天使界師弟時代ですが、らぶらぶ要素はほとんど皆無です。しかもなかなか重いテーマの話です。最初あまりに重かったので、何度も書き直して時間かかりまくってしまったくらい(笑)その割には未消化気味なのは相変わらずですがまあご勘弁を。今回トルストイの天使が出てくる童話が元ネタですが(死の天使が任務をためらった為に堕天の罰を受け、人々と共に暮らして人が何によって生きるかを学ぶ話)、イザヤール様は心を痛めつつもその童話の天使よりは死の天使の務めに迷いが無さそうなイメージです。
真夜中だった。村中の家々の灯りが全て消えている中で、宿屋の一室だけが、ランプの弱々しい灯りを窓に光らせていた。その部屋で、一人の若い女が死にかけていた。彼女は、死人より血の気が無いかのような白い顔で、目を固く閉じてベッドに横たわっていた。彼女は、都会からこのウォルロに療養に来たということだったが、到着したとき既に病は末期なうえに身重で、しかも彼女を連れてきた男はすぐにどこかへ行ってしまった。
山奥の村の清浄な空気、滝から無尽蔵に溢れる名水、守護天使が苦心して手に入れた特効薬、村人たちの手厚い看護。それらも、奔放かつ無謀な生活の果ての病の前には、無力に等しかった。しかもこの病人は今、子を産んだ直後で、出産でほとんど全ての生命力を使い果たしていた。
残念だが、彼女は夜明けを待たずに命を落とすだろう。ウォルロの守護天使イザヤールは、ベッドの上に横たわる女を、一見事務的な表情で見下ろしながら思った。もう数えきれないほど、守護天使としてこのようにたくさんの人間の死を見守ってきた。今夜のそれも、そのうちのひとつにすぎない。過剰な哀れみは、守護天使の務めに百害あって一利も無いことを、彼は重々承知していた。
命を救う手立てはできる限り果たした。後は、哀れな魂を迷いなく導いてやること、それだけだ。イザヤールは、かすかに眉を寄せながら、女の鼓動が止まるその時を待った。ベッドの傍らに座って付き添っていた老婆が、その時が近いのを悟って、神父を呼びに部屋を出ていった。
やがて、隣室から甲高い赤子の泣き声が聞こえてきた。宵に生まれたばかりの、この女の子供。病の伝染の用心の為に、臨終の間際にさえ、母親から引き離されているのだった。と、その泣き声がきっかけだったかのように、女の閉じていた目が、ぱっと見開いた。そして異様に光る目が、翼と光輪を持つ男、つまりイザヤールの姿をみとめた。大きな目がますます大きく見開かれ、唇がかすかにわなないた。
天使は、通常人間に姿が見えることはない。イザヤールの姿が見えるということは、彼女の最期の時だということだった。
「ああ、天使様」彼女はほとんど聞き取れないくらいかすかな声で呟いた。「お願い、私を連れていかないで。私が居なくなったら、あの子も生きていけないわ。この世界に、他に頼れる人も居ないのだもの」
「気の毒だが、それはできない。たとえ私が連れていかなくても、その体はもう命を留めることは不可能だ」
イザヤールが答えると、女は弱々しく首を振った。
「お願い、天使様・・・。あの子まで死んでしまう・・・」
「大丈夫だ。私がこの村に居る限り、そんなことには絶対させない」
自分も見守るし、村人皆で育てていくから安心するようにと、イザヤールは彼女に告げた。それでも女は、呟き続けた。お願い、天使様、私を連れていかないで・・・。そして、駆け付けた神父や村人たちが祈る中でもうわごとのようにそう呟き続け、そのまま力尽きた。
人間に必要以上に思い入れなどしないイザヤールだが、務めとはいえ、それでもこんな状況に気が滅入らないわけはなかった。自分でもこのように心が痛むのならば、人間たちにあれほど肩入れしていたエルギオス様は、こんなときどうしただろうと、彼は師のことを思った。どうにもできないことにも。心を痛め、痛め過ぎたのでは、なかったのだろうか・・・。
死者の魂は、地上に心残りがある限り、天へと旅立ってはいかない。女の魂は、案の定逝こうとはせず、我が子の傍らに佇み、飽かずにその顔を眺めていた。この女はようやく、病を移す心配をせずに、子供の傍に居られるのだ。・・・その腕に抱くことは、決して叶わぬけれど。
