3月9日は私の祖父の命日。
今年は平日なので、今日お墓参りに行く。
私はじーじ・ばーばっ子だったんだぁ~

両親が共働きだったので、実質祖父母に育てられたようなもの

祖母は私が大学1年の時に他界。
祖父は私達の結婚が決まって一番喜んでくれて
結婚式もすごく楽しみにしていてくれた
その年は妹が大学へ行くので4月から家を出て1人暮らしが始まり
私も結婚をするので5月に家を出る訳で、兄はずっと家にいないし
一気に家の中が寂しくなろうとしていた。
そんなめでたいことが続くはずが、3月9日朝普通に会話をし
仕事に出掛けたのに、突然の母からの電話

「おじいちゃんあんまり良くないから覚悟しておいてね」と。
え?なんで?何がおきたの?って感じで仕事なんて手につかなかった。
はじめの電話は「入院することになったから」だったのに
次の電話では「急変して覚悟しておいて」って
さっぱり何がどうなったのか分からなかった。
数日前からなんか調子良くないと言っていて近くの
いつも行っていた町医者へ行ったのだが特に問題はないと言われていた。
そう言われてもやっぱり調子が良くないからと
その日母は仕事を休み総合病院へ行ったのだ。
もともと血圧が高く町医者へはずっと通っていた。
また電話が来た。
今度は妹からだった。
もう泣きじゃくっていて何を言っているのか
分からない状態だったけどとにかく
「おじいちゃん、もうだめだって急いで病院へ来て」ということだった。
仕事そのままで急いで家により妹を乗せ
大急ぎで病院へ行く。
集中治療室でいろ~んな管につながれたおじいちゃん。
私と妹が到着するやいなや、先生が
「来られる方はこれだけですね。これで死亡確認をします」と
延命処置がされているだけで、もう意識が戻る事も助かることもないというのだ。
父は勤務先が遠いため来るまで待てず、兄も県外にいるため無理で
私と妹の到着を待ってくれていたのだった。
管がはずされ、静かに逝ってしまった。
それも突然に・・・。
集中治療室にもかかわらず、私は大声で泣き
「なんでよ~~あと2ヶ月で結婚式だよ!!楽しみにしていたじゃん!!」
「だめだよ~~今逝っちゃ!」と叫んでいた。
妹はもう声も出ずヘナヘナになっていた。
母にかかえられ遺族待合室でおじいちゃんが綺麗になるのを待った。
綺麗にしてもらっている間に兄に電話をする。
兄にはこれが始めての電話だったので
それこそ放心状態だったと思う。
みんな家からいなくなる前に逝ってしまった気がしてならないんだ。
それも3月9日。サンキューってね。
当然今でも私の中で生きている。
何年経っても生き続けると思う。
今年で4年が経ったのか~~。
妊娠報告もしっかりして、無事元気な子が生まれるように
お願いしてきたよ。