工藤隆のサブルーム

古代文学研究を中心とする、出版、論文、学会講演・発表・シンポジウム、マスコミ出演、一般講演等の活動を紹介します。

伏流水に戻った大嘗祭

2019年11月22日 | 日本論
●工藤『大嘗祭--天皇制と日本文化の源流』(中公新書、2017年)の「はじめに」の冒頭に、以下のように書きました。

 大嘗祭は、あたかも地下を流れる伏流水(ふくりゅうすい)のような、不思議な祭式である。新天皇が誕生するときには一気に注目を浴びて大々的に報道されるが、普段はよほど特別な専門家以外にその存在を意識する人はいない。大嘗祭が終了するとたちまちに報道はなくなってしまい、やがてほとんどの人々の記憶から消えていってしまう。しかし実は、大嘗祭は、次の新天皇の大嘗祭に向けて、地下を静かに流れ続けているのである。
 私が実際に大嘗祭の報道に触れたのは、私の人生の中でただ一度、平成期の天皇の即位のときであった。その前の昭和天皇の大嘗祭は、昭和三年(一九二八)十一月六日に挙行されたので、私が生まれる十四年前のことであった。昭和は六十四年間(一九二六~八九年)もあったので、民間の祭りなら、これだけ長いあいだ途絶えていれば、いちじるしく簡略化されるか消滅するかしてしまうものだ。しかし、平成二年(一九九〇)十一月二十二日から二十三日にかけて行なわれた平成期の天皇の大嘗祭は、平安時代以来の古式をできる範囲で踏襲した、本格的なものであった。テレビ・新聞・雑誌などマスコミ・ジャーナリズムが大々的に特集を組み、多くの単行本も刊行された。しかし、大嘗祭が終了すると、やはり一般人の視界からは姿が見えなくなって、もう二十七年が過ぎようとしている。


  今回(2019.11.14・15)の大嘗祭においても、11月22日の現在ですでに、「大嘗祭が終了するとたちまちに報道はなくなってしまい、やがてほとんどの人々の記憶から消えていってしまう」という状態になっています。

●マスコミ報道の水準では、平成二年(1990)のときにくらべると、今回の報道ははるかに手抜きであったといえます。要するに、大嘗祭すなわち天皇制についての本質論を掘り下げようとする企画が、きわめて少なかったのです。
  大嘗祭は、現代の辞書類の定義では「天皇が即位後、初めて行う新嘗祭。その年の新穀を献じて自ら天照大神および天神地祇を祀る、一代一度の大祭。」(『広辞苑』第七版)となっています。また、“天皇が即位後初めて新穀を神々に供え、国や国民の安寧と五穀豊穣を祈る儀式”というように、「国や国民の安寧」という語を加える例もあります。
  しかしこれでは、天皇の所作は神社の神主が行なっていることと大差がないことになるので、大嘗祭を、天皇位の超越性を表現する儀礼とすることはできません。

●簡潔にいえば、大嘗祭は、冬至のころに行われる、すなわち、太陽(季節)の復活呪術の上に、穀物と天皇の復活・再生儀礼が重なったものです。そして、「天皇の復活・再生儀礼」の部分では、「天皇霊」の継承が観念(幻想)レベルで行なわれて、主基殿での儀礼の終了とともに、新天皇誕生となるのです。
  もう一つ付け加えれば、大嘗殿の中央にある白端御帖(しらべりのおんたたみ、八重畳)というベッド状のものとは別に、おそらく平安期以後は伊勢神宮のアマテラスオオミカミの神座(しんざ、かみざ)も設けられ、天皇はその前の御座(ぎょざ、おんざ)に座ってその神座に供え物を捧げます。このとき、中央のベッド状のものは使用されません。
  ということは、中央のベッド状のものは、古くからの稲の祭りであるニイナメ儀礼の残影であり、本来は、つまり弥生時代にまでさかのぼれば、稲の神がこのベッドにやって来たとする儀礼が行なわれていたと考えられます(その本来の意味が忘れられたあとには、古来聖なるものだとして残され続けていたのでしょう)。
  大嘗宮での深夜から明け方にかけての行事は、秋→冬→春という、季節の仮の死から復活へという一連の流れを一夜に凝縮させているうえに、スキ殿での行事が終わることによって初めて、季節が復活して春が到来し、稲もまた翌年の稔りへと歩み出すとともに、新天皇の誕生(「天皇霊」の継承)も完結するのです。
 「天皇霊」や「現人神(あらひとがみ)」という言葉は、『日本書紀』ではほかにも類似の表現がいくつかあり、天皇の身体の中に「霊」や「神」や「魂」が存在しているとする表現として登場しています。これは、自然世界のあらゆる物・現象の中に、超越的・霊的なもの(カミ)の存在を感じ取るアニミズム的な観念と同質です。アニミズムでは、動物・昆虫・植物はもちろん、石や土、風や雨や炎にもカミが存在していて、日本古代の文献では、「草木言語」(くさきこととふ、草や木が言葉を発する)という語やその類似表現の語が、『古事記』『日本書紀』『常陸国風土記』、祝詞(のりと)などに登場します。このようなアニミズム的感覚が、大嘗宮での天皇の所作に幻視されているのです

