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ふわり・舞う・毎日

気持ちに余裕がないと、心の泉が枯れちゃうもんね。

vsナイチ人

2010年02月09日 | 北海道だべさ!
先週末、横浜から私の両親が孫の顔と雪景色を見に札幌へやって来た。
母は冬の北海道が初めて、父は道央圏へ来るのが初めて。
えいみもすぐ慣れて、じぃじとばぁばにちやほやされて大喜び。
ほっとひと安心、めでたしめでたし、とそこまでは良かったのだが。

それは初日の夕食後から始まった。

大人の夕食の時間にはえいみはとうにお布団の中。
ホッケのちゃんちゃん焼きを囲んで父母はお酒も飲み、みんなで和やか、孫話にも花が咲く。
やがてお開きになり、酔って眠気のさしてきた父は2階の寝室へ。
と、ストーブと鉄板で暖まったはずの室内に、すぅっと冷たい風が滑り込んできた。
もしや、と思って慌てて2階へ上がってみると、案の定、父が寝室の窓2つを全開にしていた。
この日の外気温、氷点下12℃。

私「なにやってるの!」
父「空気の入れ替え」
私「寒くなるからやめてよ!」
父「そんなこと言ったって、空気が悪いじゃないか」
私「窓なんか開けたらあっという間に家中が冷えるでしょ! 一回冷えたら暖まるのに時間も燃料もかかるんだよっ」
父「だってこれ(寝室に置いていたポータブルの灯油ストーブ)に書いてあるぞ、1時間に一度は換気しろって。俺はこんなところで一酸化炭素中毒で死にたくない」
私「死なないわよっ。6畳用のポータブルで2階から1階まで空気を流してるんだから。あくまで1階のFF暖房の補助なの。だいたい、それでずっとやってる私たちが死んでないでしょ!」
父「だけど新鮮な空気が吸いたい」
私「だったら一人で外に出てれば良いでしょ!」
私は強制的に窓を閉めてカギをかけた。

思い出してみれば、父の窓開け癖は今に始まったことではなかった。
実家にいた頃、冬の夜の夕食後は母と私対父のバトルだった。
特にお鍋や焼肉などをやった後にはひどくて、家中の空気を入れ替えると言い張る父が南向きのリビング、寝室から北向きの部屋と玄関のドア、そしてトイレの換気扇に至るまで全てを開け放ち回し続け、家の中に溜まった暖かい空気をきれいさっぱり追い出そうとしていた。
母と私がいくら抗議しても、父は全くやめようとしなかった。
母は足元が寒いと嘆きながら台所に篭って片付けをし、私は自室のドアを固く閉ざして温もりを確保した。

それでもまだあれは、寒くても辛うじて5℃前後はあったと思われる、横浜の冬のこと。
窓を開けただけで冷凍庫並みの白い冷気が入ってくる北国とはレベルが違う。
いくら客人であっても、ここは家人に従っていただきます。

と、固い決意をした翌朝。
とても予想通りのことだったが、目覚めた父がやはり寝室の窓を全開にした。
布団を畳む時に開けたくなる気持ちは、少しはわからないでもないけれど、全開はやりすぎ。
即、抗議。
こっそりと開けていたつもりらしい父は「どうしてわかったんだ」と苦笑い。
ここもきっちり閉めていただいた。



散歩に出たら、近所の公園の桜の枝に固いつぼみができ始めているのを発見。



無理やり拡大。
こんなに寒いのに。
開花まで3ヶ月はあるのに。



公園はまだ見事に雪景色なのに。
そうです、春の息吹を見つけたとは言え、北海道はまだまだ寒いのですよ、父上どの。

見納め

2009年11月03日 | 北海道だべさ!
お昼前、穂和が唐突に「支笏湖へ行ってみよう」と言い出した。
先日も行きそびれているし、私も即賛成した。

国道435号の山道を走っていくと、恵庭湖への分岐を越えたあたりから白いものが目立つようになった。
笹の葉や歩道はうっすらと雪化粧。
さらに進んでオコタンペ湖への分岐へ来てみると、まだゲートが開いている。
私の記憶では例年、10月の中~下旬あたりで冬季通行止めになり、ゲートも閉じられていたと思うのだが、何故か今年はまだ開いていた。



樽前山とその外輪山もすっかり雪の衣をまとっていた。
支笏湖を軽く見て廻ったあと、オコタンペ湖へ。

展望台に向かう道はすでに圧雪状態。
いつもは秋にはここまでなる前にゲートが閉じられてしまうし、春先は道路の雪が融けた頃に開放されていたから、この道にしっかりと雪が積もったのを見るのは初めてだ。
もちろんタイヤはスタッドレス(でなければ登れない)。

