以下のお話は1972年の、五井先生56歳のお誕生祝賀会でのお話ですが、五井先生が、ご自分のことを紹介しています。全く自分を偉く見せる想いも、虚栄も、気どりもない、愛そのもの、誠実そのもの、飾らない心、真の心、そのままで光り輝いた心・・
こういう人間になりたいなー、と師の後を追うのみです。
こんなすばらしい師を信じて磔になろうが、地獄に落ちようが、なんの躊躇もなく受けてたつのみです。それほど愛を禁じ . . . 本文を読む
“祈りとは、魂の階段を昇ることである”
人間は、誰でも肉体にいながら同時に幽界にも霊界にも神界にも住んでいます。
そして肉体にいながら、その人の魂の位、霊の階層が厳然と決まっています。それを霊位と呼びますが、祈りとは、神界の根源からの響きに同調して、その創造の光を横に流してゆことをいいます。それが、その人のこの波動宇宙に対する奉仕、貢献となります。それが、あらゆる生物からの感謝となって、その人の . . . 本文を読む
“祈りとは、過去、現在、未来を浄めるものである”
この言葉は、昭和44年6月の五井先生のお話の中の一説ですが、とても深い意味があります。人間の運命というものは、過去に行ったこと、想ったことによって80%が決まっています。人を殺めた人が、来生も幸せで、人格も完全円満で、満ち足りている、ということはありえません。やましさ、自己処罰の想い、影が付き纏っているのです。生きる意味がわからないのです。生きる . . . 本文を読む
祈りとは、肉体頭脳を駆け巡る想念に邪魔されず、本来の生命力が障りなく現われることをいいます。しかし、その状態に到達するのは至難の業なのです。そこで祈り言とか、称名とか、題目とか、呪文とか、マントラとか、真言といわれるスイッチを、開祖、教祖といわれる人たちが編み出しました。それは彼らと神霊の世界との約束事で、エレベーターのような働きをします。そこで、そのスイッチを入れさえすれば、光り輝いた世界を連れ . . . 本文を読む
最近は霊能者の江原さんや、美輪さんの影響で、「スピリチュアル・カウンセリング」がはやっているが、私の知る限りでは、その霊能者さんの潜在意識が混じっていて、あてにならないなー、と思う。霊能者という方々は、過去世において、統一行をさかんにやった人で、幽体というわれる波動圏が一般の方より広いので、感じやすいのだが、それは人格、霊性の高さとは関係ないので、なんでも信じていいものではないと思う。むしろ、その . . . 本文を読む
以下は「生命光り輝け」からです。
祈りとは、神界という創造の根源、あらゆる生命の根源の力が、輝いて働いている状態をいいます。それが肉体の世界まで降りてくると、言葉にもなります。光り輝いた言葉・・それが祈りというわけです。
" 内なる神性の祈り
一遍上人は、南無阿弥陀仏と唱えることの他は何もいらない、ひたすら南無阿弥陀仏と唱えよ、と教えました。それは我が唱えるのではなしに、肉体の中に在 . . . 本文を読む
以下は、五井先生の「光明の生活者」からの抜粋ですが、とても魂に響きますので、ご紹介します。私の願いは、自分が本当の人間、真人になることなんです。
それでは真人とは、どういう人のことか、というと、一目あって『なつかしいなー、なんて懐かしい人なんだろう。また会いたいなー』と相手の人が思ってくれれば、その時、「あー、自分は本当の人間になれたんだなー」と思うでしょう。
もしそう思われなければ、自分の中に . . . 本文を読む
「思考は現実化する」とか「想いは具現化する」とかいう成功哲学という考え方が、一時はやっていましたが、それだけでは、自我欲望の戦いになる危険があると思います。また、祈りのあり方と念力のあり方の違いをしっかり知っておくことは、とても大切だと思いますので、以下の言葉が参考になりましたら幸いです。
以下『聖なる世界へ』より
”
祈りは常に自己の想念を、神のみ心の中に投げ入れて、つまり神のみ心に人 . . . 本文を読む
祈りの世界は、感謝ではじまり感謝に終わる、と言っても過言ではありません。 というのも、感謝は実に微妙な波動を持っていまして、一瞬にしてその人の本心の座に同調せしめるからです。やり続けるとわかると思います。
以下は『聖なる世界へ』からの抜粋です。
” 感謝の心は祈りのこころ
人類を滅亡の方向に向わせないためには、どうしても、頂き直すという謙虚な、謙虚というより当然な生活態度にならねばいけ . . . 本文を読む
以下は『霊性の開発』からです。
” 誰にでも出来る人類救済法、自己救済法は一体どのような方法なのでありましよう。
それはたゆまざる″祈り″なのであります。世界平和の祈りなのであります。
なんだ祈りなのか、という人があったら、その人は宗教を全く知らない人というベきなのでありましょう。
宗教者で祈りを説かぬ人は、まず皆無ではないかと思いますが、真実の祈りを教えている人がどれ程あるかは非常な . . . 本文を読む
同じく「如是我聞」より
”「我は神から来た人である」という信念が祈りである。 ”
人間は一人で生きられるものではありません。
自分一人の力で生まれてこられるものでもありません。
守護の神霊(魂の家族)の援助と協力によって、生かさせていただいている、というのが事実だと思います。それを自覚すること、想い起こすこと・・それが祈りということですね。それに感謝をつけくわえれば、それも申し分ない祈りにな . . . 本文を読む
以下は「如是我聞」からの抜粋です。
祈りは同調現象だと思います。流れに乗ること、法則に乗って命が輝いて働くこと、それを祈りと呼びます。想念の干渉を受けない生命は、みな祈りそのままの姿ということができます。
”祈りというのは、いのちが生き生きと活動することである。
いのちが躍動せざるを得ないのである。
だから、ただ座ったまゝで、何もしないということは、祈りというものをどこか考え違いをしているの . . . 本文を読む
祈りとはお願い事ではありません。
それは自我の放棄、神にひとたび命をお返しして頂きなおすこと。
以下は「聖なる世界へ」のよりの抜粋です。
”肉体人間として生きている自己の生命は、神の大生命の分生命なのだから、常に大生命からの智慧能力をいただきながら、天命を完うしてゆかねばなりません。そのためには、肉体人間として肉体生活に執着しているために起る、様々の想念を常に消し去っておかねばならぬ、そこで、神 . . . 本文を読む
以下は「運命を恐れるな」からです。
”祈ることは、つねに神のみ心の中に住んでいることになりますので、神我一体の行といえば、真実の祈りであると答えてもよいくらいのものです。自己の運命を恐れる想いがあったら、運命を恐れる気持が次第に消えて、その想いごと、私のいう世界平和の祈りの中に入れてゆけ運命を神にゆだねる、という気持に変ってゆくのであります。祈りと神さまの在り方についてここでまた、世界平和の祈 . . . 本文を読む
祈りという現象については、まだ多くの方によく知られていない、と思うことが随分あります。祈っている人いない人、宗教に興味がある人ない人、また精神世界やニューエイジに興味がある人ない人にも、祈りの本当の意味、あり方を、五井先生のご本の中から、シリーズとして紹介してゆきたいと思います。
祈りとは #1
”祈りとは、神にすべてを託して自己の本心を開発する方法です。そうしますと祈りによって自然と道 . . . 本文を読む