イサベルは事の一部始終を見届けると、 すぐさま旧友の後を追った。それから、 さりげなくノアの横に並び、 前方に目をやったまま声を落として言った。
「どうしよう。私のせいでこんな…」
「オーデンのせいじゃない」
ぴたりとノアが歩みを止めた。必然的に、 後続の予科生たちも動きを止める。周囲に緊張が走った。
「けど、私が意地になって教練を引き受けたりしなければ」
「それならそれで、明日俺が同じ目にあったかも知れない。 本来なら客人という立場なのに、こんなことに巻き込んで、 本当に申し訳ないと思ってるよ」
「私は…」
イサベルはもう頭の中がごちゃごちゃで、何も言葉が出なかった。 それでもどうにか平生を保っていられるのは、 訓練生の前であるからと、それからもうひとつ。 どこまでも冷静な旧友のお陰である。
「俺はこいつらを連れていくから、 オーデンは身分証を持って教官室へ行って。それから、 アドリー教官に、本科生を貸してもらえるよう伝えて」
ノアは言いながら、ほんの少しだけ口許を緩めた。 それだけで心底救われる思いがした。
「了解」
だが、すぐにまた表情を硬化させる。その姿に、 イサベルは某かの覚悟を感じた。
「これはまた随分と大漁ですね。この分だと、全員分ありそうだ」
イサベルが教官室入るなり、彼、ラズ= アドリーはそう言って苦笑した。
「はい。概ね全員分です」
イサベルは、テーブルの上に一枚一枚身分証を広げた。
「概ね?」
「一番と二番、カーク=オニールとアレス= モリーの分がありません」
整然と並んだカードの先頭には、二枚分空きがある。
「ディランはまだそんなくだらないことを?昨日、あれほど…」
「いえ、その二名分はジョージア先生が踏んづけてしまって、 回収不能でした」
どのみち本科生を借り受けるため、アドリーには全てを話すのだ。 イサベルは、出来得る限り簡潔に、かつ無感情に、 今あったことを伝えた。
「ひょっとして、オーデン教官はうちの主任と面識が?」
「はい。予科生の頃、一時的にこちらでご厄介になりました。 ジョージア先生は、当時担当教官でした」
「なるほど。それで合点がいきました」
アドリーはさも可笑しそうに笑った。
「主任はああ見えて、ことなかれ主義です。何事も慌てず騒がず、 穏便に済ませるのが主任流と言って良い。もっとも、 前の主任に比べたらの話、ですが」
「主任先生、いえ、ミルズ先生は、その、 ちょっとまた特別なように思いますけど」
比較対象が特殊すぎて、話がこんがらがってくる。
「確かにあの人は特別です。ともあれ、 主任がそんなキレ方をしたのは、かわいい教え子が愚弄されて、 黙っていられなかったからだと思いますよ」
「そ、そんな理由ではないと思います。でも、 私のせいでお騒がしてしまって、本当に申し訳ありませんてした」
「謝るのはこちらのほうです。主任に代わって、お詫びしますよ」
「そんな…」
イサベルは身の置き場に困り、キョロキョロとあたりを見回した。
「どうでしょう。今日のところは、ひとまずお帰りください」
「え?で、でも、こんなときに私だけ帰るわけにはいかないです」
「でしたら、私と一緒にあの二人を、 オニールとモリーが痛め付けられるところを見物しに行きますか? 多少は溜飲が下がると思いますよ」
「いえ、それはちょっと、ご遠慮申し上げたいです、すいません」
溜飲が下がるどころか、彼らに同情して、 居たたまれなくなるのが関の山だ。
「オーデン教官、あなたはもうこちら側の人間ですよ」
そんなイサベルの胸中を見透かすかのように、 アドリーは静かに言い放った。
私事ですが、少し前に帯状疱疹を患いました。場所はまさかのオチリ😖💧💨もうホント想像を絶する痛みでして、しばらくお仕置き描写は勘弁してくださいといった具合です…。