いよいよ明日から府議選がはじまります。
4年前の府議選では東日本大震災の直後でした。
統一地方選挙が延期されるかもしれないというような状況で
拡声器を使った宣伝も自粛して、被災支援を取り組んでいました。
「共産党だから信頼して募金するよ・・・」と言っていただき嬉しかったことや、
「募金します・・・」と寄ってきてくれた、子どもや中高生のみなさん
「どこに募金したらいいのか考えてたところです・・・」
等と震災の非情さと、人間の暖かさを実感する毎日でした。
選挙が終わって早く行きたかった、陸前高田市等の東北の支援に駆けつけました。
変わり果てた姿に茫然としたのが昨日のように思い出されます。
陸前高田市には高田の松原という名勝地があります。
以前見た高田の松原は、それはそれは見事な海岸線の松原です。
日本百景にも数えられる白砂青松の浜・高田松原、白い砂浜に樹齢300年を超える
約7万本の松がありました。
津波で流され残った1本の松;奇跡の1本松は、また違った形で有名になりました。
高田の松原には、石川啄木の歌碑がありました。
かってのチリ地震の津波と、東北大震災津波の2回で流されました。
石川啄木も愛した白い砂浜として、歌集「一握の砂」では
「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて カニとたわむる」
「命なき 砂のかなしさよ さらさらと 指の間より落つ」
と歌われています。
石川啄木の歌の有名な歌に次のようなのがあります。
明治41年(1908年)に明星に発表した歌ですから、107年前の歌です。
二つの歌と同じように現代社会でも、一生懸命働いても苦労は絶えず107年前と
どれほどの違いがあるのだろうかと愕然とします・・・
「たはむれに母を背負(せお)ひて そのあまり軽(かろ)きに泣きて 三歩あゆまず」
「はたらけどはたらけど 猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る」
胸に迫ります!
日本共産党は真面目に働く者が、まともに暮らせる事の出来る社会。
紛争や戦争のない、平和で穏やかな社会。
子どもでも若者でも、高齢者でも、女性でも男性でも、障害者でもだれもが
人としての尊厳が大切にされる平等な社会。
誰もが願うそんな社会をめざしています!
そんな社会を願う代表として、明日からの府議選で、私の後継者として
石川たえが頑張ります!どうか見かけたら声をかけていただきますようお願いします、
3度目の建立;石川啄木の記念碑
高田松原に在った時の記念碑
奇跡の1本松
津波に流される前の高田松原