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橋田壽賀子さんが4月4日お亡くなりに 95歳

2021年04月05日 | 映画・テレビ・動画
「渡る世間は鬼ばかり」などを手がけた脚本家の橋田壽賀子さんが、4日、亡くなりました。95歳でした。 

 橋田壽賀子さんは、脚本家として、TBSテレビのドラマ「渡る世間は鬼ばかり」やNHKの連続テレビ小説「おしん」など数多くの名作を世に送り出しました。2015年には文化功労者として顕彰されたほか、昨年秋には文化勲章を受章していました。  

橋田さんは、今年2月下旬から、急性リンパ腫の治療のため東京都内の病院に入院。先月には、自宅のある静岡県熱海市内の病院に移り、治療を続けてきました。そして3日、自宅に戻り、4日午前、息を引き取ったということです。  橋田さんの遺志により、通夜・告別式、「お別れの会」などは行われないということです。(05日16:50)






橋田壽賀子さんが亡くなりました。95歳でした。

石井ふく子プロデューサーは次のようにコメントしています。 

橋田さんとは60年のお付き合いです。年中喧嘩したり、相談したり、家族のように付き合ってきました。一日電話しないと「どうしたの?」と心配されることもありました。思い出がありすぎて何も言えません。こんなに急だなんて悔しくて、なんと言っていいかわかりません。「あなた一人でどこに行ったのよ」という思いでいっぱいです。 橋田さんは現在のコロナ禍の状況を見て、そこで感じた家族の形を書きたいとおっしゃっていました。同時に「私はいつも一人だと思っていたけれど、あなたたちがそばにいてくれたのね」とおっしゃって。私は「今更、なにを言ってるのよ」と返しましたけれど。お互いに元気でいようねって話していたところでした。 今、私の隣りに笑って私を見ている遺影があります。まだ、橋田さんがこの世からいなくなったなんて考えられません。 

 一方、泉ピン子さんは次のようにコメントしています。 

昨日意識がなくなったとき、「ママ」って呼ぶ私の声が聞こえたのか、最後に目を見開いたんです。それが最後でした。クルーズ旅行に行くとき、お正月に着ていたお気に入りのドレスと、橋田文化財団を設立したときに作った松竹梅の思い出のドレスを着せて、私がお化粧をしてあげて、旅立ちました。 橋田さんは「悲しまなくていい。千の風になっているんだから。あなたの周りにいるから」といつも言っていました。「でも、私が先に逝くとは限らないけど」と茶目っ気たっぷりで付け加えたりして。ですから最後は「千の風になって」をかけて送りました。 今の私があるのは橋田先生のおかげです。舞台もドラマもやらせてもらいました。ずいぶん喧嘩もしたし、泣いたこともあったけれど、橋田さんとご主人には本当の娘のようにかわいがっていただきました。私も熱海で暮らすようになって、最後はずっとそばにいられたから熱海に越してきた意味があったと思います。

 (05日16:55)


 

 

 

 

 
 



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