つらつら日暮らし

十月一日 達磨尊者呼び出される

こういう日付が入った文章がある。

真丹初祖の西来東土は、般若多羅尊者の教勅なり。航海三載の霜華、その風雪いたましきのみならんや、雲煙いくかさなりの嶮浪なりとかせん。不知のくににいらんとす、身命ををしまん凡類、おもひよるべからず。これひとへに伝法救迷情の大慈よりなれる行持なるべし。伝法の自己なるがゆえにしかあり、伝法の遍界なるがゆえにしかあり、尽十方界は真実道なるがゆえにしかあり、尽十方界自己なるがゆえにしかあり、尽十方界尽十方界なるがゆえにしかあり。いづれの生縁か王宮にあらざらん、いづれの王宮か道場をさへん。このゆえに、かくのごとく西来せり。救迷情の自己なるがゆえに、驚疑なく、怖畏せず。救迷情の遍界なるゆえに、驚疑せず、怖畏なし。ながく父王の国土を辞して、大舟をよそほふて、南海をへて広州にとづく。使船の人おほく、巾瓶の僧あまたありといへども、史者、失録せり。著岸よりこのかた、しれる人なし。すなはち梁代の普通八年丁未歳九月二十一日なり。広州の剌史蕭昂といふもの、主礼をかざりて迎接したてまつる。ちなみに、表を修して武帝にきこゆる、蕭昂が勤恪なり。武帝すなはち奏を覧して、欣悦して、使に詔をもたせて迎請したてまつる。すなはちそのとし十月一日なり。
    『正法眼蔵』「行持(上)」巻


これは、禅宗第二十八祖である菩提達磨大和尚が、インドから中国に来た時の様子を、道元禅師が示された文章である。真丹初祖とは、真丹(China)の初祖とは、禅宗の最初の祖師という意味で、達磨尊者のことである。達磨尊者が中国に来た理由は、本師・般若多羅尊者による教勅(中国に行けという指示)であるとされている。

そこで、東南アジアを経由して3年の期間を経て中国に来た。中国は、達磨尊者にとって「不知の国」であり、本当に布教教化が巧く行くかどうかも分からなければ、自分の命さえもどうなるか分からない。よって、自分の命を惜しむような者は、こういう行動を取ることはない。だが、達磨尊者にとっては、「伝法救迷情の大慈」から生じた行持なのである。この「伝法救迷情」とは、達磨尊者の偈であり、まさに中国に来て、迷える衆生を救う決意があったことを示すものとなっている。

道元禅師は、この「伝法」の語句を用いて、「伝法の自己」「伝法の遍界」を導いている。「伝法の自己」とは、誰しもその自己は仏法を伝える者だという意味であり、「伝法の遍界」とは、この世界全てが法を伝えていることをいう。前者については、正しき修行を経た上でそうなることは分かる。だが、後者については、「尽十方界真実人体」であることから導かれている。とはいえ、道元禅師の表現には注意が必要だ。この「行持」巻は、こねくり回したような難解な文脈は少ないが、ここは別だ。

長沙景岑禅師の教えを受けるまでもなく、尽十方界とは自己である。自己の光明である。しかし、尽十方界と自己と光明、或いは真実道とは、各々普遍的事実であるから、相対しない。そうなると、尽十方界はただ、尽十方界である。尽十方界きりなのである。だが、それが自己であり、光明である。

そこで、尽十方界真実道なる事実から催され、達磨尊者は生まれた地位(南インドの国の王子として誕生)などに拘ることなく、中国にやって来たのである。なお、道元禅師は、達磨尊者は王子であり、大きな船で大勢の僧侶とともに来たとされるが、「史者、失録せり」とするように、その事実は史伝に伝わらなかったとしている。この辺は、事実かどうかは分からない。だが、道元禅師は或る種の確信とともにこう語られたのである。『正法眼蔵』に於ける歴史的文脈は、そういうことが一定量存在している。この辺は注意をしなくてはならない。まぁ、末孫としては大したことではない。ただ、事実として頂戴すれば良い。

それは、中国南北朝時代の梁帝国における普通8年(西暦527年)9月21日であったとし、上陸地点の広州の剌史がお出迎えをした。また、ただちに梁の皇帝武帝に対して上表して、達磨尊者が中国に上陸したことを伝え、結果、武帝は詔勅を使者に持たせて、達磨尊者を招いた。それが、同年10月1日であった。よって、今日、この記事を書いた次第である。なお、道元禅師がこの日を10月1日とされた典拠は、禅宗灯史がだいたい斉しく挙げるところなので、『景徳伝灯録』巻3その他、だろうか。

達磨尊者はこの後、武帝と相見し、問答に及んだが、契わなかったという。そこで、北朝の魏に入り、嵩山少林寺に行き、坐禅を中心とした生活に入られた。ここで初めて、禅宗の真の修行が、中国にて行われたのである。

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