展望台に着いた、と思ったら雪降りどころか、吹雪。
足元には、簡易なスニーカーでは不安になるくらいの積雪。
お散歩がてらだったのでそこまでの冬装備はしていなく、適当なところで切り上げた。



今シーズンはいつが通行止め開始なのかは定かでないけれど、恐らく間もなくだと思われる。
とすれば、オコタンペ湖ももう見納め。
来春、また山の雪が融けたら会いましょう。

足音が聞こえる

2009年08月26日 | 北海道だべさ!
昨夜、夕食の後に外に出てみたら。
ふっと目の前を白いものが通り過ぎた。

白い……息。

確かに夜は(街の中で)16℃くらいになるとは聞いていたけれど。
自宅は山の上だからさらに低いはずだけど。
それにしても、吐く息が白い、なんて間違っても夏の季語ではないですね。
秋ですらない。

いつの間にか、どこからともなく冬の足音が聞こえて来ている…?

初夏の味

2009年06月24日 | 北海道だべさ!
お昼過ぎ。
お義父さんたちが「タケノコを取って来たよ~」とやって来た。
3年前に私たちも連れて行ってもらったことのある、札幌近郊の中山峠で取って来たらしい。
リュックにいっぱい、さらに10kg用の米袋2つにもいっぱい。
好きなだけやる、と言われて遠慮なくいただいた。

北海道で採れるタケノコは、大人の背の丈ほどもある熊笹の根元に生えている姫竹のこと。
地上に出ている部分を辿って土を掘ってみると、かなり湾曲して埋まっていることから、根曲がり竹とも呼ばれている。
今年は6月に雨が続いたから来る人が少なかったのか、長さ20~30cmの大きなものがたっぷり採れたという。

一度軽く湯がいてから、水に浸して容器を密封しておけば、冷蔵庫でもかなりの期間を保存しておける。
だから毎年、お義母さんの作るお正月のうま煮にはこの姫竹が入っている。

さて、採って来てくれた姫竹は、まず皮を剥かなくてはならない。
包丁で根元側から先端に向かって真っ直ぐ、少し深めに削ぎ落とす。
ついケチって浅めに入れてしまうが、結局は皮がむきにくくなって手間になるだけ。
削いで中の身が見えたら、今度は節ごとに皮を剥いていく。
手が渋だらけになるし、爪の間に細い繊維が入ると痛いのだけど、何故か私はこの作業が楽しくて好きだったりする。
皮を剥くと中身は元の3分の2くらいの長さになってしまうのは寂しいけど。

格闘すること1時間。
姫竹を入れていた米袋は空っぽになり、テーブルの上には剥いた皮が山のようになっていた。
オカメーズはよっぽど噛み心地が良かったのか、2人揃って熱心に皮や余った茎をついばんでいた。



細くて柔らかいから調理もしやすい姫竹。
まずはタケノコご飯にしていただきました。
後はいつ、どうやって食べようかな。

思い出の味

2009年06月06日 | 北海道だべさ!
今からちょうど9年前。
(……と年月を数えてみて、その長さに自分が驚いた)
まだ北海道に引っ越して来たばかりだった私は、遊びに来た東京在住の友人たちと富良野に行った。
観光ガイドを片手にレンタカーで巡ったのは、ドラマ「北の国から」の舞台となった場所。
そのうちのひとつでちょうど小腹がすいた私たちは、じゃがバターという看板に惹かれて売店に向かった。
北海道のじゃがいもを使ったじゃがバターならさぞ美味しかろ。
そう言い合いながら中に入ると、「ゆでアスパラ」の文字が。
せっかくだからアスパラも食べてみようか、と、こちらはついでのつもりで注文をした。
が、このアスパラをひと口食べた私たちは思わず顔を見合わせた。

……アスパラってこんなに美味しいものだっけ?

さっと茹でた鮮やかな緑色のアスパラに軽く塩を振っただけの味付け。
なのにそれはとてもジューシーで、ほんのり甘い。
青臭さも、筋っぽさも全くない。

今まで食べていたアスパラって何だったんだろね。
そんなことを言いながら、思いがけない感動を味わった。

以来、私は富良野産アスパラの大ファンとなった。



そして今日。
上富良野に住む、穂和の幼なじみのSさんから、ちょうどシーズンに入ったばかりの立派なアスパラがたくさん送られてきた。
さっそく夕飯の一品に加える。
食べ方はもちろん、軽く茹でて塩を振るだけ。
あの思い出の味が蘇える。
そういえばうちの母も、何年か前にお義父さんが送ったアスパラに感激してたっけ。
今度もし内地の誰かに贈り物をする機会があれば、このアスパラを送ってみようかな。

