開きかけのチューリップのすぼまり加減を見て思いついた(なんのこっちゃ)天使界師弟時代両片想いイザ女主話。なんか物入りそう→王様の耳はロバの耳的なないしょ話できそう、的な連想したのです。さすがに文中のように録音機能まであるわけはなくあったらびっくりですが。それにしてもイザヤール様、ちょっと幻聴スルーし過ぎです(笑)
穏やかな春の日だった。このところウォルロ地方はずっと平和で、天候も順調に晴天とやわらかな雨を繰り返し、森の木々も農作物もいきいきと新緑を芽吹いている。そんな時期だったから、見習い天使であるミミも、師匠イザヤールに地上に連れてきてもらえたというわけだった。
村の巡回をしている間少しの間待っているように言われた場所は、色とりどりの花が咲いている美しい一画だった。ミミは、花の間に埋もれるように座り、うっとりと濃い紫の瞳を輝かせていた。イザヤールは、愛弟子を地上で待たせる場合は、安全なだけでなく彼女が喜びそうな綺麗なものがある場所を選んでくれるのが常だった。地上を守る守護天使を目指す弟子が、地上に楽しく馴れることができるよう考慮してくれているのだと、ミミは最近ようやく気付いて、師匠のさりげない優しさに彼を慕う気持ちはますます強くなっていた。
けれど、秘めなければならない片想いは、蓋をした心をこじ開けて溢れそうになる。ミミは、その想いを抑えるように胸の前で手を組み、小さく吐息した。それから首をふるふると振って、空を見上げた。地上の春の青空は、どこか不透明な、ミルクを溶かしたような淡いパステルブルーで、天使界から見る空とまるで違って見える。
こうして地上から見る空は、今日はどういうわけかひどく遠く見えた。天使界は、あの雲の更に向こう・・・。ひとっ飛びすれば帰れる筈なのに、なんだか心細く少し怖くなって、ミミは急いで視線を綺麗な花たちに向けた。
そのパステルブルーの空を背景に、やはり淡いパステルカラーの春の花がいくつも揺れている。その中で一本だけ、真っ赤なチューリップの蕾があって、否応なしに目を惹いた。心から、秘めた恋慕う想いがひとしずくこぼれたら、こんな色になるかもしれない、そう思わせるような赤だった。それでミミは蕾を見つめ、思わずもう一度溜息をついた。
赤い蕾の先端は、ちょうどミミの華奢な指が一本入る程度だけ、開いている。ミミは思わずそこに唇を寄せ、囁いた。王の秘密を洞穴の中に話したおとぎ話のように。
「イザヤール様、大好き・・・」
囁いてしまってから彼女は我に返って、急に自分のしたことが恥ずかしくなって真っ赤に頬を染め、膝を抱えて顔をその膝に埋めた。だから、気付かなかった。指一本分だけ開いていたチューリップの蕾が、固く閉ざされたことに。その姿は、見習い天使の少女の片恋を哀れんだ花が、秘密を守ろうとしてくれているかのようだった。
それからしばらくして、イザヤールが戻ってきた。ミミは彼が戻ってきてもちろん嬉しかったが、一方で先ほど蕾に囁いたことが恥ずかしくて、どぎまぎしていた。イザヤールはそんな彼女の様子に少し首を傾げたが問い質すことはせず、二人は一緒に無事に天使界に帰った。
数日後、イザヤールは今度は一人でこの場所を通りかかった。ミミの秘密を守るように固く閉じていたチューリップの蕾も、自然の時の流れには勝てず、花はすっかり開いて花弁も散りかけていた。
イザヤールが花の傍を通ったとき、真っ赤な花びらがはらはらと落ちていき、同時にかすかな、本当にかすかな声が聞こえた。
『・・・イザヤール様、大好き・・・』
「?!・・・ミミ・・・?」
彼は思わず立ち止まり、辺りを見回したが、もちろん誰も居なかった。その囁き声は、弟子のミミの声に聞こえたが、今日は遥か空の彼方の天使界で待っている彼女が、ここに居る筈も無い。
密かな片恋の愛しさが募って、ありもしない声を聞いてしまったのだろうか。・・・なんて・・・なんて虫のいい幻聴だろう・・・。ミミにとって自分は、単なる師匠でしかないというのに・・・。彼は苦笑して、その場を立ち去った。立ち去る際に、真っ白な羽が一枚、ゆっくりと落ちていき、散り落ちた真っ赤な花びらの上にふわりと重なった。
