好き好きは引越しました!

絶賛お引越し中。

続鬼の神髄7

2023年10月08日 01時57分37秒 | 小説(パラレル)
 
イサベルは事の一部始終を見届けると、すぐさま旧友の後を追った。それから、さりげなくノアの横に並び、前方に目をやったまま声を落として言った。
 
「どうしよう。私のせいでこんな…」
 
「オーデンのせいじゃない」
 
ぴたりとノアが歩みを止めた。必然的に、後続の予科生たちも動きを止める。周囲に緊張が走った。
 
「けど、私が意地になって教練を引き受けたりしなければ」
 
「それならそれで、明日俺が同じ目にあったかも知れない。本来なら客人という立場なのに、こんなことに巻き込んで、本当に申し訳ないと思ってるよ」
 
「私は…」
 
イサベルはもう頭の中がごちゃごちゃで、何も言葉が出なかった。それでもどうにか平生を保っていられるのは、訓練生の前であるからと、それからもうひとつ。どこまでも冷静な旧友のお陰である。
 
「俺はこいつらを連れていくから、オーデンは身分証を持って教官室へ行って。それから、アドリー教官に、本科生を貸してもらえるよう伝えて」
 
ノアは言いながら、ほんの少しだけ口許を緩めた。それだけで心底救われる思いがした。
 
「了解」
 
だが、すぐにまた表情を硬化させる。その姿に、イサベルは某かの覚悟を感じた。
 
 
「これはまた随分と大漁ですね。この分だと、全員分ありそうだ」
 
イサベルが教官室入るなり、彼、ラズ=アドリーはそう言って苦笑した。
 
「はい。概ね全員分です」
 
イサベルは、テーブルの上に一枚一枚身分証を広げた。
 
「概ね?」
 
「一番と二番、カーク=オニールとアレス=モリーの分がありません」
 
整然と並んだカードの先頭には、二枚分空きがある。
 
「ディランはまだそんなくだらないことを?昨日、あれほど…」
 
「いえ、その二名分はジョージア先生が踏んづけてしまって、回収不能でした」
 
どのみち本科生を借り受けるため、アドリーには全てを話すのだ。イサベルは、出来得る限り簡潔に、かつ無感情に、今あったことを伝えた。
 
「ひょっとして、オーデン教官はうちの主任と面識が?」
 
「はい。予科生の頃、一時的にこちらでご厄介になりました。ジョージア先生は、当時担当教官でした」
 
「なるほど。それで合点がいきました」
 
アドリーはさも可笑しそうに笑った。
 
「主任はああ見えて、ことなかれ主義です。何事も慌てず騒がず、穏便に済ませるのが主任流と言って良い。もっとも、前の主任に比べたらの話、ですが」
 
「主任先生、いえ、ミルズ先生は、その、ちょっとまた特別なように思いますけど」
 
比較対象が特殊すぎて、話がこんがらがってくる。
 
「確かにあの人は特別です。ともあれ、主任がそんなキレ方をしたのは、かわいい教え子が愚弄されて、黙っていられなかったからだと思いますよ」
 
「そ、そんな理由ではないと思います。でも、私のせいでお騒がしてしまって、本当に申し訳ありませんてした」
 
「謝るのはこちらのほうです。主任に代わって、お詫びしますよ」
 
「そんな…」
 
イサベルは身の置き場に困り、キョロキョロとあたりを見回した。
 
「どうでしょう。今日のところは、ひとまずお帰りください」
 
「え?で、でも、こんなときに私だけ帰るわけにはいかないです」
 
「でしたら、私と一緒にあの二人を、オニールとモリーが痛め付けられるところを見物しに行きますか?多少は溜飲が下がると思いますよ」
 
「いえ、それはちょっと、ご遠慮申し上げたいです、すいません」
 
溜飲が下がるどころか、彼らに同情して、居たたまれなくなるのが関の山だ。
 
「オーデン教官、あなたはもうこちら側の人間ですよ」
 
そんなイサベルの胸中を見透かすかのように、アドリーは静かに言い放った。
 
 
 
私事ですが、少し前に帯状疱疹を患いました。場所はまさかのオチリ😖💧💨もうホント想像を絶する痛みでして、しばらくお仕置き描写は勘弁してくださいといった具合です…。
コメント (4)
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寄り道

