よれよれシステムエンジニア

家庭と仕事と人生のあれこれ

ルールと統制

2007-05-05 01:08:56 | 日記
最近、ルールや法令についての遵守が厳しくなり、常識と思っていたことから大幅に乖離したルールの遵守強制や、そういったルールへの過剰な遵守状況を鑑みるにつけ、世界全体が中央集権的な統制体制に慣れてしまうことを恐れる今日この頃です。

なんてね。

でも、そういうのって、結局、経済活動は萎むし、非効率になるし、人間性は失われるし、自分の直感として非常によろしくない。

そうなると、会社も社会も国家もすぐに窮地に陥るから、打開するために戦え、なんてなっちゃう。

似たような国が今までも今でもあるわけだ。。。

全世界的に蔓延しているこの状況を以下に憂えてみると。。。

※最初の書き出しから比べると、非常に小さい話になっちゃうんですけどねっ、、、(汗)

(1)高野連

 野球特待生を『今更』ながら憲章違反とか言い出して、どういうこと?野球だけは歴史が違うとか、訳判らん。コワイナー。

 厳密には、なんら処分を決定する権限も無い団体であり、各高校の特待生制度までも揺るがすような影響を与えていることから、なんらかの越権行為に該当するのではないか、と告訴されてもおかしくないような気がするぞ。

 戦前に文部省の統制下に入れられた歴史から、自主管理になった歴史があるとのことだけど、自分達で時代錯誤の統制していたら、そもそも自主管理にした思想からずれまくってるじゃん。つまり、野球統制令を引き継いだだけ?

 今こそ、読売新聞社よ、スポンサーとなって高校野球連合を設立し、春の後楽園、夏の後楽園を開催するのだ!

 もちろん、そこは当然、特待生あり。優勝高校は、巨人軍からの一週間コーチあり。で、東京開催なので、見に行きやすいし。

(2)イラン

 女性のファッションが欧米的だからといって、10日間で1000人を身柄拘束。『今更』ながら、どういうことだ!という声が多数。

女性には向かない法律ではないか、なんて声も上がってくる。一瞬ほほえましいが、非常に薄気味悪い。

与党政権の行き詰まり打破で行われた取締りだとすると、そのうち、行き詰まれば核兵器を打ち上げるくらいはやりそうだ。

(3)印紙税法

 先月、先々月と、年度の切り替わりで契約更新がうんざりするほど沢山発生。そのときに頭にきたのが「印紙」。

 ある一つの覚書を巡って、200円貼ればいいのか、4000円貼ればいいのか、貼らなくていいのか、二転三転して、一体何なんだこれは!!と誰にぶつけることもできずに印紙税法に対して個人的に小爆発。

 印紙は別に契約内容の正当性を裏付けるとか、そういうものでもなく、単に重要な契約の取引については、税金とりますよ、というだけのもの。

 第7号文書というのが、基本契約的文書に該当しますが、これだと4000円。個別契約だと、対象金額によって違うけど、今回は200円。しかし、委任契約だと貼らないで無料。

ちなみに、「紙」の文書だけが対象であり、「電子」の取引には課税されない。

もう、ここまで来ると、印紙税法が現代の技術進歩と商取引の進化についていけておらず、課税の中立性と公平性が失われているわけですよ。

そんなわけで、近年では殊更ややこしい状態に陥り、かつ、貼る金額も元来ややこしいルールになっていて、合理性も効率性もへったくれも無いようなこんな法律なんとかしてくれよっ!!!と思った次第。

これ、間違えて少ない金額貼ると『脱税』ですから、嫌な感じです。

これも、ある日、税務官が査察に来て、間違いを見つけて大騒ぎしたりする恐怖があります。高野連とイランみたいなもんです。

ちなみに、こんな合理性も無ければ、効率性も無い法律ですが、やっぱり、そういうことが嫌いな国はあるんですね。

ドイツとアメリカは、とっくの昔に印紙税法が廃止になっています。アメリカなんか、私の生まれた頃には廃止されてました。

(4)その他もろもろ

 本当は、こっちのことを色々言いたいのですが、相当慎重な発言が必要になるので、頭出しだけ。。。

・個人情報保護法
・JSOX法(内部統制関連法)
・労基法
・内部監査とセキュリティ監査
等々

「善き人のためのソナタ」という映画に東ドイツの統制が生々しく描かれていましたが、そんなのと似た統制が社会や企業や学校内に蔓延したら、擬似的に東ドイツと同じ現象が起きるでしょうね。簡単に言うと、人間辞めるしかなくなるわけです。

