THE KUROSAKIC RADICAL

こちらは『闇の末裔』の黒崎密を幸せにするサイトでしたが、サーバー廃業により、ブログで密を愛することにしました。

イース様小説『文月十一日 夕さり』8

2020-07-11 23:47:14 | 小説
イースを抱き上げて、お姫様抱っこで自分の部屋へ向かう。
「まだ、私に、何か、するの?」
乱れた息の下で不安がるイースを、伊吹はベッドの上に仰向けに横たえた。
「うん。今度はこっち側を愛撫するよ。いっぱいイースが感じてくれたら嬉しいな」
伊吹はイースの恥丘に触れる。
「あぁ」
イースは胸を手で庇ったまま、吐息のような声を上げる。
「可愛い」
伊吹は恥丘の茂みの方へ指を撫で進める。
「ね、イース?少しでいいから、脚を開かせてね」
伊吹はイースのニーハイの太ももを、外側へ、イースの陰部に指先が入るだけ押し開いた。
「んっ」
イースは上擦った声を上げただけで、抵抗しなかった。
伊吹はひだの下に小さくて硬い突起を探し出す。そこを小刻みにこすり、刺激を与え続けると、イースの腰がわずかに上下に揺れる。それにイース本人は気づいていないようで、目を閉じて荒い息を繰り返す。
「はぁ、はぁ、あぁ」
「ね、イース。この可愛い脚をもっと開いてくれてもいいでしょ?」
伊吹は唇でイースの唇を挟んで、甘く低く囁いた。
イースの太ももの内側に手をかけて開かせる。イースは恥ずかしそうに顔を背けただけで、やはり脚を開く邪魔もしなかった。
「ありがとう、イース」
伊吹はベッドに乗って、イースの脚の間にうずくまる。
「何?伊吹?」
ベッドに這いつくばるようにして、伊吹は顔をイースの太ももの間に入れた。
「うん。ここを僕の舌でペロペロして可愛いがってあげる」
「えっ?」
先ほどの突起を包むひだを優しく指でめくって、赤くなった部分を露出させると、ちろちろと舌先でその赤い突起を舐めた。
「ああん」
指とは違う熱く柔らかい感触に、イースはさらに息を乱して、度重なる刺激にいつしか恍惚となっていた。
「あっ。ダメ」
伊吹の指が膣の中に再び入ってくると、イースは吐息混じりの甘い声を上げた。
「ダメって、本当?」
くすくすと笑い、伊吹は赤く色付いたイースのクリトリスを舌先でつついて、振動を与えるように転がし続ける。
それと同時に、中指を膣の奥深くまで入れて、粘膜を撫で回して、柔らかく押し広げる。
「いやん!あん!あん!」
甲高い声がイースの唇から漏れる。
「とっても可愛い啼き声だね。もっと聞かせてよ」
伊吹の舌と指がそれぞれうごめき、双方から違う刺激をもたらされて、優しくされて激しくされて、速い動きかと思うとゆっくりになり、イースは翻弄された。
「ああん!あああ!」
頭から足の先まで痺れるような甘美な感覚が走り抜けて、イースは手で覆った胸をギュッと抱きしめてこらえる。
「もう、ダメ」
これ以上、刺激を与えられたら、どうにかなってしまいそうだった。
伊吹は一旦クリトリスから唇を離してイースに訊いた。
「本当?こっちのお口は物欲しそうにパクパクしているのに?」
痙攣する膣を見つめ、伊吹は拡張する瞬間を捉えて薬指も増やし、二本の指でほぐして柔らかくする。
「いや、やめてぇ」
「本当にやめて欲しいの?」
こくこくとイースは首を縦に振った。
イースの股から顔を上げてそれを確認すると、伊吹は自分の人差し指を舐めて湿らせた。
「じゃ、この可愛いお口だけにするね。
こんなに涎を垂らしてるのに、ほっとくなんて、かわいそう」
まだひくひくと痙攣する膣に、伊吹は三本目の指を挿し入れて、膣の奥をゆっくりゆっくり押し広げる。
「あああっ。もう、許して。伊吹」
途切れ途切れの泣きそうな声がイースから上がる。
「可愛いね。
そうだね、胸を見せてくれたら、やめてあげるよ」
伊吹はイースの膣の広がり具合を確かめてから、交換条件を出した。
壊れそうで刺激がたまらないイースは、両手を胸から鎖骨へと動かして、素直に胸を見せた。
「いい子だね、イース」
伊吹は目を細めてイースの胸を見つめながら、
三本の指をゆっくりと引き抜いた。
くらくらしていたイースは、少しだけ人心地がついて、熱い吐息をつく。
ぐったりしたイースの脚の間に、伊吹は膝をついて、イースに覆い被さるように、両手を広げてイースの乳房を優しく包んだ。
「柔らかい。温かい。大きくて、ぷるぷるのおっぱいだね。最高だよ、イース」
乳房を優しくさすられて、イースはまた全身が甘く痺れてくるのを感じた。
「やめて、伊吹、お願い」
この感覚を止めたくて、イースは掠れた声で伊吹に哀願する。
「イースは可愛いね」
そう言って伊吹は笑うと、イースの乳房から手を引いた。
ホッとして、イースは潤む瞳を閉じ、乱れた呼吸を整えようとする。
そんなイースを下に見つめながら、伊吹は着ていたTシャツとデニムパンツと靴下、ボクサーパンツも脱いで、全裸になった。
伊吹はコンドームを装着した後、イースの隣に寝そべって、イースに語りかける。
「今更だけど、食前にカルピスを飲んでた時、イースは、僕がイースに優しい理由を知りたがっていたよね。
よかったら理由を聞いてよ」
瞳を開けたイースは、ぼんやりと、すぐ近くの伊吹を見て、耳を傾けた。
「僕は、イースが可愛いくてしょうがないんだ。
好きなんだ、イースが。
だから、イースに優しくした。
僕としては、今も優しくしてるんだけど、イースはもうそんな風には思っていないかな。
イースが身に着けてるの、もうロンググローブとニーハイだけだもんね。他は僕が脱がしちゃったし。
それに、イースの身体の、恥ずかしいところばかりをいじくり回してるからね。
こんなことをしたくなるのは、イースが大好きだからなんだよ。
イースのこと、ほっとけないんだ。
だって、イースって、夜10時過ぎてるのにふらふらと外を出歩いてしまう危なっかしさがね、見ていられないんだ。守ってあげたくなるんだ。支えてあげたくなるんだ。
しかも、可愛いし、美人だし、スタイルも抜群だし。
それに、僕の目には、イースは不幸そうに見えるんだ。イースも自分で言ってたけど、やっぱり寂しそうに見えるから」
伊吹はイースの赤く潤む瞳をまっすぐに見つめて、イースの銀色の髪を一房手に取った。
「僕は、イースを守りたい。僕には無理かもしれないけど、助けてあげたい。
僕はイースの幸せを願っているよ。
イースは余計なお世話だと思ってるかもしれないけど。
それならば、せめて、イースのそばにいさせて欲しい」
手に取ったイースの髪に、伊吹はチュッとキスをした。
「僕の気持ち、イースは喜んでくれるかな?」
伊吹とイースの視線が絡み合う。
伊吹の綺麗な瞳に、イースは胸の鼓動がさらに高まるのを感じて、ドキドキが止まらなくなった。
伊吹の告白に、イースは微笑で答えた。
「良かった。ありがとう。可愛いイース」
伊吹はイースの頭を撫でて、その乱れた銀の髪を梳いた。
「ね、イース。もう一度、キスしてもいい?」
甘くて低く響く伊吹の声に誘い込まれて、イースは素直に頷いてしまう。
伊吹の唇が触れたと思うと、熱い舌が口の中いっぱいにかけ巡る。