Sさんのお店「ヤマイチ」さんでは通信販売もやってます。
←ブログの左サイドバーにもリンクがあります。

晩夏の声

2009年05月20日 | 北海道だべさ!
朝、ゴミを捨てるために外に出ると雲ひとつない快晴、抜けるような青空だった。
風もぬるくて、まさに気持ちのいい北国の夏の朝だ。
「どうしてこんな最高のお天気の朝に、カメラも持たずに自宅にいるんだろ?」
と思ったり思わなかったり。

それはさておき、ふと気が付くと裏の山からカナカナの合唱が聞こえている。
このカナカナも、私の季節感を狂わせるもののひとつだ。
カナカナ、つまりヒグラシは、関東南部に生まれ育った私には、夏の盛りから晩夏にかけての夕暮れを告げる声だった。
小学生の頃には毎年8月の初旬に、家族で海に出かけた。
散々遊んで日焼けして、暑さも少し和らいだ夕暮れ時、宿で風鈴の響きと一緒に聞くカナカナの鳴き声。
蒸し暑い夏に、ひとときの涼しさを感させてくれる音だった。

ところが北海道に引っ越してきてからは、真夏どころか晩春とでもいいたくなるようなこの時期から、すでに声が聞こえ始めている。
それも朝夕だけではなく、日中にも。
ようやく緑がきれいで暖かい季節になったはずなのに、もう終わり?
ついついそんな気分になってしまう。
桜より遅い梅と同じく、自分の身体に染み込んだ季節感を狂わされる風物詩だ。

調べてみるとカナカナは、生息域に関係なく6月初旬~9月初旬の朝夕に現れるセミらしい。
俳句では秋の季語になっているが、じつは初夏からいるのだとか。
でも関東と違って日中でもお構いなしに声が聞かれるのは、やっぱり気温の低い北海道だから、なのだろう。
それにしてもいくつかの解説を見たが、どこも「分布は北海道南部から九州」となっている。
札幌は北海道南部ではないはずなのだが、記憶にある限り彼らは毎夏鳴いている。
生物分布の観点では札幌は北海道の南部に含まれるのか、それとも近年の温暖化によって北上してきているのか……。

窓を開けると、朝から聞こえ続けているカナカナの声が、日の暮れたばかりのまだ明るい空にも響いている。
天気予報は、明日も晴れて暖かくなると言っていた。

山の春

2009年04月26日 | 北海道だべさ!
夜半から、予報通りに雪が降り始めた。
と思ったら午前中に少し雨に変わっただけで、午後からはまた雪に戻った。
そして降り続く、続く。

夕方前に買い物から帰ってきた時には、土や屋根だけに積もっていた雪は、気が付けば舗装道路にも降り積もり、すでに5cm以上になっている。

わかってるんです、山を下れば道路にまでは積もっていないことくらい。
買い物に行った時、町はただの雨模様でした。
今夜雪に変わったとして、ここまで積もることはないでしょう。

でも山を下るまでは雪景色であることには変わりがないので、明日の朝は穂和には冬タイヤ・冬ワイパーのままにしてあったてーびぃー号で出社していただきます。
しぇんた号はすでに夏装備…まさか4月下旬にこんなに積もるとは思わなかったんだもん。

恐るべし、山の春。

雪の夜には

2008年12月27日 | 北海道だべさ!
暖かさのために、ホワイトが泥色になったクリスマスイブ。
相変わらず雪が少なくて、物足りなさを感じていたクリスマス当日の昼間。
ところが早々に仕事納めとなったその日の夜、会社を出たら外は吹雪だった。
プラス0℃という、気温が下がらないままの重たい雪が次々と落ちてくる。

そしていつも雪の中で車の運転をしていると、何故か無性にサラ・ブライトマンが聞きたくなる。
彼女の曲は、夏の草原でも、夜のイルミネーションが美しく見える都会の高速でも似合うと思う。
けれど、私の中で最高に合うのはやはり雪の舞う夜。
そんなわけで、クリスマスにようやく解禁になった(クリスマスプレゼントと称して購入したため、封を開けられなかった)11月に発売の新作アルバム「冬のシンフォニー」を聴きながら帰宅。
冬の、と名が付く通り、クリスマスにピッタリの曲がいくつも。
降りしきる雪と相まってとてもムーディーではあったが、明日になったら時期外れになりそう、と冷めた心配もしてしまう。
私の場合は関係なく聴いてしまうのだけど。

