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シドニーの風

シドニー駐在サラリーマンの生活日記です。
心に映るよしなしごとをそこはかとなく書き綴ります…祖国への思いを風に載せて。

今週の新型インフルエンザ(6)

2009-05-28 15:40:52 | シドニー生活
 日本では、北朝鮮の核実験や党首会談など他のニュースに押されていますが、新型インフルエンザが落ち着きつつあるせいもあるのでしょう。これまで暖冬とはいえ真冬に向かうオーストラリアでは、その後も、新型インフルエンザの感染が広がっており、今朝のニュースでは103件と、昨日の61件から一日で倍増しました。これに対して政府・健康省は、この程度の数字に過剰に反応し過ぎで、国民の20%(4百万人!)が感染する可能性もあるものだと釘を刺しました。ビクトリア州の53人を筆頭に、ここニューサウスウェルズ州では33人と、昨日の18人からほぼ倍増、その内の24人は、25日にシドニー港に入港した豪華客船パシフィック・ドーン号の乗客だと言われています。この船は5月初めにハワイに寄港したあとシドニーに到着して2000人が下船し、入れ替わりに2500人が乗船して出発したあと、乗組員3人の感染も確認され、クイーンズランド州から入港許可がおりないまま、沖合を彷徨っているので話題になっています。ニューサウスウェルズ州政府は、外洋クルーズ船に対して新型インフルエンザで汚染されている前提で取り扱うことを決めました。
 今週月曜日には、子供の学校から、メキシコ、アメリカ、カナダ、日本、パナマに渡航した生徒は一週間登校を禁じるという通知が携帯電話に入りました。これは全国共通のようで、日本は名指しされてしまいました。
 オーストラリア政府当局者は、今回の新型インフルエンザによる死者は、通常の季節性インフルエンザ並みの感染数だと仮定すると、3倍の6~10千人(通常の死者は年間2~3千人)に達すると述べています(根拠は明示していません)。感染者数が20%に拡大すると死者の数はもっと増え、更に通常のインフルエンザと掛け合わされて毒性が強まることを懸念しています。オーストラリアにとって試練の冬で、北半球各国はまだ終わったわけではありませんが、北半球の秋に向けた重要な試金石として世界中から注目を集めることになります。

オージーって?

2009-05-26 15:20:00 | シドニー生活
 昨日のブログでは、自分としてはさらっと流した(ごまかした)部分があります。最後の「日本の諸価値」のところですが、日本の価値って何でしょう?
 一年前、オーストラリアで就労ビザを申請する際、滞在期間中、オーストラリアの諸価値を尊重することに同意するか?と問われて署名させられたことを思い出しました。これはアメリカ赴任の時にはなかったことであり、新鮮に映りました。以下はその内容です。
 During your stay in Australia, do you agree to respect Australian values as listed below and to obey the laws of Australia?
 Australian values include respect for the freedom and dignity of the individual, freedom of religion, commitment to the rule of law, Parliamentary democracy, equality of men and women and a spirit of egalitarianism that embraces mutual respect, tolerance, fair play and compassion for those in need and pursuit of the public good. Australian society also values equality of opportunity for individuals, regardless of their race, religion or ethic background.
 ここに挙げられているオーストラリアの諸価値とは、個人の自由と尊厳、宗教の自由、法の支配、議会制民主主義、男女平等、相互に尊敬し許し慈しみフェアプレイを讃え公共の福祉を追求する博愛主義の精神、人種・宗教・倫理的生い立ちに依らない個人への機会均等――啓蒙思想を彷彿とさせるような内容です。こうした理性主義が欧米の近代的価値の根幹にあることは間違いありません。そしてオーストラリアは、アメリカとともに、こうしたヨーロッパから生まれた啓蒙思想の諸価値を、教科書的とも言えるほどに忠実に体現する国です。
 さて、もう一度振り出しに戻って、日本の価値とは何でしょう?

日本人って?

2009-05-25 13:23:10 | シドニー生活
 先日は、日本国として国際社会からどう見られているのか、国際化をどう扱うべきか、思いつくままちょっとだけ触れました。日本って?の続きで、最近(WBCを見て以来のことですが)、感じたことを述べます。
 WBCで日の丸を背負いサムライ・ジャパンとして活躍した選手の一人、ダルビッシュ選手は、ご存知の通り日本国籍を持ちますが、お父さんはイラン人です。そして前回の代表監督で今回は監督相談役だった王さんに至っては、日本生まれですが今でも台湾籍を維持されています。野球選手の中には在日韓国・朝鮮人の方や帰化された方も少なくないと聞きます。差別するのが趣旨ではなく、その時、漠然と日本また日本人とは何だろうと、ふと思ったのです。
 日本では長らく、単一民族国家だと、何とはなしに信じ込まされて来ました。確かに大和民族がマジョリティを占めるのは事実でしょうが、考古学や歴史学上、議論はあるものの、縄文の昔から、春秋戦国時代の混乱を避けて、あるいは百済崩壊によって、大陸から人が何度も流入していることが知られ、北方だけでなく、インドネシアやポリネシアなどのネシアと呼ばれる南方地域との文化的な繋がりも強いことも指摘されています。一時期話題になった縄文=南方、弥生=北方という単純な図式はもはや成り立たないと言われますし、弥生以降の渡来人は現代日本人の遺伝子プールにほんの僅かしか影響を与えていないとも言われますが、それは遺伝学上の話であって、日本列島には長い年月にわたって少なからぬ人(血)や文化が流れ込み、日本人や日本文化が形成されて来たと言えます(所謂重層構造)。
 最近のことで言えば、秀吉が朝鮮出兵で連れ帰った陶工によって伊万里焼・鍋島焼や薩摩焼などの磁器生産が始まりましたし、開戦・終戦の時の外務大臣だった東郷茂徳さんは、幕末まで朝鮮語が使われていたと言われる薩摩・苗代川のその朝鮮人陶工の子孫で、5歳の時、父親が士族株を買い日本人姓を取得して「朴茂徳」から「東郷茂徳」になったのだそうです。更に最近では、韓国併合から敗戦に至るまで、今で言う韓国・北朝鮮から(強制にせよ自発的にせよ)徴用されて、戦後も残った在日と言われる人たちの中から、外国人レスラーを空手チョップでなぎ倒し、戦後日本人の愛国心を鼓舞したプロレスの国民的ヒーロー力道山がいますし、その力道山にかわいがられ、通算3085安打だけでなく、日本プロ野球史上、通算で唯一トリプル・スリー(3割300本塁打300盗塁)を達成して史上最強打者の誉れ高い張本勲さんもいます。
 日本人であることの要件は、法的には日本国籍を有する人で、原則血統主義を採っている関係上、また大和民族以外が余りに少ないこともあって、一部には民族的な同化を強調する人がいますが、日本国籍を持っていても日本人としての意識とは異なる(少数)民族的自覚を持つ人もいるでしょうし、恐らく大多数の日本人にとって重要なことは(余り意識することはないと思いますが)、民族や国籍といった形式の如何に関わらず、日本の諸価値をになう日本人として心理的な一体感をもてることなのだろうと、日本のために頑張るダルビッシュ選手を見ながら、あるいは王さんや張本さんの活躍を応援していた当時を思い出しながら、つらつら思ったのでした。