「んっ、ふっ」
まだ昂ぶりの収まらない身体には、劇薬のように効いて、身体の芯が一気に熱くなる。
伊吹はキスを続けながら、指先で触れるか触れないかの程度で、優しく乳房を撫でる。少しずつ中央へと指先を動かして、乳輪をなぞってから、優しく乳首をつまんだ。
さらに指の腹でそっとつつく。
「ふっ、う、んんっ!」
イースは、行き場のない感覚に、ビクッと大きく背をのけぞらせた。
「あん!」
伊吹の唇がイースの乳首を優しく吸う。
「ああ、はぁ、はぁ。あ!あああ!」
電気でも走ったかのような感覚が、イースの身体中に行き渡って、イースは大きく喘いだ。
「可愛いね、イース」
伊吹は指でイースの膣をまさぐると、膣は激しい収縮を繰り返していた。
「ああっ!」
伊吹の指の刺激で、イースの身体が勝手に動いて、腰が浮く。
「待ちきれないんだね?」
「?」
絶頂の色っぽい顔できょとんとされて、伊吹はその可愛さのあまり、ギュッとイースを抱きしめた。
「超可愛い。好きだよ、イース」
伊吹は、イースの脚に自分の脚を絡めて、イースの脚の間に両脚を入れた。イースの脚が大きく開かれる。
「力を抜いていてね、イース」
伊吹は自身のペニスを指で誘導して、イースのひくつく膣に当てがった。
「え?何?」
イースは熱い塊を感じて、ギョッとして、伊吹の顔を見る。
「僕のおちんちんだよ。
イースはビックリしちゃうよね。
もしも痛かったら、遠慮なく僕をひっぱたいてね」
言いながら、伊吹は指でひだをめくり、膣の口を広げて、そこへゆっくりと挿入を始める。
「んんっ、あん」
感じたことの無い異物感に戸惑うものの、度重なる刺激で敏感になってしまった身体は、感情も理性も追いやってしまう。
「あ、あ、あん!あん!」
狂おしいくらい熱く、えも言われぬ甘い感覚に痺れ切ってしまう。
「はぁん、あん、あ!ああ!」
うわ言のように喘いで、髪を振り乱すイースを、伊吹は優しく抱き留めて、背を撫でて、低い声で囁いた。
「それでいいよ。このまま力を抜いていてね、可愛いイース。
ほら、僕がこうして抱きしめていれば、怖くないでしょ?」
伊吹はイースの膣の奥へと、ゆっくりとペニスを挿入していく。
「あああ!」
体内に熱い塊が押し入る感覚に、その圧迫感に、イースは涙を滲ませた。
「うっ、うっ、ん!」
伊吹はイースの腰を片手で支えて、真新しい膣を傷つけないように、ゆっくり、突き進んでいく。
「あん!あん!ああ!」
慎重にペニスを根元まで潜り込ませて、伊吹は大きく吐息をついた。
「ね、イース。可愛いイース。
全部入ったよ。
よくほぐしたし、イースの身体が愛液をたっぷり出してくれたから、痛くないよね?
どう?」
伊吹は自身のペニスが入ってるイースの下腹を撫でてさすった。
「あん!ああん!」
イースの膣は痙攣を続け、伊吹の熱いペニスを締め付け、その度にイース本人の感覚も熱く甘く痺れさせる。
「ね、イース?僕の声、聞こえてる?」
イースは浅い不規則な呼吸を繰り返して、喘いで、その瞳の焦点を合わせるのも難しそうだった。
「イースの身体の中に僕がいて、繋がって、一つになってるよ?
イース、大丈夫?
もしかして、気持ち悪い?」
答えのないイースに、伊吹は不安になる。
イースは言葉を失ったように、無言で首を横に振った。
「良かった。
じゃ、とびきりの気持ち良さを教えてあげるね」
「これ以上、何か、あるの?」
イースが声を震わせて怯える。
「うん。
イースは本当に可愛いね。
気持ち良いから、怖がらなくても大丈夫だよ」
伊吹は低い声で甘く囁く。
「あっ」
伊吹がイースの耳たぶをちろっと舐めただけで、敏感になっているイースは背を思い切り反らせた。その反動で、イースの体内のペニスも震え、膣の粘膜と触れ合い、イースは二重に刺激を受けて、とろけていく。
「はぁん、あぁん」
「可愛いよ、イース」
伊吹が少し腰を引くと、ペニスがイースの膣内を戻って、ぬめる粘膜をクチュッとこする。
「あん!」
また伊吹が腰を進めて、ペニスを膣の痙攣に飲み込ませて、奥へ送る。
「ああん!」
イースはこらえきれず、甘く疼く感覚に身を委ねるしかなかった。
「はぁっ、ああっ!」
「可愛いよ、イース。
ね?
気持ち良いでしょ?」
耳元で囁かれた言葉は、身体の方に響いて、イースの感覚を煽ってしまう。
「はあっ、ああ、あぁん」
伊吹は、きつく締め付けてくるイースの膣の動きに合わせて、ペニスを戻したり進めたりする。
「ね、可愛いイース。
ごめんね、もう、出る」
伊吹の低い声が掠れて、喉の奥からくぐもった悲鳴が聞こえた。
「ああ!イース!」
伊吹がギュッとイースをさらにきつく抱きしめて、精を放った。
「はぁ、はぁ、ああん!伊吹!」
何故にこんなにも甘美なのか分からず、イースはすがるように伊吹を抱きしめ返した。
「イース、好きだよ。最高に好き。ずっと傍にいるよ」
伊吹の低い優しい囁きが遠のいて、肌の温もりは感じられなくなり、いつしかイースの意識は消えていた。



(終)

イース様小説『文月十一日 夕さり』7

2020-07-11 23:39:11 | 小説
「ね、イース。
デザートがあるよ。
今、持っていくから、ソファで待っててね」
身体から伊吹が離れていく。それが淋しくて、イースは伊吹の背中をつい目で追った。
「すぐ僕もソファに行くからね、イース」
振り向いて笑う伊吹に見透かされているようで、イースはニーハイの赤いリボンをいじりながら椅子を立った。
キッチンでは伊吹が赤い果実を手にして、それを半分に切っていた。
「お待たせ。パッションフルーツだよ。
イースは食べたことある?」
爽やかなのに深みのある香りがして、濃い赤色の果皮に、中の黄色の果肉のコントラストが鮮やかだった。
「いいえ。初めて。きれいね」
目を釘付けにするイースのすぐ隣、脚と脚がくっつくくらい密着して、伊吹がソファに腰掛ける。
つい先程まで抱擁を交わしていたのに、伊吹の温もりを感じるとまたドキドキして、イースは気恥ずかしくなる。
「食べさせてあげるね」
伊吹はパッションフルーツをスプーンですくい、それをイースの口元に持っていく。
「はい、あーん」
イースは当惑して、こちらを向く伊吹の笑顔とスプーンのパッションフルーツを交互に見る。
「え?何?」
伊吹は、イースに意味が通じてないことに、大きく相好を崩す。
「イース、お口を開けてごらん。その可愛いお口の中に、このパッションフルーツを入れてあげるから」
「どうして?」
イースが疑問を口にしたその隙に、伊吹はイースの口の中にスプーンを入れて、パッションフルーツをイースの舌の上に落とした。
「急にごめんね」
不意打ちに驚いてイースが見た伊吹の笑顔は、いたずらっぽいものに変わっていた。
舌や唇を掠めたスプーンが離れると、パッションフルーツの味が、イースの口の中に広がる。
甘くて嬉しくて、酸っぱくて恥ずかしくて、何だったのかもう一度確かめたくなる。
「この世界ではね、親しい間柄で、こうしてあーんして食べさせる慣習があるんだよ」
(親しい間柄?)