統制の結果、考える人と考えなくなる人が出てくると思いますが、考えなくなる人が多数を占めた段階で、国も会社も学校もおかしくなるんでしょうね。

「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」なんて誰かが言ったらしいですが、希望があるとすれば、経験も歴史も浅いコンシューマー発信型のメディア(CGM)の存在によって、そういう全体主義的な統制による「弊害」を打破できそうな気がします。

ホリエモンみたいな言い方ですが。

だから、歴史を見て、全く同じことが起きると思うのではなく、今のコミュニケーション技術と歴史の両方から考えてみて、同じことを繰り返さないように考えることが大切だ、なんて思ったりするのでした。

企業内の似たような状況下でも、自分自身はそう考えて行くしかないんだろうな、と。

※ところで、延々とルールへの過剰反応や厳重な遵守に批判的に見える文章となっていますが、厳重化されて良いことの方が多いかもしれないとも思っています。飲酒運転とか、情報セキュリティとか。

GWで、長々と書いてしまいました。。。


なかのひと



今日はGWの真ん中だけど普通の日だったね。

2007-05-03 03:38:58 | 日記

今日は、ゴールデンウィークの真っ只中。

とはいえ、小学校も幼稚園も平日として通う日であり、
会社も普通に営業日だったので、子ども達は普通に登校、登園し、私も普通に出社。

しかし、久々に早めに帰宅できて、上の娘も起きていた。

「いただきまーす」と夕飯を食べようとすると、
上の娘が「いただきます、って英語で何て言うの?」と質問してきた。

私「いただきます??? 確かに英語で聞いたこと無いな。。。うーん、、、判らないなぁ。。。」

娘「英語を習いに行っているくせに、『いただきます』も言えないんだ。へぇ。」・・・程度低いねぇ、と言わんばかりの蔑んだ目。

私「いや、本当にわかんないんだけど。。。」

記憶を辿り始めると、確か、米国出張時に現地のベンダーの人が寿司レストランに連れて行ってくれて、誰か食べ始める前に手を合わせてたぞ。。。

あのとき、何て言ってたっけ?



確か、普通にたどたどしい日本語で「イタダキマス」って言ってただけだったな。。。うーむ。



そんな行き詰まり状態を見て、米国滞在経験4年のカミサンが一言「アメリカで、そんな言葉ねーよ」。

確かに、どう考えても、Let's eat!じゃないしなぁ。。。

もしかして、食事前の神への祈りが該当するのか? 

一神教と多神教による言葉の使い方の違いがあるだけで、神への感謝が該当するのか?

どうなんだ???

と考え込んで、いきなり出鼻をくじかれた夕飯だった。


最近取り組んでいるスポーツ

2007-04-15 17:27:01 | 日記

最近、娘達に付き合って、週に一回、土日のどこかで縄跳びをしている。

最初はお付き合い程度で、痩せることを目的として、二重跳びをしたり、綾跳びをしていたが、途中から隼(はやぶさ)という技の練習にチャレンジし始めた。

隼とは、綾跳びの二重跳びのことで、別名二重綾跳びとも言う。
技としての見栄えがいい。

もともと、そんなスポーツの得意なタイプでなかったので、高校まではそんな技は出来ず、大学、社会人と縄跳びなんてほとんどやらなかったので、結局、隼は出来ずじまい。

ところが、娘達の横で隼を毎週練習していると、なんと一回出来てしまった。

継続は力なり、練習してみるものだ。。。
(サロンパスのお世話になり、大変だったけど)

最初は、1回出来ただけで感動していたが、毎週1~2回くらいづつ、できる回数が増えてきた。

最大で連続9回まで到達した。

そうしている内に、娘達は縄跳びをしなくなり、公園に連れて行っても、私一人で縄跳びに熱中している状況となると、なんだかアブナイおじさんのような様相を呈してきたので、ここ二週間は、さすがに練習しにくくなってきた。