こうして雰囲気に浸っていたのも束の間。
翌朝26日は暴力的なまでの積雪だった。
ウチのてぇーびぃー号も冒頭の写真の通り。
天気予報通りとは言え、飛行機も電車も高速も止まる、麻痺状態に。
こうなるから季節始めから小分けして降って欲しいのに、と雪に向かって文句を言っても始まらない。
久しぶりの雪はねに背中と足を痛めつつも、仕事納め後で良かったと心底思った(穂和を始めとした仕事だった人には申し訳ないが)。

雪の降りしきる昼間もやっぱり、暖房の効いた部屋の中でサラ・ブライトマン。
……と決め込もうと思ったが、そんな暇はなく。
これで週末がきれいに晴れてくれたら、今シーズン初の美しい雪景色が撮れそう。
お散歩がてら出掛けたい、が、その前にはまず車を掘り出さなければならない。
しかも天気予報はあまり思わしくない。
さて、どうしようか。

続・山に住む

2008年11月20日 | 北海道だべさ!
今週はずっと雪の予報、と聞きながら、19日水曜のお昼過ぎまではどこにもそんな姿の見えなかった今週。
が、それはついにやってきた。
午後から降り出した雪はかねてからの低気温もあってあっという間に降り積もり、職場の周りは夜には吹雪、一方の山の中腹にある我が家はすっかり白く塗りつぶされていた。
出かけたときにはどこにも見当たらなかったはずなのに、北国の雪は実にすばやい。

それからさらに一晩降り続いた。
おかげで朝カーテンを開けたら、家の中がパーッと明るくなった。
天然のレフ板とも言える、屋外の雪の反射だ。
空はまだ厚い雲に覆われているのに、家の中も外も明るい。
「白」という色のすごさを体感する瞬間だ。
あまりに反射率が高すぎて、ケイタイのカメラで撮ると↓↓こうなってしまう。



さて、これだけ積もってくれれば冬らしい写真も撮りに行けるもの。
と、張り切ってはみたものの、きっと山を下って町に出たら、まだまだ積雪はたいしたことがないと思われる。
いつも行く市内の公園も、雪景色と呼ぶにはまだ乏しい雪量に違いない。
大通公園にしっかり積もるくらいまで、もう少し我慢、かな。

秋の味覚

2008年10月16日 | 北海道だべさ!
毎年この時期になると、友人Mちゃんのところには彼女の実家から鹿肉が送られてくる。
えりも町に住むMちゃんのお父さんは狩猟の免許を持っていて、猟が解禁のこの時期になると山へ入ってエゾシカをしとめてくる。
鹿は撃ったその場で解体し、すぐ冷凍されて札幌のMちゃん宅へと届く。
とてもMちゃんだけでは食べきれないので、鹿肉好きの我が家へおすそわけされてくる、というのがこれまでのパターンだった。
ところが今年は、Mちゃんのお父さんから直接送ってもらえることになった。
しかも、仕留めたてを生肉のまま、チルド便で。
届いた箱を開けてみると、鹿肉が隙間なくびっしりと詰められていた。
台所のはかりでは計れないので、洗面所の体重計に乗せてみる。
その重さ、なんと8.3kg!



早速切り分けて、すぐに食べない分は冷凍にする。
200g~300gの塊にわけてラップをし、保冷バッグに入れて冷凍庫へ。
穂和の実家へは生のまますでに持っていったので、写真はおよそ7kg分。
まな板の奥の、ラップに包まれているのも全て今回いただいたもの。
私が北海道へ来てからわずか1年で身に着けた体重と同じ。
1年でこんなたくさんの質量の肉を蓄えたと思うとぞっとする(しかも今はそこからさらに3kgくらいプラスされている)けれどそんなハナシは忘れて。
もちろん、せっかく生でいただいたのだから凍らせないまま食べなければもったいない。
というわけで、今夜の食卓には鹿肉の刺身、塩コショウでシンプルに味付けした鹿肉ステーキが並ぶことになった。
刺身はごま油とにんにくで作ったタレで、ステーキは焼く前に調理酒につけておくことで、独特の臭みを目立たなくする。
ほどよく歯ごたえがあって、柔らかい。
低脂肪、なのに脂身好きの私でも少しも物足りなさを感じないしっかりとした味。
おまけに高タンパクでヘルシー食材なのだ。

残る分は友人や会社の人などにお裾分けしつつ、もちろん自分たちの手元にも残す。
半解凍のところで薄切りにしてそのまま食べるルイベ、酒としょうがに漬け込んで焼くしょうが焼き、衣をつけてからりと揚げる鹿カツ、焼肉、薄切りにしての炒め物などなど調理方法はいっぱいある。
昨年やってみての一番のお気に入りは、鹿カツ。
こちらも近々作る予定。
今年の秋冬も、贅沢に鹿肉を楽しむことができそうだ。
北海道の恵みと、Mちゃんのお父さんに、感謝。