2023年09月10日 22時37分45秒 | 小説

前からちょくちょく宣言しているとおり、ぼちぼち私生活が多忙になってきました。物理的な時間のなさはもちろん、頭の中でも考えることがありすぎて、ちょっともうきゅうきゅうです。

ただ、頭の中をそれ一色にしてしまうと、ゴールまでもたなくなるのもわかっているので、ときどきこうして息抜きには来たいと思っています。

↑に関連して、家の中が散らかり放題で、ある程度は終わるまで仕方ないと思いつつ、タリパパに見付かったら100回くらいキレられてるだろうな、とか思うわけで。そこで、焼け石に水かもですけど、昨日今日でほんのちょっぴりお片付けしました。

で。すっきりしたところで、鬼の続きでもと思いましたが、どうにも焦げ付いており。いつの世も、(中間)管理職ってしんどいわな。

でもって、いつも覗きにきてくださるお礼に、せめて拍手SSでも、と思ったのが運のつき。長くなったので、こちらでお披露目です。

 

 
「起きていたんですか」
 
夜も更け、まもなく日付が変わろうという頃合いだ。出迎えにたってくれた妻を見るにつけ、タリウスの胸中では、喜びよりも驚きのほうが勝った。
 
「お伺いしたいことがあって、お待ちしていました。今日の朝…」
 
「待ってください。ここでは声が響きます」
 
早くも尋問を開始しようとするユリアを制し、タリウスは二階へと続く階段を上った。今朝は夜勤明けで、仮眠を取ったとはいえ、そのままこの時間まで働き詰めである。
 
本音を言えば、着替えまで済ませてしまいたいところだが、妻の様子を見る限り、そんなことはとても言い出せなかった。
 
「今朝のことを説明してください」
 
「今朝?当直が終わった後も、あれこれ忙しくしていましたが、特段、報告するようなことはなかったと記憶していますが」
 
「嘘ばっかり。目抜き通りを年若いご婦人と歩いていらしたわ」
 
「城内に行く途中で、たまたま道を聞かれて、案内しただけです。嘘も何も、言われるまで忘れていました。あまりに、些末なこと過ぎて」
 
「女性と連れ立って歩くことが些末なこと?」
 
「顔も覚えていないどころか、記憶から抜け落ちていたくらいだ」
 
実際問題、兵舎に戻るなり問題が山積みで、そんなことにかまけている時間は微塵もなかった。夜勤明けにもかかわらず、この時間に帰宅したのが何よりの証拠だ。そう考えたら、疲労が一気に増した。
 
「そんなに私が信じられませんか」
 
それ故、いつもならまず言うことのない台詞が口をついて出た。
 
「信じられません」
 
「何か疑わしいことが?」
 
「違います。タリウスを信頼していないとか、そういうことではなくて」
 
途端にユリアから怒りが消え去る。代わりに現れたのは、さしずめ迷い子のような悲壮に満ちた眼差しである。
 
「分不相応なほど、愛されていることもわかっています。でもその上で、ただただ不安で、恐ろしいの。早い話が、病気とでも思っていただけたら」
 
タリウスは苦笑した。それから、何とも罪作りな義父を恨めしく思う反面、その罪に心秘かに感謝した。
 
「病気ならば、治療しなくてはなるまい。こうも苦しんでいるのなら、尚のことです」
 
言いながら、ユリアの髪をふわりとなでた。彼女は、今のですっかり機嫌を直したようだ。
 
「怒っていますか?ただでさえお疲れなのに、勝手に勘違いして、責め立てたりして」
 
「誤解が解けたのなら良い。それよりも、何故あんな時間に市場に?」
 
「え…?」
 
腕の中で、ユリアがピクリと身を固くした。
 
「まさかとは思いますが、また?」
 
件の道案内をしたのは、タリウスが一旦出仕した後で、用達に出掛けた折である。いつもの妻なら、とうに出掛けている時刻である。
 
「それは」
 
「折角こんな時間までお待ちいただいたんだ。今度はあなたが説明してください」
 
タリウスは、すかさずユリアの細腕を掴んだ。
 
「待って、タリウス」
 
「手っ取り早く、膝の上で伺いましょうか」
 
「嫌っ!タリウス、ごめんなさい!」
 
「一体何のごめんなさいですか」
 
いよいよもって子供のようになったユリアを前に、タリウスは笑いを噛み殺すのに必死だ。待っていてくれる人がいるというのは、なかなかどうして、嬉しいものである。
 
~オシマイ~
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夏休みと言うけれど

2023年08月17日 13時50分44秒 | そらごと

ここ数年、会社の方針が変わったようで、昨日から謎に盆休み?を取らされています(´-ω-`)

休みと言ってもフツーに有休は消化されるし、どこ行っても混んでるし、家族と休みあわないし、ホント誰得?

