21世紀の徒然草

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「21世紀の徒然草」 第6回

2006年05月08日 | Weblog
3大欠損症候群の時代―「感性」、「胆力」、「理想」


 前回触れた中学生、高校生の3クラスの授業を無事終えた。居眠りゼロで、質問も多数あった。「言葉が心に届く」とはいかなる状況かを、少しばかり感ずることが出来たのは、日頃医学生に講義する立場にある大学人にとっては大いなる学びの時であった。昔つて内村鑑三の「私の生涯の実験が私にこの知恵を与えてくれた」の言葉を思い出した。
 ところで、私の先週の読書は、最近神田の古本屋で入手した『新渡戸稲造伝』(石井満著、1934年発行)であった。新渡戸稲造の死去の翌年に出版されたものである。その中に「カーライルとゲーテ」という項がある。新渡戸稲造は若き日、カーライルの『サーター・レザタス(衣装哲学)』を熟読し、日頃の憂鬱病が雲散霧消したことは殊に有名である。
 「世の中は地味なものであり、真面目なものが一番勝利を占めるものであり、且つ自信強き者が一番勝つことを教えた」と述べている。カーライルは意志の強い、無愛想で、ゴツゴツとした人間であった様である。
 「人間に貴ぶべきはキャラクターである。人の芸とか品行とかいうものも之をキャラクターに比較すればズッと軽いものである」の思想を持ち、「品行方正のモット奥がなければならない」と述べ、「門構が立派で奥が汚い」ことをいさめている。これが最近、藤原正彦氏の著書で流行語になりつつある「品格」の本来の定義であろう。「ゲーテの太洋の如く清濁を併せのむ寛大な大思想がカーライルを起こした」と知ることは何と楽しからずやである。
 その新渡戸稲造は幼少の時「この少年は一つ間違へば不良少年になるかも知れない、だが仕立方によっては後世に名を成すかも知れないからどうか気をつけて十分教育してもらいたい」と祖父に折紙をつけられている。ここに教育の根拠があろう。
 我々は、ますます多元性と相対化していく世界に生きる。この時代の流れにあって、旧制第一高等学校において新渡戸稲造と人格的に出会い、その後新渡戸稲造の紹介により内村鑑三の門を叩いて一生を貫いた、戦後初代の東大総長南原繁の学びは、「地の塩」となる人物の具象化したイメージを我々に与えてくれる。現代の3大欠損症候群といわれる「感性の欠損」「胆力の欠損」「理想の欠損」を克服する的確な療法でもあろう。

「21世紀の徒然草」 第5回

2006年05月05日 | Weblog
『がん哲学』改訂版発刊に寄せて


 今年も黄金週間がやってきた。しかし我が家にはこの時期、黄金週間の実体はない。Wife、子供たちは皆、仕事、学校に出かける。私は一人、静かに、さびしく思索の時である。
 今日5月3日は憲法記念日である。改憲は今や現実的なスケジュールにならんとしている。「護憲vs改憲」さらに「明文改憲vs解釈改憲」、つまり「すっきりvsあいまい」の二項対立の選択が迫られる。傍観者ではすまされない時代の到来である。
 2006年2月23日の朝日新聞の夕刊の一面に「ニッポン人・脈・記 市民と非戦④」という連載記事に戦後初代の東大総長であった「南原繁」が取り上げられ、その中に「変り種では「がん哲学」を唱える順天堂大医学部教授 樋野興夫」という記述があった。3月にはラジオ大阪の番組の中でも「がん哲学」が取り上げられた。「がん哲学」という言葉が少しは世に浸透してきた様である。その効果か、『がん哲学』(2004年3月7日発行)が3刷を経て、新装・改訂版『がん哲学』が発刊(2006年5月)されることになった。感慨深いものがある。改訂にあたって初版をもう一度、じっくりと読み直してみたが、原文にはなんら修正を加える必要がないことが確認された。
 「変わらない」ものに触れていたことを思うと、ささやかな喜びがわいてきた。一方、社会情勢は「振り子」の如く、めまぐるしく変化している。「振り子」といえば、いわゆる偽メールで自滅したかに見えた民主党が、小沢一郎が新代表に就任したとたんに千葉7区衆院補選で自民党に勝利を収め、生き返った感がある。ますます「振り子」の振幅の間隔が小さくなり、まさに振り回される時となろう。
 先日読んだ『大学について』(矢内原忠雄、東京大学出版会、1952年)の中の、「変転する政治情勢に多く心を奪われることなく、むしろ落ち着いた態度で勉学することである」という文章がことさらに心に響いたのも時流のせいであろう。今の時代あらゆる分野に「落ち着いた態度」が目下の急務であろう。
 科学研究のプロジェクトも然りで、最近の社会問題である「アスベスト・中皮腫より発がんについて考える」ことでも理解されよう。この発言がきっかけで、対談集『がん哲学から人生を読み解く』(ハーベスト・タイム出版)が出版される予定とのことである。
 明日は中学生・高校生の生物の授業で「がん哲学」を話すことになっている。今から授業の準備のためにここでペンをおく。
 世間では「ダ・ヴィンチ・コード」、「ユダの福音書」の話題がセンセーショナルに注目されている。本物を見極める胆力を養うことがますます大切になってくるであろう。その時に「がん哲学」が少しでも貢献できれば望外の喜びである。