将軍もその周りも
城代家老も、
ここ には来ると言う。
貧しさゆえに売られた者や 一旗揚げたい者
落ちてきた者。
ここに生まれついてしまった者。
彼らの呟く罵りや恨み言の中には、人間らしい小さな優しさが 小さく埋まっている。それはひどく痛々しく感じる、
それがここの会話の特徴でもある。
ここに生きる者ならば、
真正面から それを聞き取って居ては生きていけない と言う事を良く知っていた・・・。
銀時には、それが沁みついているらしい・・・。
「・・・おい!銀時・・・俺は滝川と名乗って ある街に出入りする。・・・そこにはどんな情報も集まっていて、俺たちに必要な物がそこにはある。・・・だが、無事帰ってこれるかどうかは 判らない。」
と、桂小太郎は 友の訃報を聞いて郷里に戻った時に 銀時に切り出した・・・。
何人目かの仲間の遺体。
それを引き取った時に 桂小太郎が銀時に言ったのだ。
「・・・おう・・・。」
と、
銀時はそう答えた。
桂は何時になく苦汁に満ちた顔をしている。
だが、友の死のせいだと決め、詳しい訳は聞かずにおいた。
「その事を聞かれても・・・高杉には言わないでおいてくれ。」
桂は賢い男で、見た目にそぐわず情けに熱い男だった。
銀時はそれを知っている。
自分とは違い他人の話をよく聞き 情報集めに人を上手く使える男で、その情報の重さを良く理解している。
その桂が、それを集めに一人で行くと言う。
人に任せられない、危険な場所なのだと、理解できたが
小太郎は誇り高い男なので ダメと言ってもやり通すと・・・知っていた・・・。
「・・・・なんで俺に言う?。」
銀時が刀を腰に刺さず 肩に担ぎ柄でとんとんと凝った所を叩きながら 小太郎を眺めていた。
大柄で不愛想。
刀を振らせたら鬼神のような男だったが、中身はひょうきんで、寂しがりな所もある
まるで憎めない 天邪鬼と呼ばれた男
それが坂田銀時だった。
世のきつい所しか見て来なかったのか、人を信用する事はあまり無いのだが、一度約束を守らせたら これほど信頼と言う言葉に値する者は他には居ないだろう・・・。
松陽先生が信頼して自分の最も近く置くのも頷ける。
彼は、珍しく困った顔になった・・・。
ふっと桂が笑う
銀時は自分より背が高いのに 上目使いに自分を見て頬を掻いている。
「・・・またややこしい事 しでかすんじゃねぇだろうなぁ・・・。」
その顔は、先生が一人で出掛けると言われた時にみせる 半分、寂しそうな顔が出てしまっている、
困っている時の銀時が 近ごろは可愛く見えて 可笑しくなるのだ・・。
「・・・俺たちは、幕府を潰す。・・・それを誓い合っただろう?。」
俺は だいぶ心を開いた銀時が好きだった・・・。
「俺はそんな約束した覚えはねぇ・・。」
と、銀時が答えた。
「だから・・・俺が帰ってこなくても、晋介と共に・・・事を成せ。先生がおっしゃるように・・・皆で笑いあって生きれる世の中に・・銀時。」
精いっぱい笑って返す。
だが、銀時は目を反らし
「は!・・・俺たちの住める・・・だろうが!・・・・俺には笑いあう必要なんてねぇ、・・・なんで俺に言う?。」
怒ったように呟いたので
「・・・お前だからに 決まってるだろうが。」
小太郎はそうどこか遠くを見ながら言った・・・。
スラム・・・遊郭街の裏路地の汚い建物の中。
男たちは、あの仕事から解放され、
何事も考えず折り重なるように寝床に着く。
一様に肌に触れあう事をお互いに嫌いながら、口数少なく眠りにつくのだ。
だが、少し離れた目貫通りの方は 光がピカピカと光り、
爆音の中に悲鳴と、叫び声や何かの割れる音が聞こえて来ていた。
銀時も窓の外を眺めながら、それらを眺め野良猫の様に目を光らせる。
妙に肌に馴染んで仕方のない・・・、
それがむかついている・・・。
・・・馬鹿二人見つけたら 何が何でも抱えてずらかってやる。・・・
ため息を吐きながら、窓を閉め眠りについた。
昨夜は桂に会ったものの、晋介の話が出来なかった。
店に抱え込まれた客の情報は、用心棒をしていても中々手に入らないと言う事が判った。
この蒼の町にいる可能性は低いらしい。
赤の町に潜り込むには 客として行くか
だが・・・そんな軍資金は無い。
溜まるまで待つか・・・
そんなことを考えて
薄いせんべい布団の中で肘を抱え寝返りを打つ、、、