仕方ないので、昼間はあの手の手でネタをしぼりだして家族サービス。そして、夜はだらだら創作にいそしんでいます。

そんなわけで、ようやくタリウスにガチギレさせることが出来ました。ちょっとスッキリ。

本当はこてんぱんにビシバシして欲しいんだが、立場がね…💦

ちなみに私は、タリ先生のOTKが好き。滅多にしないんだが、滅多なことがあると、やっちゃいます。痛いよりなにより、死ぬほど恥ずかしいw 

もうちょい続きま~す。

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続鬼の神髄6

2023年08月17日 00時52分35秒 | 小説(パラレル)

翌日の午前中、イサベルは例によって、タリウスの元で書状の清書や書類の整理に追われた。昨日の件については、もうあれで済んだようで、主任教官も特に蒸し返してはこなかった。お陰で比較的平穏に時は過ぎていった。

 
事件が起きたのは昼過ぎだ。
 
「今日の教練は、オーデン教官にお願いしたい」
 
突然、そう言ってディランが指揮棒を差し出してきた。イサベルは寝耳に水だった。
 
「仰っている意味がわからないんですが」
 
ノアの話では、普段のディランは、他人が補佐に入ることすら渋っているという。それが突然、他人に、それも余所者であるイサベルに指揮棒を渡すなど、あり得ないことだ。
 
「深い意味はない。ただ奴等の習熟具合を客観的に確認したいだけだ」
 
「でしたら、すみませんが、他を当たっていただけないでしょうか」
 
ディランからは、昨日の一件について、未だ謝罪も謝礼もない。いくら階級が上だからと言って、客人である自分がそこまで付き従う理由は見当たらなかった。
 
「ひょっとして実戦の経験はおありではないのか?毎日、机上事務ばかり行っておられたから、まさかとは思ったが」
 
あまりの言われように、イサベルは怒りを通り越して呆れた。それ故、いたって冷静に次の台詞が出てきた。
 
「ごく最近まで、北方戦線に身を置いていました。そこで負傷し、一時的に北部士官付きに」
 
「つまり、教官は肩書きだけなわけか。だから、やりたくても出来ない」
 
「だから、違います」
 
出来るけどやりたくないだけだ、思わずそう叫びたくなるのをどうにか堪え、気付けばイサベルはディランから指揮棒を受け取っていた。
 
「やれば良いんでしょう。やれば!」
 
 
イサベルは、正に憤懣やるかたない表情で予科生と対峙した。
 
「整列。敬礼」
 
イサベルのいつもと違う雰囲気を察したのか、予科生たちは意外なほどよく動いた。
 
「直れ。前へ進め」
 
ところが、ここへ来て異変が起こった。
 
「前へ進め!」
 
先頭の少年が前進するも、次いで並んでいる少年が一向に動こうとしない。そうなれば、必然的に後続の者たちも動けなくなる。方々からどよめきが起こった。
 
「そこ!聞こえないのか。前へ進め」
 
イサベルが苛立った声を上げるも、事態は一行に収拾しない。それどころか、先頭の少年もまた動くのを止め、二番手の少年と顔を見合わせた。
 
「オーデン?」
 
イサベルの怒鳴り声を聞きつけ、倉庫にいる筈のノアが、何事かと飛び出してくる。
 
「一番!二番!!動け!耳ついてるんでしょう?!耳!!」
 
「お前ら、いい加減に…」
 
たまりかねたノアが、声を荒らげようとしたときだ。
 
「何だこの体たらくは」
 
頭上から、不機嫌極まりない声がこだました。
 
「主任?!」
 
突如バルコニーから姿を見せた主任教官に、ディランはもとより、全員が驚きを隠せない。
 
「何故誰も教官の指示を聞こうとしない」
 
「違います。これはつまり、オーデン教官自身の、問題でして」
 
「問題はオーデンの資質ではない」
 
タリウスが間髪いれずに弾き返す。イサベルが口を挟む余地などない。
 
「ですが、自分が命令すれば…」
 
「黙れ。教官には絶対服従させるよう命じた筈だ。誰もお前に服従させろとは言っていない」
 
途端にディランの顔色がさっと変わる。
 
「もう良い。時間の無駄だ。全員、今いる場所を動くな。お前もだ、ディラン」
 
