ついに
「・・・何 泣いてんだ お前!・・・。」
と総悟の頭をぽかっと殴ったのは
前より体つきが若干厚くなったトシだった。近藤の様に大人に近ずきつつある彼だが、総悟にはいつまでも目をひん剥いて子供っぽくしかりつける。
周りは ちょっと可笑しそうに見ている。
周りの先輩たちも、決定的な・・・・・子供時代と決別したと判る瞬間を経験したがのが、今のトシぐらいの年だった。
大刀を腰に差し自分で抜き その切っ先に相手と自分の命を掛けた時、戻れないと理解したのだ。田嶋のトシが弟子らしくなってきた。
彼にもその時間がやって来るのはすぐそこだろう・・・・が、総悟と同じように子供のままで居させてやりたいし、頼もしいさの先を見て見たいしという・・・・その場はそんな笑いだった。
「・・・・俺のせいで・・・俺の・・・。」
ギュッと抱きしめている膝が揃っていて可愛い
その膝に総悟がごりごりと額を押し付けていた。
皆が目を合わせながらニヤニヤしている。
田嶋に見込まれながらまだ女の子の様と思ったのだ。
皆 ぐすぐすと泣く総悟を許している・・・・。しかし、
「・・・うぅ・・・先生が・・・・死んじゃう・・・・。」
総悟が漏らすと 空気が一変した。
「・・・・田嶋が・・・どうした・・・・お前一緒に来たんだよな・・・・?。」
と門下の一人が総悟に聞いたので 彼はここに来る前にあった出来事を話した。
自分達の師匠の話を聞くと 一様に黙る。
予てからの悪者を退治した先生に否がないと
御上の御採決があり、自分達も胸をなでおろした所なのだが・・・・・自分達が考えている以上に 道場関係は深刻で甘くないようだ
そこに港がやって来て 門下生の一人からこそこそと 今の話を耳打ちされた。
「・・・・・・・・あの馬鹿!!。」
港が怒ると 門下生たちが立ち上がり彼を見た。
彼らが港と何やら談合している間に 総悟は自分の未熟さを嘆き 泣くばかり。
突然 ひょいっと首の後ろを掴まれて持ち上げられると 見るからに一番大きな男の芝に肩車された。
いつも米を担いで道場にやって来る男だった。
「ほい・・・・。上で泣いて鼻水垂らすまいぞ?」
と優しく微笑んで自分に言う。
高く担ぎあげられてみると 門下生一同皆が当たりをかたずけていた。
負けの多い道場が 大会会場の後かたずけ役なのだ・・・・普段はした事のない仕事を彼らはお互いに尋ねながら動いている。それでも要領の良い港が指示を出し 間もなく終わる。
「あ!俺も手伝います!先生に そう言って来たんだから・・・。」
と総悟が慌てて言うと 皆がニヤニヤして彼を見た。
トシも雑巾をバケツに水を 思いっきり絞りながら
「これから 鬼ごっこだよ・・・・。お前が鬼の・・・・。」
と言う。
総悟には何の事か分からない。
しかし門下生は 一人一人総悟の足や体を心配するなと 叩いて行くと、
自分や田嶋の事を 彼らがどうにかしようとしている事が雰囲気で感じ取れた。
じんわりと家族の居ない総悟にも 彼らの心が静かに伝わり 涙が流れると、
彼らも奮い立ったような・・・・ 嬉しそうな顔で総悟を見る。
総悟は 同門兄弟の様に扱われているのだと 今理解した。
そして一同は 道場に一列に並んで頭を深く下げると荷物を 大八車の荷台に置いた。
「お前ら・・・・・。気をつけろよ・・・。」
と大会付きの医者として来ていた石川が 皆の荷物を預かると負傷した者を連れて 先に大門から出て行く。
するとすぐに口に黒い布を巻いた男が荷台を確認し 負傷した門下生を調べ始めた。
総悟狩りだった。
その怪我した門下生でさえを木刀で叩こうとするが さすがに仲間に止められている。
それを道場の中からトシ達が見る。
「よし・・・・・。堂々と出て 後で散るしかないな・・・。」
「そうだな・・・・。」
誰かが言うと 立ち上がりそのまま大門に向かって歩き出した。こちらは15人程の集団で 天然理心流の段位を取った者と 若い内弟子のトシや近藤等だった。弱い者や 怪我人は先に石川と返したのだ。
彼らが門をくぐると ざっと口々に布を巻いた男達が
倍は集まっただろうか 門下生を取り囲む。
「・・・・敵討じゃ!!覚悟せい!!・・・。」
と黒ずくめの内の誰かが怒鳴ると 彼らが一斉に剣を抜いた。
