もうすぐ終わってしまいますが母の日話。数年前、リッカの父親がまだ生きていて、イザヤール様がウォルロ村の守護天使だった頃のお話です。
まだ子供と言っていい歳ながらも、父親の宿屋を懸命に手伝うリッカのことを、ウォルロ村の住人たちは、よくこんな言葉で褒めた。
お母さんがいなくてもちゃんといい子でがんばっていて、リッカちゃんは偉いねえ。
どこかのドラ息子とは大違い、と、たまに口さがない言葉が続くこともあるが、とにかく、村人たちがリッカに感心して褒めているのは間違いなかった。
それでも、そんな風に褒められると、リッカは何だか悲しくなって、頭をぶんぶん横に振りたくなる。
違う、お母さんは、ちゃんと天国から見ていてくれてるって、お父さんは言ってるもん。だから、居ないわけじゃない。見えないだけで、ちゃんと私にも、お母さんは居るの。
そう言いたいのを我慢して、リッカは急いで父親を探しに行く。帳簿をつけていたり、じゃがいもの皮むきをしていたり、シーツにアイロンをかけていたり、彼女の父親は、ほとんど休まず手を動かしているのが常だ。それでも彼は、娘の顔を見ると、頭をちょっと傾けてにっこり笑いかける。
その後のリッカのセリフは、だいたい決まっていた。
「ねえお父さん、お母さんの話を、何かして」
すると彼は、亡き妻の楽しかった数々の思い出からどれかひとつを選んで、話し出す。いきいきとした語り口から、そのときの光景が手に取るようにわかりそうなくらいだ。リッカの曇り空だった心は晴れて、彼女は思う。私には、やっぱりちゃんと、お母さんが居る。
いつの年からだったかウォルロ村では、初夏になると、山に咲く香りのいい白い花を母親に贈ることが、子供たちの間で習慣になっていた。母親のある子供たちは、誰よりもいい花を見つけようと、張り切って山に入っていく。守護天使は、彼らの安全を見守るのに大わらわだ。
村長の息子ニードだけが、山に行かなかった。
「男が、花摘みなんかするかよ」
そう憎まれ口を叩いて、花みたいに動かないやつより赤ん坊と遊ぶ方が面白いや、と、乳飲み子の彼の妹を軽くくすぐったり、あやしたりした。赤ん坊は、けこけこと喉を鳴らして笑った。・・・この兄妹は、ついこの間、母親を亡くした。ちくしょう、ニードは心の中で呟く。墓石なんかに花を渡したって・・・なんにも言ってくれない。面白く・・・ねえよ。
リッカも、墓にはその白い花を供える気はなかった。摘んできて、宿屋のカウンターにでも飾れば、自分には姿が見えなくても、きっとお母さんは見に来てくれる。そう思ったのだ。守護天使様だって目に見えないけどきっとちゃんと居るんだから、お母さんだって、ちゃんと来てくれる。
けれど、宿屋の手伝いが忙しくて、リッカが山に行く暇ができたのは、もうその花の盛りもそろそろ終わりそうな頃だった。手近なものは、他の子供たちにあらかた摘まれてしまった。かなり山奥に行かないと、見つけることは難しそうだ。
ウォルロ村の守護天使イザヤールは、村の子供リッカが山奥に入っていくのを見て、眉をひそめた。この辺りの山は大して危険はないとはいえ、子供一人で行くのはあまり好ましくない。
例の花を摘みに行くとわかっていたから、イザヤールは少し考えて、自分の翼から大きな羽を一本抜いた。繁みの中から覗くその羽は、光るように白い。その白い淡い光を、リッカは花だと思い、喜んで近寄った。だが、近付くとその光は、ふっと消える。
リッカが首を傾げていると、また別の場所で淡い白い光が見える。それを追うと消える。そんなことが繰り返された。
気が付くとリッカは、たくさんの白い花に囲まれていた。他の子供たちの摘んでくる物より、数段綺麗で、いい香りがする。
「そっか!守護天使イザヤール様が、ここに連れてきてくれたのね!ありがとう、イザヤール様!」
リッカは大喜びで花を摘み、帰り道もイザヤールの羽に導かれて安全に村に戻れた。
リッカは、摘んできた花の半分を、ニードに渡した。
「はい、ニード。きっとニードのお母さんも、見に来てくれるよ」
「そんなワケねーだろ!」
そう言いつつもニードは花を受け取り、今はすやすや寝ている妹の枕元に置いた。目が覚めたら、こいつのいいおもちゃになるな。ちぎったり、するかもな。鼻をやたらにこすって、すすり上げる。・・・母さん、そんなとこ、見に来てやってくれよ。