予科生に何事かを指示しようとしていたのだろう。ディランは、指揮棒を持ったまま固まった。
 
「どうしよう」
 
イサベルが旧友に声なき声で尋ねるも、ノアは首を横に振るだけだ。
 
 
タリウスは怒りに任せ、バルコニーの扉を閉めた。そうして階下に向かう道すがら、冷静になるべく、これまでのことを振り返った。
 
我ながら、今日までよく耐えたものだと思う。主任教官になってからというもの、訓練生、取り分け予科生とは意図的に距離を置いてきた。
 
無論、部下の指導に関して、いろいろと思うところはあったが、担当教官と教え子たちとの関係に配慮し、一歩退いてきた。それもこれも優秀な士官候補生を育成するためだ。
 
ところが、現状はどうだ。優秀どころか、未だ集団行動ひとつまともに取れない最低な出来である。タリウスは教官たちには目もくれず、予科生の一団目掛けて一直線に進んだ。
 
「気を付け!敬礼!」
 
おもむろに号令を掛けると、予科生たちは操り人形の如く命令に従った。
 
「耳はついているようだな」
 
一通り教練を終え、タリウスはこれみよがしに毒づいた。予期せぬ言葉に、イサベルはピクリと身を固くした。
 
「身分証を寄越せ」
 
タリウスは、列の先頭にいる少年に命じた。
 
少年は慌ててポケットに手を入れ、目当ての物を探り当てると、震える手で教官に差し出した。少年の手から身分証が離れた瞬間、タリウスは敢えて手を引いた。
 
「あ…」
 
身分証がひらひらと舞い、地面に落ちたところで、教官の長靴が踏みつけた。少年は息を飲み、教官の足元を凝視する。辺りは水を打ったかのように静まり返った。
 
タリウスは次いで隣の少年に視線を移す。そうして無言で利き手を差し出した。
 
この少年も、先程の少年と同様に、すぐさまポケットから身分証を取り出した。教官はまたしても、身分証を下へ落とした。だが今度は、教官が踏みつける前に、少年が素早くその場に屈み、身分証に手を掛けた。
 
「痛っ!!」
 
教官は何の躊躇いもなく、少年の手の上から身分証を踏みつけた。
 
「お前の目の前にいるのは誰だ」
 
タリウスは少年の前に屈み、苦悶に歪んだ顔を覗き込んだ。ともすれば鼻が触れる程の距離である。
 
「す、す、す…」
 
少年は歯の根もあわないほど震えている。
 
「答えろ!!」
 
「はっ!ジョージア先生…です」
 
「そうだ。センセイだ。今後、先生と名の付く者には、等しく最上級の敬意を払え。さもなくば、俺が相手だ」
 
「ひっ!?」
 
教官が立ち上がり、手の痛みから解放されたのも束の間。今度は横っ面を張られた。
 
「返事はどうした」
 
「申し訳…ありませ…」
 
少年の瞳孔が恐怖から開いていた。
 
「ガイルズ、身分証を取り上げろ。ひとり残らずだ」
 
「はっ!」
 
その言葉を境に、再び周囲の時が動き出す。まるで呪縛が解けたようだ。
 
「オーデン!突っ立っていないで補佐しろ」
 
「承知しました!」
 
迂闊にも声が裏返ったが、イサベル以外、誰もそのことを気に止める者はない。彼女は、片っ端から身分証を取り上げ、旧友に手渡した。
 
「こいつらを居室へ連れていけ。一部屋ごとに上級生を付け、何かあれば報告させろ」
 
「承知しました」
 
ノアは一礼し、少年たちに向き直った。
 
「それにしてもだ。とんだ紛い物が混じっていたな」
 
それからタリウスは、完全に放心状態の少年二人に目を向けた。
 
「ディラン教官、こいつらをどう始末するつもりだ」
 
「すべては私の不徳のいたすところです。私が、指導します」
 
「当たり前だ。お前に三十分やる。その間にこいつらを改心させ、連れて来い」
 
「はっ!」
 
ディランが最敬礼を返すのを見届け、タリウスはその場を後にする。
 
「ディランせんせい、助けてください」
 
「せんせい!」
 
少年たちは、主任教官の姿が見えなくなると、すぐさま教官にすがり付いた。
 
「無理だ」
 
だが、教官のほうは、力なく答えるだけだった。
 
コメント (2)
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続鬼の神髄5

2023年08月12日 18時24分25秒 | 小説(パラレル)
 