イースは伊吹の言葉にドキリとして、その続きを期待してしまう。
「今夜一緒にそばで過ごすわけだから、親しいに越したことはないじゃない?ね、イース?」
胸をキュッと甘く締め付けられるような感覚が走る。
イースは恥ずかしさに答えに窮して、僅かに頷く。
「もうひと口」
それだけが精一杯だった。
それだけでイースの同意が伊吹に伝わり、伊吹は満面の笑みを浮かべる。
「はい、イース、あーん」
伊吹はイースの為にパッションフルーツをスプーンですくい、イースに食べさせる。
甘酸っぱさがイースの身体にしみ渡り、くらくらと目眩さえ感じる。
(これが、一秒で幸せ、なのね)
「ね、イース。
もし、僕と仲良くしてくれるなら、僕にも食べさせてくれる?」
すっかり頬の赤くなったイースは、恥ずかしさで言葉が出ず、無言でパッションフルーツをスプーンですくって、伊吹の口に持っていく。
「あーん」
そう言って伊吹が嬉しそうに、口を大きく開ける。
イースが伊吹の口の中にパッションフルーツを入れる。
すると急に、伊吹はイースに顔を近づけて、片手を伸ばして、イースの頭の後ろを支えると、イースの唇を奪った。
驚くイースの唇をぴたりと塞いで、口移しでパッションフルーツをイースの舌の上へと流し入れる。
熱くて柔らかい伊吹の舌と、甘酸っぱいパッションフルーツが、イースの口の中で混ざり合う。
ちゅっと音を立てて、伊吹の唇が離れていく。
イースは惚けたように伊吹を見つめ、乱れた呼吸を繰り返す。
「ありがとう、イース。ごちそうさま」
微笑む伊吹は、イースのさらさらの銀髪をかき上げて、イースの耳に息を吹き込むように囁いた。
「もっといる?」
甘くて低い声音が、イースの心に響き渡り、その声に導かれるように、イースはそっと瞳を閉じた。
すぐに伊吹の唇がイースの唇に落ちてくる。入り込んできた舌がイースの舌をゆっくりとさらう。
イースがピクっと肩を震わせると、伊吹は唇を離して、イースの頭を優しく撫でた。
「ね、可愛いイース。息を止めたら苦しくなるよ?こんなに近くにいるのに、イースの呼吸が聞こえない」
伊吹は微笑みながら、鼻の頭をイースの鼻にこすりつける。
「この可愛いお鼻で息するといいよ」
伊吹に指摘されて初めて、イースは息を止めていたことに気がついた。
イースが頷くと、温かい伊吹の唇が再びイースの唇に重なる。伊吹は尖らせた舌先でイースの唇の輪郭をゆっくりとなぞっていく。
イースはうっとりと瞳を閉じ、いつまた伊吹の舌と混じり合うのか、ドキドキしながら待った。
ようやく伊吹の熱い舌が、イースの舌を絡め取る。甘酸っぱいパッションフルーツの味が濃くなって、また胸を甘く締め付ける。
深く、時折浅く、伊吹の舌がイースの口内をくすぐっていく。
身体から力が抜けて、イースはソファの背に深くもたれた。
伊吹の手がイースの顎を捕えると、伊吹が顔を傾けて、今度は角度を変えて、イースに深く口づける。
さっきまでとは僅かに違う感覚に、イースはピクっと全身を震わせる。
伊吹の片腕が、イースの背に回り、露わな肩を抱き寄せる。
その手のひらの温かさと、密着した体温に、イースの心まで温かくなる。
伊吹の舌がイースの奥歯まで深く舐め進む。緩やかな動きと思っていたら、急に早く激しく舌を転がされて、いつしかイースはキスに夢中になっていた。
(もう何も考えられない)
顎を捕えていた伊吹の指が、つつっとイースの首筋をなぞり、くすぐりながら、下へと移っていく。
「ん」
新しい刺激に、思わず声が出て、イースはぞくりと背筋を震わせた。
伊吹はキスを続けながら、指をイースの首筋から鎖骨へそろそろと這わせる。鎖骨へ辿り着くと、その窪みを優しくこすった。
(くすぐったい)
イースは堪らずに僅かに身動ぎをする。
すると、動いた分だけ伊吹の舌と深く混じり合う。それにイースは息を乱して、くらくらとめまいを起こした。
(もうダメ)
伊吹の指は、イースのロングベストの襟と素肌との境目をなぞって、ゆっくりと、鎖骨から胸の方へと下りていく。
(ああ、私、これから胸を触られるの?)
伊吹の指の行き先を思うと、戸惑って、少し怖くなって、それなのにドキドキして気持ちが高揚する。
やるせなくて顎を引くと、それを追って伊吹の舌がさらに激しく蠢いて、イースの身体を甘く痺れるような感覚が襲う。
「んん」
初めてで未知の感覚に、塞がれた唇の代わりにイースは喉を震わせて喘いだ。
伊吹は、イースの胸の谷間の、ロングベストのダイヤの留め具まで指を這わせると、留め具をいじる。
「ごめんね、可愛いイース」
イースの舌を優しく吸いながら、伊吹の舌がイースの口から退いていき、チュッと音がして離れていく。
(終わり?)
イースは、はあはあと乱れた息をついた。助かったと思う反面、未練も残る。
「イース、ちょっと待って」
伊吹はイースの頭を撫でると、スリッパを脱いでソファに上がり、膝で立った。
イースは、熱に浮かされたようなぼんやりとした意識の中、伊吹を目で追う。
伊吹はソファの背に手を置くと、身体ごとイースの正面にくるっと向いて、イースの膝の上に跨った。
伊吹は腰を落として身を屈めて、正面からイースの胸元を覗き込む。
「その可愛い服をよく見せて」
イースのロングベストの、赤いダイヤの形の留め具を両手で持って、いじりながら伊吹は凝視している。
「ここがこうなってるんだね」
伊吹の呟きとともに、カチャッと音がして、留め具が外れる。
「え?」
馴染んだ留め具の音にハッとして、イースは息を飲む。
その間に、伊吹は下の方の留め具もカチャッと外した。
「異次元の服は難しいんだね。でも可愛いイースによくお似合い」
「あ」
伊吹は喋りながらイースの腕を捕らえ、もう片手でロングベストの襟を掴んで肩から脱がし、そして腕をアームホールにくぐらせた。
「この服には胸パッドが付いているんだね」
伊吹はそう呟きながら、ロングベストの反対側もイースの肩から落として、するりと腕から脱がした。
「きゃっ」
露わになった胸を、イースは両手でサッと隠した。恥ずかしさで顔が火照る。
「ごめんね。イース。
見たことない服で、知らない留め具だったから、目で見ないと外せなかったんだ。
キスを途中で止めちゃって、ごめん」
伊吹は謝って、チュッとイースの唇を吸った。
「お待たせ」
囁くや否や、伊吹は舌をするりとイースの唇に割り入れて、舌先でイースの歯茎をつつく。
キスの再開に気付いて、イースはほとんど無意識に唇を開いていた。
そこに伊吹の舌が押し寄せて、イースの舌をすくい上げて、ゆっくりとからめる。
(謝って欲しいのは、キスを止めたことじゃないのに。何で服を脱がしたの、って、怒りたいのに)
伊吹に舌をからめ取られるごとに、どんどんその気力が萎えていく。それに反して、中断された甘い痺れがじわじわとぶり返してくる。
(ダメ)
イースが伊吹の舌から逃れようと、首を横に振ると、伊吹の手がイースの頭を押さえる。
「んっ」
伊吹はイースの唇を素早く甘く噛んで、イースの唇を引き留める。
イースの頭を優しく撫でながら、伊吹は舌先を尖らせて、イースの前歯の裏の歯茎をちろちろと舐めると、上顎を奥の方まで舐め回した。
頭を優しく撫でられながら、刺激的なキスをされて、胸を覆う両手からドキドキと自身の鼓動が伝わる。イースは伊吹に翻弄されて、我を忘れていく。
伊吹はイースの顔のすぐそばのソファの背に手をつくと、もう片手でイースの腰を撫でて、その手を徐々にへその方へ動かしていく。
こちょこちょとイースのへそをくすぐってから、さらに下へと手を伸ばし、伊吹はイースのホットパンツに手をかけた。
(嘘っ。もしかして、また、脱がされる?)
