THE KUROSAKIC RADICAL

こちらは『闇の末裔』の黒崎密を幸せにするサイトでしたが、サーバー廃業により、ブログで密を愛することにしました。

イース様小説『文月十一日 夕さり』1

2020-07-11 23:12:05 | 小説
ラビリンス総統メビウス様から賜った、特別な4枚のカード『ナキサケーベ』
このカードは、強大な力の代償に、カードの使用者の激痛を要求する、諸刃の剣だった。
(もう一度このカードを使って、私は、無事でいられるだろうか)
このナキサケーベの最後のカードを使う前に、イースはそう思った。
使い終わった今なら、分かる。
それは、自分自身が発した警告だったのだと。
自分に向けた、自分への警告。
その警告を無視したのも、また、自分。
自分で自分を止めることができなかった。



「お客様、着きましたよ。森の入り口でいいんですよね」
タクシーの運転手の声に、せつなの姿のイースは目を覚ました。
先刻、スタジアムにて、ナキサケーベの最後のカードを使い、戦い終わった帰りだった。
「すみません」
イースは支払いを済ませて、タクシーを降りる。
昼下がりの中、森の入り口から奥の館へと、よろよろとおぼつかない足取りで歩みを進める。
身体中が苦痛に悲鳴を上げていて、呼吸は乱れ、視界が揺らぎ、意識が朦朧とする。
森の小径を少し進んだだけで、イースは動けなくなった。咄嗟に立木に左手をつく。
(帰って、どうなるの?)
全てが無意味なものに思えてくる。
苦しみを堪えるように、イースは右の拳を握り締める。
イースの手の中には、カードはもう無い。
メビウスから授けられたナキサケーベの4枚のカードを全て使い果たしても、プリキュアを倒すことはできなかった。
(私がしてきたことは、何だったの)
無力感でもう身体が動かない。
ナキサケーベのカードを使えば、寿命を縮めることもあると知らされていた。
この命を削ってプリキュアを倒せるのなら、そしてメビウスの為になるのなら、それでいいと思っていた。
けれど、最悪の結果になった。
プリキュアを倒せなかった。
(私、メビウス様に、捨てられる)
ぞくりと、絶望がイースの背を這い上がる。
(こんなはずじゃなかった)
ラビリンスにとって不必要になったイースは、粛清の対象になり、存在を抹消される。
(いつ?)
それは、考えるまでもなかった。
メビウスの命令は、すみやかに遂行されなくてはならない。
それがラビリンスのルールだった。
(私に、明日は来ないかもしれない)
目の前が真っ暗になり、イースは意識を失いかけた。
(私、このまま、死ぬの?)
気を失ったら最後、二度と目覚めることはないのかもしれない。
そう思い至り、何度も目を瞬いて、イースは辛うじて意識を繋ぎ止める。けれど平衡感覚が追いつかず、イースは草の上にしゃがみ込んだ。
(怖い)
死ぬのが、怖い。怖くて、堪らない。
「メビウス様」
心の支えだった名前を呼んでも、その続きは言えなかった。
イースを粛清しようとするメビウスが、イースを死の恐怖から助けてくれるはずは無い。
途方に暮れて、虚無感に苛まれ、イースは草の上に突っ伏した。
「うっうっ」
嗚咽が込み上げて、イースは泣き始めた。

「その声、イースか?」
不意に名前を呼ばれ、イースは驚いて半身を起こそうとした。
けれど、腕に力が入らず、辛うじて顔だけを巡らせる。
木立の間から現れたウエスターが、倒れ伏すイースに走り寄り、その傍らに膝をついた。
「大丈夫か?」
ウエスターは心配そうに、あちこち服がほつれているイースを抱きかかえ、身体を起こさせる。
「痛むか?」
仰向けにされたイースは、涙の向こうに滲むウエスターの顔を見た。
「ひっ、うっ」
すぐには止まらない嗚咽が漏れる。
見ないでと言いたいのに、涙で声が涸れて言葉にならない。
「もう大丈夫だ」
ウエスターはイースの頭をかかえるように、自身の胸にしっかりと抱き留める。
「今の内に思い切り泣いておけ、イース。
ここには俺しかいない。
サウラーの前では泣けないだろう?あいつはすぐイースをいじめるからな」
ウエスターの広い胸、背をさする大きな手、それらの温もりに、イースは次第に落ち着きを取り戻していった。
「この前、館の玄関先で動けなくなってただろう。
それをサウラーから聞いた時はびっくりしたぞ。
慌てて駆けつけたら、本当にイースが倒れてる」
ウエスターがイースをあやすように話しかける。
「今日なんか、具合が悪そうなのに出かけたりするから、心配したぞ。
この前と同じように、またどこかで倒れているんじゃないかと思って、探していた。
イースを見つけられて良かったよ」
微笑んで、ウエスターは、まだ嗚咽の止まないイースの頭を撫で、震える背を何度もさする。
「イース、ここのところ、ひとりでかなり無理をしているだろう。
イースがこんなにもダメージを受けるのは普通じゃない。
ああ見えて、本当は、サウラーも心配しているんだぞ」
ウエスターの優しい穏やかな声音が、イースに安らぎを与えて、眠りへと誘う。
「俺もイースを心配している。
イースが、こんな風にひとりで傷ついて、泣いて。
そうやって苦しむイースを見るのは、辛いんだ。
でも、イースは手伝わせてくれない。
俺がイースにしてやれることと言ったら、お茶を淹れたり、ご飯を作ったり、掃除洗濯と風呂の用意ぐらいだ。
今日だって、イースがすぐ風呂に入れるよう、湯を張って、イースの好きな薔薇の花びらを浮かべておいたぞ」
ウエスターは、イースの呼吸が落ち着いてきたのが分かると、軽々とイースを抱き上げた。
「帰ろうな」
微笑みかけたウエスターは、イースが眠っていることに気づいた。
「相当疲れてるんだな。ゆっくり眠れ、イース」
ウエスターの呟きが木々を渡る風に消える。
「好きだ、なんて言ったら、嫌われるだろうか」

ウエスターは背中で玄関ドアを開けて、館の中に入る。
「ふふ、またお姫様抱っこか。
今日は、館まで戻る体力も残ってない程、消耗したようだね、イース」
「無駄だ、サウラー。イースは眠ってる」
イースとウエスターに近寄り、サウラーはイースの寝顔と、至るところほつれた服を見る。
「イース、泣いてたのかい?」
イースの頬の涙の跡を見て、サウラーが驚きの声を上げる。
「まさか、強情で気の強いイースが」
「全くだ。イースを泣かせるとは、プリキュアめ、イースにどんな酷いことをしやがった!」
怒るウエスターをよそに、サウラーはイースを観察する。
「この前、玄関先で座り込んでた時と同じ傷みたいだね。
メビウス様からカードをもらったみたいだけど、それからイースはこんな風にダメージを受けるようになった」
イースの部屋に一緒に向かいながら、サウラーは考え込む。
ウエスターはイースをベッドにそっと下ろした。
「いつまでイースを見ているつもりかな?」
サウラーの言葉に、熱心にイースを見つめていたウエスターがハッとする。
「それとも、おやすみのキスでもするタイミングを測っていたのかな?
だったら僕は失礼するよ」
ウエスターがカッと顔を赤らめる。
サウラーがイースの部屋を出ていくのに続き、ウエスターも部屋を出ていった。


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