魂を天へと導くことも守護天使の役目だが。だが、無理に連れていくことはできない。気長に見守るとしようか、イザヤールはひとりごちた。この女が、我が子がちゃんと生きていけると確信し、人々の善意を信じられるようになるまで。
それから数年が過ぎた。天使にとってはほんの束の間の時間だが、人間たちにはかなりの変化が訪れる時間。赤子だったあの子供も、村人たち皆に慈しまれ、イザヤールも見守ったり手助けをしたりすることで、すくすくと元気に成長して、駆け回るようになっていた。
その母親の亡霊は、そんな我が子をずっと見守っていた。その姿は、イザヤール以外の者に見えることはほとんどなく、何も悪さをしなかったので、幽霊の噂に怯える者もなかった。彼女はただひたむきに、我が子の成長を見守っていた。
そんなある日イザヤールは、ウォルロ村を弟子の見習い天使ミミと共に訪れた。ミミも守護天使志望だったから、こうして少しずつ地上に慣れさせようという目的もあって、彼は比較的落ち着いている時期などに、弟子をこのように時折連れてくるのだった。
イザヤールが村を巡回している間、待っているよう命じられたミミは、めったに来られない何もかもが目新しく見える地上の様子に濃い紫の瞳を輝かせ、じっとおとなしくはしていたものの、辺りの全てを注意深く観察していた。すると、彼女の近くに、小さな子供が走ってきた。蝶か何かを追いかけてきたのだろう。そして、その子供から少し離れた場所に、若い女の亡霊が立っていた。
ミミは、イザヤールから村で育てている孤児とその母親である亡霊の話は聞いていたので、白昼から亡霊を見ても驚きはしなかった。ただ、ひたむきに我が子を見守り慈しむその眼差しに、心がきゅっとつかまれるような感覚を覚えた。
と、そのとき、ミミのすぐ前を走っていた子供が、何かにつまずいて派手に転んだ。ミミが慌てて駆け寄ると、子供は怪我はしてなかったが、びっくりしたのだろう、大声を上げて泣き出した。それで思わずミミは、その子を抱き寄せて、優しく頭をなでながら囁いた。
「大丈夫、大丈夫だからね、痛くない、痛くない」
ミミも天使なので、子供にもミミの姿は見えないし、声が聞こえることもない。だが、優しく抱き寄せられたときに何かを感じたのか、子供は泣き止んで、不思議そうに目を見開いて、呟いた。
「ママ・・・?」
あなたのお母さんはあっちなんだけどなあ、と、ミミはいささか困惑しながら子供の背後の母親の亡霊を見つめ、服の土埃を優しくはたいてそっと離してやったが、母親の亡霊も、子供が転んだときに慌てて寄ってきて、子供のその呟きを聞いてはっと立ち尽くした。そこへ、その子を引き取っている家の者が、急いで走ってきた。
「おい、どうした坊主?なに、転んだ?ケガはしてねえか、そうか、ならよかった」
「おじちゃん、ぼく、転んだとき、誰かが優しく起こしてくれたの。ひょっとして、ママかなあ?」
「いんやあ、坊主のママはなあ、天国に居るからなあ。助けてくれたのは、たぶん守護天使サマじゃあないか」
「ふーん、そっか・・・。ママは、来てくれないの?」
「あー、天国はちょいとばかり遠いからなあ。だけどさ、いつも見ていてくれてると思うぜ」
「そっかぁ、やっぱり見ていてくれてるんだ、ならよかった~♪」
そうして話しながら男は子供を肩に担ぎ上げ、二人は楽しそうに帰っていった。その後ろ姿を見送りながら、女の亡霊は呟いた。
「あの子はもう、大丈夫なのね・・・。村の人々に助けられて、ちゃんと一人で生きていけるのね・・・。わかっていたけどあたし、なかなかあの子の傍を離れる決心が着かなかった・・・」
彼女の声が、安心したようでどこか寂しげなのを感じて、ミミは思わず亡霊に駆け寄り、言った。
「いいえ、少し違うわ。あの子は一人で生きているんじゃない。お母さんの姿が見えなくても、どこかで見守っていてくれていると信じているから、一人ぼっちじゃないって感じているから、生きていけるのだと思うわ。・・・きっと、これからもね。だから、もう大丈夫なんだと思うの」