●大日本帝国憲法では、天皇の超越性の理由を、「万世一系」「神聖ニシテ侵スヘカラス」と明文化しました。しかし、敗戦後の日本国憲法は、「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」と規定しただけで、その超越性の根拠が隠されて潜在化しているのです
 大嘗祭とは、冬の極まり(冬至)から春への季節再生呪術の伝統の上に、稲の再生呪術である原ニイナメ儀礼を重ね、さらに新天皇の誕生(再生)を重ね合わせたものです。これらは、縄文・弥生時代以来のアニミズム系文化すなわちヤマト的土俗文化(民俗文化)の伝統の結晶です。この土俗文化がのちに神道という形を取り、明治国家により国家神道化されたことにより宗教的性格を得ることになりました。しかし、キリスト教やイスラム教のような典型的な宗教に比べると、神道は、“前宗教”“半宗教”あるいは“宗教以前”とするのがよいでしょう。
  現憲法第二十条のいわゆる政教分離規定の中の「宗教」概念が大嘗祭にまで適用されて問題視されることがあります。しかし、大嘗祭は“前宗教”“半宗教”“宗教以前”なのだから、別の視点を取る必要があります。大嘗祭は土俗文化の結晶として、現憲法や皇室典範というよりも、文化財保護法の範疇内で保護されるべきだという視点です。大嘗祭は、前段の中心部分の源の原ニイナメ儀礼が土俗の分野に属していたのですから、それを「超一級の無形民俗文化財」として遇するのは可能なのです。
 大嘗祭は、天皇位の文化的権威の源の表現であり、法的正当性の表現としての即位の儀(剣璽等承継の儀・即位礼正殿の儀)とは別次元にあります。すなわち、即位の儀による政治的・法的正当性とは別に、大嘗祭という神話・呪術的正当性が揃わなければ、天皇位継承は完結しないのです
  現憲法が明示しなかった(隠した)天皇の超越性の根拠が大嘗祭です。文化財保護法の適用は現実的には無理なので、公的行為に用いる宮廷費という国費投入がギリギリの工夫でしょう。それもだめだというのなら、天皇氏族だけしか天皇になれないという象徴天皇制そのものが、国民主権を掲げた現憲法に違反していることになります。言い換えれば、現憲法の政教分離規定を厳密に解釈すれば、現憲法が許容している象徴天皇制自体が憲法違反だということになるでしょう

●アジア民族文化学会のシンポジウムが終了したあと、大嘗祭が近づくにつれてマスコミの取材が多くなってきて、私は忙しい毎日を過ごしていました。
  『歴史街道』12月号が書店に並びました。「大嘗祭の基礎知識」という題ですが「根本知識」「本質論」として書きました。6ページ分ですので、かなり丁寧に書くことができました。
  11月8日の「朝日新聞」朝刊に、私へのインタビューを含めた「大嘗祭 ひもとけば」という記事が掲載されました。同じく「朝日新聞」では11月14日朝刊の「天声人語」欄に私の大嘗祭論が紹介されました。11月4日号の「AERA」にも私の大嘗祭論の一端が紹介されていました。
  『大嘗祭の始原』(三一書房)を刊行した1990年のころは、私の論はマスコミの大勢からは敬遠されたようですが、今回の朝日新聞の対応には、大きな変化が見られました。
  11月14日当日の「東京新聞」および「中日新聞」朝刊にも、大嘗祭に対する私の短いコメントが載りました。それぞれ、「宗教以前の土俗文化」「「宗教」でなく土俗文化」という見出しが付いていました。政教分離規定のいう「宗教」と、宗教以前の「土俗文化」の違いを考えなければ、大嘗祭および天皇存在の本質は論じられないという私の立場が、前面に押し出されました。
  また、11月14日発売の「女性セブン」(11月28日号)にも、私の大嘗祭論が紹介されました。編集部が、私の大嘗祭論の「女性原理」の部分に注目したようですので、取材をOKしました。意外にしっかりした記事作りだったので、良い意味で予想外でした。
  共同通信の取材も受けましたので、どこかの地方紙に載っていると思います。


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『歴史街道』(12月号)に大嘗祭論をまとめました

2019年11月04日 | 日本論
●去る10月26日(土)のアジア民族文化学会の秋季大会で、「大嘗祭と天皇制」と題して話しました。184名の聴衆が集まり、大教室が一杯になりました。地味な学会の催しとしては盛会でした。
  この発表内容については、論文化して、来年3月発行の学会誌『アジア民族文化研究19』に掲載します。

●令和期の天皇の大嘗祭が11月14日に迫ってきたこともあって、私への取材も増えてきています。まずは、『AERA 2019年11月4日号』に私の発言が紹介されています。「宗教儀式だとして忌避する人もいるが、大嘗祭こそ天皇を天皇たらしめる根幹の儀式。無形民俗文化財としてでも継承する価値がある」という発言が引用されるなど、私の大嘗祭論が紹介されています。「皇位継承と即位の違いは?」で検索すれば、ネット上ですぐ読めます。

●雑誌『歴史街道』(2019年12月号)がまもなく書店に並びます。その中に、「天皇即位後に行なわれる「大嘗祭」の基礎知識」という題名で、執筆しました。6ページ分の、ゆとりある分量でした。「基礎知識」となっていますが、本格的な「根本知識」として書きました。

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