辺りは真っ暗闇だった。
背なかが独りでに緊張する
じわっと汗が噴き出る感覚があり、誰かに殺意でも向けられているのかと・・・
じっと目を閉じたまま辺りの気配を窺うと
獣の瞳に灯った最後の光のような 危なっかしい光。
が見えるような気がする・・・。
つぶらな瞳がこっちを見ている・・ガキだ・・・。
地面に這いつくばってごろごろどたどた 闇の中で何かから逃げようとして暴れまわっていた。
ガキの首には鎖が巻き付いて、繋がれた野良猫の様に体全体で鎖から抜け出そうとしていたのだ・・・。
後ろに引っ張ると、自然と地面に這いつくばる。その目先には死体の山と炎。
その中のある男の手に 彼の鎖は繋がっているのだが、男は死体の山の中の一人だった。
はあはあと、暴れているそれは 大人の腰にも届かないぐらいの男の子だったが、女の子のような袖の有るべべを着せられ、丈は長かったのかびりびりに破られていた。
無言で鎖を引っ張っている手が、ぬるぬると滑る。
ぐいぐいと首を後ろに引くのを、 この死体達に討ち勝ち、
埋める手間を惜しんだ男達が、繋がれたガキ毎火を放つ。
後で判るが・・・山賊・・・。
・・・なぜ山賊と知っているのか・・・
彼らは
野良猫が焼け死ぬのを面白がって眺めている。
ぴちゃぴちゃと鎖が音を立てる。
死体から血と言うか体液と言うか・・・
燃料がしみ出して鎖の先に付き それが燃え上がる。
その頭の白いガキが、死体に背を向け前に向かって走り出そうとすると、両足を繋いだ鎖に乗っかって転ぶ。
顔はしかめるが また黙って前に走り出そうとする・・・
首の鎖はガキの首の皮膚を挟みぎゅるっと引き裂いた。
ぽたぽたと血が汗の様に地面に落ちる。
首が締まり前が見えにくくなってもガキは 背後の闇に必死に逃げようとしていた・・・。
後ろからは真新しい血の匂い・・・
体から血が噴き出す独特の音が鳴り始めた・・・。
ガキは ついにがっと首の鎖を握りしめ
「うああああ!・・・。」
と雄たけびを上げる。
・・・・何・・っつー夢を見てるんだ・・・
銀時は眠りながら息を吐き
寝相を変えて
深い眠りに自ら落ち夢から逃げた。
だが、その夢は また銀時に近づいた・・。
モノ黒の夢。
両手に砂を掬っては立ち上がりざーっと何かに掛ける。
何も考えずに掛けているように見えた
が・・・手の下には生き物のような物がちらちらとして、ガキは、その上に砂を掛けていたのだ。
さっきとは違う木立の中で、木の根に足を取られながら歩き、砂を掛けた。
だいぶ消えてきた。
そう思う・・。
チリチリと焦げ臭い髪が燃えている匂い。
だが、消えてきて白い煙が上がる。
そのもの の前にしゃがむ。
ガキの銀時が・・・積もった砂を指で払いのけた。
すると砂の下から 肌が出て来て 良く見ると男の顔だと分かる。
瞼が出て来て鼻先も出た。
しゃがんでいたガキの銀時は 足の鎖を気にしながら男の頭を回り、男の顔から砂を落としていった・・・。
男は死んでいる。
どう死んだのかと傷を・・・体の傷を探すと、足は片方無くなっているし、片腕も無い。
向こうで燃えている死体と同じなのだと理解した・・・。
はっ!と
自分に向けられる視線に気が付いた。
すぐさま男の陰に隠れようとしたが、男は立ち上がらない。
銀時は刀を探したが、近くには無いようだ。
木の枝でも・・・と、木の根を目で追いかけ、暗がりで何か掴むと
もうその男が、燃える目を自分に向けて すぐ傍にいた・・・。
血に染まった上下の作務衣に 滴る血。
あざけるように笑っている・・・。
死者を笑うなんて人間のする事じゃない・・。
そこに殺されている男が 自分に教えた言葉だった。
ガキの銀時は、木の枝を持って悪魔の方に向かっていく、
ぞっとするほど切れ味の良い刀で、男が 自分の持って居る武器の木の枝を縦に切って来た。
銀時の手に刃が届きそうだが、刀の刃は逸れ
枝を切り払い落す・・・
悪魔のような男の片方の手が、自分の頬を思いっきり払った。
びたん と、頬が鳴り横に飛ばされたが、鎖が死体と離さず銀時を近くに落す。
見た事も無い恐怖。
逃げる・・・。
銀時は体中から聞こえる恐怖に従って さっきの様に鎖毎引っ張って動こうとしたが、
悪魔は、死体の上に足を置き、死体を動かすのを許さなかった。
「おやおや・・・。ペットですか・・・。」
すずのような声。
