21世紀の徒然草

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第80回「21世紀の徒然草」

2008年10月08日 | Weblog
吉田直哉さんを偲んで

吉田富三博士の長男で、NHKの名プロデューサーであった吉田直哉氏が先月30日、亡くなった(77歳)。こちらから送るFAXにはすぐご返事くださるのが常であったが、最近は間をおいてから返ってくることが多く、秘かに容態を案じていた。最後にFAXを送ったのは立花隆氏との対談『がん特別対論』(「がんサポート」2008年10月号)であった。これで端正で、丁寧な直筆のお手紙を見られなくなった。大変残念でもあり大いなる悲しみである。

吉田直哉氏との縁はもちろん、がん学の先達の父・吉田富三博士からであった。がんの術後、声があまり出ないときに、国立がんセンター名誉総長の杉村隆先生との『吉田富三を語る』対談をお願いしたところ、快く引き受けてくださった(『吉田富三の人間と学問』「Scientia」2002年4月、日本学会事務センター)。その翌年の吉田富三生誕100年記念事業にも、日本癌学会総会の(吉田富三生誕100年記念シンポジウム『がん研究の温故創新』では「父・富三の興味と関心」と題して講演を頂いた(『日本の科学者 吉田富三』(メデカルトリビューン社発行)や拙著『われ21世紀の新渡戸とならん』(イーグレープ発行)の記念出版会にも積極的に加わっていただいた。尊敬する父親のことを控えめに、しかし素直に語る氏から、学問の偉業しか知らなかった吉田富三博士の人柄、温かみをひしひしと感じ取ることができた。

また、がん患者としての体験記も折にふれ語り、書き残されたことは、筆者の「がん哲学外来」構想に大いに刺激となった。冗談半分、本気半分に書いたことでも、励ましや共感をいただいたことでどんなに力を得たか計り知れない。順天堂大学での「がん哲学外来」の開設時にも、励ましのFAXを頂いた。思えば吉田富三・吉田直哉父子に、「恩」をいただいたといって過言でない。主著の1つ『私伝・吉田富三 癌細胞はこう語った』(文藝春秋社 発行)は名著である。

「癌という、内なる生命系を顕微鏡で観察しつづけた父は、そこに望遠鏡を使って見るほうの宇宙と同じ宇宙を見て、「戸を出ずして天下を知る」ような思索を重ねたユニークな人物だった」(吉田直哉)。ここに筆者の『がん哲学』(to be 出版)の原点があり、生涯の出会いである。医療問題が盛んに議論される昨今、「医者自らが問題提起することが重要であり、また意見だけ述べて動かない評論家に終わってならない」(北川知行『日本の科学者 吉田富三』(メデカルトリビューン社発行)と考え行動した吉田富三・吉田直哉父子の思想は、まさに「温故創新」である。医療界のみならず教育現場にも必要な「胆力」である。