新型インフルエンザその5

2009-05-22 10:10:43 | シドニー生活
 最初の症例から沈静化していたここオーストラリアでも、ほんのここ2~3日で相次いで新たな感染例が確認され、ついに休校になる学校が現れたことが、昨日の朝のニュース9で報道されていました。ロスのディズニーランド帰りの家族の子供三人が感染していたもので、内二人が通うメルボルンのクリフトン・ヒル小学校では、万一に備え、昨日・今日の二日間を休校にし、家族を隔離したということでした。今朝のニュースによると、同じ小学校のクラスメイトの感染も確認され、どうやら人~人の感染が出始めています。それを受けて、州政府は同小学校の休校を来週一杯まで延長することを決めました。このほかメキシコ人旅行者とアメリカ帰りの男性を含めると6例、山火事の傷もまだ癒えないビクトリア州で、静かに新型インフルエンザが広がっているのが気の毒ですが、他人事ではありません。
 ここニューサウスウェールズでも、アメリカ帰りの親子の感染が確認されました。子供は5歳以下と報道され、最も若い症例だそうです。またアデレード(サウス・オーストラリア)でも、州間移動をしただけの15歳の学生の感染がついに10症例目として確認され、学校は一週間の休校になりました。これから冬に向かうオーストラリアで感染が広がることは避けられませんが、予防的措置により、拡大をなんとか食い止めようとしているところです。
 一方、先行している日本では、国内初の感染が確認された16日以降、各地でマスクの売り切れが続出し、昨晩のNHKニュースでは、マスクのネット販売で30倍!もの値段がついているとか、今朝の新聞によると怪しげな路上販売も出ているということです。
 しかし、最近になって、マスクと言えども予防効果は万全ではないことが、日本のメディアでも紹介され始めました。日本では恐らく花粉症のことが頭にあって誤解されているのかも知れませんが、ウィルスは花粉のように大気中を浮遊しているのではなく、感染した人が咳きやくしゃみをした際に飛ばす飛沫を吸い込むことで感染するもので、仮にマスクが口から入るのを防いだとしても、髪や衣服などに飛び散ったウイルスに触った手を口に運べば、そこから感染することもあるというわけです(季節性インフルのウイルスは、不織布製マスクの表面上で8時間もの間、感染力を保った例があるそうです)。欧米人の発想も、マスクは自分を感染から守るのではなく、自分が感染源にならないためのものであり、むしろ、まずは人ごみを避けること、そして手洗いをしない内にむやみに口や鼻を触るのを控えること、といった基本的な対策のほうが、マスクより重要かも知れません。既に報道され周知のことですが、自戒をこめて(家族にも理解させるために)整理してみました。

日本って?

2009-05-21 10:57:13 | シドニー生活
 昨日に続いて、今日は「日本って?」というテーマで書こうと漠然と考えていましたが、ネタを暖めていた訳ではないので、正直なところどうしようか迷っていたら、たまたま出張でシドニーに来ている私の上司と、いつもなら他に現地人も加わるのに、何故か昨晩は二人だけで夕食を取ることになり、シーフードに舌鼓を打ちながら、ワイン片手に議論が白熱したのでご紹介します。
 彼は、以前、このブログや別のブログにも登場したことがある中国系マレー人、日本で呼ぶところの華僑で、見かけはどうひっくり返しても中国人ですが、大学院はイギリスで過ごし、主に英語と、マレー語を少々、中国語の読み・書き・話が出来ず、クリスチャンで、発想は中国と言うより欧米寄り(心情的にはアジア)です。私の会社のCFO、日本で言うところの財務担当役員ですが、海外でCFOと言えば他社同様、日本語のタイトル以上に権威も実力もあります。マレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドの四ヶ国に永住権を持ち、今の私の会社に来て13年、それ以前の20年、いずれもアジア大洋州地域を中心とする多国籍企業のビジネス経験を積み、過去、クアラルンプールやインドネシアに住んだことがあり、今は彼だけがペナンに住み、家族はメルボルンに移って、子供はオーストラリアの大学に通い、近い内にオーストラリアに移住する計画です。歳のせいか、ビジネス人生の総括をしたいのか、仕事のかたわらオーストラリアの大学の大学院生として、日本的経営について論文を執筆中・・・以上、くどいほどの説明ですが、ある意味で成功者タイプの華僑がどんなものか、日本人との違いが面白いと思い、簡単に描写してみました。
 昨晩、与えられたテーマは、何故、日本はアジア大洋州地域でリーダーシップを発揮しないのか?ということでした。こういう問題設定自体が極めて欧米的発想で(所謂ノーブレス・オブリージェや、自己主張=国益の問題)、そう感じる欧米人やアジア人は多いはずです。彼が独自に研究したり、私を含む日本人駐在員と議論を戦わせて得た知見を踏まえて、彼は(多少の贔屓目はあるものの)客観的に見て日本にその素養が十分にあると見ているのですが、日本が躊躇するのは何故か?何故実行しないのか?というのが彼の素朴な疑問でした。
 私は、直接の答になるかどうか分からないがと断りつつ、三つの問題(背景)を挙げました。一つは、よくある議論ですが長い鎖国と地理的特性により外部との接触が少なく国際社会で振舞う経験に乏しい国民性の問題、二つ目は、鎖国で長らく自給自足を続けてきた歴史と、現代においても日本の人口が大きく、国内市場が十分に大きいため、海外に出て行く必然性が乏しい動機欠如の問題、三つ目は、中国や韓国との間で歴史認識を巡る論争が絶えず、太平洋戦争における侵略者としての反省から、アジアにおいて積極的な行動を妨げる心理的制約(トラウマ)の問題です。これに対して彼は、全体的に教育レベルが高い日本人に出来ないことはない、資源が乏しく輸出加工貿易中心の日本が国際化しないで良い理由はない、歴史の問題は今の世代に責任はなく、率直に過去を謝罪しつつ将来に向かって積極的に関わって行けば良いと、単純明快でした。様々な議論を通して、日本には「経済大国」以外に、国のビジョンなりグランド・デザインが見当たらないことにあらためて思い至りました。経済大国という言葉すらも、中国やその他アジア諸国の発展を前に、死語になりつつあります。明治維新後、欧米諸国並みを目指して富国強兵策を進め、挫折した後、強兵を捨てて富国のために対米追従を続けてきた結果、一定レベルの成功は収め、国際社会の中で形式的な存在感は増したものの、いびつな国に成長して、却って理解されにくく取り扱いに困る存在になりました。にも関わらず日本自身は目標喪失感に苛まれ漂っているだけです。
 その後、オーストラリアと日本におけるそれぞれの留学生受入れ数の違いを踏まえ、日本の国際化を高めるための教育の必要性、ソフトパワーとしての教育の重要性で意気投合し、大いに盛り上がりました。既に存在感が大きく、国際社会におけるある種の役割を期待されている日本の将来像を描き、まずは教育から手掛ける必要がある、そういう意味ではこれから10年や20年かけて取り組む課題なのだろうと思います。

