〕でもんで置〔お〕きました。あとはあなたがたと、菜〔な〕つ葉〔ぱ〕をうまくとりあわせて、まつ白〔しろ〕なお皿〔さら〕にのせる丈〔だ〕けです。はやくいらつしやい。」

「へい、いらつしやい、いらつしやい。それともサラドはお嫌〔きら〕ひですか。そんならこれから火〔ひ〕を起〔おこ〕してフライにしてあげませうか。とにかくはやくいらつしやい。」

 二人〔ふたり〕はあんまり心〔こゝろ〕を痛〔いた〕めたために、顔〔かほ〕がまるでくしやくしやの紙屑〔かみくづ〕のやうになり、お互〔たがひ〕にその顔〔かほ〕を見合〔みあは〕せ、ぶるぶるふるえ、声〔こゑ〕もなく泣〔な〕きました。

 中〔なか〕ではふつふつとわらつてまた叫〔さけ〕んでゐます。

「いらつしやい、いらつしやい。そんなに泣〔な〕いては折角〔せつかく〕のクリームが流〔なが〕れるぢやありませんか。へい、たゞいま。ぢきもつてまゐります。さあ、早〔はや〕くいらつしやい。」

「早〔はや〕くいらつしやい。親方〔おやかた〕がもうナフキンをかけて、ナイフをもつて、舌〔した〕なめずりして、お客〔きやく〕さま方〔がた〕を待〔ま〕つてゐられます。」

 二人〔ふたり〕は泣〔な〕いて泣〔な〕いて泣〔な〕いて泣〔な〕いて泣〔な〕きました。

 そのときうしろからいきなり、
「わん、わん、ぐわあ。」といふ声〔こゑ〕がして、あの白熊〔しろくま〕のやうな犬〔いぬ〕が二疋〔ひき〕、扉〔と〕をつきやぶつて室〔へや〕の中〔なか〕に飛〔と〕び込〔こ〕んできました。鍵穴〔かぎあな〕の眼玉〔めだま〕はたちまちなくなり、犬〔いぬ〕どもはううとうなつてしばらく室〔へや〕の中〔なか〕をくるくる廻〔まは〕つてゐましたが、また一声〔こゑ〕
「わん。」と高〔たか〕く吠〔ほ〕えて、いきなり次〔つぎ〕の扉〔と〕に飛〔と〕びつきました。戸〔と〕はがたりとひらき、犬〔いぬ〕どもは吸〔す〕ひ込〔こ〕まれるやうに飛〔と〕んで行〔い〕きました。

 その扉〔と〕の向〔むか〕ふのまつくらやみのなかで、
「にやあお、くわあ、ごろごろ。」といふ声〔こゑ〕がして、それからがさがさ鳴〔な〕りました。

 室へや〔〕はけむりのやうに消〔き〕え、二人〔ふたり〕は寒〔さむ〕さにぶるぶるふるえて、草〔くさ〕の中〔なか〕に立〔た〕つてゐました。

 見〔み〕ると、上着〔うはぎ〕や靴〔くつ〕や財布〔さいふ〕やネクタイピンは、あつちの枝〔えだ〕にぶらさがつたり、こつちの根〔ね〕もとにちらばつたりしてゐます。風〔かぜ〕がどうと吹〔ふ〕いてきて、草〔くさ〕はざわざわ、木〔き〕の葉〔は〕はかさかさ、木〔き〕はごとんごとんと鳴〔な〕りました。

 犬〔いぬ〕がふうとうなつて戻〔もど〕つてきました。

 そしてうしろからは、
「旦那〔だんな〕あ、旦那〔だんな〕あ、」と叫〔さけ〕ぶものがあります。

 二人〔ふたり〕は俄〔には〕かに元気〔げんき〕がついて
「おゝい、おゝい、こゝだぞ、早〔はや〕く来〔こ〕い。」と叫〔さけ〕びました。

 蓑〔みの〕帽子〔ぼうし〕をかぶつた専門〔せんもん〕の猟師〔れうし〕が、草〔くさ〕をざわざわ分〔わ〕けてやつてきました。

 そこで二人〔ふたり〕はやつと安心〔あんしん〕しました。

 そして猟師〔れうし〕のもつてきた団子〔だんご〕をたべ、途中〔とちう〕で十円〔ゑん〕だけ山鳥〔やまどり〕を買〔か〕つて東京〔とうきやう〕に帰〔かへ〕りました。

 しかし、さつき一ぺん紙〔かみ〕くづのやうになつた二人〔ふたり〕の顔〔かほ〕だけは、東京〔とうきやう〕に帰〔かへ〕つても、お湯〔ゆ〕にはいつても、もうもとのとほりになほりませんでした。

無題よんじゅうきゅう

2007年07月21日 | 無題
今週は飲み過ぎた
組織の上に君臨する人はどえらい酒が強いことを再確認
汗かく事も少なかったし
アルコールを抜きたい
何十年ぶりに城崎温泉にいこら

さとの湯
地蔵湯
柳湯
一の湯
御所の湯
まんだら湯
鴻の湯

いってから決めるとするか
正午クーラー修理、交換?(大家さんごめんなさい)
サッカーもあるし
かなり時間的にはきつい!
もっとも
Yは烏の行水

無題よんじゅうはち

2007年07月21日 | 無題
雨にも負けル 風にも負けル
雪にも夏の暑さにも負けルヒンソな体を持ち
欲はアリ ツネニ瞋(いか)リ
いつもオオイニ笑っている
一日に玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分ノ勘定に入れ
よく見 聞きし 分かり そして忘レル
野原の松の 林の蔭の 小さな茅葺きの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろと言い
日照りのときは涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたクナイ