四校会議がつつがなく執り行われ、
一行はそのまま隣室に用意された宴席へと雪崩れ込んだ。
例年であれば城下の店屋を貸し切って盛大に行うところだが、
今年は戦時下であるご時世を鑑み、
あくまで会議の延長として簡素に行うことにした。
宴も終盤に差し掛かり、ぼちぼちお開きかという頃合いである。タリウスはひとりバルコニーに出て夜の風に当たっていた。本来ならば、ホストがこんなところにいて良いはずはない。だが、人付き合いが一際不得手な彼にとって、たとえ束の間でもこうして自分を労ってやらねば身がもたなかった。
「ジョージア先生」
ふいに背後から呼ばれ、もう見付かったかとタリウスは吐息した。
「こんなところにいらっしゃったんですね。捜しました」
「自分の部屋にいただけだ」
「それはそうなんでしょうけど」
イサベルである。バルコニーは宴席の会場から教官室を挟んで主任教官の執務室まで一続きになっている。当然のように足が向いた先は自室の前のため、宴席会場の窓から見た限りでは、発見出来なかったのだろう。
「リッデル先生から伺いました。その、私の今後について…」
イサベルは探るような目を向けた。
「お前はどうしたい」
「私は………」
イサベルは一瞬こちらを盗み見ると、すぐさま視線を逸らした。
「私は、北に帰りたいです。怪我の功名なのか、手も動くようなりましたし、まだ私に出来ることがあるとしたら、故郷の役に立ちたいです」
「そうか」
元はと言えば、四校会議への出席と病の治癒がイサベルの目的である。それらが果たされた以上、彼女は郷里に帰るのが順当である。
「でも、こちらにもやり残したことが」
イサベルの顔が曇る。タリウスはそんな教え子の姿を見て、チクリと胸が痛むのを感じた。
「予科生の育成に中途半端に手を出してしまい、その上、私が不甲斐ないばかりにディラン教官が大怪我を負う事態に」
「ディランの件はお前のせいではない」
「ですが、ダルトン殿が来るまで、あの場で動けたのは私ひとりです」
「そうだとしても、部下の不始末は俺の責任だ。それに、お前とディランは、予科生を全員無事に帰校させたんだ。何も気に病むことはない」
「無理です。気に病みます」
そこで、これまで気丈に振る舞っていたイサベルの瞳からぽろりと涙の粒が落ちた。
「オーデン!?」
「すみませ…」
一度緩んだ涙腺は如何ともしがたいようで、彼女は後から後から流れてくる涙を止めようと必死だ。
「こんなところで泣くな、頼むから。こら、オーデン。泣き止め」
タリウスは困り果て、躊躇いながらも教え子の髪をそっと撫でた。もちろん瞬時に周囲を窺うことも忘れてはいない。
「せんせーい」
だが、むしろ逆効果だったようで、彼女は声を上げて一層激しく泣いた。更に、こともあろうか、タリウスの胸に額を擦りつけた。
「こ、こら!」
こんなところを誰かに見られようものなら、どう申し開きをしようとも確実に終わる。それもよりにもよってこんな日にである。
「この際だから言っておくが、俺も男だ。イサベル=オーデン」
「はぃ?」
予想外の台詞に、イサベルはきょとんとして教官から離れた。
「無防備過ぎると言っているんだ。子供じゃないんだ。自衛しろ」
「あ、あ、あ、あ、あー!!そ、そうですよね。そうでした。そうでした。失礼しました」
彼女は慌てて距離を取ると、何とも情けない顔を見せた。こうしていると、まるで子供だ。
「で、どうすれば気が済むんだ」
「えーと、私をここに置いてください。今の予科生が卒校するまで」
「長過ぎるだろう。ディランの怪我のことを考えても、どう長く見積もってもそこまでかからない」
「ですから、中途半端なのが嫌なんです」
「何?」
「昔、訓練生だったときにも思ったことですが、一ヶ月やそこいらで出来ることなんて高が知れています。今度こそ腰を据えて取り組みたいんです」
「そうは言っても…」
「何をぴーぴー騒いでいるんだ」
そのとき、彼らの間に良く通る声が割って入った。バルコニーが騒がしいの聞きつけ、何者かがやってきたのだろう。
「リッデル先生!」
イサベルは、自分を挟んで向き合う二人の教官を交互に見やった。
「申し訳ない。こいつは泣き上戸なんだが、ひょっとして貴殿にご迷惑を?」
「酔っぱらっていたのか」
タリウスは反射的にこめかみを押さえた。最近ご無沙汰だった頭痛が俄に振り返してきた。
「いや、快気祝いにと思って、少々飲ませ過ぎた。悪いな」
月明かりしかないバルコニーにいるせいか、一見するとイサベルは酔っているようには見えない。が、彼女のこれまでの行動を考えるとことごとく怪しい。
「それで、先程の続きなんですけど、二年間、こちらでお世話になるということでよろしいでしょうか」
「酔っ払いと話はしない」
「ああ、案ずる必要はない。こいつはどれ程酒が入っても、記憶はしっかりある。悲しいくらいにだ」
タリウスが切って捨てるも、リッデルがすぐさま話を続行させる。
「はあ、そうですか。では、期限その他については、先程お話したとおりお願いいたします」
タリウスは、何だか馬鹿馬鹿しくなって、極めて投げやりに言葉を返した。