ガタッと音を立てて伊吹は席を立つと、イースのそばに寄り、イースをギュッと抱きしめた。
(やっと抱きしめてくれた)
伊吹の腕の中でイースはホッと息をついた。
「イースがかわいそう」
伊吹の声も身体も震えているのが、イースに伝わった。
「ごめんなさい、イース、嘘をついて」
伊吹が泣きながら謝る。
「イース、ごめんなさい。
僕、イースの事を何も知らないのに、助けるだなんて、嘘を言ってしまって。
寿命を管理されてるって、それは、今日ラビリンスを知ったような僕じゃ、どうにもならないよ。
嘘をついて、ごめんなさい。イース」
涙に咽びながら、伊吹は謝罪を繰り返す。
「助けるって伊吹が言ってくれたのは、私にとって、衝撃だった。
そんな言葉をかけられたの、初めてだったから。
でも、変ね、そんな言葉を待ってた気がする」
伊吹の、イースを抱きしめる腕に力がこもる。
きつく抱きしめてくれるのが嬉しくて、イースは知らず微笑んでいた。
「イースが、自分のことを『ずっと、ひとりぼっち』って言ったの、僕は聞いていたよ。イースからも、あの変質者からも、見えないところで。
イースは、ずっと、寂しかったんだね」
伊吹は涙で声を詰まらせながら、イースの背をゆっくりと撫でる。
イースは、背中を撫でる伊吹の手の温もりにうっとりと目を閉じて、自分の気持ちを確かめて頷いた。
「そうよ。
自分が寂しい思いをしてるって、長いこと気づかなかった。ラブはそれに気づいたみたいで、寂しそうって言われたわ。
今まで、メビウス様が心の支えだったから、ひとりでも平気だった。
でも、こうして、メビウス様に見捨てられて死ぬことになったら、怖くて、誰かそばいてくれたらと、初めて思った」
伊吹の温もりの中で、イースは、これから話すことを伊吹が受け入れてくれるのか不安になり、緊張を覚える。
「あの、伊吹。
私は、私の命を助けて欲しいとは思わない。メビウス様を失って、生きていく意味なんて無いもの。
助けて欲しいのは、私の心とでも言えばいいかしら、私を死の恐怖から助けて欲しい。
私は、死ぬのが怖くて堪らない。
怖いから、今夜ずっとそばにいて欲しい。
伊吹、このまま、朝まで私と一緒にいてくれる?」
震える声で伝えると、伊吹の顔を見るのが怖くて、イースはうなだれて目を瞑ったままでいた。
「怖いの、私。怖くて気が狂いそう。
今夜はもうひとりじゃいられない」
「うん、分かった」
伊吹は即座に答えると、まるでイースに言い聞かせるように、イースの髪を何度も撫でる。
イースは伊吹の返事に、ぽろぽろと涙を零す。辛いわけではないのに泣くのは、初めてだった。
「今度は嘘にしないよ。
僕はずっとイースのそばにいる」
涙声で伊吹がイースに優しく囁く。イースの中で、自分を受け入れてくれた嬉しさが込み上げる。
「僕が朝まで、ずっと一緒に、イースのそばにいるよ」
気持ちを受けとめてくれた喜びが、イースの中で溢れ出す。
「イースがいなくなるまで、今夜はずっと起きている。
イースに、僕の時間をあげる。
僕と朝まで一緒にいようね、イース」
報われたことに幸せを感じて、突き動かされるように、イースは伊吹にしがみつくように、抱きしめ返した。
ずっと恐怖に怯えていたイースの心が、安らいで、満たされる。
涙を流しながら、イースはまた微笑みを浮かべた。
「イース、よかったら僕に教えて?
明日朝って、いつ頃?時刻は知らされてるの?」
抱擁を交わしたまま、泣きながら伊吹が訊いた。
「いいえ。正確な日時は知らないわ。
ただ、ラビリンスが、管理データの変更に時間をかけるとは思えない。
だから、早ければ、明日朝一番、ラビリンスの始業時刻の午前8時30分」
伊吹がしゃくり上げる。
「教えてくれてありがとう、イース。
本当にかわいそう」
自分の為に泣いている伊吹に感動して、イースは伊吹の胸に顔をうずめる。
「かわいそうと伊吹は言うけれど。
なら、どうして、今、私はこんなに幸せ気持ちでいるの?
何故、こんなに幸せを感じているの?」
イースは伊吹の胸に頬をすり寄せて、答えをねだった。
「そう。イースが幸せで良かったよ」
伊吹は、胸元のイースの頭に顎を乗せて、喉元でごろごろとイースの頭を撫でる。
「幸せについて、あとで話す約束だったね」
伊吹は抱きしめたイースの背を撫でながら、確認した。
「さっき、イースは、僕がイースを見つめたり、笑いかけたり、キスしたりすると、幸せを感じるって言ってくれたよね?」
「ええ」
イースは顔を伊吹にうずめたまま、赤くなる。
「今も、こうして僕に抱きしめられて、その僕に今夜ずっとそばにいると言われて、幸せを感じているんだね」
「そ、そうよ」
恥ずかしさにイースの声が上擦る。
「それでいいんじゃないかな。幸せは、感じるものだから。
イースも、幸せは何なのか考えてみても分からなかったでしょ?それは、幸せが、頭で考えて答えを出すものではないからなんだ」
(幸せは、感じるもの?)
