つらつら日暮らし

慈恵僧正に於ける大乗戒壇再建について

慈恵僧正というのは、一般的には元三大師とも呼ばれている天台宗僧侶のことで、良源上人(912~985)のことである。更に、「角大師」という厄除けのお札があるが、それもこの良源上人が衆生のために、敢えて鬼に姿を変えたものだとされている。教学・行法面では非常に優れた人だったとされ、更には政治的な交渉術も優れており、火災でたびたび焼失していた比叡山の伽藍を再建した人としても知られている。

今回紹介するのも、そのような伽藍再建に関する話である。

  六十九 慈恵僧正が戒壇を築いたこと
 これも、今は昔のことだが、慈恵僧正は近江国浅井郡(現在の滋賀県長浜市内)の出身であった。
 比叡山の戒壇について、人夫がいなかったので築けなかった頃、浅井の郡司と僧正は親しかった。しかも、導師と檀家の関係で仏事(法事)を修する時には、慈恵僧正を拝請したのであった。供養膳のおかずに、僧正の御前で大豆を炒って酢をかけた様子を見た僧正は、「何故、酢をかけるのかな?」と質問されたので、郡司がいうには「温かい時に酢をかけると、すむかつりといって、皮が縮んで、箸で挟みやすくなるのです。そうでなければ、滑って箸では挟めません」と答えた。
 僧正がいうには、「どのようであっても、どうして挟めないことがあろうか。豆を投げて寄越しても、挟んで食べてみせよう」と仰ったので、郡司は「どうしてそんなことができましょうか」と反論した。
 そこで僧正は、「もし私が勝ったならば、他のことはいいません。(比叡山に)戒壇を築いて下さい」と仰ったところ、郡司は「それは容易なことです」といって、炒った大豆を僧正に投げて寄越した。
 僧正は、一間(2メートル)ほど下がって立ち、一度も大豆を落とさずに箸で挟んだ。それを見た者は驚かないものはいなかった。柚子の種の、今絞り出したものを大豆に混ぜて投げて寄越したときは、挟み切れずに滑ったけれども、それでも落としはしないで、空中で挟んでしまわれた。
 郡司の一族は縁者が多かったので、人数を集めて、日も置かずに戒壇を築いてしまわれた。
    『宇治拾遺物語』巻上、当方による訳


上記一節(及び前後数段)は、『古事談』にも同じ話が見えるそうで、関係性が指摘されている。なお、この浅井の郡司については、当方でも容易に見られるような先行研究を見たけれども、ちょっとどういう人達なのか分からないらしい。しかし、良源上人の地元の有力者であり、わざわざ仏事の導師に招いているくらいなので、非常に良好な関係であったことは間違いない。良源上人自身は、地元の豪族であった木津氏の出身だったともされるのだが、その縁者だった可能性もある。

それで、上記の話は非常に面白い。まぁ、食べ物を粗末に扱っているようにも見えるから、怒るような人もいるかもしれない。話の流れは、上記訳文を見て貰えば分かるのだが、要は、仏事の供養前の際に、郡司自身が上人の目の前で大豆を炒って、酢を掛けたという。その様子を見ていた上人が、そうする理由を聞いたところ、箸で掴みやすくするためだという。

どうも、この段階で上人は自分の曲芸を見せつつ、この郡司に戒壇院の再建をお願いしようと決めたようにも思える。上人は、投げて寄越した豆であっても掴めると豪語し、挑発しながら、結局郡司が投げて寄越した大豆を全て空中で掴み、柚子の種までも掴んで見せた。この一芸だけあれば、現代でも芸人としてやって行けそうな気もするが(それこそYouTuberとして「大豆チャレンジ」とか出来そう?)、どうだろうか?

結果として、勝負に負けた郡司は、約束通り比叡山の大乗戒壇を再建したのであった。

で、当方がこの記事を採り上げようと思った理由は2つで1つは、良源上人という人が、少なくとも説話では「勝負師」として語られているというのが新鮮だったからである。まぁ、この人は清廉潔白な清僧というよりは、清濁併せのむタイプのマルチタレントだったので、比叡山の威光を再度輝かせたと評価される反面、高級貴族の子弟の比叡山入りを促したこともあり、いわゆる権門寺院化していく原因を作ったとして批判もされる。

それから、大乗戒壇であるが、再建の話が出ているということは、当然にこの頃は無かったということになるだろうが、良源上人の頃というと、まだ修行途中の頃の承平5年(935)に起きた火災はかなり大規模で、比叡山の根本中堂を初めとする多くの堂塔を失い、荒廃したという。また、良源上人自身は、康保3年(966)に天台座主(18代)にも就任したが、その時にも火事があったという。しかし、上人自身は藤原師輔との関係も良く、比叡山の再建は師輔主導で行われたようだが、戒壇は浅井の郡司に頼んだということになるのだろうか。史実かどうか知らないが、この逸話、大変に興味深いものである。

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