手ブラのイースはその予想にビクっと身を震わせた。
イースの気を逸らすように、伊吹の舌がイースの舌の裏に潜り込む。
伊吹は硬くした舌先で、イースの舌の裏をつつき回して、イースの舌の根元をくすぐる。
「んっ」
くすぐったいのにずっと続いて欲しいような奇妙な感覚に、イースは息を漏らし、思わず身体をくねらせた。
伊吹は、イースのホットパンツのジッパーを下げて、イースのパンティを直に触る。
伊吹はパンティの布が少ないことに驚き、はだけたホットパンツの中をまさぐって、イースのパンティの形を確認する。下腹の横からお尻にかけては、布というとパンティの紐だけだった。
伊吹はキスを続けたまま、イースのパンティの中へと指を滑り込ませた。
「んっ」
イースが伊吹の手を阻むように、ギュッと脚をきつく閉じる。
伊吹は指の届く限りで、イースの恥丘をさわさわと優しく撫でる。
「んんん」
伊吹はイースの震える舌を味わいながら、イースの両肩を掴むと、ソファの背を滑らせるように、ゆっくりとイースの身体を横向きに倒す。
「きゃ」
イースは両腕で胸を守りながら、吐息混じりの声を上げた。
「可愛い声だね。ほら、僕が支えてたから、大丈夫だったでしょ?」
伊吹は、横倒しにしたイースの腰に手をかけて、ホットパンツを脱がしにかかる。
「やめてっ」
胸を隠すのに両手が塞がっていて、伊吹を止めようにも止められない。
「いやっ」
イースの悲鳴とともに、伊吹はイースのホットパンツを脱がせて、脚から引き抜いた。
イースのTバックのお尻がぷるんと顔を見せる。
「きれいだ、イース。白い肌に黒のTバックが良く似合うね」
伊吹は感嘆の声を上げて、イースのお尻を包み込むように触れて、腰と太ももを行きつ戻りつ
さする。
「肌がすべすべで、もちもちで、みずみずしいね。透き通るように真っ白で、素敵だよ、イース」
伊吹はイースの形の良いお尻に、チュッと音を立ててキスをした。
「よしてよ、伊吹」
ずっとキスされていて、やっとまともに話せるようになったイースは、伊吹に反抗する。
「恥ずかしいの?
可愛い。
ね、イースは、何でTバックをつけているの?
Tバックこそ恥ずかしいんじゃない?」
「は?Tバックじゃないと、ホットパンツに下着のラインが出てしまうの」
伊吹はイースの実用的な理由にがっかりした。
「そうなんだね。教えてくれてありがとう。でも、聞かなきゃ良かったよ。
じゃ、脱がすよ」
「ダメッ」
伊吹はイースのTバックの紐をつまんで、ずり下ろす。
「今のイースの『ダメ』は、本気じゃないよね?
恥ずかしいだけだよね?
もしくは怖い?
僕はまだ未熟者だから、女の子が単に恥ずかしがってるだけなのか、それとも怖いのか、本気で嫌がってるのか、あまり区別がつかないんだよ」
説明しながら、伊吹はイースのTバックを脱がしきる。
「きゃあ」
「でもね、イースは、何をされてもこんなに大人しくしててくれるから、本気で嫌がってないのは分かるよ」
イースは顔を真っ赤にして、何も言い返せなかった。嫌ではないのは事実でも、それを受け入れていることを認めるのは、恥ずかし過ぎる。
「可愛いイースのここ、どうなってるかな?」
「いやぁ」
伊吹はお尻の割れ目をつつっとなぞり出す。
イースは恥ずかしさに固く脚を閉じて、ギュッと目をつぶる。
「ふふっ、ふふふん、ふふん」
伊吹はBGMに流れるジャズを鼻歌で歌いながら、指先で優しくイースのお尻を通り抜けて、陰部の柔らかいひだをめくり、指をうずめる。
「ああっ」
「しっとりと濡れているね。良かった。ちゃんとイースの身体は僕に反応してくれたんだね。嬉しいよ」
伊吹は指でひだの奥から滲む愛液をかき出して、陰部の割れ目を何度か行き来し、愛液を陰部全体に塗り込めた。
「はぁん」
イースの膣に小指の先だけ入れると、ピクッと膣が収縮する。
「うんっ」
イースが声も身体も震わせて、異物感に身悶える。みじろぎする度に伊吹の指が体内にあることを強く感じてしまうので、イースは動くのを我慢した。
「やめ、て」
イースは脚をぴったりと閉じたまま、乱れた息で訴える。
「可愛いね。
やめたら、ここがかわいそうじゃない?」
伊吹が愛液にまみれた小指を出し入れすると、クチュッと小さな音がする。
「ほら、イースの身体から、寂しそうな声がしたでしょ?かまって欲しいって」
伊吹は囁きながら、指でひだの割れ目をゆっくりなぞって、小指をずぷずぷと膣の中へ埋め込んでいく。そして、小指でイースの膣の中をクチュクチュと音を立ててかき回す。
「ね、イース?この音、こんな風に聞こえない?気持ち良い、って」
「いやっ、いやっ」
イースは目をギュッと閉じたまま、身を固くして、身体の中をまさぐる伊吹の指がもたらす異物感とその甘い疼きに耐える。
じっとして抵抗する様子もないイースに、伊吹は深い笑みを浮かべた。
「イースは可愛いね」
イースの膣を浅く深くつついて刺激して、膣の口の周りも優しくこする。愛液がじわりと滲んで増えたのを確かめて、伊吹は指を抜いた。
「ベッドに行こうね、イース」

イース様小説『文月十一日 夕さり』6

2020-07-11 23:34:43 | 小説
ガタッと音を立てて伊吹は席を立つと、イースのそばに寄り、イースをギュッと抱きしめた。
(やっと抱きしめてくれた)
伊吹の腕の中でイースはホッと息をついた。
「イースがかわいそう」
伊吹の声も身体も震えているのが、イースに伝わった。
「ごめんなさい、イース、嘘をついて」
伊吹が泣きながら謝る。
「イース、ごめんなさい。
僕、イースの事を何も知らないのに、助けるだなんて、嘘を言ってしまって。
寿命を管理されてるって、それは、今日ラビリンスを知ったような僕じゃ、どうにもならないよ。
嘘をついて、ごめんなさい。イース」
涙に咽びながら、伊吹は謝罪を繰り返す。
「助けるって伊吹が言ってくれたのは、私にとって、衝撃だった。
そんな言葉をかけられたの、初めてだったから。
でも、変ね、そんな言葉を待ってた気がする」
伊吹の、イースを抱きしめる腕に力がこもる。
きつく抱きしめてくれるのが嬉しくて、イースは知らず微笑んでいた。
「イースが、自分のことを『ずっと、ひとりぼっち』って言ったの、僕は聞いていたよ。イースからも、あの変質者からも、見えないところで。
イースは、ずっと、寂しかったんだね」
伊吹は涙で声を詰まらせながら、イースの背をゆっくりと撫でる。
イースは、背中を撫でる伊吹の手の温もりにうっとりと目を閉じて、自分の気持ちを確かめて頷いた。
「そうよ。
自分が寂しい思いをしてるって、長いこと気づかなかった。ラブはそれに気づいたみたいで、寂しそうって言われたわ。
今まで、メビウス様が心の支えだったから、ひとりでも平気だった。
でも、こうして、メビウス様に見捨てられて死ぬことになったら、怖くて、誰かそばいてくれたらと、初めて思った」
伊吹の温もりの中で、イースは、これから話すことを伊吹が受け入れてくれるのか不安になり、緊張を覚える。
「あの、伊吹。
私は、私の命を助けて欲しいとは思わない。メビウス様を失って、生きていく意味なんて無いもの。
助けて欲しいのは、私の心とでも言えばいいかしら、私を死の恐怖から助けて欲しい。
私は、死ぬのが怖くて堪らない。
怖いから、今夜ずっとそばにいて欲しい。
伊吹、このまま、朝まで私と一緒にいてくれる?」
震える声で伝えると、伊吹の顔を見るのが怖くて、イースはうなだれて目を瞑ったままでいた。
「怖いの、私。怖くて気が狂いそう。
今夜はもうひとりじゃいられない」
「うん、分かった」
伊吹は即座に答えると、まるでイースに言い聞かせるように、イースの髪を何度も撫でる。
イースは伊吹の返事に、ぽろぽろと涙を零す。辛いわけではないのに泣くのは、初めてだった。
「今度は嘘にしないよ。
僕はずっとイースのそばにいる」
涙声で伊吹がイースに優しく囁く。イースの中で、自分を受け入れてくれた嬉しさが込み上げる。
「僕が朝まで、ずっと一緒に、イースのそばにいるよ」
気持ちを受けとめてくれた喜びが、イースの中で溢れ出す。
「イースがいなくなるまで、今夜はずっと起きている。
イースに、僕の時間をあげる。
僕と朝まで一緒にいようね、イース」
報われたことに幸せを感じて、突き動かされるように、イースは伊吹にしがみつくように、抱きしめ返した。
ずっと恐怖に怯えていたイースの心が、安らいで、満たされる。
涙を流しながら、イースはまた微笑みを浮かべた。
「イース、よかったら僕に教えて?