オーストラリアって?

2009-05-20 07:11:37 | シドニー生活
 ちょっと古いですが2006年度統計によると、シドニーの人に出身(先祖)を尋ねると、オーストラリア、イギリス、アイルランド、スコットランド、中国と答えるのが圧倒的なのだそうです。広い意味でのイギリスというのは順当なところですし、中国が入ってくるあたりは最近の傾向なのでしょう。次にシドニーの人に出生地を訪ねると、60%はオーストラリア生まれ(全豪では70%)だと言うことは、実に40%は海外生まれ(全豪では30%)で、まだまだ新しい移民の国であると言えます(因みにアメリカにおける海外生まれは10%、日本は1~2%と言われます)。その内訳は、イギリス3.5%(全豪4.3%)、中国2.6%(同1.0%)、ニュージーランド2.0%(同2.0%)、ベトナム1.5%(同0.8%)、レバノン1.3%(同0.4%)と、いろいろです。家で話す言葉は、当然、英語が64%と大多数なのは当然としても、次はアラビア語3.9%、広東語3.0%、北京語2.3%、ギリシャ語1.9%、ベトナム語1.8%と、少数派では意外な風景が現れます。因みに全豪では、英語78.5%で、アラビア語1.2%、それ以外も1%前後と、シドニーがよりコスモポリタンであることが分かります。
 以前にも触れたことがありますが、私のオフィスは20人弱の小さい所帯でありながら、出自は、イギリス、イタリア、(東)ドイツ、ポーランド、ギリシャ、チリ、エジプト、インド、バングラデシュ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、中国、そして日本と多彩で、それぞれ移民一世(海外生まれ)が多い。日系企業はオーストラリアでは外資系になりますから、最近の移民事情や、アジア寄りの志向が反映されていることでしょう。子供の友達を見ていると、アメリカからの移民も少なからずいるのには驚かされますが、一体、同じ移民の国アメリカとでは何が違うのか? ヨーロッパから何故移民するのか? 詰まるところ、オーストラリアという国の存在意義は何なのか? 何が人を惹きつけるのか? この一年近く、つらつら考えて来ましたが、今ひとつはっきりしません。同僚に聞いたところで、Job Opportunityだと答えるのが一般的で、本音の答えはなかなか期待出来ません。
 私自身、ヨーロッパを生活実感として知らなくて、観念的かつ大雑把ではありますが、ヨーロッパとアメリカとオーストラリアを並べてみると、ヨーロッパを一つの極端として、アメリカはもう一つの極端にあり、オーストラリアはその中間にあるというイメージを持ちます。アメリカ側から見ると、オーストラリアは明らかにヨーロッパに近い存在です。それは若い移民の国であるが故に、ヨーロッパの祖国の文化的特性を個々に色濃く引きずっているのに対して、アメリカは移民後既に何世代も経てもともとのヨーロッパを離れてアメリカという人工的で特殊な国柄を作り上げているということもあるでしょうが、そもそもの建国の契機が異なることが大きく作用しているように思われます。それは、オーストラリアでは、アメリカのような独立戦争ではなく、植民地に足を踏み入れた日をオーストラリアのいわば建国記念日に設定しているところに、オーストラリアの人の気分として象徴的に表れているように思います。
 それではオーストラリアはヨーロッパの飛び地に過ぎないのかと言うと、そう簡単でもなさそうです。ヨーロッパ側から見ると、明らかに身分・階級など古い社会に特有のしがらみがない、自由な社会として、アメリカと同類に映ります。新天地において一旗揚げようという野心に溢れた人も多いことでしょう。一方で人口はアメリカの十五分の一、自然が豊かで気候も良く、喘息もちが多いのは、逆にそういうハンディのある人たちが良い気候を求めて集まっているということかも知れませんし、天然資源が豊富である結果、産業が極端に天然資源に依存する構造となり、創意工夫に賭ける競争がアメリカほど激しくはないという特性を育んでいるようにも見受けられます。アメリカン・ドリームとは言っても、オージー・ドリームとは言いません。いわばヨーロッパを源流としながら、独自の(極端な)道を歩む長男のアメリカに対して、親に近くて甘え上手な次男のオーストラリアですが、そのオーストラリアと言えども、アジアという新天地で生きる道を模索し、ヨーロッパからも離れつつあるように感じられるのが、今後、益々注目されます。