そこへ、巡回を終えたイザヤールが戻ってきた。彼は、ミミの言葉を聞いて頷き、女の亡霊に言った。
「遺された側が、遺した者の愛情を信じていれば、それが生きることへの大きな力になる。だから、もうあの子は大丈夫だ。・・・今度は天から、見守ってやるといい」
イザヤールの言葉に、女の亡霊は頷いた。
「ありがとう、天使様、今まで待ってくれて・・・。あたしが、そのことを自分でちゃんとわかるまで、待っていてくれたのね・・・。ありがとう・・・」
その声を残し、彼女はもう一度遠ざかっていく息子を眺め、優しく見つめ続けながら天へと旅立っていった。
それを見届けてから、イザヤールが呟いた。
「ミミ、おまえはすごいぞ。私が何年もかかって伝えようとしたことを、彼女にすぐに伝えることができたのだからな。やはり私の目に狂いはなかった、おまえはきっと立派な守護天使になれる」
褒められて嬉しかったが、ミミは懸命に首を振って否定した。
「いいえ、私は何も・・・。イザヤール様が待っていて差し上げたから、今日がきっと、その日だったんだと思います。私が居ても居なくても」
そんなミミの頭を、イザヤールは優しく微笑み、そっとなでた。ミミはそう言ったが、果たしてどうだったかはわからない。彼女を連れてきていなかったらあるいは、迷える哀れな魂を天に送るのに、まだまだ何年もかかったかもしれない。
ひとつの魂を救うのにこれだけ時間をかけたこと、本人が気付くまで待ったことが、果たして正しかったのか、イザヤールは未だにはっきりとは確信は持てなかった。星のオーラを得る為という本来の目的だけの観点で見るならば、限りなく非効率的だったから。神の御心に従う行動なのか、はたまた無駄にすぎない行動なのか、答えは、神が直接知らしめでもしない限り、これからも出ないだろう。
そんな考えを追い払うように、イザヤールは弟子に向かって微笑んだ。
「さあミミ、そろそろ帰るぞ」
頭をなでられて嬉しくて頬を染めていたミミは、こくりと頷いた。
いつの間にか辺りは夕闇になっていて、星が空に輝いている。今夜は、ウォルロ村に死人も幽霊も出ないだろう。そう願って、イザヤールは弟子と共に地を蹴って、星空へと飛び立った。〈了〉
真夜中だった。村中の家々の灯りが全て消えている中で、宿屋の一室だけが、ランプの弱々しい灯りを窓に光らせていた。その部屋で、一人の若い女が死にかけていた。彼女は、死人より血の気が無いかのような白い顔で、目を固く閉じてベッドに横たわっていた。彼女は、都会からこのウォルロに療養に来たということだったが、到着したとき既に病は末期なうえに身重で、しかも彼女を連れてきた男はすぐにどこかへ行ってしまった。
山奥の村の清浄な空気、滝から無尽蔵に溢れる名水、守護天使が苦心して手に入れた特効薬、村人たちの手厚い看護。それらも、奔放かつ無謀な生活の果ての病の前には、無力に等しかった。しかもこの病人は今、子を産んだ直後で、出産でほとんど全ての生命力を使い果たしていた。
残念だが、彼女は夜明けを待たずに命を落とすだろう。ウォルロの守護天使イザヤールは、ベッドの上に横たわる女を、一見事務的な表情で見下ろしながら思った。もう数えきれないほど、守護天使としてこのようにたくさんの人間の死を見守ってきた。今夜のそれも、そのうちのひとつにすぎない。過剰な哀れみは、守護天使の務めに百害あって一利も無いことを、彼は重々承知していた。
命を救う手立てはできる限り果たした。後は、哀れな魂を迷いなく導いてやること、それだけだ。イザヤールは、かすかに眉を寄せながら、女の鼓動が止まるその時を待った。ベッドの傍らに座って付き添っていた老婆が、その時が近いのを悟って、神父を呼びに部屋を出ていった。
やがて、隣室から甲高い赤子の泣き声が聞こえてきた。宵に生まれたばかりの、この女の子供。病の伝染の用心の為に、臨終の間際にさえ、母親から引き離されているのだった。と、その泣き声がきっかけだったかのように、女の閉じていた目が、ぱっと見開いた。そして異様に光る目が、翼と光輪を持つ男、つまりイザヤールの姿をみとめた。大きな目がますます大きく見開かれ、唇がかすかにわなないた。