で、昨日は久々に練習したら、最大3回しかできなかった。

高校くらいまでで出来ないことが出来るようになって、この歳で成長を感じた喜びはあるが、「昨日は9回まで出来たよ」なんて、ゴルフのように会社で喜びを分かち合えるでもなく、娘からは「なかなか10回出来ないね」と言われ、非常に地味なスポーツなのだった。

やってみるとわかるけど、縄跳びって凄い運動量だ。。。
毎日やると痩せられそうな気もする。ストレス解消にもなるし、もう少し技も極めたい。

しかし、これからどうしようか?独りで練習していると不気味だしなぁ。

卒園式

2007-03-17 04:10:02 | 日記

今日は、仕事の調整がついて、午前中、上の娘の卒園式に出席した。

最後の幼稚園登園ということで、一緒に幼稚園まで送り、
娘は自分の組の部屋へ入り、私は卒園式のホールで場所取り。

しばらくすると、カミサンと下の娘がやってきて、場所交代。
私は、一番後ろで立ち見席へ。
(総席数が少ないので、父母の両方は座れない)

幼稚園の卒園式なんて、みんなで写真撮りあって終わりかなー、
くらいに思っていたが、きちんとした式を開催する会場になっていた。

1時間くらい待って、ようやく開場。

4クラスが先生を先頭にして、順々に整列して入場してくる。
きれいに、端から着席していく。

先生から、修了書の授与が始まる。

先生が園児の名前を呼ぶ。

そのとき、先生が、思わず洟をすする声になる。

正直言って、見てる方は意表をつかれる。


次にPTA代表の方々から言葉が述べられる。
みんな、色々なことがあったよ、この3年間、という話し。
そこでも、最後の方は、みんな少し涙ぐんだ感じになる。

その辺まできて、先生やPTAの人たちの言葉をふと反芻して、
確かに愕然とする。

3年前の入園式で、あれだけじっとしていられずに
泣き叫んでた娘や、友達も含め、今、しん、として座っている。

しん、としたその雰囲気の中で、どんな小さな子供達とはいえ、
確かに卒業したんだ、という思いにとらわれる。

そして、母親達と園児達の歌が始まる。

園児達の歌うパートと、母親達の歌うパートがある。

歌の中で、園児達が「お母さん」と呼びかけ、
母親達が「なあに?」と答え、
園児達が「ありがとう」と歌うのだが、その辺まで来ると、
もう、こっちもなんだか涙ぐんでくる。

で、最後は「仰げば尊し」の流れる中での園児達の退場。

あーおーげばー尊しー、わがー師の恩~、、、と来ると、
滂沱の涙。

そういえば、15年前に大学を卒業して以来、卒業式出てないな。
自分自身の卒業の思い出にも一瞬リンクしてしまう。

そして、退場のときに見かけた娘の涙ぐんでる顔。

入園式のときには、ママと離れるのが辛くて、
ひたすら泣き叫んでた涙だったけど、
今は、明らかに感極まっての涙であり、そういう成長に
親は思わず涙するよ、ほんと、という感じ。

3年間って、長いようで、短くて、人間は成長するもんだなぁ、
という感慨に耽ってしまった。

そして、こういう卒業を繰り返して、大人になっていくんだよなぁ。

この15年間、自分は何か卒業してきただろうか?

なんとなく曖昧に過ごしてきた気がするだけに、久しぶりにけじめ
ある卒業式に参加して、しんとした静寂の中で、娘の成長を感じて、
思わず涙してしまった。

お世話になった幼稚園や、他の父母、カミサンに感謝するとともに、
娘に対しても心より「卒業おめでとう」と思う。

仕事の調整がついて、式に出席できて、今日は佳き日だった。


相変わらずの小理屈

2007-02-12 00:38:51 | 日記

 最近、こっちのブログは休止しておったので、
 娘についての更新もしていなかったけど、
 久々に上の娘ネタ。

●お片づけ

娘達は、ベランダでのシャボン玉遊びが終わり、
部屋の中でゲームしていたので、

私:「シャボン玉の道具、ちゃんと片付けなよ」と言うと、
上の娘:「えー、片付け方が判らないから、片付けられないよー」との答え。

私:「そんなの、袋に入れればいいだけでしょうが!」
上の娘:「ちがうよ、ちゃんと大きなボトルは別で、それぞれ入れ物洗って、
     きちんと片付けてよね」

私:「片付け方が判らないと言ってたくせに、片付け方を指示するなーっ!」

●スープ

朝ご飯を食べていると、、、、、

上の娘:「自分のスープ飲んじゃったから、おとーちゃんのスープも頂戴」
私:「まぁ、いいよ」  ・・・こんな甘やかしていいのか?と思いつつ。
上の娘:「全部飲んじゃっていい?」

