個人によってまちまち、それぞれ。
価値観によるところも大きいが、経済的背景も大きい。
価値観は、そもそも経済的背景ぬきでは語れ鮮魚行ないのでは?
きれいごとでは、すまされない事柄がいっぱいあり、
あえて、政治家や金持ちはそれをほじくろうとしない。見て見ないフリ。
社会の色々な人々が幸せを感じる、こころを救済するには、宗教しかないのかも。
個人ブログで、こんな差し障りのないことを言っても、
なんの発信にもならないし、効果もない。
第一私は、形式はさておき、実質的にはほとんど無神論者だし。
私は、なぜか怒っている。ご機嫌ななめだ。
しかも、どうでもいい、自分には全く関わりのないことで。
そんな自分の感情の理由が知りたい。
また分析癖が始まった。
前置き、長すぎて、ごめんなさい。(いつも、こう)
私は、あるブログに接すると、いつも気分を害する。
甘すぎるケーキを食べたような、女性週刊誌を読みすぎたような、
自分でも分からない、気分の悪さを感じる。
なぜ?
幸せの尺度が、「似て非なるもの」だからだろうか。
いっそ全く違っていると、気にならないし、むしろ刺激、起爆剤になる。
それなら、見なければいいのに、なぜか見てしまう。
気になるのだろう。
なぜ、気になるのか? 堂々巡り。
ほぼ理由はわかっている。
だから、ご機嫌ななめになる。
認めたくないのだろう、その理由を。
自分の生き方、方法は一般的でないと感じるから。
自分は自分。
人と比べてどうこう思うなんて、この年になって、お笑いだ。
でも、いくつになっても、頭のなかみ、小さ嬰兒敏感い人は小さい。
それが自分でもあるのだが。
気分の悪いものには近寄らなければいいのだ。
あやしい食品は、食べないのが賢明、と同じ。
悪人やキケン人物、キケン地帯には、近寄らないのと同様に。
もやもやは、はっきり解決しないまま、文字数ばかり、いたずらに増えるので
とりあえず中途半端に撤退、ということになりそうだ。
と言いながら、なんとなく、もやもやの原因が見えてきた。
冷静に、冷静に、冷静に考えてみよう????どこが気に入らないの??
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