天使は、通常人間に姿が見えることはない。イザヤールの姿が見えるということは、彼女の最期の時だということだった。
「ああ、天使様」彼女はほとんど聞き取れないくらいかすかな声で呟いた。「お願い、私を連れていかないで。私が居なくなったら、あの子も生きていけないわ。この世界に、他に頼れる人も居ないのだもの」
「気の毒だが、それはできない。たとえ私が連れていかなくても、その体はもう命を留めることは不可能だ」
イザヤールが答えると、女は弱々しく首を振った。
「お願い、天使様・・・。あの子まで死んでしまう・・・」
「大丈夫だ。私がこの村に居る限り、そんなことには絶対させない」
自分も見守るし、村人皆で育てていくから安心するようにと、イザヤールは彼女に告げた。それでも女は、呟き続けた。お願い、天使様、私を連れていかないで・・・。そして、駆け付けた神父や村人たちが祈る中でもうわごとのようにそう呟き続け、そのまま力尽きた。
人間に必要以上に思い入れなどしないイザヤールだが、務めとはいえ、それでもこんな状況に気が滅入らないわけはなかった。自分でもこのように心が痛むのならば、人間たちにあれほど肩入れしていたエルギオス様は、こんなときどうしただろうと、彼は師のことを思った。どうにもできないことにも。心を痛め、痛め過ぎたのでは、なかったのだろうか・・・。
死者の魂は、地上に心残りがある限り、天へと旅立ってはいかない。女の魂は、案の定逝こうとはせず、我が子の傍らに佇み、飽かずにその顔を眺めていた。この女はようやく、病を移す心配をせずに、子供の傍に居られるのだ。・・・その腕に抱くことは、決して叶わぬけれど。
魂を天へと導くことも守護天使の役目だが。だが、無理に連れていくことはできない。気長に見守るとしようか、イザヤールはひとりごちた。この女が、我が子がちゃんと生きていけると確信し、人々の善意を信じられるようになるまで。
それから数年が過ぎた。天使にとってはほんの束の間の時間だが、人間たちにはかなりの変化が訪れる時間。赤子だったあの子供も、村人たち皆に慈しまれ、イザヤールも見守ったり手助けをしたりすることで、すくすくと元気に成長して、駆け回るようになっていた。
その母親の亡霊は、そんな我が子をずっと見守っていた。その姿は、イザヤール以外の者に見えることはほとんどなく、何も悪さをしなかったので、幽霊の噂に怯える者もなかった。彼女はただひたむきに、我が子の成長を見守っていた。
そんなある日イザヤールは、ウォルロ村を弟子の見習い天使ミミと共に訪れた。ミミも守護天使志望だったから、こうして少しずつ地上に慣れさせようという目的もあって、彼は比較的落ち着いている時期などに、弟子をこのように時折連れてくるのだった。
イザヤールが村を巡回している間、待っているよう命じられたミミは、めったに来られない何もかもが目新しく見える地上の様子に濃い紫の瞳を輝かせ、じっとおとなしくはしていたものの、辺りの全てを注意深く観察していた。すると、彼女の近くに、小さな子供が走ってきた。蝶か何かを追いかけてきたのだろう。そして、その子供から少し離れた場所に、若い女の亡霊が立っていた。
ミミは、イザヤールから村で育てている孤児とその母親である亡霊の話は聞いていたので、白昼から亡霊を見ても驚きはしなかった。ただ、ひたむきに我が子を見守り慈しむその眼差しに、心がきゅっとつかまれるような感覚を覚えた。
と、そのとき、ミミのすぐ前を走っていた子供が、何かにつまずいて派手に転んだ。ミミが慌てて駆け寄ると、子供は怪我はしてなかったが、びっくりしたのだろう、大声を上げて泣き出した。それで思わずミミは、その子を抱き寄せて、優しく頭をなでながら囁いた。
「大丈夫、大丈夫だからね、痛くない、痛くない」
ミミも天使なので、子供にもミミの姿は見えないし、声が聞こえることもない。だが、優しく抱き寄せられたときに何かを感じたのか、子供は泣き止んで、不思議そうに目を見開いて、呟いた。