新型インフルエンザその4

2009-05-19 10:16:52 | シドニー生活
 日本では、ここ数日、民主党代表選に押されがちだったものの、兵庫・大阪での国内感染が着実に広がりつつある新型インフルエンザについては、連日、ほぼトップ扱いで報道が続いていますが、ここシドニーでは、朝、出掛ける間際の僅かの時間でしたがニュース9では全く報道がなく、今日のThe Daily Telegraph誌にも記事を見かけませんでした。通勤でシティを突っ切って出社しますが、マスク姿はもとより見たことがありません(そもそもそういう習慣がないせいですが)。朝日新聞には、海外の学会を欠席する日本人研究者が目立っており、他国にそのような動きがないことから、米国では「なぜ日本だけが?」と不思議がられ、新型インフルエンザのことを「トウキョウ・フルー」と呼ぶ現地の研究者もいるという記事が出ていました。この温度差は一体どうしたことでしょう。
 勿論こちらでもWHO年次総会の報道はありました。強毒性かどうかよりも、アメリカ大陸を越えて日本という他の地域に感染が拡大しつつある事実を踏まえ、警戒レベルを世界的大流行(パンデミック)を意味するフェーズ6に引き上げようと(強毒性に変異する可能性を前提にしていると思われますが)主張するWHO事務局長に対して、イギリスをはじめとする各国閣僚からは、もう少し情報が必要で、感染拡大という機械的な判断だけで警戒レベルを引き上げることには慎重な意見が相次ぎました。日本では今にもフェーズ6へ引き上げか?と懸念する報道が目立ちますが、こちらの論調はもう少し冷静です。
 今回は、私自身に縁がある場所で感染があって、注視しています。一つは、日本では話題にもなっていないでしょうが、シドニーに来る前の三年間を過ごしたペナンで、マレーシア二人目の症例が見つかりました。一人目と知り合いであることが感染理由と思われますが、まさか赤道直下で常時気温27度以上の環境下で、これ以上の感染拡大があるとは思えません。もう一つは、就職するまで20年間を過ごした大阪です。何故、大阪と兵庫なのかという問題はさておき(単なる偶然?)、これまでの水際対策が十分ではなく、潜在的に広がっている可能性があることは誰もが察していたでしょうし、いったん国内感染が見つかると、念のための検査が増える結果、報告上の感染者数が一気に増えるであろうこともまた想定の範囲内です。その結果、アメリカ、メキシコ、カナダに続き、日本は感染者数で世界第四位に躍り出ました。律儀な日本人は今後益々報告値が増えるでしょうし、それほど律儀でない他国・他都市は他人事ではなく、日本における対応を注意深く見守っていることでしょう。
 過密都市・日本という特殊事情はあるでしょう。しかし、新型インフルエンザとは言え、感染力、病原性の性質から見て通常の季節性インフルエンザと変わらないというのが専門家の一致した見解で、その通常の季節性インフルエンザでは、日本だけで年間1千万人の単位で感染し、合併症などで1万人の単位で死亡している事実を思い起こすと、千人単位の感染を(潜在的には分かりませんが)仰々しく報道する日本の対応は、鳥インフルエンザを前提とした行動計画から始まったこととはいえ、慎重に過ぎ、日本人にありがちのやや感情的反応に傾きがちの気がしないでもありません。そうした中、Sydney Morning Herald誌に、AFP通信がヤマガタ・コズエさんという雑誌編集者の声として、今回の感染拡大は当初想定していたよりずっと軽度なのでポジティブに捉えている、将来の深刻な事態に備えてどう対応すべきか学ぶ良いチャンスだ、と伝えていたのが印象的でした。

カメラという技術の甘い罠

2009-05-16 11:35:00 | シドニー生活
 今回のウルル紀行は、四日間とも天候に恵まれました。ネットで観光案内を見ていると、ウルルを覆ううろこ雲が微妙な陽光の変化を映して艶めく写真があったりして却って羨ましくなるほど、雲ひとつない快晴は変化に乏しい。それでも日の入りのウルルを、最初は10分毎に、途中から5分毎に写真に収めていくと、日の入り前には赤く染められたウルルが、日の入り直後には明るい空のもとで暗く沈み、やがて空が徐々に暗くなるとともにウルルの色が相対的に浮かび上がり、やがて夕闇に溶けていく様子を追いかけることが出来て、柔軟な人間の目では捉え切れない微妙な変化を後付けながら、まさに一粒で二度美味しいナントカのように、楽しむことが出来ました。
 私もカメラとの付き合いは長く、銀塩写真の時代は一眼レフをマニュアル操作で使っていましたが、歳を重ねると共に重いレンズを持ち歩くのが億劫になり、今は(差別用語ですが)バカチョン・カメラをポケットに忍ばせます。自動焦点や自動露光機能も、マニュアル的に、焦点を合わせる場所をずらしてシャッターを半押しすれば、微妙に変化のある写真を撮ることが出来ます。時に、機械の融通のなさが苛立たしくもありますが、その融通の利かないところや、人間の目を越える解像度が、却って面白い写真になったりもします。カメラは、流れている時間、自然の全体(360度)の中から、ある一瞬を、あるフレームの中に、ある色調とある焦点のもとに切り取り、写真の形で焼き付けるもので、人の顔で言えば一瞬の表情が面白いわけです。
 しかしこの写真というものがクセモノです。
 こうして写真を撮ることに夢中になって、自らの目で確かめて記憶することが疎かになって、一体、自分は何を見ていたのだろうか(何も見ていなかったのではないか)と、後から反省することがしばしばあります。しまいには、記憶は時間の経過とともに薄れて曖昧になって行くため、いつの間にか記録として残しただけの写真のイメージがそのまま記憶の中のイメージに置き換わり定着してしまうことになります。どこかで写真に頼ってしまう心性は、自らの目を通して記憶に焼き付けることを怠ったり、いつしか記憶に残るイメージを置き換えてしまうことに、通底していることと言えます。きわめつけは、かつて沖縄の海を初めて見て感動していた傍で、「きゃ~絵葉書みたい~」と感動した若い女性がいたのですが、もはや自然の中の真実ではなく、自然をデフォルメした写真が基準になっているのです。それも自然の一断面には違いないのですが、主客逆転しています。カメラを否定するつもりはなく、むしろカメラというオモチャが大好きですが、カメラがなかった時代の人々は、感動する場面を一所懸命記憶に留めようとしたことを思うと、どちらが幸せなのかと思います。時の経過と共に薄れる記憶もまた自然のことであり、清少納言であればそれもまたおかしと答えたことでしょう。
 上の写真は、日の入り18:18(だったと思う)の日の変化です。

