
『家守綺譚』
梨木香歩(日:1959-)
2004年・新潮社
2006年・新潮文庫
++++
黒い小さな虫が腕の辺りを歩いていて肘(ひじ)の近くで止まった。
そのままそこに馴染んだ、と思ったらほくろになってしまった。
こすってもとれない。
しかしさっきまでは確かに虫だった。
私の肘の小さなほくろなど、誰も気づきはしまいが不思議なことである。
++++
去年のオブ・ザ・イヤーで、実は本書が俺の心の支えである事をカミングアウトしたところ、
タイムリーにも(?)、
先日、土曜日の日経新聞の『文学周遊』というコーナーで本書『家守綺譚』の特集をしていた。
さっそくクリスピー・クリームに持っていって読む。
「サルスベリのやつが、おまえに懸想をしている」
あ、これまた、いいところを抜粋したねぇ!
主人公・綿貫征四郎の亡くなった友・高堂の科白ですが。
浪漫がふくらむ。
だって、庭に生えてるサルスベリに惚れられとるんよ?
日経の『文学周遊』は、文学作品の舞台となる実際のロケーションを探して散策したりする好企画。
征四郎の住む家(正確には亡き友・高堂邸)を、在・京都府山科と特定し、かつてこの地に実在した『ひのき』という料亭がこの家のモデルではないかと。
そこまで迫っています。
素敵ですね、こういう大人な遊び。
そもそも、『家守綺譚』という小説は何といっても、征四郎の守する家が抜群に良いんだよね。
この家こそが主役と言っても過言ではない。
古い日本家屋で。
庭に疎水が流れ込んで池になってて、縁側の一部は池の上にせり出していて。
縁側から釣り糸を垂れると、運が良いとウナギなんか釣れるんだよね。
たまに、河童が脱皮した皮(抜け殻)なんかも釣れちゃう(!)混沌ぶりで。
そんで、また、征四郎が家の近所のごく狭い世界の中だけで生活してるのがよろしい。
(続編『冬虫夏草』では、征四郎はいよいよ家を飛び出しますが、それはまた別の話)
毎夜、東京中の飲み屋を制覇すべく課外実習を重ねている俺ではありますが・・・。
その一方で、
「半年か1年くらい家に籠って、読んでない本を読んだり、考え事をして過ごしてみたい」
などという、実現不可能なクローズドな毎日、要するにヒッキー生活を夢見る瞬間もあり。
そんな日々は隠居でもしないとやって来ないので、かわりに本書の征四郎の暮らしぶりを読んで心を静めるという。
本書の効能はそんな具合で。
■おまけ
ちなみに、このドーナツ食べながら日経新聞を読むというのは、当然ながら、映画『評決』のポール・ニューマンを意識しての事です。
まあ、あの映画の中でポール・ニューマン演じる弁護士フランクがドーナツ食べながら読んでるのは『文学周遊』じゃなくて、新聞の死亡欄なんですけどね。
(フランクは他人の葬式に遠い親戚のふりをして出かけては、ドサクサに紛れて財産整理などの仕事を得ようとしている)
でも、『評決』の主人公フランクと、本書の主人公の征四郎は、ちょっと被る部分があるかも。
二人とも潔さとは無縁の、きわめて小市民的な人物なのですが・・・
いざ自分の信念に関わる問題に行き当たると、勝負どころでは決して意志を曲げません。
俺が好きなのはこういう男たちです。
![]() |
家守綺譚 |
梨木 香歩 | |
新潮社 |
![]() |
家守綺譚 (新潮文庫) |
梨木 香歩 | |
新潮社 |
もう、ホントに素晴らしかった!!こんなに心地良い読後感は久し振りで、まだ暫くひたひたと梨木さんの世界に浸かっていたい♪
1年半前に引っ越すまで長年住んでいたトコが、駅まで緩やかな坂の長い一本道で、両側の街路樹が全てサルスベリでした。
だからなのか、この樹には『好き』を超えた格別の想いと、想い出があって。
征四郎が身動きがとれない(ように見える)ものや、同じ言葉を話せないものとも交し合う豊かな情が、とても温かくて、その感じに憶えもあって、何だか色んな凝りがほぐれました。
それにしても、『懸想』って言葉はピッタリですね!他じゃダメってくらい。
ゴローが芋を申し訳なさそうに食べるとか、滝壺に河童の好きな風鈴を吊るそうとか、魂魄背負った狸を捨てておけないとか・・・好きな箇所が、多すぎです!
お隣の奥さんがまた、たまらなくいい(≧▽≦)アアイウヒトニナリタイ・・・
花鳥風月的なものがちょっと苦手なのですが、まるで違いました!所々に散らばる生活の生臭さや自棄、『葡萄』の結びも含め、大好きでした。梨木さんのバランスってすごいなぁ♪
夜間飛行さん!色川さんに続き、ドツボの作家さんを教えて下さって、本当にありがとうございます♪
気に入られたようで、スゴイのは梨木香歩だけど、こっちまで嬉しいです。
ケチな俺が、珍しく本気で好きな本のことを書いてしまいまして・・・。
じゃあ、普段は何なんだ、このブログって話もありますが。
隣の奥さん、『冬虫夏草』でもいい味出しまくりです。
是非、今度ゆっくり読んでみてください。
急ぐと勿体ないですよね。