ノア=ガイルズが階段を上ると、寝間着姿の訓練生が数人、 廊下をうろついているのが目に入った。見たところ、 全員が二階の階の住人、予科生のようだ。
「何してるんだ。消灯時間は過ぎただろう」
「でも、ガイルズせんせい。隣がうるさくて眠れません」
「そうです。みんな迷惑しています」
「何とかしてください、せんせい」
少年たちが口々に異議を唱える。 そうこうしている間に騒ぎは大きくなり、 たちまち廊下は人で溢れた。
「とにかく消灯時間だ。ベッドに戻れ」
教官が叱責する間も、廊下にはバタバタと不穏な音が響いた。
「おいそこ、いい加減にしろ!」
ノアは苛立ちまじりに、騒ぎの元である居室を開けた。
「何だ、お前らまだやってたのか?!」
刹那、目に飛び込んできた光景に、 ノアは思わず驚きの声をあげた。つい先程、 喧嘩の仲裁をしたばかりの二人が今もって取っ組み合いの喧嘩をし ていたからだ。
「ガイルズせんせい!寝ていたら、突然襲いかかられました」
「違います。たまたま身体が当たっただけです」
「そんなわけないだろ!!」
「うるせえよ!!」
ナントがオニールの顔面をクッションで殴打したのを皮切りに、 すぐさま掴み合いの喧嘩が再開された。 彼らの怒りは留まることを知らず、益々ヒートアップした。
「だから、やめろって。いい加減に…」
教官が二人を無理やり引き離そうとしたときだ。
「遅い!!」
ひときわ通る怒声に、二階にいた全員が息を呑んだ。 クッションから飛び出した水鳥の羽がハラハラと空を舞う。 静寂の中、教官の長靴の音だけが一際大きく響いた。
「予科生ごとき御すのに、一体いつまで掛かっている」
「申し訳ございません!!」
階下から現れた上官に、ノアは直立不動で謝罪を返した。
「全くディラン教官がいないと、寝る時間ひとつ守れないのか」
吐き捨てるようにして言うと、 タリウスはじろりと少年たちを見回した。まさかの人物の登場に、 少年たちは皆、茫然自失で立ち尽くすばかりだ。
「別段疲れていないのなら、無理に休まずとも良い。全員、 腕立て百回。始め!!」
教官の号令に、少年たちは競うようにして床に膝をついた。 疲れていようがいまいが関係ない。出る杭は打たれる。それが、 今日までに彼らが学んだことだった。
「ガイルズ教官!何だこのふざけた奴等は」
主任教官の視線の先には、先ほどのふたりがいた。 彼らは乱れた形(なり)で頭から羽毛をかぶっている。
「その二人が喧嘩騒ぎを。これで二回目です」
一方、ノア=ガイルズは、 うっかり自分も命令に従いそうになるのをどうにか堪え、 主任教官を仰ぎ見た。そこで、ようやく我に返ったのか、 喧嘩中の二人も慌てて床に這いつくばった。
「お前たちはそんなことをせずとも良い。ガイルズ教官、 鞭を持て」
「はっ!」
ノアは壁際から素早くパドルを取った。オニールとナントは不承不承立ち上がり、並んでベッドに手を付いた。
「待ってください、主任!」
とそこへ、ディランが息も絶え絶えやって来る。
「ディラン教官?!そんな身体でよく階段を…」
「悪かったな、こんな身体で」
慌てて差しのべられたノアの手をディランが無情に振り払う。
「ディラン教官、ここへ」
タリウスは空いているベッドに腰を下ろし、 その隣をポンポンと叩いた。
「まずはガイルズ教官のお手並み拝見だ」
「しかし、ガイルズ教官では…」
「良いから座れ。指示出しはお前がしろ」
「はっ!失礼します」
そこでディランは上官の手を借り、しぶしぶ腰かけた。
とりあえず出来た分だけ。