沖田総悟は、バイクに乗って故郷の山を走っていた・・。
「・・・認めてるさ。港も田嶋も・・・。お前たち・・・・・・・他の道場で新選組の失敗を 指摘されると 田嶋は謝ってなぁ・・・。・・・ろくでもない弟子をほおり出して良かったですね・・・と、言われるとすねやがって・・・。総悟が・・・隊長になったて、・・・それは上機嫌で帰って来て・・・一日にやにや・・・して港と・・。」
土方と総悟が、久しぶりに返って来て兄弟喧嘩していたので、
石川先生が、らしくない田嶋と港の事をばらすと、野次馬として集まっていた弟子達は笑顔になった・・・。
石川は、不穏な雰囲気を取り繕うとしたらしいのだが・・・
総悟には逆効果だった。
石川先生にぺこっと頭を下げると
沖田 総悟は、弟子たちをかき分けて道場脇の控室から
速足で、出て行ってしまった。
「総悟!!。」
と
土方は叫んで総悟に声を掛けたが、
それも聞こえないふりをして出ていく。
バイクで山を越え走ったが、
不思議な事に・・・自分の時が止まったようで
何の考えも浮かばず、
思いつきもしなかった・・・。
寒さで手が悴んでいる。
足のつま先も冷え 感覚はない。
鼻先は凍っているようだった・・・。
バイクは総悟にだいぶ馴染んだ
日陰の白く凍った山道をカーブすると、スリップする後輪。
ふと見ると
ハンドルの真ん中にミュージックプレイヤーが
また立つようにつけられていた。
それに付属したイヤホンが、無造作にハンドルに巻き付けてある。
総悟はおもむろにブレーキを握り スピードを落とすと、ギヤをつま先で落とした。
路肩にゆっくりと止まり
地面に足を付く。
昨夜見た山は、真っ暗で何も見えなかったが、
今は
故郷の山と木々が 日々の暮らしを見せているのか・・・木々達は冬枯した枝を広げてただ立っていた。
山肌ほとんどの木々は裸で 葉が付いていない。
優しい稜線の、先の方まで見渡しながら
どこを通れば・・・山を越えられるのか、
なぞっている自分に気が付く・・・。
師匠の葬儀をすっぽかして考える事じゃない・・・。
ハンドルのイヤホンをくるくると回してほどきながら、
訳の分からない他人の集めた音楽を聴くのも
場違いな気がしたが・・・、
だが、
何の感情も浮かんでいない自分に・・・気付くのが嫌だった。
総悟はヘルメットの中の耳に、さっさとイヤホンを突っ込むと、スイッチを押しバイクを発進させた。
早く江戸に戻り、仕事して紛らわしたい・・・。
ベースギターがリズムを刻むと・・・男が独り言のように歌い始める・・・。
そのミュージックポッドの中の曲は多くはなかったが、
一曲だけが、自分を叩いて来る。
ガンガンと頭を叩き
背中からねじ伏せ、身動きできないようにして
全くその通りと思える 嫌な事を叫び出すのだ・・・。
くだらない歌なのだが・・・。
音を浴びた体は 打ちのめされて空っぽになった。
生きていて良かった!
なんて 今間違っても言いたくないし、
そんな夜を探す?