新型インフルエンザその3

2009-05-15 09:21:37 | シドニー生活
 これから冬に向かうオーストラリアでは、先月25日にメキシコからニュージーランドに帰国した学生グループから新型インフルエンザ感染者が出たことで俄かに緊張が走り、同じ便に乗り合わせたオーストラリア人を追跡調査するなど対応に追われましたが、いずれもシロと判明し、いったんは収束したかに見えました。その間、連邦政府や州政府は、空港に体温スキャナーを配置し入国者の健康申告を強化するなど、水際作戦を強化するとともに、流行病対策計画書において、国民世帯に対し、食料、水、生活用品、医薬品などを少なくとも2週間分備蓄すべきだと提言もして来ました。その後5月2日に、ロンドン滞在中のオーストラリア人2人が感染していることが確認されたのに続き、7日にロスからブリスベンの両親宅に帰国したニューサウスウェルズ州の女性が感染したという、オーストラリア国内初の症例がその2日後に発表されました。彼女は既に回復して感染のおそれはないということですが、国内でついに症例が出たという不安とともに、日本と同じで、初の症例を誰もが恐れていたであろうことは想像に難くなく、症例が出たことで逆に安心もするという、不安と安心が相半ばする不思議な感覚に囚われました。連邦政府の主任医務官は、今後もオーストラリア国内で感染者が発生するだろうと警告するなど、パニックを避け冷静に対処するよう予防線を張っているように見えます。
 世界の新型インフルエンザ感染者数は35ヶ国・地域で6510人を越えたそうですが、正直なところ、感染力が強いと言われ続けて注目されている割りには、世界の人口と比較してまだこのレベルに留まっているのが、どうにもミスマッチで、釈然としません。当初の反応が過剰だっただけで、予想以上に毒性が低くて心配には及ばず、振り上げた拳を戻すタイミングを見計らっているだけなのか、あるいは高度情報社会で瞬時に世界中で情報共有され予防措置が取られたお陰で、感染拡大が食い止められているのか(とは余り信じられませんが)、はたまた季節柄、北半球では自然に感染が抑えられているのか(既にこの秋の第二波を懸念する声があがっています)、あるいは単に感染が確認されていないだけで潜在的には広まっているのか、何が真実なのかはっきりしません(どれも正しいのかも)。
 新型インフルエンザの病原性については、弱毒性の可能性が高いと言われて来ましたが、どうやら通常の季節性インフルエンザ並みにとどまることがはっきりして、新型と気づかずに見過ごされている例が多いであろうことが想像され、潜在的な感染者はもっと多い可能性があります。またメキシコの病院で感染者を調べていた米国の医師が、患者の3分の1に発熱がなかったと報告したことが事実であれば、ますます感染の早期発見と拡大防止が難しい可能性もあります。WHOは、警戒レベルを最高度のフェーズ6に引き上げて「世界的大流行(パンデミック)」を宣言し、各国に最高レベルの警戒を促したい意向ですが、経済への悪影響を避けたい欧州諸国の抵抗が強いために、踏み切れずにいるという報道を聞くと、いったんは普通のインフルエンザ並みと高を括っていた私も、ちょっと不安に駆られます。真実は一体どちらなのか。
 実は予約済みだったウルル旅行を決行すべきかどうかについて、私も、一瞬、揺れました。国内線の空港であれ、また観光地など人が集まるところは、当然、避けるべきご時世ですが、それでは週末行きつけのショッピング・モールは安全かと言うと、何とも言えません。これだけ人と物の往来が激しく、かつそれ以上に情報やさまざまな思惑がうごめくこの世界で、私たちに出来ることと言えば、現代社会は常にリスクと隣り合わせであることを覚悟して、せいぜい睡眠や食事をいつも以上に十分に取り、手洗い・うがいを丹念にやり、無闇な外出を控えるなど、出来ることを実践していくしかないのでしょうか。自然の猛威であれば、手がつけられないほど激しくても、いつかは止みます。しかし人間社会が絡むと、この先、どこまで続くのか見えないところが、漠然とした不安の影を落とします。

