つらつら日暮らし

「空手還郷」について

道元禅師が、日本に帰ってきて最初に行った正式な説法(=上堂)について、卍山本『永平広録』、或いは『永平略録』の冒頭に出る上堂が最初であると考えられた時代もあってか、「眼横鼻直」と並んで「空手還郷」は、道元禅師の「あるがままの禅境」を示す好語であるとして理解されてきた。

ところが、既に祖山本『永平広録』の研究から、道元禅師の「最初の上堂」とは、興聖寺開堂のものであり、いわゆる「眼横鼻直」については、いつの頃に付加されたものか不明であるという事態に至った(詳細は【眼横鼻直-つらつら日暮らしWiki】参照のこと)。しかし、「空手還郷」は祖山本にも残っていて、今日はその語について考えてみたい。

この語が出ているのは以下の箇所である。

 上堂に、云く。山僧、是、叢林を歴ること多からず。只、是、等閑に先師天童に見えしのみなり。然れども、天童に瞞ぜられず、天童還って、山僧に瞞ぜらる。
 近来、空手にして郷に還る。所以に山僧、無仏法なり。
 任運に、且く延時す。朝朝の日、東に出でて、夜夜の月、西に落つ。雲、収まって山谷静かなり、雨、過ぎて四山低り。三年には必ず一閏、鶏は五更に向って啼く、と。
    祖山本『永平広録』巻1-48上堂


中間部分にあるように、道元禅師は「最近、空手で故郷に還ってきた。だから、私には仏法など無い」(拙訳)というのである。意を採れば、叢林修行の期間の短さを嘆き、そして自分を卑下するものだと理解できる。ただ、末に付された偈頌によって、どうやらこの語が、諸法実相の妙諦を示す語だと理解され、更に宗乗の最高級の宣揚だともされるのである。いわば、仏法が本当に普遍的事実なら、新たに“別格として”示すことは出来ない。ただ、この語だけでは足りないと思ったか?更に「眼横鼻直」まで付くといった具合である。

さておき、今回はそのような経緯から「空手還郷」を考えても良いのだが、敢えて道元禅師に於ける「他の用例」から探ってみようと思う。この語自体は、他の著作には出ないが、類似した文脈は確認できる。そして、それは“決して良い意味ではない”といえるのである。

憐むべし悲むべし、無道心の人、未だ曾て有道徳の輩に遇見せず。宝山に入ると雖も、空手にして帰り、宝海に到ると雖も、空身にして還る。
    『典座教訓』


これは、道元禅師が中国から帰国後に留錫していた建仁寺にて、「典座」の役職が有名無実になっていたことを嘆いていわれたものである。つまり、当時の建仁寺では、本来、食事準備全般を取り仕切らねばならない典座が、その仕事をせずに、他の僧侶と一緒になって、法要に出たり、街に出たりしていたというのである。よって、道元禅師は、無道心の者が典座を勤めているのは悲しむべきことだとし、結局仏道への徳がある者と遇ったことがないからだとされる。しかも、それはそのような人がいなかったわけではなくて、道心が無いから遇えないのだという意味を込めて、「宝の山に入っても手ぶらで帰ってきたり、宝の海に入っても、その身のままで還ってきてしまう」と嘆かれるのだ。よって、ここで「手ぶらで帰ること」については、無道心であることを批判する語句であり、良い意味では使われていないことだと分かる。

また、「宝の山」「宝の海」云々は、他の著作でも見ることが出来る。

まことにかなしむべし、仏法僧の時節にあひながら、仏法僧の怨敵となりぬ、三宝の山にのぼりながら、空手にしてかへり、三宝の海にいりながら、空手にしてかへらんことは、たとひ千仏万祖の出世にあふとも、得度の期なく、発心の方を失するなり。これ、経巻にしたがはず、知識にしたがはざるによりて、かくのごとし。おほく外道・邪師にしたがふによりて、かくのごとし。
    『正法眼蔵』「発無上心」巻


これもまた、先ほどの『典座教訓』と同趣旨であるといえる。そして、ここから先の「宝」とは「三宝」であるということが分かる。これは、帰依すべき三宝に遇っていながら、その事実に気付けずに、他の者に帰依をするから仏道に親しめないといわれたことになる。やはり、良い意味では使われていない。このことから考えると、結局「空手還郷」というのは、良い意味で上堂語に用いられたものか?非常に疑問になってくる。また「無仏法」というのも、「字義通り」取らなくて良いのか?という疑問にもなる。これは、道元禅師に於ける仏法の有無を問題にするのではなくて、その語に込められた真意を、我々後孫はどのように会通するかという問題である。無仏法を、本気でいっているとしたら、これを安易に「ありのまま」などという誤魔化しの言葉で考えるのは、それこそ良くないと思う。この「無」は、我々にとっての「公案」となりうるし、それを導くのが「空手還郷」だといえる。

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