私のは、ある程度沢山スープが入っていたので、
私:「まぁ、好きなだけ飲んでいいよ。。。」
上の娘:「だから、全部飲んでいいのかっ?」

ったく、曖昧な返事を許さない子だな!

私:「いいよいいよ、全部飲んで!」

・・・なんだか、会社で上司に怒られているみたいだ。

●くまの人形

またもや、姉妹ケンカしている。
ちなみに上の娘は6歳、下の娘は3歳。

下の娘が泣いている。
「くまの人形を取られたぁーーー」

上の娘曰く、

「くまの人形を投げ出したのはそっちなんだからね。
 くまの人形がかわいそうでしょうが。
 だから、くまの人形返さないよっ!!」

とのこと。

下の娘は、泣きながら、
「ごめんなさぁい。。。えーん。。。」

私:「返してあげなよ!」

上の娘:「物を投げ出すような子には返しません!」

私:「そんなこと言ったって、あなたも昔、物を投げるようなことしてたでしょうが!」

上の娘:「そんなこと絶対にやってません!」

私:絶対という言葉を使うときは、一つでも反例を見つければOK。
  大人の世界で議論するときに、絶対という言葉はなかなか使えない。

私:「過去におもちゃを投げたのを見たもん」

上の娘:「一体、いつ、何を投げたのか言ってみてよ!」

私:う、、、なんだったっけ? こないだ確かに投げつけられたんだけど、
  携帯電話だったけな?ここで具体例を挙げられないと、またも議論で負け。

私は、カミサンに「最近、あの娘がモノを投げたときってあったよねぇ?」

カミサン:「うーん、あの娘、あんまりモノを投げたりしないよ」

上の娘:「ほら、わからないくせに」

上の娘:「あーそういえば、しまじろうのCDを投げたことあったかな?そのことか?
     そんーーーーな、昔のことか? おい!」

私:「そうかも? あ、そういえば、しまじろうのぬいぐるみも投げつけてたじゃないか!」

上の娘:「へぇ、そーーーーんな昔のことを言うのか!まぁ、ぬいぐるみ返してやってもいいけどね。」

という議論でおしまい。なぜか、姉妹、仲良くぬいぐるみそっちのけで、ビデオを見始めた。。。

まったく、相変わらず釈然としない会話の応酬だった。。。

しつけの問題だろうか。。。
(読み返してみると、明らかに甘やかしすぎな気が)

柳沢大臣発言問題

2007-02-04 03:21:02 | Weblog
あの問題は、明らかに失言だとは思う。
あの言葉自体で、心情を害する人は沢山いると思う。

けど、全文を読めば、多少気になる言い回しはあるけど、なんらかの差別的な意図が無いことは明確で、うまい例えが見つからずに出てきた、明確な失言と思う。

野党は辞任しない限り、国会審議に参加しない、って。

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さぁ、こういうときこそ、ブログの力だ。

テクノラティを見まくって、小泉圧勝を予感したのと同様、果たして、ブログ上での論調はどうか?

やっぱり。

ざっくりと見た感じでは、あの発言に怒り心頭というブログは、4人に1人くらいな感じ。多く見ても、半分以下かな。

CGMって、最近、結果的に世論形成につながる気がする。

だから、マスコミも野党も、あまりにも揚げ足取りに見える騒ぎ方をすると、結果的に損をするでしょう、というのが私の見解。

(別にCGMじゃなくても、言葉尻を捉えての議論については、中身が無いのは誰もがわかっているんだろうけれど。)

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辞任する/しない、は別な判断だろうな、と思う。

ブログを見ても、世間は、いつまでも怒り続けるような不祥事と捉えていない。

ただ、失言してしまった本人は悔いても悔やみきれない、という感覚だろうと思う。

で、世間が許しても、自分としては許されん、ということはありそうな気がする。ちょっとした失言で国会もうまく回らないので、その責任も感じるだろうし。

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ある人の仕事に対する評価って、一回の失敗で決まるのか、普段の行動で決まるのか?というと、やっぱり一回の失敗では決まらないと思う。

逆に、大臣レベルとなると、普段の生活、信条が問われる。

日常生活でも、働く女性に対して理解がある、と言われている人らしいが、本当にそういう人であるならば、確実にこの問題は鎮火する。

逆に、そんなことも政治家的な宣伝であるなら、いつまでも火は消えないような気がする。

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さて、安部総理大臣はどうするか?