ウルル紀行(下)落穂拾い

2009-05-13 22:33:49 | シドニー生活
 三日目は余計だったかも知れません。すなわちウルルに一日、カタジュタに一日、合計二日(二泊三日)あれば十分というところで、もしどうしても登山を希望する方は、万が一のために予備で一日とっておいた方が良いかも知れません。そして時間が空けば、「地球の中心で愛を叫ぶ」のロケが行なわれたというキングス・キャニオンまでオプショナルツアーに参加すればよいでしょう(但しウルルから300km離れているので、一日仕事かも)。我が家はもう一度ウルル見納めのため、のんびりマラ・ウォークを散策したり、カルチャー・センターを見学しました。
 さてこの三日日の日の出・日の入りは、場所を変えてカタジュタに行っても良かったのですが、再びウルルに、ある意図をもって出かけました。ここのLookoutは、日の出にせよ日の入りにせよ、太陽を背にウルルを見るように設計されていて、それはそれでウルルを見に来ている甲斐があるというものですが、日本人は伝統的に太陽を拝むものであり、この日は逆の場所を試すことにしました。すなわち朝はSunset Viewingから、夕方はSunrise Viewingから、ウルルを背景に日の出・日の入りを拝むことにしたわけです。当然のことながらウルルは陰になってしまいますが、空の青がオレンジに、またオレンジが青に変わるグラデーションの美しさはかけがえのないものでした。時間のある方は是非お試し下さい。
 最終日は、朝こそ再びSunset Viewing(すっかりお気に入りです、Sunrise Viewingではありません)からご来光を拝み、午後1時半の出発までは、ホテル界隈のレストラン街でみやげ物屋をぶらついて、余韻に浸りながら旅の締めをのんびり過ごしました。
 このホテル界隈は、エアーズロック・リゾートと呼ばれ、さながら小さい町と言ってよく、ホテル5箇所に、レストラン、スーパーマーケットのほか、警察署、消防署、病院、ガソリンスタンドまで備わっていて、不毛のこの地にあってオアシスの役割を果たしています。恐らく数十キロ周辺には空港以外に何もなさそうなので、逆にこうした施設がないと困ってしまうことでしょう。ホテルは松・竹・梅三つのグレードで5種類あり、松ホテルはまさに高級そのもの、竹グレードには台所つきのアパート・タイプもあって、我が家はそこで食事を買い込み根城にしましたが、値段は高くても竹だと言われればそれなりに満足できます。レストランも松・竹・梅とり揃え、松ホテルのレストランはここがウルルかと見まごうほどシーフードも新鮮で立派なものだそうですが、値段も高級そのものだそうなので、我が家は、竹ホテル、デザート・ガーデンズにある「ホワイト・ガムズ」や、梅ホテル、アウトバック・パイオニアのバッフェや、ショッピングセンターに併設されたイタリアン「ゲコズ・カフェ」で済ませましたが、なかなかどうして、ショッピングセンターにあるイタリアンでもディナーとして申し分なく十分堪能できたところは、さすが世界の観光地だけのことはあります。
 これから冬に向かう季節がウルルのシーズンで、ガソリンスタンドのおねえちゃんに聞いたら、今は観光客が少ない言わば農閑期だと退屈そうにしていました。しかしこの季節でもハエが多くまとわりついて、まさに“五月蝿い”状態で、ハエ除けのメッシュが売られており、頭にすっぽり被って散策する人を多く見かけます。また昼間は20度を越えTシャツでも汗ばむ陽気なのに、夜明け前は気温が5~6度にまで下がり、ジャンバーを羽織らなければならないほど、一日の寒暖差が激しいところで、体調管理に気をつけた方が良さそうです。夏場は35度を越えるようですが、アボリジニの人たちにとって、ウルルの岩陰に入るとぐっと凌ぎ易くなったことでしょうし、洞窟は雨露を凌ぐ場であり、乾いた地にも関わらず枯れない泉があり、聖なる地は、彼らの生活を守ってくれる場であったことでしょう。
 この旅行期間中、インターネットも新聞も見ることなく、夜は満天の星空に溜息をつき、毎朝・毎晩、太陽を拝んでいると、夕方、一日が無事終わることに感謝したくもなりますし、朝、再び太陽が巡ってくれて、暗闇から一条の陽光が差すことを無上の喜びで出迎えたくなるといった塩梅で、自然の恵みと自然の驚異を肌で感じさせられた四日間でした。こういう時、人間は自然に対して謙虚になります。人間はたまには自然に抱かれることが(放り出されることが)大事ですね。
 上の写真は、Sunset Viewingから見た夜明けです。

ウルル紀行(中)本編:ウルルとカタジュタ

2009-05-12 23:19:27 | シドニー生活
 ウルル観光の目玉は、ものの本によると、サンライズ鑑賞、サンセット鑑賞、登山の三点セットだそうです。これに合わせて各種ツアーが組まれていますが、ぐうたら我が家はまたしてもレンタカーで気ままな旅です(ハーツは一日100キロの制限つきですが、オーバーしても1キロ当たり0.25ドル、丸三日間で300豪ドル弱と、他社比でも、またメルボルンやゴールドコーストなどの他地域に比べても随分安くつきます)。空港からホテルまで20km、ホテルからウルルまで30kmのドライブで、途中、ウルル・カタジュタ国立公園へのゲートがあり、一人当たり三日間通しの入場チケット25ドル(但し16歳以上)が必要です。
 初日の午後は、ウルルの周囲約10キロをのんびりドライブし、途中、クニヤ・ウォークを散策しました。
 とにかく大きい。生命の存在感を全く感じさせない赤土の大地にそびえる赤茶けた一枚岩、それでも木々の緑が僅かに生きながらえている、その生と死の対照が、一見、まるで捨て置かれているかのような侘しさ、そう、岩が余りに大きいので、その周囲の樹木がまるでぺんぺん草のような印象を受けるのですが、こうした人間の感傷は浅はかな勘違いだと思い知らされます。ウルルは、人がそこにいようがいるまいが、また人がどう思おうが全くお構いなく、長い厳しい風雪に耐えて、ただ厳かにそこにあるだけ。自然には、感傷やましてや感情などは関係なく、あるのは乾いた現実のみなのです。
 散策路には、時々、本当に聖なる場所(例えば出産の場所なのか、虐殺があった場所なのか)があり、撮影禁止の看板がありますが、それ以外は概ね撮影は大丈夫そうです。登山も、アボリジニの立場からは控えて欲しい聖地のようですが、観光収入には勝てないと見えて、高さ335m(周囲の平地と比較した高さで、東京タワー並みですね)の登山を試みる人が後を断ちません。しかし周囲は見渡す限りの地平線で、雨(3時間以内の降水確率20%以上)・風(25ノット以上)が強かったり気温が高過ぎる(最高気温36度以上)場合には登頂禁止になるので注意が必要です。ものの本によると12~3月の真夏は50%の確率で閉鎖される一方、冬場の6~10月は8割方、少なくとも一部はオープンしているようです。手摺りがあるあたりまで30mほど登ってみましたが、余りに急なスロープ(平均傾斜角45度)に、子連れの私たちは断念しました(転落事故で亡くなった方もおり、往復2~3時間かかるらしい)。ご丁寧に日の出や日の入り参拝用の駐車場が用意されており、逆に言うと、それ以外は進入のみならず停車すら禁じられていて、まさにアボリジニの聖地に、ちょっとだけ触れるのを許されているといった風情です。
 この日の夕方は、お決まりのSunset Viewingから日没の時間の経過とともに微妙に色彩を変えるウルルを拝みました(7色に変化するというのは大袈裟ですが・・・)。
 二日目の朝は、お決まりのSunrise Viewingから日の出の経過とともに微妙に色彩を変えるウルルを拝みました。
 その後、ウルルと対で観光スポットになっているカタジュタ(かつてはマウント・オルガと呼ばれた)に出かけました。ウルルと地中で繋がっている一枚岩ですが、ウルルの西に30km以上離れて地表に突き出ているのは大小36もの岩石群で、ウルルよりも浸食が激しかったためと言われます。高さはウルルを越える546m、広さはウルルの何倍もありそうなほど、とにかく大きい。同じように死を連想させるような赤土の大地にそびえる赤茶けた岩石群の周りに、僅かに緑が生えているのが不思議と安らぎを与える、乾いた光景です。
 ここの観光の目玉は、宮崎駿さんの映画「風の谷のナウシカ」のモデルになったと噂される風の谷(Valley of Wind)散策でしょう(但し最高気温36度を越えるとこちらも閉鎖される)。風の谷までの往復は5.5km、更に進んでトレイルを周遊すると7.4kmにもなりますが、風の通り道になっている景観の苛烈なまでの険しさ、突然開ける視界の異形さ加減は、一見の価値があります。私たちはうっかり周遊してしまいましたが、険しいアップ・ダウンがあり、小さいお子さんやお年寄りにはキツイ散策路です(二時間半以上かかると見た方が良い)。風の谷を越える頃には、赤土の異形の風景にも飽き、オフシーズンとあって周囲に人影が見られないこともあり、まるでSF映画で火星の地を探検しているかのような、あるいは1000年後の地球で生きながらえる最後の人類のような、不思議な感覚に囚われました。
 この日の夕方は、お疲れ気味のため、ホテル傍のLookoutから日の入りのウルルを拝みました。
 上の写真は、「風の谷」です。

