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『夜間飛行』

また靴を履いて出かけるのは何故だろう
未開の地なんて、もう何処にもないのに

『タイタンの妖女』 カート・ヴォネガット・ジュニア

2010-09-20 | Books(本):愛すべき活字


『タイタンの妖女』
カート・ヴォネガット・ジュニア(米:1922-2007)
浅倉久志訳
"The Sirens Of Titan" by kurt Vonnegut,Jr. (1959)



++++

マラカイ・コンスタントが、彼女に別れを告げたとき、空はタイタンつぐみの群れに覆われた。

すくなくとも一万羽の、巨大な、気高い鳥が集まったのである。

鳥たちは昼を夜に変え、その羽ばたきで大地を揺るがせた。
一羽の鳥も鳴かなかった。

そして、その昼のさなかの夜に、ビアトリスとマラカイの息子クロノは、新しい墓を見おろす丘の上に姿を見せた。

彼は羽根のケープをまとい、それを翼のように震わせていた。

彼は華やかで逞しかった。

「お母さんとお父さん」
と彼は叫んだ。

「ぼくに生命の贈り物をありがとう。さようなら!」

彼は去り、鳥たちも彼とともに去った。

++++


10年以上前に本書を初めて読んだとき、俺はすでに成人していたが、まだ若く、
人生はこれから自分の手で切り開いていくものと思っていた。
(今もまだそう思ってる)

だから、本書の無常観には、そうとうショックを受けた。

今ちょっと冷静に書いちゃったけど、正直に言うと、読み終わったあと、ボロボロになった。
ぶんぶん振り回され、ガンガン頭を打ちつけられ、「この本もう捨てたいの」と思った。

ジェイムズ・エルロイの『ブラック・ダリア』 みたいにフィジカルにやられる小説もあるけど、本作はメンタルにもっていかれる。


でも、そういう本に限って何度も読んでしまう。
そして、この物語の持つ力に、ビックリしてしまう。

とくに土星の衛星タイタンに辿りつき、マラカイ・コンスタント、その妻ビアトリス、息子のクロノの3人での生活が始まると、
この話はもう、どうしようもないくらい美しくなっていく。

全世界で3人ぼっちになってしまった時、家族は初めて本当の自分の人生を歩みだす。

タイタンでの生活が描かれるシーンには、家族が愛し合うことの温かさと、人生の寂しさが凝縮されている。

こんなふうに人生の儚さと素晴らしさを同時に描いた小説を、俺は他に知らないよ。



追伸:


タレントの爆笑問題・太田氏が本書のタイトルから所属事務所に名前を付けたのは知られた話だが、
ヴォネガットの中でも、特にこの小説に惹かれるところは、彼らしいと思う。

2006年に、新潮社のある雑誌の寄稿で、太田氏はヴォネガットについてこんな風に書いていた。
(翌年、ヴォネガットは亡くなった)

++++

先日インターネットで、ヴォネガットが今年の3月、オハイオ州立大学で行った講演というのを読んだ。

本人曰く「金をもらって行う最後のスピーチ」ということだ。
そのスピーチの冒頭。

「ええと・・・・・・ちょっと言いたいんですが・・・・・・ジョージ・W・ブッシュは梅毒大統領です・・・・・・」

ヴォネガットは今年八十四歳になる。
こんなこと言ってくれるお爺ちゃんがいるだろうか。

私はコメディアンとしてこの人に守られていると心から思える発言だ。



++++


この、太田氏の「守られている」というのは、ちょっと彼じゃないと言えない表現だと思う。

ヴォネガットの存命中に対談でも実現していたなら、きっと感性がピッタシカンカンだったろう。



<Amazon>

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)
カート・ヴォネガット・ジュニア
浅倉久志(訳)/和田 誠(装丁)
早川書房

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