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SWAN日記 ~杜の小径~

月イチ企画SS《4月》◆オレンジ◆

ベルばら/月イチ企画SS《4月》◆オレンジ◆

◆◆◆ オレンジ ◆◆◆

昨夜、アンドレは夜勤だった。
夜勤明けの今は宿舎で仮眠をしている。
午前中にパリの巡回をする為、オスカルは一班の兵士達と街中を見回っていた。
マルシェ(市場)の周辺は今日もパリ市民で賑わっている。

「オスカルさま〜っ!」
買い物籠を持ち、マルシェに来ていたロザリーが手を振って小走りにやって来た。
「やぁロザリー。元気そうだね」
「オスカルさまもお元気そうで安心しました」
ロザリーはニッコリと笑いながら辺りを見回した。
「オスカルさま、今日アンドレはいないのですか?」
何時も一緒に行動しているはずの従者であるアンドレが居ないことに首を傾げる。
「あいつは夜勤明けでね。いま宿舎で仮眠中だよ」
「あぁ…そうだったのですね。何時も一緒にいるアンドレの姿が見えないので、ちょっと心配しました。オスカルさまとアンドレ、お二人並んでいる姿が自然なんですもの」
「ロザリーさん…って、新聞記者のベルナール・シャトレのかみさんでしたっけ?
何かの時は夜勤明けのアンドレに代わって一班の俺らが隊長さんの護衛にまわるんで大丈夫っすよ」
「まぁ…アラン班長さん。心強いですわ」
クスクス笑うロザリーとアランの会話を聞きながらオスカルは馬から下りた。
アランは周囲を見ながらオスカルに言う。
「隊長、ここらで休憩いいっすか?」
「あぁ…悪いな。そうしよう」
一班の兵士達にアランは休憩の指示を出した。
マルシェには兵士達の身内や知り合いもいるだろうし、ひと息つきたいだろう。
アランはアンドレの代わりを務めるべくオスカルの近くにいた。

「ロザリーは買い物かい?」
「はい。今夜のデザートにオレンジを使おうと思って…買い物に出掛けたんです」
「…オレンジ?」
ん?と首を傾げるオスカルの隣でアランは思い出したように言う。
「あ〜?もしかしてオレンジの日だからか?ここ数年で流行り始めてんのかね」
「ええ。アランさん、よくご存知ですね」
ビックリしたようにロザリーはアランを見た。
「あ〜…いや、去年ディアンヌが騒いでたからさ」
「あぁ、そういうことなのね」
ふふ、と笑うロザリーを見ながら、オスカルは首を傾げるばかりだ。
「…オレンジの日?」
ベルサイユでは聞いたことが無いが、ここ数年のパリでは流行っている…?
キョトンとしているオスカルにロザリーが説明を始めた。
「2月14日はバレンタインデーで愛を告白し、3月14日のホワイトデーでその返礼をした後で、4月14日はその二人の愛情を確かなものとする日とされていてオレンジに関するものを相手に贈るそうです。
マルシェに出入りするオレンジ農家さんが始めたらしいですが、この時季のパリではオレンジが良く売れるそうですわ。
オレンジそのものやオレンジを使った食べ物や…オレンジが苦手な人もいますからオレンジ色のものとかを互いに贈り合ったりするようです。恋人や家族や友達や夫婦…大切な人と過ごす時間を共有したいのかもしれませんけれど、パリでは楽しいイベントの一つですわ」
「オレンジの日か…知らなかったよ。ロザリーはオレンジを買えたのかい?」
「いえ。まだなんですよ。仲の良い果樹農家さんが今日はまだ来ていなくて…」
何時も早めにマルシェに来ているのに…とロザリーが辺りを見回しながら、あっ、と声を上げた。
「大変。何かあったのかしら。マリーとサム坊やだわ」
ロザリーが指差して小走りに向かう先には果樹を積んだ荷馬車を引く親子がいた。
衣服の裾は汚れている。
「アラン」
「はい。一班の連中を集めます」
オスカルはロザリーの後に続いて走った。

「マリー、サム坊や、どうしたの?」
「やぁロザリー。遅くなって悪いね。今日は果樹も売れるから多めに積んで早めに出たんだけど、途中でぬかるみに車輪を取られちまってね。行き交う人達に手伝ってもらって事無きを得たけど、馬が疲れちゃったみたいで少し休ませてから来たんだよ」
「まぁ…大変だったわね」
ロザリーはマリーの肩を抱き、サムの頭を撫でる。
「…フランス衛兵隊の者ですが、荷下ろしを手伝いましょう」
「まぁ…すみません。助かります。果樹農園のマリーです。いつもロザリーが季節の果物を買いに来てくれましてね。あ、フランス衛兵隊長さんかしら?ロザリーから聞いていますよ」
「オスカル・フランソワです。ロザリーがどんな話をしているのでしょう?」
クスクス笑うオスカルにロザリーは真っ赤になって割って入ってきた。
「内緒!内緒ですっ」
「ふふ。相変わらず賑やかだねロザリー」
微笑むオスカルの後ろにアランを筆頭に一班の兵士達が揃った。
「隊長、みんな揃いました」
「あぁ…休憩中に悪いが、こちらの果樹農園の馬車の荷下ろしを手伝ってやってくれ。マルシェも人が増えてきたからな」
「了解っす」
「はい」
口々に返事をしながら、兵士達は箱をおろしてゆく。
マルシェでは農家や職人の販売スペースは大体決まっているため、マリー親子の果樹売り場スペースも空いていた。
果樹農家の販売が始まったことで、周囲は混み始めたため、ロザリーも果樹売りの手伝いに入っていた。
マルシェも問題なく賑わいを取り戻した頃、兵舎に戻る準備をしていた衛兵隊にマリーが籠を持って走って来た。
「隊長さん、衛兵隊の皆さん。今日は助かりました。有難うございます。ほんの気持ちですけど、皆さんでオレンジを召し上がってください」
「…有難う。大切な売り物でしょう?」
「今日は多めに積んで来ましたし、美味しい自信作なので味見してみてくださいな」
マリーは礼を言いながら、オスカルにオレンジを一つ手渡し、兵士にも手渡してゆく。
マルシェを後にする衛兵隊にロザリーがサムと一緒に手を振っている。
「オスカルさま〜!アンドレにも宜しくお伝えください〜」
騎乗したオスカルも手を上げて微笑んだのだった。

