九月の夜想曲 ~ブルームーン<九十九の涙に彩られた刻の雫>~

行間に綴られた言葉を、共に知る方へのメッセージ

『糸の切れたマリオネット』起

2022年12月31日 | 日記

【起】マリオネットの涙

 

 

舞台の上で、マリオネットが元気に踊ります。

いつもと変わらぬ光景。

客席はありません。

誰もいない古い劇場で、マリオネットが踊り続けます。

舞台の上のマリオネットは、いつまでも踊り続けます。

 

無人の劇場に誰かの声が聴こえてきます。

「誰もいないのに、なぜ踊り続けるの?」

 

マリオネットが答えます。

「あなたの声が聴こえるから。」

 

ある日、舞台のマリオネットが突然倒れます。

必死に顔を上げるマリオネット。

笑顔が小刻みに震えています。

背中の糸が一本切れました。

 

マリオネットは立ち上がり、踊り続けます。

来る日も来る日も、踊り続けます。

そして一本、また一本と、糸が切れていきます。

 

無人の劇場に誰かの声が聴こえてきます。

「もう十分でしょう。踊るのをやめましょう。」

 

マリオネットが答えます。

「踊りをやめたら、あなたの声が聴こえなくなります。」

 

ある日、最後の糸がぷっつりと切れました。

音楽が止まり、照明がマリオネットの残骸を照らし続けます。

マリオネットの糸につながっていたのは、古い蓄音機。

音楽に合わせて唄う子守唄。

 

大切なメロディを失ったマリオネットの瞳から、

涙がこぼれ落ちます。

 

無人の劇場には、ただ静けさが佇みます。

誰の声も聴こえません。

 

マリオネットは耳を澄まします。

もしかしたら聴こえるかもしれないあのメロディに、

耳を傾けます。

もしかしたら聴こえるかもしれないあの声に、

耳を傾けます。

 

糸の切れたマリオネットが、微かに顔を上げます。

糸もないのに顔を上げます。

そこには、いつもと同じ笑顔があります。

マリオネットだから、笑顔が消えることはありません。

 

笑顔のマリオネットが声を探します。

誰もいない舞台の上で、声を探します。

 

やがて、照明が落ちた舞台の上から、

糸の切れたマリオネットが連れ去られます。

誰もいないのに、マリオネットを連れ去る人がいます。

舞台の上には、点々と雫が続きます。

翌朝には乾いて消える雫が続きます。

 

 

                  Written by 九月のZ


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