恐ろしく気持ちが悪い。
悪魔に男を触られたくない。
そう思った銀時はもう一度辺りを見回した。
何かを探し回るペットの銀時を見て
面白そうに くすくす悪魔が笑う。
「これを あそこから引っ張り出したんですねぇ・・・。犬なら大した忠犬ですね。・・・・ですがお前も、人を殺したことあるんでしょう?」
と、銀時を見る。
銀時は両手で石を持ち上げると渾身の力を込めて、悪魔の足を潰しとやろうと、上から叩きつけた。
悪魔の男はひょいっと片足を上げて それを避けてしまう。
ざくっと、銀時の襟の部分を 刀で貫き
地面に縫い付けると、刀から落ちた血が、銀時の着物をみるみる赤く染めていった。
悲鳴や泣き言を一言も叫ばない銀時を見て
悪魔は、興味を持ったように
銀時の腰に帯として撒かれた縄を掴み
高く持ち上げ、顔を覗き込んだ。
さっきの恐怖は薄れて、
憎しみが宿る目でじっと悪魔を見つめる。
「・・・これはお前の刀ですね・・・。柄が 子供用にうんと短い。」
そう言って、悪魔が刀を見せながら銀時を見る。
銀時は幼いながらも、凶悪だと言う人間を何人も見てきたが、全く光の宿らない黒い瞳を見るのは初めてだった・・・。
怖い相手程その光が小さいと言うのも、本能で知っていた。
本能が この男を悪魔 人間ではないと言っているのだ・・・。
「・・・。」
「ふん・・・刀さえ持てば人は殺せます。年なんて関係ないんでしょう?・・・。」
「・・・・。」
「私はここに住みたいんでね・・・夜盗狩りしてるんですよ?お前たちが、この地を離れてくれないもんでね。・・・お前はこれのペットなんですか?それとも夜盗の一味ですか・・・?。」
「・・・。」
銀時は十分に理解できていたので 黙る。
「答えないと殺しますよ?・・・喋れるんでしょう唾は正常に飲み込めてますよ?。」
と悪魔が饒舌にしゃべる。
銀時は、長い髪の色が・・・自分と同じようだと
吊り下げられながら思っていた。
「面倒くさいから・・・死にますか?」
面倒くさい それは納得できたので頷いた。
すると悪魔は嬉しそうに、
「ほ・・・これと?・・・へー・・・忠犬として?仲間として・・・?。」
と、銀時に聞く。
・・・その顔は少しだけ羨ましいのか、悔しそうに 銀時には見えた。
銀時は内心 この悪魔を悔しがらせたと、嬉しくなって笑っていたが、
「・・・・。」
黙っている・・・。
ジャラジャラと垂れ下がった鎖が持ち上げられ、
腰の縄から悪魔の手が外れると どすっと地面に落とされる。
「・・・っ・・。」
足がぎりぎり着くかつかないか・・・首が締まった。
悪魔は怒ったらしい・・・
また瞳が死体の炎に照らされて揺らめいていた・・・。
意識が遠のく中で 銀時が悪魔を見ると、
その炎をうらやんでいるように見えた・・・。
こいつはおかしい・・・。
「どおせ、お前はさらわれてきたか、戦争孤児か・・・。これだってお前の親じゃないだろう?・・・その年で相手をさせられて もう飼いならされたって訳ですか?!・・・。ふん!」
さ・・・っき・・・と・・・口調がちが・・う。
ブラックアウトしかかった。
このまま殺されるのか・・・と思った時。
「・・・いいでしょう。・・・私が 飼いならしてあげましょう・・。」
と聞こえた・・・。
「・・うわ!・・・。」
そう言いながら、
銀時は、ウナギの寝床で、半身を起し首を擦る・・・・。
「・・・・夢・・か・・・。」
汗をかき 気分も少し悪い。
隣に寝て居た男が、
「・・・夢かちゃ・・ん?」
等と 寝言の返事をした
銀時は自分に
ここはあの山中ではないと教え込むため、きょろきょろと見まわした。
その様子を、眼鏡・・・眼鏡をして寝ていなかったが、
彼は静かに見ていた。
「・・・。」
銀時は顔を両手で擦るように覆い
それに苦く 苦しめられた。
それからと言う物、
銀時は、眠るのが嫌になる
寮に戻り、外を眺める彼に・・・
少し年上だと判った眼鏡が、酒をコップに注いで銀時の方に差し向けた。
酒を飲んで良い年かどうかも判らないが、
師匠は 高杉たちと自分は同じ年だとして禁止した物だ。
ふと、兄弟の様に過ごしてきた者の顔を思い出す。
「ほら・・・特効薬。」
眼鏡は腕の立つ男だった・・。
その酒を取ると、ぐいっと煽る。
「あ・・・これ 知ってる。」
銀時の一言に
眼鏡は首を振りながら
笑った・・・。