ウルル紀行(上)準備編

2009-05-11 23:03:19 | シドニー生活
 日本のゴールデン・ウィークに合わせて休暇を取り、三泊四日でウルル(エアーズ・ロック)に行って来ました。事前に同僚にその計画を話すと、どうしてあんな金のかかるところに行くのかと反対されましたが、日本人にとっては、シドニーのオペラハウスと並び、オーストラリアの象徴的存在であり、一度はどうしても行ってみたいと思うところなので、如何ともしがたいのです。
 アリス・スプリングスから500キロ弱と聞いていたので、この歳になって往復のドライブは辛いなあと思って調べ始めると、近くにエアーズ・ロック空港というちっぽけな空港があって、シドニーやケアンズやパース等から毎日往復していることが分かりました。これなら楽だと、早速、予約サイトに行ってみると、カンタス航空の独占事業で、オフ・シーズンにも関わらず一人往復1000豪ドルもかかります。
 更に調べて分かったのですが、このあたりはアボリジニにとって聖なる地であり、1985年にアボリジニのもとに返還され、オーストラリア政府は99年間のリース・バックを受けて、観光事業を継続しているようです。それに伴い、ウルル近辺にあったホテルも、空港とウルルの間のユラーラという小さな町に移設され(隔離され、という形容の方が正しい)、いわばウルルはアボリジニ=自然のもとに返された形です。航空運賃やホテル代が高止まりしているのは、こうした背景もあるのでしょう。子供の頃は“エアーズ・ロック”と呼ばれていたのに、最近では“ウルル”とアボリジニの言葉で呼ばれるようになったのも、その頃からのようです。
 シドニーのある東海岸と、ウルルのあるノーザンテリトリーとの間には、30分(!?)という中途半端な時差がありますが、それでもシドニーを朝9時半に出てエアーズ・ロック空港に到着するのは現地時間12時40分、飛行時間はゆうに3時間半を越え、オーストラリアの大きさを実感します。飛び立った当初こそ、日本人に馴染みの豊かな緑が続きますが、やがて、ノーザンテリトリーの赤土の大地に変わります。所謂レッド・センターと言われ、砂岩に多く含まれる鉄分が酸化した状態で、ここが地球であることを疑わせ、火星にでも到着したのではないかと思わせるほどの、異様なむき出しの赤土の大地が広がります。
 オフ・シーズンだというのに、3席×3席の小型機はほぼ満席で、中でも日本のゴールデン・ウィーク期間とあって、日本人ツアー客が目立ちます(2割くらい)。なお、飛行機内の行きの座席は、進行方向に向かって左側(帰りは右側)がお勧めです。着陸間際(帰りは離陸後)に、ウルルとカタジュタを上空からじっくり拝むことが出来るからです。いよいよウルルとご対面です・・・
 と言って、紙面の都合上、上の写真はご存知ウルル。

米・中のはざまで

2009-05-05 22:56:16 | シドニー生活
 日本では、連休中も、連日、新型インフルエンザの話題でもちきりのようですが、今日のThe Daily Telegraph誌を見ると、その関連の報道は全くありませんでした。オーストラリアでは感染が確認されていないこともあって、TVニュースでも辛うじて香港などの動向を伝えるくらい。そんな中、The Daily Telegraph誌一面の裏(これを二面と言うのかどうか知りませんが)に比較的大きな紙面を割いて、ちょっと面白いニュースを見つけました。ニュースと言うよりもコラムで、パース近郊の在豪米軍通信施設の近郊にCSIRO(豪州連邦科学産業研究機構)が建設予定にしている電波望遠鏡システムの通信アンテナ部分を中国政府の息のかかった業者が落札したことに米軍関係者が懸念を表明するものでした。イラクやアフガニスタンを含む危険地域の諜報活動に携わっている米軍施設近郊にあって、何らかの通信傍受の仕掛けをされかねず、消息筋によると原価割れと言われる1千万豪ドルの同契約は明らかに“怪しい”と言うわけです。
 折りしも今朝の日本のニュースでは、アメリカのマレン統合参謀本部議長が、4日、ワシントン市内で行なわれた米海軍連盟の講演で、中国の軍備増強は海・空軍が中心で、その多くは米国に照準を当てていると踏み込んだ発言を行い、米・中の緊張が高まることに警戒感を表明しました。そして中国は自国の国防を強化する権利を持つと述べる一方で、現状での軍備増強に対して、米国は日、韓、オーストラリア、ニュージーランドなど、太平洋地域の同盟国と協力を強化せざるを得ないと指摘しました。
 中国が4月23日に実施した初の国際観艦式に、米・露など14ヶ国から艦艇21隻が参加し(残念ながら日本の海自艦は招かれず)、その各国海軍代表を前に、軍事委主席の胡錦濤国家主席は「中国は防衛型の国防政策を堅持する。永遠に覇権を唱えず、軍拡競争をせず、いかなる国にも軍事的脅威にならない」と表明し、表向きは優等生を気取っていますが、米国防総省がまとめた2009年版の年次報告書「中国の軍事力」(3月25日発表)では、8年間での軍事費倍増、ソマリア沖への派遣、空母艦載機の搭乗員養成など中国が初めて空母戦闘群の創設に動いていることなど、水面下では着実に軍拡を続けている実態が報告されています。
 また、米・中の話ではありませんが、先の北朝鮮のミサイル発射において、北朝鮮は発射当日、米・中・露3ヶ国には発射時間帯を事前に通報したとされ、ロシア空軍は情報収集機を飛ばして日・米両国のミサイル防衛(MD)システムの運用を偵察(日・米のレーダー網が実戦モードで照射した電波の周波数帯や、MD運用に伴う自衛隊各部隊の役割分担に関する情報などを収集)していたことが報道されていました。
 相変わらずの米・中の駆引きにはうんざりしつつも、日本の周囲で繰り広げられる情報戦の一端を垣間見て、日本のありようがやはり気になってしまう私でした。