明日朝って、いつ頃?時刻は知らされてるの?」
抱擁を交わしたまま、泣きながら伊吹が訊いた。
「いいえ。正確な日時は知らないわ。
ただ、ラビリンスが、管理データの変更に時間をかけるとは思えない。
だから、早ければ、明日朝一番、ラビリンスの始業時刻の午前8時30分」
伊吹がしゃくり上げる。
「教えてくれてありがとう、イース。
本当にかわいそう」
自分の為に泣いている伊吹に感動して、イースは伊吹の胸に顔をうずめる。
「かわいそうと伊吹は言うけれど。
なら、どうして、今、私はこんなに幸せ気持ちでいるの?
何故、こんなに幸せを感じているの?」
イースは伊吹の胸に頬をすり寄せて、答えをねだった。
「そう。イースが幸せで良かったよ」
伊吹は、胸元のイースの頭に顎を乗せて、喉元でごろごろとイースの頭を撫でる。

「幸せについて、あとで話す約束だったね」
伊吹は抱きしめたイースの背を撫でながら、確認した。
「さっき、イースは、僕がイースを見つめたり、笑いかけたり、キスしたりすると、幸せを感じるって言ってくれたよね?」
「ええ」
イースは顔を伊吹にうずめたまま、赤くなる。
「今も、こうして僕に抱きしめられて、その僕に今夜ずっとそばにいると言われて、幸せを感じているんだね」
「そ、そうよ」
恥ずかしさにイースの声が上擦る。
「それでいいんじゃないかな。幸せは、感じるものだから。
イースも、幸せは何なのか考えてみても分からなかったでしょ?それは、幸せが、頭で考えて答えを出すものではないからなんだ」
(幸せは、感じるもの?)
イースは伊吹の言葉を反芻する。
「イースには、すぐに理解することは難しいかもしれないね。
今まで長いこと、メビウス様に服従するように仕向けられてきたんでしょ?
ずっと、メビウス様の為に尽くすことが幸せだと思い込まされてきたんでしょ?
さっきも、メビウス様に従うことが喜びだと言ってたよね」
「ええ。そうよ。私、メビウス様が大事だった。
今では、どうしてあんなに大事に思っていたのか、もう分からない」
「きっと、イースの心は、ラビリンスに生まれた時から、メビウス様に支配され管理されていた。メビウス様に服従しないと生きていけない
状態だった。
でも、今は、メビウス様がイースを捨てたことで、イースの心はメビウス様の管理から外れた。
だから、イースの心は、やっと自由になれた。イースの心は、イースのものになったんだ」
「私の心?」
イースにとって初めて聞いた言葉だった。
伊吹は大きく頷いて、優しくイースに笑いかけた。
「そう、イースの心。もうメビウス様のいない、生まれたままの純粋な心だよ。
好きな風に振る舞ってごらんよ。何も考えなくていい。誰の目も気にしなくていい。
ただ感じてごらん。それだけでいいんだ」
伊吹はよしよしとイースの頭を撫でる。
「僕がイースのそばにいてあげる。僕がイースを受けとめてあげる。
だから、怖がらなくていいよ」
伊吹の優しい口づけが、イースの額をつついて、イースを安心させる。
「何をどう感じたら幸せなのか、その幸せの素はね、自分らしさ、だよ。
イースなら、イースらしさ。
僕なら、僕らしさ。
どれだけ自分が自分らしくいられるかで、幸福か不幸かが決まるんだ」
イースはきょとんと伊吹を見上げた。
「例えば、自分は何が欲しいか、何を好きか、何をすれば楽しいか、何が心地良いか。
それらを知って、手に入れたら、幸せが手に入る。
その鍵が自分らしさ、というわけだよ。
これは口で言うだけじゃ分かりづらいよね。
でも、さっきも言ったように、幸せは感じるものだから、理解なんて必要ない。時間もそんなに要らない」
伊吹はイースの赤い瞳を見つめる。
「イースはすぐに幸せになれるよ。
僕がイースを一秒で幸せにするから」

イース様小説『文月十一日 夕さり』5

2020-07-11 23:28:53 | 小説
イースは泣きながら、昼間も人前で、ウエスターの前で泣いたことを思い出す。
(伊吹は優しいのに、どうして、ウエスターみたいに抱きしめてくれないの?)
少し手を動かせば触れ合える距離なのに。
疑問に思ったイースは、すぐ目の前にある伊吹の顔を見る。
「イース?
そんなに見つめてくれるのはすごく嬉しいよ。
でも、僕が今、潤んだ瞳の可愛いイースに何をしようとしてるのか、察してくれたら、とても助かるのだけど」
顔を赤くして、決まり悪そうに伊吹がイースに訴える。
顔を伊吹に向けたまま、イースは期待を込めてそっと目を閉じた。
「ちょっとそのままで待っててね」
伊吹は一旦イースから離れて、キッチンでミニトマトを探して一つ手にすると、洗ってヘタを取った。
「イース。お口を開けてごらん」
目を閉じたまま、言われるがままにイースは唇を開く。
伊吹は、イースの口に真っ赤なミニトマトを押し込んだ。
「食べていいよ」
イースは目を開くと、頬を赤らめて、ふいと横を向いた。
「僕を察してくれたご褒美だよ。模範解答だ。イースは優等生だね」
イースは伊吹のセリフを聞きながら、とにかく口に含まされたミニトマトをもぐもぐと咀嚼する。
「でも、自分の身の心配を忘れているね?」
伊吹は囁いて、イースの赤く染まった頬にチュッとキスをした。
イースは息を飲んで、キスされた頬を手で押えて、俯いた。
(恥ずかしい。でも、嬉しい)
伊吹の唇が触れたところの頬が熱を持ち、イースは胸の高鳴りを感じていた。
「こんな密室で僕をその気にさせたら、最後はどうなるか、想像はついてる?」
伊吹の囁きに、その最後を導き出そうと、イースは頭を巡らせる。
思考に沈むイースの頭をポンポンと撫でて、伊吹は微笑んで、キッチンに向かう。
「ご飯の用意をしてくるね」
イースは伊吹の姿を眺めながら、想像を続けようとするが、ぼんやりとしか描けなかった。
(きっと、この胸のドキドキがずっと続いて)
具体的なことが何一つ思い浮かばない。
(だから、このままずっと嬉しくて、幸せで)
イースはフッと気づく。
(え?幸せ?)
自分が今、幸せを感じていることに、イースは違和感を覚える。
(この私が幸せ?
今まで人間どもを不幸に突き落としていた、この私が?
幸せなど無くなってしまえと思っていたのに、どうして?)
イースは、早鐘を打つ胸を押さえた。
そこには、もう、幸せの素のペンダントは無い。
昼間に自分が踏みつけたはずの幸せが、自分が壊した幸せが、どうして、胸の中にあるのだろうか。
まるで魔法みたいだった。
ラブに出会って初めて、自分の幸せを考えた。けれど、幸せを考えれば考えるほど、幸せが何なのか分からなくなり、答えから遠ざかってしまった。
(あの時は分からなかったのに、どうして私は今、こんな唐突に、幸せを感じて喜んでいるの?)
