「あたしは生への執着があんまり無いみたい。」
ヒロコの白くて長い人差し指にはゴールドと白蝶貝のリングが輝いている。
「お前がまだ知らない、良いことがあるよ。」
身体中が覚醒して、酔いしれる、快感。
ステージの上。
「明日早いし、帰るわ。」
ヒロコは机上のビジネス書を鞄に入れ、立ち上がった。
俺はもう少し飲んでいくことを伝え、ヒロコを見送る。
ヒロコが読んでいる本は基本的に、やたらと向上心が高そうで、大体帯にCEO必読と書いてある。
その本を読んでいる連中が、読まないと存在できない世界を勝手に作って喜んでいるんじゃないか。
教養とは遠くかけ離れている俺は、煙草に火をつける。
黄緑色のアメリカンスピリット、昔から。
俺は心底愛していたはずなんだ。
どこか空虚で、ほんのり甘い、空気を、中毒性を。
行方知れずの彼女を。
「僕は本当に凡人でねぇ。
何か才能が溢れている人を見ると羨ましくて仕方ないんだよ。」
バーのマスターが隣客に言う。
光るスキンヘッドに眼鏡をかけていて、仏顔のマスターは、案外モテる。
「なんなんですかね。
生まれつきなのかもしれませんね。」
マスターと隣客との会話を聞きながら30分程飲んだ後、俺は店を出た。
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