豚インフルエンザ(続)

2009-04-30 00:13:17 | シドニー生活
 今回の新型インフルエンザに関しては、ご存知の通りいくつかの疑問が寄せられています。何よりも先ず、何故、メキシコだけで犠牲者が増え続けるのか。AP通信などでは、ウィルスの種類が違う、栄養不足、水不足、大気汚染、医療体制の不備などが考え得る理由として挙げられています。アメリカでは幅広い年代で感染者が報告されているのに対して、メキシコでは死者の多くが健康体の20~40歳代に多いのは、強毒性と弱毒性の複数のウイルスのうち、メキシコ以外では弱毒タイプだけが流行しているのかもしれない(あるいは人への感染を繰り返す内に弱毒性に変化した)という見方があります。また今日のNHKニュースでは、JICAの保健士の方のコメントとして、憶測の域を出ないと断りつつ、お金がかかるために重症になるまで医者にかからない、つまり貧困層に広がっているせいではないかという見方でした。それもあってか、メキシコにおける感染者(軽症者)の数は、報告されているよりずっと多いのではないかという見方もあり、そうすると、致死率はずっと下がることになります。逆に当局で報告されている以上に、場合によっては必要な検査が実施されなかったために豚インフルエンザと認識されていないケースもあるという告発がBBC英文サイトに寄せられています。いずれにしても、評価を下すには早計で、今後、メキシコ以外の地で深刻な症例が出てくるかも知れず、警戒が必要であることは間違いありません。
 また911同時多発テロと同様に、早速、陰謀説が出ています。北半球の4月という時期に流行が始まったこと、鳥、人2種類、豚2種類の計5種類の遺伝情報を持つこと(突然変異で出来る可能性は0.01%以下とも)、変異速度が非常に速いこと等、不自然に思われる点が多々あることが背景にあり、豚インフルエンザは人為的に遺伝子操作されたウィルスに違いないというものです。遺伝子組み替え植物の中には、数世代で特徴を失い、繁殖力や生存能力を失うような遺伝子をもった商品が既に開発されており、二次感染のアメリカ等で死者が出ていないこととも話が一致すると言われます(門外漢も私には判断のしようがありませんが)。製薬会社が新しい病気を作ってワクチンを売り込もうとしているのか(今、東京株式市場でもマスクや医薬品関連株が急騰しています)、はたまたアメリカに近くて衛生状態が悪いメキシコが選ばれ、かつオバマ大統領のメキシコ訪問時期(4月16~17日)を狙ったバイオ・テロなのか(今回、大統領を国立人類学博物館に案内した館長がその7日後に死亡したのは、既往症によるものと発表されましたが、豚インフルエンザによるものではないかと噂されました)。なかなかよく出来た話で面白く、何かと陰謀を好む人の心理に付け込む点が巧妙ですが、誰が何を狙っているのかはっきりせず、今の段階では(恐らく後々になっても)、911と同じで何とも評価のしようがありません。豚インフルエンザは弱毒性で致死率が低いとされますが、豚は人間や鳥のインフルエンザにも感染し、体内で変異を起こして新種を作る可能性も否定できず、私たちへの危険には変わりないわけで、警戒するに越したことはありません。
 正確な情報を掴むことの重要性を感じます。

豚インフルエンザ

2009-04-29 09:11:49 | シドニー生活
 今朝のシドニーの最低気温は10度前後、随分、冷え込んで来ました。これから冬に向かう南半球オーストラリアで、やはり気になるのは豚インフルエンザのニュースです。
 ご承知の通り、世界保健機関は、世界の警戒水準を「4」に引き上げ、新型インフルエンザの発生として認定しました。毒性の程度がまだ分かりませんし、職場の同僚も毎年のように新型ウィルスが発生するからねと、今のところ比較的冷静ですが、ニュージーランドでメキシコ帰りの学生の中から3人の感染例が確認され40人が隔離されている状況下で、同じ文化圏のオーストラリアでも警戒しないわけには行きません。今朝のTVニュースではトップ扱いではありませんが、医療・保険の専門家とのインタビューを交えた詳細な解説が行われていました。重要なのは正確な情報を与え冷静に対処させることなのでしょう。損害保険会社の知人から、新型インフルエンザ対策の普及啓発・調査研究を目的に設立された新型インフルエンザ対策コンソーシアムのホームページを紹介されました。非営利の協業組織で、豚インフルエンザに関する最新情報も掲載されています(http://www.pandemic-flu.jp/)。
 オーストラリアは大洋の孤島で、独自の生態系をもち、検疫が厳しいことは、以前、このブログでも触れました。先ずは水際で防ぐのが最大のポイントということでしょう。現在、オーストラリアにおいて感染の疑いがあって確認中の人が91人に達しています。メキシコとの直接の繋がりは低いものの、アメリカからは毎日5000人弱が訪れており、昨日も4人に感染の疑いがあり、実際に1人はテストしたと報道されていました。
 折りしも今日から公立学校では第二学期がスタートします。子供のクラス・メートのニュージーランド出身の子供たちは、このスクール・ホリディの間に帰省すると聞いていましたし、そもそもシドニーのような大都会、オーストラリアのような移民社会では、今回のような世界規模での感染症のリスクとは常に隣あわせです。願わくば事態が悪化しませんように。
 ちなみに豚インフルエンザのことをSwine Flu(Swine Influenza)と呼んでいます。豚に真珠のことをCasting pearls before swine.と言うのだそうです。Pig同様、どうも有難くないイメージの単語です。