「ママ・・・?」
あなたのお母さんはあっちなんだけどなあ、と、ミミはいささか困惑しながら子供の背後の母親の亡霊を見つめ、服の土埃を優しくはたいてそっと離してやったが、母親の亡霊も、子供が転んだときに慌てて寄ってきて、子供のその呟きを聞いてはっと立ち尽くした。そこへ、その子を引き取っている家の者が、急いで走ってきた。
「おい、どうした坊主?なに、転んだ?ケガはしてねえか、そうか、ならよかった」
「おじちゃん、ぼく、転んだとき、誰かが優しく起こしてくれたの。ひょっとして、ママかなあ?」
「いんやあ、坊主のママはなあ、天国に居るからなあ。助けてくれたのは、たぶん守護天使サマじゃあないか」
「ふーん、そっか・・・。ママは、来てくれないの?」
「あー、天国はちょいとばかり遠いからなあ。だけどさ、いつも見ていてくれてると思うぜ」
「そっかぁ、やっぱり見ていてくれてるんだ、ならよかった~♪」
そうして話しながら男は子供を肩に担ぎ上げ、二人は楽しそうに帰っていった。その後ろ姿を見送りながら、女の亡霊は呟いた。
「あの子はもう、大丈夫なのね・・・。村の人々に助けられて、ちゃんと一人で生きていけるのね・・・。わかっていたけどあたし、なかなかあの子の傍を離れる決心が着かなかった・・・」
彼女の声が、安心したようでどこか寂しげなのを感じて、ミミは思わず亡霊に駆け寄り、言った。
「いいえ、少し違うわ。あの子は一人で生きているんじゃない。お母さんの姿が見えなくても、どこかで見守っていてくれていると信じているから、一人ぼっちじゃないって感じているから、生きていけるのだと思うわ。・・・きっと、これからもね。だから、もう大丈夫なんだと思うの」
そこへ、巡回を終えたイザヤールが戻ってきた。彼は、ミミの言葉を聞いて頷き、女の亡霊に言った。
「遺された側が、遺した者の愛情を信じていれば、それが生きることへの大きな力になる。だから、もうあの子は大丈夫だ。・・・今度は天から、見守ってやるといい」
イザヤールの言葉に、女の亡霊は頷いた。
「ありがとう、天使様、今まで待ってくれて・・・。あたしが、そのことを自分でちゃんとわかるまで、待っていてくれたのね・・・。ありがとう・・・」
その声を残し、彼女はもう一度遠ざかっていく息子を眺め、優しく見つめ続けながら天へと旅立っていった。
それを見届けてから、イザヤールが呟いた。
「ミミ、おまえはすごいぞ。私が何年もかかって伝えようとしたことを、彼女にすぐに伝えることができたのだからな。やはり私の目に狂いはなかった、おまえはきっと立派な守護天使になれる」
褒められて嬉しかったが、ミミは懸命に首を振って否定した。
「いいえ、私は何も・・・。イザヤール様が待っていて差し上げたから、今日がきっと、その日だったんだと思います。私が居ても居なくても」
そんなミミの頭を、イザヤールは優しく微笑み、そっとなでた。ミミはそう言ったが、果たしてどうだったかはわからない。彼女を連れてきていなかったらあるいは、迷える哀れな魂を天に送るのに、まだまだ何年もかかったかもしれない。
ひとつの魂を救うのにこれだけ時間をかけたこと、本人が気付くまで待ったことが、果たして正しかったのか、イザヤールは未だにはっきりとは確信は持てなかった。星のオーラを得る為という本来の目的だけの観点で見るならば、限りなく非効率的だったから。神の御心に従う行動なのか、はたまた無駄にすぎない行動なのか、答えは、神が直接知らしめでもしない限り、これからも出ないだろう。
そんな考えを追い払うように、イザヤールは弟子に向かって微笑んだ。
「さあミミ、そろそろ帰るぞ」
頭をなでられて嬉しくて頬を染めていたミミは、こくりと頷いた。
いつの間にか辺りは夕闇になっていて、星が空に輝いている。今夜は、ウォルロ村に死人も幽霊も出ないだろう。そう願って、イザヤールは弟子と共に地を蹴って、星空へと飛び立った。〈了〉
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます