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資料

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東京23区の坂(20) 新宿区(4) 2005年2月16日

2015年04月17日 | 東京23区の坂
HPクローズで消滅した10年前の坂のデータを少しずつUPしています。
東京23区の約200の坂を自転車で走ってみました。
坂は昔とほぼ同じだと思うが、風景は当時と現在では変わってるかも知れません。
思い出に浸りながら一部新たに書き込みました。                             
地図はGoogle mapなどを使えば判りやすいが、当時頑張って作ったアナログな地図を添付しました。   
矢印方向が上りになってます。






1 相馬坂(そうまざか)
  (Google mapより)

  (Google mapより)

  (Google mapより)
標識の説明
この坂に隣接する「おとめ山公園は、江戸時代には将軍家御鷹場として一般人の立入りを禁止した御禁止山(おとめやま)であった。
この一帯を明治時代末に相馬家が買い取って屋敷を建てた。
この坂は新井薬師道から相馬邸に向け新たに通された坂道であるため、こう呼ばれた。
新目白通り(都道8号)から北へ100m進んだ落合四小信号から落合中までの約200mの坂。
坂下は勾配が16〜17%とややきつく、中ほどで北西に少し曲がり10〜11%、坂上は6〜7%になる。


2 七曲坂(ななまがりざか)
  (Google mapより)     

  (Google mapより)   
標識の説明
『豊多摩郡誌』には「七囲り坂 馬場下通 御禁止山の麓にあり、大字下落合字丸山と同本村の中間にあり。
曲折七ヶ所より成れる坂道にして昔より本名称を得たるが、明治三十七年開窄して交通に使せり」とある。
落合では最も古い坂道の一つで『若葉の梢』に「頼朝公和田山に御出陣の時、軍勢をはかり給わんとて、七まがり坂を開かせ給へりと也。上は鼠山、西は玉川と猪の頭の落合に行き柏木えもん桜へも近し」とある。
相馬坂の約200西、氷川神社裏手から北へ上る300mほどの坂。
勾配は一番きついところで7%。あとは5%ぐらいの緩やかな坂。
約100mおきに標柱がある。


3 九七坂(きゅうしちざか)
  (Google mapより)


標識の説明
『豊多摩郡誌』に「久七坂 村道元耕作道。字本村に属す、急坂なり」とある。
土地の人たちの話によれば、昔、妙正寺川べりの田んぼは 大半山上の農家のもので、久七坂も住家から田んぼへ下る野良道であったという。
坂名はゆかりの人名に因むものであろうか。
120mで最も急なところで19%。写真右上のカーブするあたりで15〜16%。


4 西坂(にしざか)
  (Google mapより)

  
標識の説明
『豊多摩郡誌』に「西坂、新宿道、字本村と字不動谷との間にあり」とある。
坂名の由来は、この坂が字本村の西に位置するからだという。
かつて坂上にあった徳川男爵邸の庭園は、ボタンや菊の時期に一般公開され、この坂辺りも賑ったという。
目白通り(都道8号)の駅前信号から斜め北西に入ったところの坂。
220mで坂上に西坂公園がある。
勾配は写真右のあたりで12%ほど。


5 霞坂(かすみざか)
  (Google mapより)

  (Google mapより)
標識の説明
『豊多摩郡誌』に「霞坂」大字下落合より小学校前へ開穿したる新坂なり」とある。
昔、この坂下は一面の水田だったので、春がすみの立つ、のどかな田園風景が美しかったという。
角張って曲がる70mの坂。
写真のあたりは勾配は16%。最もきついところでも17%だった。


6 市郎兵衛坂(いちろべえざか)
  (Google mapより)
標識の説明
『豊多摩郡誌』によれば、「市郎兵衛坂 中井道、字不動谷と前谷戸との間にあり」と書かれている。
坂名の由来についてははっきりしない。この坂にゆかりのある人名をとったのであろうか。
目白通り(都道8号)と山手通り(都道317号)が交差する中落合信号から目白通りの北側にあるくの字の坂。
勾配は緩やかで4%ぐらいの150mの坂。


7 見晴坂(みはらしざか)
  (Google mapより)    
  
  (Google mapより)
標識の説明
昔この坂上からの眺望は素晴らしく、特に富士山の雄大な姿は抜群であったという。
また、坂下の水田地帯は古来より落合蛍の名所として知られた。
坂名はこれらの風景に由来するものであろう。
目白通り、山手通り、妙正寺に囲まれた三角地帯の中央にある坂。
100mと短いが勾配は急で20%ほどあった。
坂上からは新宿副都心の高層ビルが一望できる。


8 六天坂(ろくてんざか)
  (Google mapより)

  (Google mapより)
標識の説明
昔、この坂上に第六天の祠が建っていたため、こう呼ばれるようになったという。
見晴坂の西に位置する坂。
140mで勾配は19%と急である。

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