つらつら日暮らし

東嶺円慈禅師『臘八示衆』参究7(令和3年度臘八摂心短期連載記事)

臘八摂心、7日目である。この辺は【摂心―つらつら日暮らしWiki】という記事の通りで、元々は「定坐」という名称だった行事が、名称の1つだった「摂心」が、明治時代以降に定着した印象である。

それで、今年はたまたま入手できた『臘八示衆』(貝葉書院・年代不明なるも古い版本)を学んでみようと思う。本書に収録される提唱をされたのは、臨済宗妙心寺派の白隠慧鶴禅師(1686~1769)の弟子である東嶺円慈禅師(1721~1792)のようである。当方では、版本が手に入った御縁を大事に、どこまでも当方自身の参究を願って学ぶものである。解釈についても、独自の内容となると思うが、御寛恕願いたい。

 第七夜示衆に曰く、
 一子出家すれば、九族天に生ず、と。
 夫れ出家は須らく真の出家を要すべし。所謂、真の出家とは、大誓願を憤起して、勇猛精進にして直に命根を断ずれば、豁然として法性現前す。是を真の出家と謂ふ。九族生天も亦た、真実にして虚しからず。
 昔、播州に一りの女人有り。懐胎の夜に当て、自ら願を発して曰く、此の児、若し男子ならば、必ず当に出家せしむべし。其の夜、夢に一りの老人有り、来たりて告げて曰く、吾れ、此の家、九代已前の祖なり。死して冥府に堕して無量の苦を受く。而今、汝が勝願力を依恃して、永く地獄の苦を脱することを得たり。
 又、甲州に良山和尚といふ者有り。徒を匡し衆を領ず。臘八、例に依りて衆と与に禅坐す。一夜、其の亡母、刀を携えて来たり、直に腋下を刺す。大いに叫ぶこと一声、吐血し悶絶す。
 山、良久して蘇り、次の日、俄に衆と別れて行脚し、一鉢三衣、風喰露宿し、尋師訪道す。
 年を経て禅定、頗る熟す。三昧に入らんと欲する時に、亡母、復た来たりて現ず。纔かに眼を挙げて即ち隠れ去る。
 他日、深く三昧に入るに、恰かも海の湛然なるが如し。亡母、来たりて復た告げて曰く、吾れ始め冥府に入り、鬼卒、皆な敬して曰く、是れ出家の母なり。都て苦悩無し。豈に思んや、公の壮なるに及んで、獄卒、皆な曰く、将に謂へり、是れ出家の母なり、と。却て是れ俗漢の母なり。鉄棒鉄枷、呵責言ふべからざるなり。其の恨み、骨に徹す。是の故に先夜来たりて汝を刺す。然而、汝、悔いて寺を出でて行脚し、中ごろ来たりて公を見る。生滅の念、猶を未だ尽くさず。故に隠れ去る。今、定慧殆んど明なり。吾が苦患、亦た尽く。特に天上に生ずることを得たり。故に来たりて謝を告ぐるのみ。
 茲を以て之を観るに、汝等、咸く皆な父母有り、兄弟有り、眷属有り。生生を以て之を数れば、則ち豈に惟ふに千万人のみならんや。
悉く皆、六道を輪廻して無量の苦を得る。汝等が成道を待つことは、猶を大旱に雲霓を望むが如くならん。如何んぞ、悠々として坐がら之を見て大願を発さざらんや。
 光陰、惜しむべし。時、人を待たず。勉旃よや、勉旃よや。
    版本『臘八示衆』4丁裏~5丁表、原典に従って訓読、段落は当方が付す


最終日である。なお、この次には、「師、一日、侍者に示して曰く」とあって、東嶺禅師による侍者への説示があるのだが、その中に「吾が先師白隠老漢」とあって、白隠禅師の弟子による提唱であることが分かるのである。

以下に、「第七夜示衆」について見ていきたい。いわゆる『臘八示衆』としてはこれが最終回となり、明日は釈尊成道会となる。

内容は、出家功徳であるといえよう。「一子出家すれば、九族天に生ず」というのは、中国曹洞宗の洞山良价禅師が「故経云」として引用された文章だが、当方の拙い調べでは、洞山禅師よりも遡ることは出来なかった。そこで、本提唱で引用された2つの説話については、もちろんその真偽を問うことは難しいので、これはこうとして受け止めるしか無い。ただし、実体的な因果観を強調すると、人権問題にも繋がりかねないので、注意が必要ではある。

そこで、当方としては、「夫れ出家は須らく真の出家を要すべし。所謂、真の出家とは、大誓願を憤起して、勇猛精進にして直に命根を断ずれば、豁然として法性現前す。是を真の出家と謂ふ」の部分を学んでおきたい。何故ならば、「法性現前」などの教えが見られるためである。

意味としては、出家するならば、「真の出家」を目指すべきであり、そのためには大誓願を起こし、勇猛に精進して、命根を断てば、たちどころに法性が現前し、そのような状態に至る時、真の出家であるという。ところで、大誓願と勇猛の組み合わせについては、『華厳経(八十華厳)』巻34で説く「十地」の「第一地」である「歓喜地」について、「能く是の如きの大誓願、是の如きの大勇猛、是の如きの大作用を成就す」とある。つまりは、菩薩としての経過すべき境涯として、大誓願・大勇猛が必要なのである。

しかし、その結果として法性現前するという。ここで、これまでの提唱の中で課題として置いてきた「見性」との繋がりを考えてみたい。すると、先に引いた『華厳経』巻16に「法性本と空寂なり、取ることも無く亦た見ることも無し、性空なれば即ち是れ仏なり、思量することを得べからず」とある。そうなると、これはむしろ空観が強調されていて、具体的な見る対象としての法性を否定している。

そこで、「見性」という言葉を探っていくと、『景徳伝灯録』巻3に見える菩提達磨尊者の言葉として、「王怒りて問うて曰く、何者か是れ仏。答えて曰く、見性是れ仏。王曰く、師、見性するや否や。答えて曰く、我れ仏性を見る。王曰く、性、何れの処に在りや。答えて曰く、性、作用に在り」とある。すると、なるほど、ここでは作用にこそ、仏性があるということになる。先ほど引いた『華厳経』の教えも重ねると、「歓喜地」に至った菩薩とは、「大誓願・大勇猛・大作用」であるというが、この「大作用」に「見性」が重なるとすれば、仏の働きが見えるといっても理由があるといえよう。

そのためにも、まずは大誓願・大勇猛なのだろう。その結果、自ずと大作用として、自己自身が見性たるのだろう。

まだまだ当方としては、「~だろう」という段階ではあるが、1つのあり方として学びの結果を示してみた。

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