思考が堂々巡りになって、全く答えが見つからない。
「イース。ご飯できたよ。こっちにおいで」
伊吹の声に、イースはソファを立って、ダイニングテーブルにつく。
「想像ついた?」
首を横に振るイースに伊吹は苦笑する。
「警戒されるよりいいんだけど、それはそれで困るかな」
「?」
イースの疑問符に伊吹は答えなかった。
「じゃ、グラスを持って、イース」
氷をカラカラと鳴らしながら、伊吹はアイスティーのグラスを手に持った。
「こう?」
伊吹の意図が分からずに、イースは小首を傾げながら、グラスを手にした。
「では、今夜イースと出会えたことに、乾杯」
カツンと音を立てて、伊吹はイースとグラスを合わせた。
「さ、飲んで、イース」
きょとんとしているイースを伊吹が促して、二人はグラスのアイスティーを飲んだ。
「イースの国のラビリンスには、乾杯の習慣はないんだね?」
「乾杯って、今の?」
伊吹は頷くと、しげしげとイースを見つめて呟いた。
「この地球上に乾杯の習慣がない民族がいるとは、到底思えない。いたとすれば、それは人類じゃないね。
イースは、本当に異次元の人なんだね。
さあ、冷めないうちに食べて」
イースは、伊吹の見様見真似でパスタをフォークに巻き付けると、口に入れた。
「ん、美味しいわ」
「イースの口に合って良かった。嬉しいよ」
イースはすぐにふた口目を口に運ぶ。
それを目を細めて見、伊吹は困ったような顔でイースに笑いかける。
「イースと話したいことはいっぱいあるんだけど、まず先に、この料理の言い訳をさせてもらっていい?」
イースは頷いたものの、目の前の料理に何の言い訳が必要なのか、分からなかった。ウエスターの作る料理より美味しい。
「せっかく僕の家まで来てもらったのに、こんな、パスタとサラダとスープで、ごめんね」
「どうして謝るの?」
「そう言ってくれてありがとう、イース。
イースは本当に優しいね。
僕は、本当は、イースにご馳走したかったんだ。僕が早とちりで通報してしまったお詫びにね。
でも、スーパーに寄ったばかりに警察に職質でもされたら、せっかく逃げた意味がない。何より、夜中の中学生は目立つしね。
だから、ご馳走の食材を買うことができずに、こんな有り合わせの食事になってしまったんだ」
イースは小首を傾げる。
「有り合わせ?」
「うん。
このペペロンチーノのパスタソースはレトルトで、温めただけ。
サラダは、レタスとキュウリを切って、ミニトマトを乗せただけ。
スープも、ミネストローネの素をお湯に混ぜただけ。
イースにはもっとちゃんとした料理を振る舞いたかったよ」
しょんぼりする伊吹とは裏腹に、ラビリンスの料理に比べても、充分ちゃんとした料理に見えたので、イースは小首を傾げたままだった。
「ごめんね、イース。僕が無神経だったよ。
イースの国にはカルピスも無いんだったよね」
哀れみの眼差しを向けられて、イースはラビリンスを誤解されたことに気づいた。
「いえ、ラビリンスは飢餓で苦しんでいないわ」
イースが否定すると、伊吹は怪訝な眼差しに変わった。
「本当に?
例えば、イース含めて国の上層部には食糧が十分あるけれど、一般国民は飢餓で苦しんでる、そういう可能性は考えた?
情報を制限されていたり、情報操作されている、そういう可能性は考えた?」
「そんな事、考えた事も無いわ」
ソンナ事、考エタ事モ無イ。
それは、イースがスパイの真似事を始めてすぐ、ラブに幸せかと訊かれて思った言葉だった。
「イースは悪くない。
無理もないよ。思考能力や自由な発想は、時に支配の邪魔だから、制限されるんだと思う。
ごめんね、イース。僕が無神経なばかりに、楽しくもない会話にしてしまって」
「いえ、別に」
また謝った伊吹に、イースは、幸せについて訊いてみようと思った。
「あの、伊吹。
訊きたいことがあるの」
伊吹が笑顔になって先を促す。
「うん。何でも訊いて?」
その伊吹の笑顔にイースは安堵して、話しやすくなったものの、中々言い出せない。
(だいたい、今まで沢山の人間を不幸にしてきたこの私が、幸せを話題にしようだとか、どういうこと?)
逡巡するイースを見かねて、伊吹は努めて優しい声音を出した。
「ね、イース。
初対面の僕だからこそ、話せることもあるよ。
だって、僕は昨日までのイースを知らない。
だから、こんなことを訊いたらおかしいとか、笑われるとか、考える必要はない」
(確かに。
ウエスターは、素で馬鹿な返事しかしない。
サウラーだったら、抱腹絶倒か、気が狂ったかと素で心配される、絶対)
「それにね、悩み事や問題は、誰かに相談するだけで解決することがあるよ。
解決までは行かなくても、その糸口が見つかることもある。
だから、僕はイースに、何があったか教えて欲しいと言ったんだ。
問題によっては、話しを聴くだけで、イースを助けられるから」
伊吹の言葉に背中を押されて、イースはやっと口を開いた。
「その、何て言ったらいいか、私、よく分からないのだけど。
し、幸せって、何?
そもそも、私は、ラビリンス総統メビウス様の命令で、人間の嘆き悲しみを負のエネルギーに液化変換して、不幸のゲージに貯めていた。
不幸のゲージが嘆き悲しみで満たされた時、インフィニティが出現する。
そのインフィニティ、つまり無限メモリを、メビウス様がご所望だったから。
まだ不幸のゲージは満ちていないから、私には、そのインフィニティが何なのか分からないまま。
だって、今日、私は任務に失敗した。
メビウス様から強力なカードを賜わって、その4枚を全て使い切っても、プリキュアを倒せなかった。
今日の戦闘中、私はナキサケーベのコントロールを失って、プリキュアによってカードの機能も止められた。
それで勝算が無くなって、退路を確保する為、正体を明かして、捨て台詞を吐いて、プリキュアを動揺させたのよ。
その隙に撤退した。
スタジアムの外は避難する人でごった返していたから、さっきの白い服の姿で避難する人間のフリをして、人混みに紛れて、タクシーに乗って逃走した。
任務に失敗した私は、メビウス様に見捨てられたも同然。
今日の今日まで、メビウス様の命令に従うことが私の喜びだったのに」
伊吹は話の腰を折らないよう沈黙して、語るイースを見守っていた。
「それまでは、私、スパイの真似事をして、プリキュアの友達になったフリをして、プリキュアの変身アイテムを奪おうとしていた。
そんな時、変身前のプリキュアに、私が幸せかどうかって、訊かれたのよ。
その時は、私、自分の幸せなんて考えた事も無かった。
それに、幸せなんて、くだらないと思っていた。
その後で、考えてみたの、自分は幸せなのか、私の幸せは何なのか。
結果、全然、分からなかった」
イースは、アイスティーを飲んで気持ちを落ち着ける。
「なのに、今夜、伊吹に会ってから、私、何だかおかしくて」
イースは目を伏せて、膝のニーハイの赤いリボンをいじり始めた。
「私は幸せなんて分からないはずなのに、その、伊吹が見つめてくれたり、笑顔を向けてくれたり、キスしてくれて、何故か胸がドキドキして、でも嬉しくて、私は幸せだって感じた。
どうして、私は幸せを感じてるのか、分からなくて」
伊吹はしばらく沈黙して、イースの話しが終わったことを確認する。
「よく話してくれたね、イース。言いにくいこともあったろうに、ありがとう。
そして、よく戦場から生き抜いて帰ってきてくれたね。本当にありがとう。
まずはお礼を言うよ。
とても辛くて大変だったね。かわいそうに」
伊吹の優しい言葉と、同情してくれたことに、イースは思わず涙を浮かべる。
「イースは恋はしたことないの?」
伊吹の質問に、イースは頷いて説明した。
「ラビリンスでは恋愛禁止なの。
未婚の男女の恋愛は、人口計画を狂わせる温床だから。
人口計画に基づく子の出生数を管理する為、ラビリンスは国民の結婚を管理している。
結婚によらない子の出生は管理の妨げになるから、それを防ぐ為に、恋愛禁止なのよ」
伊吹は、イースの説明を理解するのに数秒を要した。
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。
変なことを訊いてしまったね。
今のイースの話しについて、疑問に思った事があと二つあるんだ。聞いてくれる?