国会運営の観点で、辞任やむ無し、という意見になるような人だったら、少しがっかり。どういう選択肢が一番国民にとっていいんだろうか。多分、判りきっている話しとは思うけど、野党にとっては判りきった話しなのだろうか?

華麗なる一族からのマジメな連想。。。

2007-01-27 12:28:53 | Weblog

華麗なる一族のドラマ一回目を見た。夜に昼ドラをやるなー!ということで、あんまり評判良くないけど、キムタク主演の鉄鋼マンがカッコイイこと言うのと、前職が鉄鋼メーカーだったので懐かしい風景で見入ってしまった。

ところで、その鉄鋼メーカーの創業者って、とても偉大な人だったようで、会社のあちこちにその人の言葉が貼ってあった。

『今やらねば、いつできる、おれがやらねば、たれがやる』

「この仕事、一体誰がオーナーシップをもってやるのか?」という仕事が沢山湧いてきて、結局自分にも降りかかってフォローせざる得なくなって、、、「元々、こんなこと自分の仕事の範囲外なのに」という仕事をやるはめになった時。

そんなモチベーション辛いときに思い出すと、割と前向きになる言葉。

もう一つ。

『現場が研究の場だ』

刑事の現場百回、なんてのと同じで、技術や研究の仕事は現場に立って考えろ、というのが徹底していた。工場ならわかりやすいけど、今の仕事はどこが現場だろうか。。。

そういう問題設定がとても大切なことに気付く。

システム屋の仕事は、目に見えにくい。

それだけに、現場に近いところに立たないと、『価値を提供する仕事』であることを忘れてしまい、『システムを作る仕事』になってしまうようなことにもなりかねない。

また、システム屋の場合は、システムが使われる業務の現場が『現場』だったり、実はプログラミングしている人達の現場が『現場』だったり、あるいは、顧客のシステム部が『現場』だったり、色々な現場を意識する必要がある。

例えば、経営上の課題を考え、問題点と原因を整理し、仮説を立ててみる。で、業務の現場に行って五感で感じてみる。現場で数字を取ってみる。図に表してみる。

現場の人と話しながら、聞いたことを書き出して眺めてみる。そうすると、自ずと業務変革のポイント、ツールによる解決支援策、なんてものが見えてくる。

また、プログラム開発が順調でないとき。そんなときは、開発している人達の真ん中に机を構え、そこで仕事をする。なんとなく、開発が順調でない理由がわかってくる。

顧客内調整がうまく行っていないとき、用も無いのに顧客のフロアにずーっとい続ける。段々、色々な人間関係も含めた課題が見えてきて、どこの誰と話しをすることによって、調整がうまく行くという流れも見えてくる。

