最近までずっと地を這うような精神状態だった友達が、ようやく前向きになれたと言う。聞けば、大事な友達がとても大変な状況にあるらしく、支えるためにも自分は強くあらねばならない。落ち込んでいる場合ではない、と思ったのだと。彼らしいな、と思いながら、「きっかけはどうあれ、前向きになってくれてよかった」と伝えておいた。
他人のために強くなる?
そんなのは詭弁だよ。
誰かのために強くなるだなんて、
それは体よく他人を利用しているだけだ。
自分一人では到底立ち上がれないから、
誰かを助ける振りして手を借りているんだ。
他人を救っている自分に救われたいだけなんだ。
そう思うけれど、それは所詮僕と彼の考え方や生き方の違い。その一言で片付けられてしまうのだろう。僕が正しい訳でも、ましてや彼が間違っている訳でもない。だから、僕は何も言わずに辛辣な言葉の数々を胸の奥にしまった。
それでも、あの時、
僕が確かに感じた苛立ちは何だったのだろう?
他人のために強くなる?
そんなのは詭弁だよ。
誰かのために強くなるだなんて、
それは体よく他人を利用しているだけだ。
自分一人では到底立ち上がれないから、
誰かを助ける振りして手を借りているんだ。
他人を救っている自分に救われたいだけなんだ。
そう思うけれど、それは所詮僕と彼の考え方や生き方の違い。その一言で片付けられてしまうのだろう。僕が正しい訳でも、ましてや彼が間違っている訳でもない。だから、僕は何も言わずに辛辣な言葉の数々を胸の奥にしまった。
それでも、あの時、
僕が確かに感じた苛立ちは何だったのだろう?