守護天使イザヤールは、星のオーラを手に、天使界に戻った。子にとって親とはなんだろう、彼は思った。養い育てるだけの存在という訳ではなさそうだ。天使には、親子関係というものはない。親が子を思い、子が親を慕う気持ちを、理屈では理解できるが、完全に理解できるとは言い難い。師弟関係のようなものだろうが、イコールではないだろう。
彼の可愛い弟子は、今日も濃い紫の瞳を輝かせて、彼の話すウォルロ村の出来事に聞き入った。ミミもまた、親子ってどんなものなんだろう、でもきっといいものなんだろうな。そう考えた。
その頃リッカは、予定通り花をカウンターに飾ってから、側に腰かけて繕い物を始めたが、疲れていたのか、やがてカウンターにうつ伏して寝息を立て始めた。
そんな彼女に、ふわりとショールをかけたのは。優しい父親か祖父か、はたまた守護天使か、それとも・・・?〈了〉
まだ子供と言っていい歳ながらも、父親の宿屋を懸命に手伝うリッカのことを、ウォルロ村の住人たちは、よくこんな言葉で褒めた。
お母さんがいなくてもちゃんといい子でがんばっていて、リッカちゃんは偉いねえ。
どこかのドラ息子とは大違い、と、たまに口さがない言葉が続くこともあるが、とにかく、村人たちがリッカに感心して褒めているのは間違いなかった。
それでも、そんな風に褒められると、リッカは何だか悲しくなって、頭をぶんぶん横に振りたくなる。
違う、お母さんは、ちゃんと天国から見ていてくれてるって、お父さんは言ってるもん。だから、居ないわけじゃない。見えないだけで、ちゃんと私にも、お母さんは居るの。
そう言いたいのを我慢して、リッカは急いで父親を探しに行く。帳簿をつけていたり、じゃがいもの皮むきをしていたり、シーツにアイロンをかけていたり、彼女の父親は、ほとんど休まず手を動かしているのが常だ。それでも彼は、娘の顔を見ると、頭をちょっと傾けてにっこり笑いかける。
その後のリッカのセリフは、だいたい決まっていた。
「ねえお父さん、お母さんの話を、何かして」
すると彼は、亡き妻の楽しかった数々の思い出からどれかひとつを選んで、話し出す。いきいきとした語り口から、そのときの光景が手に取るようにわかりそうなくらいだ。リッカの曇り空だった心は晴れて、彼女は思う。私には、やっぱりちゃんと、お母さんが居る。
いつの年からだったかウォルロ村では、初夏になると、山に咲く香りのいい白い花を母親に贈ることが、子供たちの間で習慣になっていた。母親のある子供たちは、誰よりもいい花を見つけようと、張り切って山に入っていく。守護天使は、彼らの安全を見守るのに大わらわだ。
村長の息子ニードだけが、山に行かなかった。
「男が、花摘みなんかするかよ」
そう憎まれ口を叩いて、花みたいに動かないやつより赤ん坊と遊ぶ方が面白いや、と、乳飲み子の彼の妹を軽くくすぐったり、あやしたりした。赤ん坊は、けこけこと喉を鳴らして笑った。・・・この兄妹は、ついこの間、母親を亡くした。ちくしょう、ニードは心の中で呟く。墓石なんかに花を渡したって・・・なんにも言ってくれない。面白く・・・ねえよ。
リッカも、墓にはその白い花を供える気はなかった。摘んできて、宿屋のカウンターにでも飾れば、自分には姿が見えなくても、きっとお母さんは見に来てくれる。そう思ったのだ。守護天使様だって目に見えないけどきっとちゃんと居るんだから、お母さんだって、ちゃんと来てくれる。
けれど、宿屋の手伝いが忙しくて、リッカが山に行く暇ができたのは、もうその花の盛りもそろそろ終わりそうな頃だった。手近なものは、他の子供たちにあらかた摘まれてしまった。かなり山奥に行かないと、見つけることは難しそうだ。
ウォルロ村の守護天使イザヤールは、村の子供リッカが山奥に入っていくのを見て、眉をひそめた。この辺りの山は大して危険はないとはいえ、子供一人で行くのはあまり好ましくない。
例の花を摘みに行くとわかっていたから、イザヤールは少し考えて、自分の翼から大きな羽を一本抜いた。繁みの中から覗くその羽は、光るように白い。その白い淡い光を、リッカは花だと思い、喜んで近寄った。だが、近付くとその光は、ふっと消える。
リッカが首を傾げていると、また別の場所で淡い白い光が見える。それを追うと消える。そんなことが繰り返された。
