
『町でいちばんの美女』
チャールズ・ブコウスキー(米:1920-1994)
青野聰 訳
"The Most Beautiful Woman In Town and Other Stories" by Henry Charles Bukowski(1983)
1994年・新潮社
1998年・新潮文庫
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陽射しを浴びるとどんな気持ちか、試しに歩いてみた。
なかなかよかった。
車が走り抜けた。
歩道はいつもの歩道と変らなかった。
バスに乗ろうか、それとも誰かに電話をかけて迎えにきてもらおうか。
私は電話をかけるつもりでこの店に入り、ひとまず腰を下ろして煙草をふかした。
バーテンダーがやって来たので、ビールを注文した。
「どうかしましたか?」
「別に」
と私はいった。
彼は立ち去った。
私はグラスに注いだビールをしばらく見つめてから半分ばかり空けた。
誰かがジュークボックスにコインを入れたらしく、音楽が流れた。
生きているのも悪くなさそうだ。
空けたグラスに注ぎながら、おれの物がまだ立つかどうか気になった。
私はバーを見まわした―――女はいない。
ならば女の次にいいものをやるしかない―――私はグラスを取って一気に飲みほした。
(慈善病院での生き死に)
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よく、
「アニメの『フランダースの犬』のラストシーンを見ると無条件で涙が出る」
という人がいるが。
俺は、本書の表題作、わずか11ページの短編、『町でいちばんの美女』を読むと、無条件で鼻の奥がツーンとなる。
ワサビを食べたわけでもないのに、この破壊力。
さすがにいい歳のおっさんなので、小説を読んでオイオイと泣くわけにもいかないが。
ブコウスキーの悲しみが夜のしじまに広がっていく、あのラストときたら・・・。
ただ、ここにはひとつ難しい問題がある。
この素晴らしい短編、『町でいちばんの美女』はストレートすぎるのだ。
あまりにも直球ド真ん中。
ここで、急にブコウスキーと何の関係もないブリットポップの話なんだけど。
1994年に当時英国No.1ロックバンドだったスウェードが、”Stay Togeter”というシングルを出した。
この曲は全英チャートで3位となり、バンドにとっての最高位を記録した。
え、なんでNo1ロックバンドなのに最高位が3位なの?
いや・・・、まあ細かいことは置いといて。
(そう言えば変な話だな)
この曲はド・ストレートだった。
メロディも歌詞もね。
当時、ジャスティーンという一人の女を巡ってスウェードとライバル関係にあったブラーのデーモン・アルバーンは”Stay Togeter”を評して、
「ダッせ~! Two hearts under the skyscraper~♪(摩天楼の下で震える二つのハート)とか、そういう世界観、俺らはインディーズ時代にとっくに通り過ぎてんだよッ!」(この話、英字で読んだから訳は適当)
と。
まあ、こういうこと言うヤツでしたけどね、デーモンは。
でも、ブラーは(あのショボイ1stアルバムはともかく、)かなりヒネった音作り、世界観作りをしてたからね、当時。
"Stay Together"などというド・ストレートな歌でライバルのスウェードに話題をさらわれたのが、面白くなかったんだろうなぁ。
でも、 結果的に曲に力があったし、ストレートで大衆に届きやすかった"Stay Together" のEPは売れた。
そんで。
この懐かしいスウェード VS ブラーの話から何が言いたかったかというと・・・。
ブコウスキーが練りに練って書いた他の短編には、テクニック的には『町でいちばんの美女』より高度なものもたくさんあるだろうと。
でも、俺がブコウスキーの短編から何か一つ選べといわれたら、これ以外ない訳ですよ。
10回聞かれたら、10度、『町でいちばんの美女』と答えるでしょうね。
(たいていグロいしね、他の話は)
こういうのって 作家本人はどんな気分なんだろう?
力作たちを差し置いて、感性一発でスラスラ書いた『町でいちばんの美女』ばっかり褒めそやされたら。
当のブコウスキーはどう思うのかな。
でも、それってしょーがないよね。
力のある物語って、実は中身は至ってシンプルでストレートなんだと思う。
そういうド・ストライクな物語をスラスラと文章にできる瞬間は、そう何回もやってこない。
何度もそういうのが降りてくる作家は天才と呼ばれるんだろうけど、ほとんどの作家には一度しか、いや、一度たりとも降りてこない。
だから、このたった11ページの短編は、ブコウスキーに何かが降りていたスピリチュアルな瞬間の記録でもあると。
そーゆーふーに思うわけです。
<Amazon>
![]() |
町でいちばんの美女 (新潮文庫) |
青野 聡 | |
新潮社 |
この本は、好きな本がたくさん出来た今でも、私にとっては真っ先に思い浮かぶ本です♪♪
時間を経て読み返しても、変わらず感じ入るし、圧倒的な優しさや美しさに、強い衝撃を受けます。
確かに、それは技巧じゃないからかもですね♪体のど真ん中に、真っ直ぐ響いて来るような気がします。
ブコウスキーはどの作品も大好きですが、この短編は特別な瞬間の記録だと、私もそーゆーふーに思います♪
ブコウスキーおスキなんですね。
話の最後に「いっしょに暮そうと強引にいうべきだった」と主人公が悔やむんだけど、きっと何回やり直したってそんな結末は無かったでしょうね。
主人公も読者も、みんな分かっている。
だから、どうしようもなくて車のクラクションに八つ当たりするところで、涙腺クライマックス!
パーフェクトすぎてなんかズルいですね。
きっとそんな結末はないってことをわかっているキャスが、肌を合わせている時に声を押して泣くところで、早々と私の涙腺はクライマックスです。
ホント、ずるいおじーさまです!