幸せについてはあとで話すから」
イースが頷くと、伊吹は早速質問を始めた。
「ありがとう、イース。
不幸のゲージを貯めてインフィニティを出現させて、メビウス様は何をしようとしているの?世界征服?」
「そういうことよ。メビウス様は、インフィニティ、つまり無限メモリを使って、全パラレルワールドを支配して、ラビリンスの管理下に置こうとしているの」
「なるほど。それが実現したら、この世界はラビリンスの植民地というわけか。
では、最後の疑問だけど。
イースのさっきの見捨てられたという発言と、僕の常識では計り知れない管理国家ラビリンス。そして、今ここにいるイース。
これらを考えて、最悪の事態を想定すると、イースが余りにかわいそうだ」
伊吹が泣きそうな顔をする。
「イース、君は、処刑を受け入れるつもりなんだね」
「処刑っ!?」
衝撃的な言葉に驚いたイースだったが、管理されている寿命を短くされるのは、処刑と何も変わらない。同じ意味だった。
「どうして分かったの?」
イースが疑問をぶつけると、伊吹はさらりと言った。
「僕は頭が良いんだ」
伊吹は目を潤ませて、イースをまっすぐに見つめる。
「イースの心はもうラビリンスに無い。ラビリンスに人権の意識はおそらく無い。
この二点を踏まえて最悪の事態を予想した。
さらに、イースが任務に失敗したと言いながらも、ラビリンスから逃亡する気配が無い」
イースは伊吹の見解の一部を訂正する。
「逃げても無駄なのよ。
私達は、生まれた時から、寿命が決められて管理されている。
任務に失敗した私は、その管理データを変更されて、きっと明日朝には寿命を迎える」
ひっと伊吹が喉を引きつらせた。

イース様小説『文月十一日 夕さり』4

2020-07-11 23:23:52 | 小説
「脱いで、イース」
「え?」
伊吹の家の玄関でそう言われて、イースは何かの聞き間違いかと思った。
「日本人の家に上がるのは初めて?日本では、家の中では靴を脱ぐんだよ。そういう常識」
赤いヒールサンダルのまま上がろうとしていたイースは、自分の勘違いに赤面する。
(服を脱いでと言われたのかと思ったわ)
「これ、日本人じゃないと知らないことだから、そんなに恥ずかしがることないよ。
イースって名前からして、靴を脱ぐのはベッドの中っていう習慣の国から来たんでしょう?」
「ええ、そうなの」
イースは、赤面を別の意味にとってくれた伊吹にホッとする。
イースにスリッパを出して、伊吹はイースが脱いだヒールサンダルを揃えて置く。
「ちなみに脱いだ靴は揃える。これはマナーだね。
それはそうと、イースは意外にも背が低いんだね。ヒールを履いていたから気づかなかった。
小さくて可愛い」
伊吹の言葉にイースは動揺する。
(可愛い?私が?)
「おいで、リビングに案内するよ」
そう言ってイースに背を向けた伊吹は、何を思ったか、着ていたTシャツをサッと脱いだ。
「きゃ!」
伊吹の裸の背中を見てしまったイースが悲鳴を上げる。
「どうしたのっ!?」
驚いて振り向こうとする伊吹に、イースは両手で顔を覆った。
「あ、ごめんね、イース」
上半身裸は問題だと悟った伊吹はTシャツを着た。
「イース、もう着たから大丈夫だよ。
こう暑いと、家の中で服を着ていることが苦痛でね。エアコンだってすぐに冷えるわけじゃないし。
だから、つい、いつもの癖が出ちゃったよ。家では夏は服を着ないんだ」
伊吹はイースに弁解しながら、廊下を進み、リビングのソファをイースに勧めた。
リモコンで、エアコンとオーディオを点け、ジャズ音楽を流す。
「イースは何が飲みたい?
すぐ出せるのは、麦茶とコーラ。それに、オレンジジュースとグレープジュースとトマトジュースと牛乳。
アイスコーヒーとアイスティーも、すぐ淹れられるよ」
ソファの上のイースは、小首を傾げて、伊吹を見上げた。
何故、この世界には、たかだか飲み物一つにこんなに種類があるのだろうか。
かつて、第二話で、自動販売機をナケワメーケに変え、間接的にベリーを生み出したイースだが、その時のナケワメーケが放流した何色ものジュースと、その色を混ぜ合わせてできたセピア色のジュースの海に、自業自得と言えど、虫酸が走った。
「それとも他のものがいい?ちょっと待ってね、冷蔵庫とか見るから」
伊吹は奥のキッチンに向かい、イースに冷蔵庫の中身などを伝える。
「イース、言うよ。ミックスジュースと、スポーツドリンクと、炭酸水と、カルピスと、豆乳と、栄養ドリンクと、青汁もあるよ」
(そんなにあるの!?)
「ミネラルウォーターも。ホットでよければ緑茶に紅茶にハーブティーにココア」
「あの、伊吹」
イースは、どれも飲んだことが多分ない、そう伝えようと呼びかけた。
多分というのは、ドーナツのカオルちゃんの店で出された飲み物が何だったのか、名前を知らないからだ。ウエスターがこの世界の飲み物をよく出すけれど、その名前を覚える必要性を見出せなかったからだ。
「あ、やっと僕の名前を呼んでくれたね。嬉しいよ、イース」
伊吹の満面の笑みがキッチンから返ってきた。
その笑顔に、イースの胸がドキッと高鳴って、そこから熱が喜びを伴って広がっていく。
(笑顔は嫌いなのに、どうして?)
まっすぐにイースに向けられた笑顔から、イースは目が離せない。
イースだけに向けられた、イースの為だけの笑顔。
その伊吹の笑顔はキラキラと輝いて、心の闇を照らし出す。
(もしかして、私、本当は笑顔が嫌いじゃなくて、羨ましかったの?)