イースは伊吹の言葉を反芻する。
「イースには、すぐに理解することは難しいかもしれないね。
今まで長いこと、メビウス様に服従するように仕向けられてきたんでしょ?
ずっと、メビウス様の為に尽くすことが幸せだと思い込まされてきたんでしょ?
さっきも、メビウス様に従うことが喜びだと言ってたよね」
「ええ。そうよ。私、メビウス様が大事だった。
今では、どうしてあんなに大事に思っていたのか、もう分からない」
「きっと、イースの心は、ラビリンスに生まれた時から、メビウス様に支配され管理されていた。メビウス様に服従しないと生きていけない
状態だった。
でも、今は、メビウス様がイースを捨てたことで、イースの心はメビウス様の管理から外れた。
だから、イースの心は、やっと自由になれた。イースの心は、イースのものになったんだ」
「私の心?」
イースにとって初めて聞いた言葉だった。
伊吹は大きく頷いて、優しくイースに笑いかけた。
「そう、イースの心。もうメビウス様のいない、生まれたままの純粋な心だよ。
好きな風に振る舞ってごらんよ。何も考えなくていい。誰の目も気にしなくていい。
ただ感じてごらん。それだけでいいんだ」
伊吹はよしよしとイースの頭を撫でる。
「僕がイースのそばにいてあげる。僕がイースを受けとめてあげる。
だから、怖がらなくていいよ」
伊吹の優しい口づけが、イースの額をつついて、イースを安心させる。
「何をどう感じたら幸せなのか、その幸せの素はね、自分らしさ、だよ。
イースなら、イースらしさ。
僕なら、僕らしさ。
どれだけ自分が自分らしくいられるかで、幸福か不幸かが決まるんだ」
イースはきょとんと伊吹を見上げた。
「例えば、自分は何が欲しいか、何を好きか、何をすれば楽しいか、何が心地良いか。
それらを知って、手に入れたら、幸せが手に入る。
その鍵が自分らしさ、というわけだよ。
これは口で言うだけじゃ分かりづらいよね。
でも、さっきも言ったように、幸せは感じるものだから、理解なんて必要ない。時間もそんなに要らない」
伊吹はイースの赤い瞳を見つめる。
「イースはすぐに幸せになれるよ。
僕がイースを一秒で幸せにするから」
(やっと抱きしめてくれた)
伊吹の腕の中でイースはホッと息をついた。
「イースがかわいそう」
伊吹の声も身体も震えているのが、イースに伝わった。
「ごめんなさい、イース、嘘をついて」
伊吹が泣きながら謝る。
「イース、ごめんなさい。
僕、イースの事を何も知らないのに、助けるだなんて、嘘を言ってしまって。
寿命を管理されてるって、それは、今日ラビリンスを知ったような僕じゃ、どうにもならないよ。
嘘をついて、ごめんなさい。イース」
涙に咽びながら、伊吹は謝罪を繰り返す。
「助けるって伊吹が言ってくれたのは、私にとって、衝撃だった。
そんな言葉をかけられたの、初めてだったから。
でも、変ね、そんな言葉を待ってた気がする」
伊吹の、イースを抱きしめる腕に力がこもる。
きつく抱きしめてくれるのが嬉しくて、イースは知らず微笑んでいた。
「イースが、自分のことを『ずっと、ひとりぼっち』って言ったの、僕は聞いていたよ。イースからも、あの変質者からも、見えないところで。
イースは、ずっと、寂しかったんだね」
伊吹は涙で声を詰まらせながら、イースの背をゆっくりと撫でる。
イースは、背中を撫でる伊吹の手の温もりにうっとりと目を閉じて、自分の気持ちを確かめて頷いた。
「そうよ。
自分が寂しい思いをしてるって、長いこと気づかなかった。ラブはそれに気づいたみたいで、寂しそうって言われたわ。
今まで、メビウス様が心の支えだったから、ひとりでも平気だった。
でも、こうして、メビウス様に見捨てられて死ぬことになったら、怖くて、誰かそばいてくれたらと、初めて思った」
伊吹の温もりの中で、イースは、これから話すことを伊吹が受け入れてくれるのか不安になり、緊張を覚える。
「あの、伊吹。
私は、私の命を助けて欲しいとは思わない。メビウス様を失って、生きていく意味なんて無いもの。
助けて欲しいのは、私の心とでも言えばいいかしら、私を死の恐怖から助けて欲しい。
私は、死ぬのが怖くて堪らない。
怖いから、今夜ずっとそばにいて欲しい。
伊吹、このまま、朝まで私と一緒にいてくれる?」
震える声で伝えると、伊吹の顔を見るのが怖くて、イースはうなだれて目を瞑ったままでいた。
「怖いの、私。怖くて気が狂いそう。
今夜はもうひとりじゃいられない」
「うん、分かった」
伊吹は即座に答えると、まるでイースに言い聞かせるように、イースの髪を何度も撫でる。
イースは伊吹の返事に、ぽろぽろと涙を零す。辛いわけではないのに泣くのは、初めてだった。
「今度は嘘にしないよ。
僕はずっとイースのそばにいる」
涙声で伊吹がイースに優しく囁く。イースの中で、自分を受け入れてくれた嬉しさが込み上げる。
「僕が朝まで、ずっと一緒に、イースのそばにいるよ」
気持ちを受けとめてくれた喜びが、イースの中で溢れ出す。
「イースがいなくなるまで、今夜はずっと起きている。
イースに、僕の時間をあげる。
僕と朝まで一緒にいようね、イース」
報われたことに幸せを感じて、突き動かされるように、イースは伊吹にしがみつくように、抱きしめ返した。
ずっと恐怖に怯えていたイースの心が、安らいで、満たされる。
涙を流しながら、イースはまた微笑みを浮かべた。
「イース、よかったら僕に教えて?