殺気が一気に湧き上がり 芝の背中 羽織の中に張り付いて隠れている総悟にも
ピリピリと分かるほどだった。
「笑止!!・・・・・・我が師匠の事か?・・・・御上の采配に異を唱える事になる・・が、その申し出は 受けて立つ!。」
港が言うと こそこそと新入りなのだろうか港の事を 道場副代表だと隣の者に聞いている。
「応!・・・・。」
港達を取り囲んだ男たちが剣を構えた・・・・。
「待て!・・・・・・・・・・・この場で果たし合いをすれば、この場をお貸しくださった道場に迷惑がかかる!・・・・・。」
と、黙ってにじりよって来る相手に言う。
胸元まで相手の剣が近寄るが 挑発に乗らず
「ではどこで やり合うのだ・・・・。」
と相手の真ん中にいた男が聞いた。
「このまま街を抜け丘の上に 我らが菩提寺がある!・・・そこではどうか・・・・。」
港が言うと 相手の殺意が引いて行く。
了承されたかどうかと言う時に港が前に進むと 相手は二つに分かれて道を譲った。
ものものしい一団が街中に差しかかると 街中の者たちも何が起こるのか察しがついたのか 果たし合いだ 果たし合いだと口々に広めた。
野次馬も後からついて来て大変な行列になってしまった。
目下話題の一門同士が 険しい顔つきで歩いていけば目立ってしょうがない。
町の目抜き通りまでさしかかりやや道幅も広くなると 港は後ろから付いてくる仲間に
「散れ・・・・。」
と合図をする。
これが狙いで 場所を変えようと持ち出した訳だが、いつもの様に
今日とは言った訳ではない・・・。
いつもこんな感じでただの喧嘩になり散り散りにならせる方が多い。わーわーともみ合い街中の備品が壊れたり散らばる、その中を港は芝を庇いながら4,5人引き連れて逃げていた。
港は殊更目の敵にされ、相手も街中だと言うのに人目もはばからず剣を抜き執拗に港を追った。芝が自慢の組み手を一心流の門徒に披露するたびに背中の総悟はずり落ちて、とうとう足が一本落ち
敵に見つかるはめになる。
「あ!!・・・居たぞ!!・・・餓鬼だ!!。」
と港に向かっていた男が 芝の背中の総悟を指さした。
芝の背から総悟の足がずるっと伸び 芝が背を伸ばすと総悟は地面に落ちた。
「掴まれ!・・・。」
と芝が伸ばした手を無視し 総悟は細い路地に向かって走るので港が
「馬鹿!!待て!!・・・。」
と声を掛ける。周りは
「行け行け!!・・・その餓鬼を打ち取れ!!。」
と殺気立ち総悟の後を追いだした。
ちっ!
と港は舌打ちして自分の剣に掛った男を蹴り飛ばすと、総悟に向かって走り出した。走り出しながらすぐに総悟の後ろ姿と、敵の振り上げた剣だけしか見えなくなり、音も遠のいた。すぐに彼らの動きがスローになり追いこす自分の速さに驚く。
しかし、細い路地の向こう 大通りで戦っていた一心流の剣士が
路地を走ってくる総悟と 追う自分の仲間に気が付いた。
港はそれを見、思うよりも早く 壁か用心桶か分からないが踏み総悟を飛び越え、男が彼に向かって剣を振りおろすのを見る。
剣と総悟の間には到底間に合わなかった。
「貰った!。」
と敵の男が嬉しそうに眼を見開いた。
しかし、総悟は鈍く光る剣先をどこかで感じたのか見もせず するりと避けたのだ。
それを確かめると港は 総悟を切りつけた男の右手首を切り落とし 着地した。すぐに反転し
狭い路地で並んで自分に追い付き 切りかかる剣を見ると自分の剣を上に振り上げる。
ぎいん!と、
一人の剣を受け付け もう一人の剣は柄に食い込んだ。とっさに左手で総悟に手を伸ばし胴の帯を掴むと引っ張ると、
「お・・・。」
引っ張られて総悟が自分達の前を通り過ぎる。 一心流の剣士達は 総悟斬りたさに一心に港を押した。すると・・・・・
手首を切られた男がおかしくなったのか悲鳴を上げながら 港の肩越しに仲間に助けを求めようとする。切られた手から血が一心流の男の目に掛ると 港を押す力が一瞬緩む。
港はその男を背で担ぐように引き上げると、路地の男どもに向かって投げおろした。
総悟は血を浴びない様に路地に張り付いていたが、港は
「来い!・・。」
と言って総悟を抱えると港の浴びた血が 総悟についた。
後は どう走ったか・・・・良く判らなくなった・・・・。
次の日に 目が覚めて見ると神経質なほど磨き上げられた家の布団で目が覚めたのだ・・・・。