食をテーマにしたエッセイや紀行を好んで読む私ですが。
愛読書の一つに、西川治の『マヨネーズをお取り願えますか。』があります。
ユーモアあるよね、タイトル。
そして、なんとなくだけど太ってる感じするよね、取ってくれって頼んでる人(笑)
本書は1988年に河出書房新社から出版されました。
筆者の西川治は写真家、画家でありながら料理に関する書籍も多く、文筆家としても活躍。
時代的なものもあり、いま読むと若干「む・・・」と感じる問題表現があるのですが、食の喜びを躍動感あふれる文体でつづった名著だと思う。
西川さんは、頭の中はロジカルに状況を把握しつつ、むさぼり食べる手指のその熱さは直感的な文章で伝えてくるという。
一つの芸がここにあります。
2014年に、河出書房が唐突に(?)文庫化してくれたので、今はこちらで読めます。
食の色彩感と残酷さを表したとても綺麗な装丁だと思う。
・・・さて、前置きが長くなりましたが。
33編からなる本書の1編に『アメリカンヒーローたちのステーキハウス』という章があります。
舞台はニューヨーク。
それは、こんな文章で幕を開ける。
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ショーウィンドーのなかに肉塊がずらりとならんでいるのが見えた瞬間、夕食はここで、と決めた。
ナビゲーターをつとめていた助手のKに、夜はこの店で食事をとるからニューヨークのロードマップに×印をつけておくようにいった。
ふりかえったときは、すでにレストランの名前が読めなかったからだ。
マンハッタンでの撮影を終え、ホテルにもどり、アイスキューブのように冷えた体をバスタブでとかし、ひりつくほど何もない胃にバーでドライマティーニを2杯いれ、レストランに向かった。
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チャンドラーの読者でもある西川さんは、米国では文体も少しハードボイルドになるようですが(笑)
その気持ち、すんごいよく分かる。
ちなみに、私も食事の前にお酒を1~2杯入れてから現地に向かうやり方を、チャンドラーに教えてもらった口です。
そして、店内での、西川さんとウェイターとのやり取りがまた良い。
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やっと昼間に見た店に着いた時は「おお寒いいいー」と叫びながら入った。
するとドアーをあけた男が、「今日のニューヨークはそんなに寒くないんですがね」といった。
あまりしゃれたいいぐさじゃないよ。
こちらは寒いうえに、空腹ときている。
そして追い討ちをかけていうことがいい。
「五人ですか、あいにく、いまは席がいっぱいなんです。ごらんのように、まだ、お客さまもお待ちでしてね。三十分くらいお待ちねがえますか」
なるほど、目のまえに七、八人の客が待っている。
「あの肉が食べられるまで、ここをはなれないよ」
と、ショーウィンドーのほうに顎をしゃくって、その男にいった。
男は渋い顔をゆがめて笑った。
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さて、ここまで読み進めるとだいたいお分かりとは思いますが。
今回、小生もついに憧れのこの店を訪れる事ができたのでした。
西川さんの本を初めて読んだ時期を正確に思い出せないが。
それ以来、随分長いあいだ、行ってみたい店の一つだったので・・・、控え目に言って、ムーチョス嬉しい。
凍てつく夜のNYを、ブロードウェイのど真ん中へ向かいます。
1927年開店のステーキハウス。
2012年に一度閉店しましたが、2014年に新装開店。
改装中の2年間のブランクを差し引いても、93年の長きにわたりニューヨーカーの胃袋を満たしてきました。
(閉店した時、オーナーは替わっています)
西川さんも書いていた、店のトレードマークである熟成肉の冷蔵庫も健在。
ストリートから貴殿が予約したお肉の熟成具合が見渡せます。
さ、早く中へ・・・。
レセプションからは、さらに奥の方まで冷蔵庫が見渡せます。
っつーか、予約しててもちょっと待たされるのよね。
冷蔵庫の肉を見せてくれてんのかな?サービスで(笑)
ワインちょーだい!
どっちかと言うと重めが好きな小生ですが、1本目はライトボディでも可です。
ソノマコーストのフラワーズ・ピノ・ノワール。
美味い。
オープンキッチンで我らのお肉をヒッコリーの炭火で焼いてもらっている間に。
牡蠣、ロブスター、ジャンボ・シュリンプを食べました。
ロブスターは結婚式のウェディングケーキを思わせる、2段式のばかでかいプレートに大量の氷とともに運ばれてきたのですが。
プレートがデカすぎて、テーブルの取り皿を相当片づける必要がありました。
NYのレストランはテーブルが狭いよね。
う~、ここで正直に言って良いでしょうか。
後悔しました。
味は全部めちゃ美味なのですが・・・、スープ、前菜、シーフードでもうお腹がパンパンです・・・。
じゅ・・・、熟成肉を食わねば意味がないのに。
お次のワインはナパ・バレーのヘス・コレクション。
マウント・ヴィダー、カベルネソーヴィニヨン。
ミディアムボディ。
こ、これは・・・。(最高)
もう一本空けた気がしますが、記憶と記録(写真)が残ってません(笑)
ポーターハウス・ステーキ、来ました~。
極寒のNYで、わざわざ専用冷蔵庫で熟成させたその味は・・・。
モグモグもぐ。
ああ・・・そういう事ですか。
熟成肉は今や東京でも食べられますが、この全てを濃縮した、噛みごたえと深みのある肉汁。
おいちッ。(ここで瞳孔が一瞬ひらき、ニルヴァーナが見える)
それにしても頼み過ぎました。
食べても食べても、後ろのプレートのお肉が減らないという・・・。
でも、後悔なんてしない。
だって、ここはギャラハーなんだから!
さて、このブログの〆は再度、西川さんの素敵な文章に筆を譲りましょう。
食事を終えた西川さん。
店のウェイターのセリフが、またも揮っています。
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「いかがでしたか」と黒人がのぞきこむようにいった。
「なかなか、どれもこれも旨かったよ。やはりステーキがね」
「そうですか、ぼくらは、二番でいいのですが、皆さまが、アメリカで一番のステーキを食べさせるところだとおっしゃいます」
とベルベットのような深い声でいった。
黒人の話す声はちょっと寂しげな音がまじっていて、それでいて強く、明るい。
「また、きてくださいよ、ニューヨークにきたときには」
旅をしているときには、こんな言葉が素敵にきこえる。
ニューヨークに行ったらぜひ、この店を訪ねようとおもう。
店の名前はギャラハー。
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確かに、ここの店員さんはみな良かった。
さてさて。
日本のダイナーでは、デザートにいつもキーライム・パイを食べる小生ですが。
せっかくNYなんだから、ここはNYチーズケーキを頼むべきなのでしょうか?
(結局、お腹がはち切れたので、フルーツだけもらった)
さ、ホテルに帰ろう。
また夜の街を徘徊してクールダウンしよう。
そしてそして、最後はバスタブで四肢の先までゆっくり温まろう。
(NYながら、わざわざ浴槽のあるホテルをとってもらったのだった)
それにしても。
今宵、とてもすてーきなステーキハウスを訪れたな、と思う。
そこは、二番でいいのに一番と呼ばれる店。
<熱帯雨林>