オダネルさんは帰国後、約50年間トランクを開けることができませんでした。
50年間です。
その間、みんなが原爆は正しいことのために使われたのだと信じているなかで、あのとき長崎でほんとうのことを見てしまったオダネルさんはどんな気持ちですごしていたのでしょう。
きっととても苦しかったと思います。
アメリカでは「原爆は戦争を終わらせるために落とされたものだった、原爆が戦争を終わらせなければもっと多くの被害が出ていた」という意見をふつうにみんなが信じています。
しかし、原爆の被害がどのようなものであったかなどを知る人はほとんどいません。
実際に開発に携わった科学者たちは、その威力のすさまじさから、対日戦において原爆を実際に使用することをやめるように大統領に進言していた人たち(フランクレポート)もいます。
アメリカで原爆の事実を考えるとき、わたしは日本軍が行った南京大虐殺を思ってしまいます。
日本では、なかったことであるという人たちがたくさんいますが、わたしの大学の教授(中国人)の親戚には虐殺から逃れてきたという人もいるそうです。
わたしたちは、自分が何か失敗したり、悪いことをしてしまったとき、それを正当化したりかくしたりしてしまうことがあります。
それは「国」として置きかえても同じことが言えると思います。
そして歴史もそれにそって簡単に塗り替えられてしまいます。
わたしたちは、過ぎ去った過去において、それが真実であるとされていることについて、時にはもっと冷静にちがった観点から見直してみるということも必要なのではないでしょうか。
50年間です。
その間、みんなが原爆は正しいことのために使われたのだと信じているなかで、あのとき長崎でほんとうのことを見てしまったオダネルさんはどんな気持ちですごしていたのでしょう。
きっととても苦しかったと思います。
アメリカでは「原爆は戦争を終わらせるために落とされたものだった、原爆が戦争を終わらせなければもっと多くの被害が出ていた」という意見をふつうにみんなが信じています。
しかし、原爆の被害がどのようなものであったかなどを知る人はほとんどいません。
実際に開発に携わった科学者たちは、その威力のすさまじさから、対日戦において原爆を実際に使用することをやめるように大統領に進言していた人たち(フランクレポート)もいます。
アメリカで原爆の事実を考えるとき、わたしは日本軍が行った南京大虐殺を思ってしまいます。
日本では、なかったことであるという人たちがたくさんいますが、わたしの大学の教授(中国人)の親戚には虐殺から逃れてきたという人もいるそうです。
わたしたちは、自分が何か失敗したり、悪いことをしてしまったとき、それを正当化したりかくしたりしてしまうことがあります。
それは「国」として置きかえても同じことが言えると思います。
そして歴史もそれにそって簡単に塗り替えられてしまいます。
わたしたちは、過ぎ去った過去において、それが真実であるとされていることについて、時にはもっと冷静にちがった観点から見直してみるということも必要なのではないでしょうか。