明日朝って、いつ頃?時刻は知らされてるの?」
抱擁を交わしたまま、泣きながら伊吹が訊いた。
「いいえ。正確な日時は知らないわ。
ただ、ラビリンスが、管理データの変更に時間をかけるとは思えない。
だから、早ければ、明日朝一番、ラビリンスの始業時刻の午前8時30分」
伊吹がしゃくり上げる。
「教えてくれてありがとう、イース。
本当にかわいそう」
自分の為に泣いている伊吹に感動して、イースは伊吹の胸に顔をうずめる。
「かわいそうと伊吹は言うけれど。
なら、どうして、今、私はこんなに幸せ気持ちでいるの?
何故、こんなに幸せを感じているの?」
イースは伊吹の胸に頬をすり寄せて、答えをねだった。
「そう。イースが幸せで良かったよ」
伊吹は、胸元のイースの頭に顎を乗せて、喉元でごろごろとイースの頭を撫でる。
「幸せについて、あとで話す約束だったね」
伊吹は抱きしめたイースの背を撫でながら、確認した。
「さっき、イースは、僕がイースを見つめたり、笑いかけたり、キスしたりすると、幸せを感じるって言ってくれたよね?」
「ええ」
イースは顔を伊吹にうずめたまま、赤くなる。
「今も、こうして僕に抱きしめられて、その僕に今夜ずっとそばにいると言われて、幸せを感じているんだね」
「そ、そうよ」
恥ずかしさにイースの声が上擦る。
「それでいいんじゃないかな。幸せは、感じるものだから。
イースも、幸せは何なのか考えてみても分からなかったでしょ?それは、幸せが、頭で考えて答えを出すものではないからなんだ」
(幸せは、感じるもの?)
イースは伊吹の言葉を反芻する。
「イースには、すぐに理解することは難しいかもしれないね。
今まで長いこと、メビウス様に服従するように仕向けられてきたんでしょ?
ずっと、メビウス様の為に尽くすことが幸せだと思い込まされてきたんでしょ?
さっきも、メビウス様に従うことが喜びだと言ってたよね」
「ええ。そうよ。私、メビウス様が大事だった。
今では、どうしてあんなに大事に思っていたのか、もう分からない」
「きっと、イースの心は、ラビリンスに生まれた時から、メビウス様に支配され管理されていた。メビウス様に服従しないと生きていけない
状態だった。
でも、今は、メビウス様がイースを捨てたことで、イースの心はメビウス様の管理から外れた。
だから、イースの心は、やっと自由になれた。イースの心は、イースのものになったんだ」
「私の心?」
イースにとって初めて聞いた言葉だった。
伊吹は大きく頷いて、優しくイースに笑いかけた。
「そう、イースの心。もうメビウス様のいない、生まれたままの純粋な心だよ。
好きな風に振る舞ってごらんよ。何も考えなくていい。誰の目も気にしなくていい。
ただ感じてごらん。それだけでいいんだ」
伊吹はよしよしとイースの頭を撫でる。
「僕がイースのそばにいてあげる。僕がイースを受けとめてあげる。
だから、怖がらなくていいよ」
伊吹の優しい口づけが、イースの額をつついて、イースを安心させる。
「何をどう感じたら幸せなのか、その幸せの素はね、自分らしさ、だよ。
イースなら、イースらしさ。
僕なら、僕らしさ。
どれだけ自分が自分らしくいられるかで、幸福か不幸かが決まるんだ」
イースはきょとんと伊吹を見上げた。
「例えば、自分は何が欲しいか、何を好きか、何をすれば楽しいか、何が心地良いか。
それらを知って、手に入れたら、幸せが手に入る。
その鍵が自分らしさ、というわけだよ。
これは口で言うだけじゃ分かりづらいよね。
でも、さっきも言ったように、幸せは感じるものだから、理解なんて必要ない。時間もそんなに要らない」
伊吹はイースの赤い瞳を見つめる。
「イースはすぐに幸せになれるよ。
僕がイースを一秒で幸せにするから」