気が付くとリッカは、たくさんの白い花に囲まれていた。他の子供たちの摘んでくる物より、数段綺麗で、いい香りがする。
「そっか!守護天使イザヤール様が、ここに連れてきてくれたのね!ありがとう、イザヤール様!」
リッカは大喜びで花を摘み、帰り道もイザヤールの羽に導かれて安全に村に戻れた。
リッカは、摘んできた花の半分を、ニードに渡した。
「はい、ニード。きっとニードのお母さんも、見に来てくれるよ」
「そんなワケねーだろ!」
そう言いつつもニードは花を受け取り、今はすやすや寝ている妹の枕元に置いた。目が覚めたら、こいつのいいおもちゃになるな。ちぎったり、するかもな。鼻をやたらにこすって、すすり上げる。・・・母さん、そんなとこ、見に来てやってくれよ。
守護天使イザヤールは、星のオーラを手に、天使界に戻った。子にとって親とはなんだろう、彼は思った。養い育てるだけの存在という訳ではなさそうだ。天使には、親子関係というものはない。親が子を思い、子が親を慕う気持ちを、理屈では理解できるが、完全に理解できるとは言い難い。師弟関係のようなものだろうが、イコールではないだろう。
彼の可愛い弟子は、今日も濃い紫の瞳を輝かせて、彼の話すウォルロ村の出来事に聞き入った。ミミもまた、親子ってどんなものなんだろう、でもきっといいものなんだろうな。そう考えた。
その頃リッカは、予定通り花をカウンターに飾ってから、側に腰かけて繕い物を始めたが、疲れていたのか、やがてカウンターにうつ伏して寝息を立て始めた。
そんな彼女に、ふわりとショールをかけたのは。優しい父親か祖父か、はたまた守護天使か、それとも・・・?〈了〉
こんにちは☆イザヤール様、羽は豊富におありでしょうから、たぶん大丈夫、翼はハゲませんでしょう(笑)イザヤール「『羽は』『翼は』と言うな・・・」
お母さんに限らず、家族のように大切に思っている人たちに花束を贈るそちらの女主さん、ステキですね☆きっとそれぞれのイメージに合った素晴らしい花束なのでしょう♪
みんなびっくりニヤニヤ、『まだ』発言☆無意識に出てしまっただけに、まさに本音ですねvなんて可愛らしい♪
ちなみにうちの女主はこの時期になると
天使界にいた頃はお姉さんや母親のように自分を可愛がってくれたラフェットさんに、人間になってからは日頃お世話になっているリッカ達に感謝を込めた花束を贈っていますね
そしてそのあとリッカ達に「イザヤールさんには渡さないの?」と聞かれると女主は微笑みながら
「イザヤール様とはまだ家族じゃないから」
と天然爆弾を投下して、一瞬驚きながらもすぐにニヤリと笑うリッカ達に「へえ、『まだ』なんだ?」と意味深に言われてから自分の発言に気づいて
「そ、そういう意味で言ったわけじゃないのっ!!」
って耳まで真っ赤にしながら慌てて否定するんだろうなぁ
( ー∀ー) ニヤニヤ
こんばんは☆手近な白いものと言えば羽かな、ということだったんですが、今にして思えばハンカチでもよかったかなと(笑)
ゲーム本編でニードは妹とよく遊んでやってたみたいなので、「案外いいお兄ちゃん」にしてみました。
そちらの女主さんのご両親にも、何か深い物語がありそうですね!当サイトでは天使はどうやら親から生まれないようですが、実際のところはどうなんでしょうね~。
そちらのイザヤール様、お茶をすすりながら尋ねたのが、痛恨のミステイクでは(涙)一万歳近いオムイ様にまでおじいちゃん呼ばわりされるなんて、不憫すぎますwww・・・合掌。でもまあ、愛されてるってことですよね、そうですよね☆
ニード、何だかんだでいいお兄ちゃんですね…
私の所の女主は両親がいるのですが、わりと天使界の住民は皆家族同然のお付き合いをしています。残念ながら両親共に本編前に…実は女主の父親とイザヤール様は友達という設定があります。
ある日、イザヤール様が女主に
「私は家族に例えたら?」
と熱々のお茶を啜りながら聞くと女主はそれはもうにこやかに
「おじいちゃん。」
と解答…師匠は
「おじ…おじいちゃん…」
ショックで寝込んでしまいました。
しかもそのやり取りをイタズラ大好きラフェットさんに覗き見され瞬く間に師匠は『おじいちゃん』と呼ばれるように…しかもオムイ様にまで…