そんな動きが大切と思ってきたのも、こんな創業者の言葉がきっかけだったりする。

そんなわけで、ドラマを見て久々に偉大な方の言葉を思い出して、色々考えたのだった。

#ちなみに、前の会社の張り紙では、『おれがやらねば、たれがやる』の文章を落書きされて、『おれがやらねば、だれかやる』になってることもあったけど。。。

#しばらく、Mixiに書いたりしてたけど、今年はせめて月に一本くらいはまじめに書いていこうと思います。よろしくお願いします。


単純作業部

2006-06-21 00:03:43 | 日記
今日、飲んでて思い出したけど、そういえば、高校時代に「単純作業部」というクラブに所属していたことがあった。

当時所属していたクラブは、剣道部とワンダーフォーゲル部だったんだけど、単純作業部にも少し所属していた。

物理の先生が主宰していたが、名前の通り、「単純作業」をひたすらやる、という部。

週一回、放課後に物理室に集まると、ひたすら単純作業を行う。

部活の時間に行ってみると、練習問題のプリント用紙の山があって、そのプリントの紙をひたすらホッチキスで留めるとか、ひたすら掃除するような単純作業を行う。

最初は、なんじゃこの部は?と思っていたが、物理で有名な先生だったこともあって、何かあるだろう的に集まった人がちらほら。

簡単に言うと、色々な先生の雑用を集めておいて、週に一回こなすだけの部。

しかし、今、思うと、その部で教わったことは仕事に対する倫理観を持つのにとても役立ったなぁ、としみじみ思う。

やり始めるとわかるのだけど、単純な作業でも、早くやろう、とか、うまくやろうとか、思ってみると、沢山の工夫が必要となる。

複数種類のプリント用紙でA3あり、A4ありの紙を効率良く一冊にして、沢山の冊数を作るのは、分業したり、流れ作業のラインをその場で考えてみたりして工夫して進める。

そして、工夫してみて、手際よくプリントの山を作ることができると、しみじみとその達成感を味わう。

そんな単純作業を毎週繰り返すだけの部。

しかし、そこで学んだことは大きかったなぁ、と思う。

小さな、雑用に見えることでも、一生懸命取り組んで実現できることの達成感。

そして、どんな小さな単純なことでも、工夫して達成することの面白さ。

そんなことを一言も口に出しては教えてくれなかったけど、そんなことを何気なく教えてくれた先生は偉大だったなぁ、と今の歳にして思う。

みんな、何か華やかに見える仕事がしたいけど、実際は単純作業の繰り返しだったり、泥臭い仕事だったりする。

そんな中で、その仕事の内容を見つめて、一隅を照らす仕事が出来ることが、企業や社会においてはとても大切なことだったりする。

全ての仕事の基本って、そこにある、なんて今になって思うんだけど、なかなかそんなことを他の人に伝えるのは難しい。

でも、みんながそういう気持ちになれれば、企業も社会も、より一層幸せになれるだろう。

あの先生のように偉大なアイデアは思いつかないけど、そういうことを伝播させることをもっと意識しないとなぁ、と思ってしまった。

元気かなぁ、あの先生。。。今になって、真に感謝の念が湧いてくる。

先生の仕事そのものが一隅を照らす仕事なんだよなぁ、としみじみ思ってしまった。

※小菅俊夫先生なんですが、ググルと、かなり著書が出てきますね。。。理系に進むことも目覚めさせてくれた先生でした。

こんなことを思い出したのは、今の仕事や新人への教育等、色々あり。

土曜の昼ごはん

2006-05-28 22:43:31 | 日記
土曜は、午後、一人で出かける用事もあり、カミサンが少し風邪気味だったため、自分がお昼ご飯を早めに作ることにした。

メニューは、定番の焼きそば。他に、レタスときゅうりのサラダ。

野菜を刻んで、軽くゴマ油で炒め、マルちゃんの焼きそば三玉をフライパン上で炒めていく。最後に、ソースの素を振りかけて、よく混ぜて、また少し加熱。

子供達は、親の一瞬の隙をついて、待ちきれずにコーンフレークをばりばり食べていて、止めたが間に合わず。。。

それでも、焼きそばを盛ってお膳に並べて、みんなで食べることに。

下の娘は、おいしいと言って、黙々と食べ始めた。

さぁ、難敵である上の娘は・・・と見てたら、「かっらーい、辛いよ!」と言い出した。

自分でも食べて見たが、そんなに言うほど辛くないように思う。(確かに、いつもより、ほんの少し辛い。ソースの素を使い切ってしまったから。)

「そんなに辛くないよ。」と私が言うと、「辛いよ、こんなんじゃ食べられないよ」と上の娘。

それでもなだめすかして、「レタスと一緒に食べてごらん」と勧めたりしながら、食べさせていた。

すると途中で、上の娘曰く、大きな声で、


「あのねぇ、辛くてこれ以上食べたくないわけ!
 