夕暮れの演習場に、獲物を捉える小気味の良い音が鳴る。音は間を置かず、二度三度と鳴り、いずれも的の中心部を射貫いた。
 
「気合い入ってるね、いつにも増して」
 
「別に」
 
イサベルは声の主には目もくれず、淡々と次の矢を放つ。矢は寸分の狂いなく的に向かい、既に射た矢に重なるように刺さった。
 
素人ならば凄いともてはやすだろうが、イサベルにしてみれば、単なる矢の無駄遣いである。苛立ちの芽が一気に膨らんだ。
 
「オーデンの弓術訓練は評判が良い。俺も出たかったな」
 
「だったら、何で来なかったの?!」
 
どこまでも呑気な旧友に、苛々が弾けた。いかにそれが不条理とわかっていてもだ。
 
「オーデン?」
 
「後からそんなこと言うくらいなら、初めから来てくれれば良かったじゃない」
 
「そうしたかったけど、城内にいたから。何かあった?」
 
「大ありよ。ノアは毎日毎日、お城に何しにいってるの?」
 
「毎日ではないけど、不定期に呼び出されてる。表向きは、事情聴取ってことになってるけど、結局大したことは聞かれない」
 
「それって、つまりどういうこと?」
 
ノアの表情がふいに曇ったのを見て、イサベルは心なしか平生を取り戻した。
 
「さんざん待たされた挙げ句に、聞かれるのは、どうでもいい確認事項だけ。それももう何度も答えてる」
 
「一体何のためにそんなことを?」
 
「嫌がらせかな。でなけりゃ、短気を起こして自滅するのを待ってるとか。オーデンなら、きっともう二三回はキレてると思うよ」
 
そう言ってノアは笑ったが、つられて笑う気にはなれなかった。
 
「こんな状況じゃとても仕事にならないから、通常は自宅待機になるんだけど。俺の場合、上官の意向で、士官学校付きになってる。もちろん員数外だけど」
 
「大変。それじゃろくに休めやしないじゃない」
 
「逆だよ。やることがあるから気が紛れるし、軍服を着ていられる分、どうにか自分を保ってられる。だから上にも、それからジョージア先生にも、感謝しきり」
 
「ノア…」
 
詳しい経緯は知らないが、ノアが苦境に立たされていることはまず間違いない。少なくとも、八つ当たりの相手としては、この上なく不適当だ。イサベルは、たちまち申し訳ない気持ちで一杯になった。
 
「それで、オーデンのほうは、何がどうしたの?」
 
ところが当のノアはと言えば、いつもと変わらぬ、穏やかな笑みを向けてくれた。
 
「どうってことない、しょうもない話なんだけど」
 
そんなものは表層の感情とわかっていても、たちどころに緊張が解けていくのがわかった。イサベルは、数時間前に起きた不幸な出来事について語った。
 
「それはまた災難だったね」
 
「災難の極みよ。クソガキたちのせいで、何で私が怒られなきゃならないのよ」
 
「まあまあ、今頃そのクソガキたちだって、怒られてるだろう?」
 
「そうは思えない」
 
「何で?ジョージア先生に報告したんだろ」
 
「したけど、普通に考えてディラン教官に指導させるのが筋でしょ。ノアの言ってたことが本当なら、きっと罰は免除されてる。一番と二番だもの」
 
これでは自分だけが怒られ損だとイサベルは息巻いた。
 
「なんかそれを聞いたら、すごい腹立ってきた」
 
「でしょう!!」
 
先程までとは事なり、ノアは不快感をあらわにした。そんな旧友に対し、悪いことをしたと思う反面、共感してもらえたことで、多少なりとも溜飲が下がる。
 
「良い?オーデン。このままでは終わらせないから」
 
「え?」
 
突然、自分と同じかそれ以上に怒り出したノアを見て、イサベルは焦った。
 
「良いって、話がこんがらがる」
 
「だったら、話のわかる人に聞いてもらうまでだ。練習、邪魔して悪かった」
 
「ちょっと、ノア!」
 
言うだけ言うと、ノアはこちらに背を向けた。そうしてずんずんと遠ざかる背中を見ながら、イサベルはひとりぽかんと立ちつくした。
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