そんな夜もないと知っている。
だが・・・・。
そう
してみたいと
・・・。
似たような事をどこかで
思った気はした。
土方は・・・総悟が居なくなった後、近藤さんと村上さんで、
今後の予定を話し合っていた。
田嶋の火葬を、仲間内だけで執り行う。
その後の儀式も弟子だけで行う事になっていた。
田嶋を偲ぶ会は無い。
田嶋の死は葬儀一切が終わった後、城に通知するだけ。
生前から言われていたもの
生活に必要だった物を・・・肉体と一緒に火葬する。
土方十四郎は
じっと拳を膝に置いたまま聞いて居たが・・・
心はここに有らずだった。
近藤は時々土方の様子を見ながら、
土方には
言葉を掛けられない。
見つからないのだ・・・。
ぐれてどうしようもなかった土方をヤクザから一人で救出し、性根を叩き直したのは田嶋先生だった。
土方の・・・時には強すぎる正義感と闘い、
内面にあるやさしさを
不信感に変えてしまう彼自身の恐れ
それを恐れない男にと・・・辛抱強く付き合うなど
そう言う事は、田嶋でなくては
出来ない気がした。
土方に言葉を掛けられるのは・・・
同じような優しさを持ち、恐れ、すべての裏切りの中で暮らし生きてきた
田嶋先生しかいない。
「はい・・・そこは、総・・・ごが・・・。」
土方に話をしていた村上が、顔を上げた。
「・・・すみません。」
失言を謝りながら、土方はなぜさっきから自分の口から 総悟総悟と出てしまうのか・・・。
理解できない。
「・・・・。」
紋付袴黒い羽織を着た村上は
田嶋先生より年上に見えるが、道場の別な師範の弟子だった。
少しだが港や田嶋の先輩である。
田嶋先生は筆頭師範だが 今は 館長にも物が言える重鎮的師範だった。
彼はゆっくり土方を観察するように眺めてから、懐から煙草を出した。
煙草の箱の底を叩いて一本飛び出させると、それを指で撮む。
土方がそれに気が付き、自分の懐からライターを出して かちっと火をつけて
手で火を守り 先輩に火を差し出した。
煙草で火を吸い込むと、煙が上がり 村上は目をしかめて火から離れる。
ライターをしまうと 村上が煙草の箱を振って一本勧めた。
頭を下げて受け取ると、今度は村上がライターを差し出す・・・。
「先生は・・・キセルだったな・・。」
「はい・・・。」
土方は
深く息を吸い込んでから吐き 白い煙が肺と頭に充満し 心を落ち着かせた・・・。
「・・・総悟が心配か?。」
「いえ!・・・・・はい・・・。」
否定しておきながら 肯定する
土方を見て 煙草の灰を落とし・・・。
「あいつは・・・田嶋先生そっくりだ。実際。」
と、村上がつぶやいた。
土方は不思議に思いながら先輩を見ていると
「わしらは、一昨日からここに詰めとる・・・。田嶋先生を送るため、家族にも内緒なんだが・・・。昨日の明け方総悟が 突然現れた。」
ふーっと驚くほどの息を吐き 村上はどこかを見つめている。
「明ける寸前、裏山の斜面を・・・・必死に上がっていく総悟が・・・。」
村上が 懐かしそうに目を細め思い出す。
が、また煙草の灰を灰皿に落とし
「・・・・田嶋は、いつも先に出る。・・・港や儂より・・何の躊躇も無く 先生の為、道場の為に・・・。それが・・・先生との特別な絆だからだと 思っていた。」
と、土方に言う。
「・・・・。」
土方は村上をじっと見つめ。
「あの時に・・・駆けつけたんだ、総悟を・・・許してやれ。・・・田嶋の弟子なんだから、仕方なかろう・・・。」
「・・・・。」
土方は、何かが浮かぶが・・・首を振って下を向き、肩を怒らせた・・・。
「・・・どうした?・・・。」
村上が聞き返すと、
土方は慌てて煙草の灰を落とす。
「あいつは・・・誰にも心の中を見せない。真っ先に火に 危険に飛び込んでいく・・・。それも嬉しそうにだ。」
と、村上に訴えた。
土方の顔をまじまじと眺めた村上は、
道場を出ていく前の土方を見た気がして
懐かしさを覚えたが、沖田総悟の事も同時に思い出し、
「・・・・困ったもんだの。」
と、答えた。
「なぜ・・・俺に行かせなかった?。」
港は火鉢の炭の火を見ながら 田嶋に問う。
縁側の暗がりに寝転んでいる田嶋に聞いたのだ。
「江戸・・・か?。」
田嶋が外を見ながら答えた。
「そうだ・・・。」
港は部屋の真ん中で座って待つと、田嶋がやって来て隣に座る。
おもむろに腕を組む。
「・・・・。」
「俺には戻ると言ったが、そのつもりはなかったんだろう?・・・だから先生が、無理やり妻帯させ居場所を作った。」
港が言うと、
「・・・ユキには、戻らないと言ったそうだな。・・・・」
田嶋は
「・・・・ユキを江戸に寄こしたのは・・・お前か?。」
と、港に聞いた。
「そうだ。・・・ユキが行きたいと言ったから、金を出した。」
「・・・・。」
「申し訳ないと思っている。・・・・・・ユキを江戸にさえ・・行かせなければ・・・。どう考えても俺が行かなければならなかったのに、お前が・・・戻らない気だと知ったからだ!。・・・ユキなら・・唯一お前が・・・お前から話し掛ける相手だから・・・」
港が田嶋を見ると、田嶋は港を今まで見た事のない目つきで見つめ返していた。
その目が 哀れみなのか怒りなのか・・・。
自分には解らない。
港は頭を下げた。
「すまん。」