 まず、この辛いのを今すぐ辛く無いようにするか、
 2つ目に、お茶を飲みながら辛いのを我慢して食べるか、
 3つ目にこの場でごちそうさまにするか、


 一体どれがいいと思うか言ってみてよ。。。」



と強く出てきた。

裏には、親の一瞬の隙をついて勝手にコーンフレーク食べて、食欲が無い事情があるはずだが、こちらの少し辛かったかな、という心理につけこんできている。

私が「うーん」と唸ると、上の娘は、

「まず、いきなりごちそうさま、というのはダメって言うでしょ、どうせ。でも、辛いのを辛く無いようにするのは難しいよねぇ。」と言う。

私は「うんうん。」と肯くと、上の娘は「だったら、さっさとお茶持ってきてよ」とピシャっと言われてしまった。

普段なら「自分で取って来い」と言うところだが、思わず、「判った判った」と立ち上がってしまった。

お茶を取りに行って戻ってくると、いいように利用された気がして、「ほんとはお茶を取りに行かせたかっただけなんじゃないの?」とカミサンに聞いてみた。

カミサン曰く、「普段、ストレートに要求を言うから、やっぱり考えてみたんじゃないの」とのこと。

結局、上の娘はお茶を飲みながら少し食べて、「やっぱり残してごちそうさましてもいいよねぇ!!」と主張してきて、こちらも「判ったから後で食べなよ」と言って、敗北確定。

ご飯を作って喜んでもらうのは難しいなぁ、と思うのと同時に、「もしかして辛かったかも?」という弱みにつけこんでくる上の娘の駆け引きに負けてていいのかよ?という忸怩たる思いも出てきて、何となく割り切れない思いで、一人出かけたのだった。

しかし、食べない子供に食べさせることは、知力、体力を使った総力戦になるなぁ。。。

女の怒り、男の本音

2006-05-09 01:51:46 | 日記
今日、午後11時頃帰宅したら、カミサンがまだ起きていて、テレビを見ている。

普段は、テレビを見ていると、私が帰ってきてもあんまり話しかけられることも無いのだが、、、

「面白いから見てみない???」と誘われた。

なんだろう、と思って、食事を取りながら、ふと見ると、

なにやら、NHKの討論番組で、一般人が参加している形態。

テーマは「熟年離婚の原因」だった。

というわけで、こちらも「はぁ」と怪訝な顔をしつつ見始めた。

刺激的な内容としては「妻が激怒した夫の一言」。

1.誰が食わしてると思ってるんだ!

2.女のくせに

3.手伝ってあげようか?

1.2.については、「さすがに、こんなこと言ってないよね」と思わず聞いてしまったが、「そんなことは言ってないよ」と答えてくれた。

3.の手伝ってあげようか?は、言ってしまって顰蹙買ったことがあるような気がする。

これは、難しい。

男は、なんとなく、休みの日に親切で「掃除を手伝ってあげようか?」なんて言ったりしてしまうのだが、無意識に掃除・洗濯は妻がやるもの、という前提でものを言っている。

そこにカチンとくるらしい。専業主婦であるカミサンでもカチンとくるので、共働きではもっと激しいものがあるだろうなぁ。。。

ところで、この番組を見ていたら、話しはもっと発展して、保育所が不足している話、企業において女性がまだまだ働きやすい環境になっていない、など色々あって、まじめに見入ってしまった。

男と同じように長時間労働できないので、男と同じ価値を提供できない、なんて刺激的な人事担当役員の声もあったりして、会場の議論は超白熱。

そもそも男なら長時間労働していいのか、という意見があったりして、それはそれで身につまされた。

個人的には夫婦はチームであり、組織であるので、役割分担が必要なときもあろうし、そのときの評価指標として一番稼げることを考えたり、チーム全体の精神的な安定を一番に考えたり、色々な形を模索していけばいいと思う。

ただ、チームだから、熟年離婚の原因にあったように、お互い思いやりが必要なんだよなぁ、なんて自分のことを棚にあげて思ってしまった。

なんて見ていたら、自分の家の近所が映った。

「あ、この辺、うちのそばだ!」と叫んだら、カミサンが「え、ちょっと待って」といって、なんとリモコンで画面が静止した。

私「えーーーーーーっ!!! これ、録画だったのぉ!?」

カミサン「うん、そうだよ」

帰ってきたら、何気なくテレビつけていたように見えたんだけど・・・

・・・

なんとなく、意図を感じるような、考えすぎのような、、、

最近色々あったので、逆に考えすぎかな?

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#番組は、4月中旬に放映されたNHKスペシャル「日本のこれから ~女の怒り、男の本音~」というものでした。