芯だけ残ったチューリップは、秘密をばらしたことを恥じているのか、それとも役目を果たしたかのように満足しているのか、ただ静かに風に揺れていた。〈了〉
穏やかな春の日だった。このところウォルロ地方はずっと平和で、天候も順調に晴天とやわらかな雨を繰り返し、森の木々も農作物もいきいきと新緑を芽吹いている。そんな時期だったから、見習い天使であるミミも、師匠イザヤールに地上に連れてきてもらえたというわけだった。
村の巡回をしている間少しの間待っているように言われた場所は、色とりどりの花が咲いている美しい一画だった。ミミは、花の間に埋もれるように座り、うっとりと濃い紫の瞳を輝かせていた。イザヤールは、愛弟子を地上で待たせる場合は、安全なだけでなく彼女が喜びそうな綺麗なものがある場所を選んでくれるのが常だった。地上を守る守護天使を目指す弟子が、地上に楽しく馴れることができるよう考慮してくれているのだと、ミミは最近ようやく気付いて、師匠のさりげない優しさに彼を慕う気持ちはますます強くなっていた。
けれど、秘めなければならない片想いは、蓋をした心をこじ開けて溢れそうになる。ミミは、その想いを抑えるように胸の前で手を組み、小さく吐息した。それから首をふるふると振って、空を見上げた。地上の春の青空は、どこか不透明な、ミルクを溶かしたような淡いパステルブルーで、天使界から見る空とまるで違って見える。
こうして地上から見る空は、今日はどういうわけかひどく遠く見えた。天使界は、あの雲の更に向こう・・・。ひとっ飛びすれば帰れる筈なのに、なんだか心細く少し怖くなって、ミミは急いで視線を綺麗な花たちに向けた。
そのパステルブルーの空を背景に、やはり淡いパステルカラーの春の花がいくつも揺れている。その中で一本だけ、真っ赤なチューリップの蕾があって、否応なしに目を惹いた。心から、秘めた恋慕う想いがひとしずくこぼれたら、こんな色になるかもしれない、そう思わせるような赤だった。それでミミは蕾を見つめ、思わずもう一度溜息をついた。
赤い蕾の先端は、ちょうどミミの華奢な指が一本入る程度だけ、開いている。ミミは思わずそこに唇を寄せ、囁いた。王の秘密を洞穴の中に話したおとぎ話のように。
「イザヤール様、大好き・・・」
囁いてしまってから彼女は我に返って、急に自分のしたことが恥ずかしくなって真っ赤に頬を染め、膝を抱えて顔をその膝に埋めた。だから、気付かなかった。指一本分だけ開いていたチューリップの蕾が、固く閉ざされたことに。その姿は、見習い天使の少女の片恋を哀れんだ花が、秘密を守ろうとしてくれているかのようだった。
それからしばらくして、イザヤールが戻ってきた。ミミは彼が戻ってきてもちろん嬉しかったが、一方で先ほど蕾に囁いたことが恥ずかしくて、どぎまぎしていた。イザヤールはそんな彼女の様子に少し首を傾げたが問い質すことはせず、二人は一緒に無事に天使界に帰った。
数日後、イザヤールは今度は一人でこの場所を通りかかった。ミミの秘密を守るように固く閉じていたチューリップの蕾も、自然の時の流れには勝てず、花はすっかり開いて花弁も散りかけていた。
イザヤールが花の傍を通ったとき、真っ赤な花びらがはらはらと落ちていき、同時にかすかな、本当にかすかな声が聞こえた。
『・・・イザヤール様、大好き・・・』
「?!・・・ミミ・・・?」
彼は思わず立ち止まり、辺りを見回したが、もちろん誰も居なかった。その囁き声は、弟子のミミの声に聞こえたが、今日は遥か空の彼方の天使界で待っている彼女が、ここに居る筈も無い。
密かな片恋の愛しさが募って、ありもしない声を聞いてしまったのだろうか。・・・なんて・・・なんて虫のいい幻聴だろう・・・。ミミにとって自分は、単なる師匠でしかないというのに・・・。彼は苦笑して、その場を立ち去った。立ち去る際に、真っ白な羽が一枚、ゆっくりと落ちていき、散り落ちた真っ赤な花びらの上にふわりと重なった。
芯だけ残ったチューリップは、秘密をばらしたことを恥じているのか、それとも役目を果たしたかのように満足しているのか、ただ静かに風に揺れていた。〈了〉
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