昼前にはパリ巡回から兵舎に戻れた第一班の兵士達は昼休みをとるため、食堂に消えて行った。
「隊長。仮眠を終えたアンドレがお待ちっすよ。アンドレへの手土産も出来て良かったっすね」
一言多いアランには返事をせず、アランが指差す先には兵舎食堂の窓からアンドレが顔を出して手を振っているのが見えた。
「オスカル、アラン、お帰り。あ、オスカル。昼食を持って行くから司令官室で待ってて」
「あぁ、頼む」
司令官室に入ったオスカルは机上の端に置いてある一輪挿しに目をとめた。
薔薇が一輪、挿してある。
オスカルは微笑み、椅子に腰掛けて薔薇の香りを楽しんでいた。
トレイを持ったアンドレがやって来た。
「おまたせ」
アンドレがオスカルの座る机に昼食のトレイを置く。
「一輪挿しはお前が?」
「うん。司令官室も殺風景だっただろう?大きな花瓶だと置き場に困るし…一輪挿しなら机上に置けて、少しでも和めるかな…と。仮眠して目覚めるのも早かったから、ちょっと兵舎を出て買って来たんだよ」
「…有難う」
オスカルは一輪挿しを持ち、嬉しそうに薔薇と香りを楽しんでいる。
「昼食は済ませたのか?」
「うん。さっき食堂で食べてきた」
「…そうか。アンドレ」
「うん?」
中腰のまま首を傾げて微笑むアンドレを見上げたオスカルは下の引き出しからモゾモゾと何かを取り出してチョコンと置いた。
机上に置かれたのは一つのオレンジ。
「これ。お前に…」
「…もしかして、オレンジ・デー?」
オスカルはコクリと小さく頷き、アンドレを見上げて言った。
「…やはり、お前も知っていたんだな」
オスカルは一輪挿しのオレンジ色の薔薇をみて微笑む。
アンドレのさり気なく優しい気遣いが嬉しい。
「まぁね。去年の春だったか…屋敷の使用人仲間で盛り上がってたんだ。今日の朝食のジャムもマーマレードだっただろう?」
「…そういえば…」
パンにはバターとマーマレードのジャムが添えてあった気がする。
一昨日、厨房でもオレンジを仕入れてね。おれもジャム作りを手伝ったんだ…と、アンドレは笑う。
「オスカルが知っているとは驚いたよ」
割と世間の噂話等には疎い彼女。
「あ…パリ巡回中にマルシェでロザリーに会って…」
オスカルはクスリと笑う。
「何か楽しいことがあったようだね?」
「うん。いろいろとロザリーが教えてくれて…アランもオレンジの日を知っていた」
「は?アランが知ってたのかい?」
意外とばかりにアンドレは目を見開いた。
「ディアンヌ嬢の受け売りらしい」
「…なるほどね。それなら納得だ」
態とらしくウンウンと頷くアンドレが可笑しくて、またオスカルは笑った。
オスカルは午前中の出来事を話した。
「おれもパリ巡回に行きたかったかも」
「ふふ。そうか?」
「うん。オレンジを有難う…オスカル」
中腰のまま机に手をつくアンドレはオスカルの額にチュッとキスを落とす。
「おい…勤務中だぞ」
「隊長殿は昼休み。自分は夜勤明けの日ですが?」
「………っ」
余裕の笑みを浮かべるアンドレを見上げて睨んでみせるが全然効果は無いらしい。
アンドレにしてみれば、上目遣いに睨んでくる彼女も可愛くみえるのだ。
素直じゃないのも幼い頃から変わらない。

「ほら、オスカル。冷めないうちに昼食を摂って…」
「…うん」
「今夜のデザートはこのオレンジをカットして部屋に届けよう。おれからのプレゼントでオレンジピール入りのショコラ菓子も用意してあるんだ。ワインで良いかい?」
「…うん。ありがとう…アンドレ」
オスカルは少し腰を上げてアンドレの頬に掠めるようなキスを落とした。
「…おや?勤務中ではなかったでしょうか」
また余裕の笑みを浮かべるアンドレの髪を指でつまんだオスカルは頬を膨らませながら思い切り引っ張ったのだった。

◆おわり◆

〜追記〜
☆オレンジ・デー☆
《愛媛県の柑橘類生産農家が1994年に制定。2月14日の「バレンタインデー」で愛を告白し、3月14日の「ホワイトデー」でその返礼をした後で、その二人の愛情を確かなものとする日。オレンジ(またはオレンジ色のプレゼント)を持って相手を訪問する。
欧米では、オレンジが多産であることから繁栄のシンボルとされ、花嫁がオレンジの花を飾る風習があり、オレンジは結婚と関係の深いものとなっている》
〜とのコトです。白鳥は15年程前に知った《オレンジの日》ですが、あまり浸透していないのかしら…?
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