本当は、自分は笑顔が欲しいけれど、誰も自分に微笑みをくれない。なのに、自分以外の人間は誰かと笑い合っている。それが、羨ましくて、恨めしくて、呪わしくて。
だから、笑顔が、嫌いになった。
本当は、ただ、自分も笑顔が欲しいだけ。
(嘘)
それでは何かがおかしい。
笑顔を求める自分なんて、自分じゃない。
もし、自分は笑顔を欲していると認めたら、今までの自分は壊れそう。
自分が自分ではいられなくなる気がした。
イースは空恐ろしくなって、ぎゅっと瞳を閉じた。
「イース?」
心配する伊吹の声がリビングのイースに届く。
伊吹は様子のおかしいイースを察して、カルピスの原液を手に取った。
「じゃ、カルピスにするね。心が辛い時はこれが一番効くよ」
原液を薄めて手際良くカルピスを作り、伊吹はイースに微笑んでカルピスを手渡した。
「僕の持論だけどね」
イースは勧められるまま、カルピスを一口飲んだ。すると、爽やかな甘さが口の中に広がる。
「ん、美味しいわ。こういう甘い飲み物、初めて」
表情をやわらげたイースに喜びながらも、伊吹は思わず訊いた。
「カルピスが初めて?」
伊吹は立ちつくしたまま、ソファのイースを見下ろす。
「カルピスという飲み物は、世界ではわりとメジャーな方だと思っていたよ。
でも、世界は広いから、まだカルピスを知らない国があってもおかしくない。
イースの国には、カルピスは無いんだよね?それはどこの国なの?」
不思議がる伊吹に、イースはしばし沈黙して、苦笑した。
「今更どう言い繕っても無駄ね。伊吹にはすっかり見られてしまった」
そして、肘を上げて両手の拳を目の前で合わせ、拳同士をこすり合わせる。
「スイッチオーバー」
イースは腕を水平に広げ、黒髪の白いブラウスの少女から、銀の髪の黒い衣装の少女へと変身した。
「私は、この世界とは別の次元にある、総統メビウス様が支配する管理国家ラビリンスから来た。
そこの幹部の一人。
プリキュアの敵と言えば、理解が早いでしょう」
素性を明かし、伊吹の前で変身してみせたイースを、伊吹は驚きとともに見つめる。
「信じがたいけど、今起きたことが事実なんだね。
もしかして、今日の昼に起きた、トリニティのライブのスタジアムで、プリキュアが出動したという事件は」
伊吹の疑問にイースは頷いた。
「そう。私が騒動を起こした、ナキサケーベの最後のカードを使って。
ナキサケーベというのは、直接スタジアムを襲った化け物。
それを使役していたのが、私」
「イース?」
はらりと涙を落としたイースを見て、伊吹はティッシュを持って近寄り、イースの頬の涙をそっと拭いた。
「え?」
伊吹に涙を拭われて、イースは自分が泣いていることに気がついた。
「イースが辛いなら、無理に話したり、思い出さなくていいんだよ。
教えてくれてありがとう、イース」
震え始めていたイースは頷いて、気遣ってくれる伊吹に訊いた。
「どうして?」
「うん?」
イースの問いに伊吹は首を傾げる。
「どうして、私に優しくするの?
私、ライブを楽しみにして来た人達を怖がらせて、ライブを台無しにして。
それを、キュアピーチだって怒ってるって言ってたのに。
なのに、どうして、伊吹は私を怒らないの?伊吹も私に優しいの?」
伊吹は、涙声のイースに息を飲んで、うろたえた。
「それはね、そういうことは、参ったな。食後のデザートの時に言おうと思ってたんだけど」
イースの隣に腰掛けると、伊吹は言葉を選んでからイースに伝えた。
「先に、僕がイースを怒ってない理由から言うね」
伊吹が説明を始める。
「怒ってない理由は、三つあるよ。
第一の理由は、被害の少なさ。
ニュースで昼のスタジアムの事件を見たけど、死者が出てなかった。ケガ人は出たけど軽傷で済んだのは、逃げ遅れた人もいなかったし、避難が迅速に行われたのが奏功したって、ニュースでは分析してたよ。
でも、それだけではないよね?
イースがそう仕組んだからだよね?」
イースはきょとんと首を傾げた。
「知らんぷりしなくていいよ。
イースは、避難が終わるまで、威嚇以外の攻撃をしないでいてくれて、避難が完了するのを待っててくれた。
一般人に被害を出さない為にね」
伊吹の、イースの株を持ち上げるような善良な見方に、イースは違を唱えた。
「それは私がうまくナキサケーベを制御できなかっただけ」
「つまり、操作ミスだったって言いたいの?
イースは自分を幹部と言ったよね。
幹部まで出世するような人物が、前線で初歩的な操作ミスなんか、するわけないじゃない」
伊吹の発言は、ラビリンスのキャリアに裏打ちされたイースのプライドを打ち砕いた。
イースは沈黙して、心の中で弁解する。
ナキサケーベも4回目になると、前回の激痛を思い出して、怖くなる。そこに新しい激痛がくるので、二重に痛い。
激痛に耐えられると頑張って意地を張っていたけれど、それにも限界があって、やがてナキサケーベを使役どころか制御もできなくなった。
伊吹はイースを誤解したまま、説明を続ける。
「怒ってない第二の理由は、非効率。
ライブの観客や関係者は、確かにイースを怒ると思う。
でも、現場にいなかった無関係の僕は、怒らないよ。
だって、毎日のニュースにいちいち腹を立てたって、どうにもならないからね。そんな時間があったら、世の中を動かせる偉い人になる為に勉強してた方が、余程効率的だ」
理路整然と説明する伊吹に、イースは、サウラーと会議している気分になった。ちなみに、勿論、会議にはウエスターも出席しているが、ほぼ寝ているので、出席していないも同然だった。
伊吹の説明が怒ってない理由の三つ目に移る。
「第三の理由は、イースに自責の念があること」
「え?」
イースは再びきょとんと首を傾げた。身に覚えの無いことだった。
「イースに自責の念がある以上、僕がイースを怒る必要は無い、という意味だよ。
悪い事をしてしまったと自分を責めているのに、それを他人がまた責めて、何の意味があるの?かわいそうなだけじゃないか」
「あの、伊吹」
「さっきのはサービス。質疑は僕の説明が終わってからにして欲しい」
「失礼」
イースは咄嗟に謝った。そういえば、自分も、伊吹と同じように、話は最後まで聞けといった発言をして、会議の出席者全員をビビらせ怖がらせたことがある。
「僕の目には、イースが悪人には見えない。
僕がイースと出会って、1時間経つか経たないかだけど、僕の目に狂いは無いよ。
何故なら、僕が見聞きしたイースの言動には、僕達この世界の人間への悪意も害意も感じられない。先程の変質者への対応はやり過ぎだけどね」
伊吹の言葉にイースは納得する。
(人間に悪意も害意も無い、か)
今のイースは、まさにその通りだった。
メビウスがイースを見限ったであろう今、人間を不幸にすることに、何の意味も無い。不幸のゲージもメビウスも、今のイースにとっては無意味で、どうでもいいことだった。
(メビウス様は、結局、私を見てくれなかった。
どうして、私、メビウス様に命まで差し出せば認めてもらえるだなんて、勝手に思い込んでいたんだろう)
視界に涙が滲んで、ぼやけてくる。
(そんな無意味な思い込みで、頑張って頑張って、尽くせば尽くすほど苦しくなって。辛くなって。
何をしてたんだろう、私。
それで間もなく死ぬなんて、私、何だったの?)
虚無感に打ちひしがれるイースの耳に、伊吹の声が響いてくる。
「イースの属する管理国家ラビリンスがプリキュアの敵というのは理解しているよ。
でも、正直、僕には、イースがプリキュアの敵というのは、信じられない。
何故なら、イースは優しくて素直ないい子だから。
僕がそう判断した理由をいくつか述べるね」
発言を禁じられているイースは黙って聞いた。
「イースの正体を目撃した僕に危害を加える気配が全くない」
(いえ、それは、今夜一緒に居て欲しいから)
イースは心の中で反論する。
「一般人の避難完了を待ってから攻撃する」
(本当に、ナキサケーベの制御不能なの)
「自分の起こした事件を思い出して涙する」
(それは、ナキサケーベの茨の痛みを思い出すのと、悔し涙と、もう後が無くなってしまったショックとかで、苦しくて辛くて)
「そもそも何故怒らないかと質問する時点で、潜在的に自分は怒られるようなことをしたと良心の呵責を感じている証拠になるよ」
(それは、きっとラブの影響)
「それらを加味したら結論が出たよ。
ここで質問だけど、イースがプリキュアと戦う理由は、総統メビウス様の命令だからだよね?」
イースは黙って頷いた。
「イースは、本当は、メビウス様に従ってプリキュアと戦うことが辛いと思っているよね?」
「辛いのは違わないわ。辛すぎて何が辛いのか分からなくなってるけど」
イースがため息混じりに答えると、伊吹はイースの目を見つめて言い渡した。
「イースは信じられないかもしれないけど、イース、君は、ラビリンス総統メビウス様に騙されて洗脳されている」
イースは涙ぐんで、おおむね肯定する。メビウスに見捨てられた今だからこそ分かることだった。
「同じような状態よ。その表現が適切か分からないけど」
イースの言葉に、伊吹は嬉しそうに笑った。
「それは良かった。洗脳されていると、中々この事実に気づかないものだよ。
イースは頭が良いんだね」
伊吹はイースの涙をティッシュで優しく拭った。