勉強の成績でほめられたことがあまり無い小・中学生の皆さん、途中式を消していませんか? 途中で自信が無くて紙に書いた1 ケタの足し算引き算を消していませんか?
もしかして途中式を誰かに笑われたことがありますか?
もし笑った人が勉強中なら「書いたほうがちゃんと解ける」と言ってあげてください。その人は意味の無い努力をして不当に苦しんでいる。
もし笑った人が教える立場にあるならあなたはとんでもない無能に当たってしまった不運で気の毒な生徒です。
自分を心から憐れみましょう。相手の発言も無視できます。
「あーあ、いい先生に当たりたいなあ」と思ってください。
「あーあ、うちがこうで学校がこうで兄弟がああで親はあれで机がこうで首相もあれで大人もこれで、あーあ! あーあ! いい先生に当たりたいなあ!」
と思ってください。
被害に遭っている時は被害に遭っているので。
教える人にとって「相手は何がわからなくてどう間違えているのか」は
一番の謎ですから(本当です。)途中過程は大切なヒントです。
消させるものではない。
もし笑った人が教えるでもなく勉強しているでもないただの野次馬だったら、軽くてなるべくべちゃっとなるものをたくさん投げつけましょう。
コップでなく中の水を。
投げ始めたら「軽いもの」としか考えないのがコツです。刃物は話が長引くのでやめましょう。危険は承知だと思いますが、面倒でもあります。
卵はだめです。産んだ鶏が可哀想です。
棚があれば引き出しを引き抜いて投げられると意外性の割に被害が少なくて比較的穏やかに事態が済みます。引っかかって出せなかったら中身をつかんで投げましょう。相手の私物なら窓から放る手もあります。近所の人には潔く謝りましょう。
努力は格好悪いし骨が折れます。だからみんな努力を避けます。
努力の跡を笑う行為は努力した人の将来を毀損する簡単な方法です。
だからスケベ根性で覗き見る野次馬に容赦する必要はありません。
相手との距離を詰めて「本質」を暴き立てようとするのがスケベ根性であって、性的な要素が無くても関係ないということも併せて覚えておきましょう。
だから相手のほうが腕力が弱くて物を投げつけにくい時は「ドスケベ!」と言っていいんです。性別は無関係です。
ノートにある途中過程は「いい仕事ぶり」の証です。
カンニングに走ると途中式を書けません。
だから後で読めるようにはっきり書きましょう。
いつか誰にでも見せられるようになりましょうね。
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