Seriously?

ひとりごとです

映画 ■■リメンバー・ミー■■

2018年04月17日 | 映画
あまり観たいと思っていなかったんだけど
評判がすごく良いので行ってきました



映画 ■■リメンバー・ミー■■



泣いた...

観た人がみんな言う
「おばあちゃんに会いたくなった」
すごく分かった

私のおばあちゃんはお墓の中だ
私は死ぬまで
おばあちゃんのことは忘れない

でも、ミゲルのように
ひいひいおじいちゃんのことまで
親やおばあちゃんから
聞いたことはなかった

全然予備知識無しに見たんだけど
これは舞台はメキシコなんだよね?
家族のつながりを大切にする
国民性なのかな?



あまり観る気がしなかったのは
色彩とか絵柄が
私好みではなかったから
だいだい
メキシコや南米の美術やファッションは
色彩が鮮やかすぎてかなり苦手
そして、ゴチャゴチャしている
デリカシーや繊細さが感じられなくて
あまり好きじゃない

でも、観終わる頃には
すっかりあの鮮やかさに慣れて
素敵と思うまでになってた

こういう
自分とは違う人種や民族に対する違和感
受け付けようとしない頑なさ
私も持っているのだな

そしてそれはちょっとした偏見
相手のことよく知らないだけ

彼らは実はこんなに豊かな文化を持っているのだ
美的センスや細かい価値観は違っていても
根本的な部分は同じ
痛いほどに共感する
そして
だんだんと、苦手だった色使いまで
「いいなー」と、思えてくる

いつかあの地を訪れて
騒々しい踊りの群衆の中に
混ざってみたいとさえ思った



映画の中の
キーとなる設定は
「地上の人達から忘れられてしまったら
死者の世界からも消えてしまう」
ということだったが

ああ、私は子どもいないから
私の子孫が、孫、ひ孫、玄孫と
続いていくことはなくて
私が死んだらもうそれっきりだから
きっと私は死んだらあっという間に
死者の世界からも消えてしまうんだな
...と、寂しくなった

でもいいや、今幸せだから



映画の中に出てきた家族は
曾祖父母の下に祖父母がいて
その下に両親、そして自分たちがいる
という本当に旧来の形を持っていたけど

アメリカでは離婚するカップルが
とても多く(日本も増えてるか)
両親が離婚、再婚して
新しい親や兄弟と暮らしたり

養子だったり
両親はゲイカップルだったり
血の繋がっていない人たちと
家族を作っていたり
ファミリーツリーはとても複雑

家族の形は
私が子どもだったころに比べて
本当に多様化している

そんな多様な形の家族が
たくさんあること

血は繋がっていなくても
家族として愛し合って
亡くなってもずっと写真を飾っていれば
それは大切な家族なんだということ
言及されてたらもっと私好みになってた



ピクサーの作品って
設定の矛盾や曖昧さを殆ど感じなくて
いろんな小道具や伏線が
最後に全部まとめられ爽快感さえ感じる
よく練られていると感心する

ただ
一族に「音楽禁止」を命じたイメルダは
ありえへんと思った

以前メキシコ人の知人に
メキシコの結婚式はどんな感じか聞いたことがあるけど
夕方からパーティが始まって
一晩中、みんなで踊り明かして
朝、朝ご飯を一緒に食べて解散なのだとか
日本だと2,3時間で終わるでしょう?

そんな、生活に音楽と踊りが欠かせない人達に
音楽を禁じるなんて
大胆な禁止令だし
それを守って生きていくのだって
不可能だと思った...

ミゲル以外の家族は
不満が爆発したりしなかったのかな?



禁じられても邪魔されても
どうしても音楽に惹かれて
最初は恐る恐る
段々と歓喜に満ちた
力強い歌声で歌うミゲルの歌が
とてもよかった



それから相棒の犬が
とってもクレイジーだったのもよかった

非の打ち所もない
100%可愛くて賢い相棒ではなく
ミゲルの足を引っ張ってばかり
でも憎めない

「モアナと伝説の海」にも
全然役に立たないニワトリが
足手まといな相棒になっていたけど

最近のディズニーアニメの傾向かな
ヒロインがどんどん強くなっているのと同じ
多様性を尊ぼうという
メッセージを感じた



それとも最近私は
ディズニーアニメやピクサーアニメ観る度に
「多様性」にこじつけ過ぎ?

もっと素直に観るようにしよう



さっきチラッと
日本語版をYouTubeで観たけど
ミゲルの歌はオリジナルの方が良いと思った
スペイン語の部分とか
独特の節回しとか
Rの音で舌を巻いて
RRR〜と鳴らしながら発音するところとか
メキシカンな音楽とマッチしていた

日本語版のミゲル役も
すごく歌が上手くて驚いたけど
日本の歌手の歌い方
しっとり切なく歌う



結構ピクサーの映画
見逃しているのがあるんだけど
Netflixで見つけたら
どんどん観ていこう~
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2 コメント

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こんばんは (ゴーダイ)
2018-04-19 19:33:09
コメントどうもです!

いや~この映画はやっぱり狙ってメキシコの文化の保守的な部分を描いていると思います!

おっしゃるとおり、どんな多様性も認めよう!っていう器の大きな社会が理想ですが、それはそれでユートピアというか地に足付いた題材じゃなくなると思うんですよね。

で、とりあえずメキシコを取材してけっこう封建的な部分があるな、と。そこからエンターテイメントとして着想をふくらませて行って、ああいう形になったんじゃないでしょうか。

だから、本当に感動で終わっているけれど、家族の絆っていうのは反面、桎梏にもなりうるよねっていうのをそれとなくやってて、そう言う意味でも大人向けのダークな作品だったな、と思います。

とにかく、冒頭の家族のシーンとかすごい鬱屈としていて、こんな家族にお絵かき禁止されたらたまったもんじゃねえな、とw

でも、家族や国家から完全に切り離された、本当に自由で独立した個人なんていないんだよっていうのを、子どもアニメでしっかり描くっていうのは本当にえらいな、と思います。

普通子どもダマシってことで、甘い飴玉なめさせてご機嫌取ろうとするもんw
大人はクソだ!とかw
あ~そう言う意味で、今やってるソフトバンクのCMとか嫌いだな(^_^;)
広瀬すずだって年をとるし、いずれ行く道っていう。
返信する
ゴーダイさんへ (ann)
2018-04-20 01:10:55
言われてみればメキシコはカトリック信者の多い国だから、ゲイ夫婦なんて神への冒涜だった。「家族の多様性」とは対極にある、昔ながらの家族の形を理想とする社会でした。

小津安二郎の映画や、「三丁目の夕陽」や「大草原の小さな家」の中に描かれている、ちょっとやそっとちゃバラバラにならない強いつながりの家族を見る度に、「なんか良いなあ」と思ってしまいます。
でも考えてみたら、今の私に小津安二郎の時代に女性としてして生きるなんて、息苦しすぎて3日ももたないくらい、酷い時代だったはずなのです。

ゴーダイさんの言う通り、そんな旧来の家族の形の息苦しさもしっかり描かれていたのに、私は「歌って踊ってみんなハッピー」みたいな部分だけ楽しんで、反面の窮屈さにはあまり気付かなかったかなあ。

ゴーダイさんはあまりのめり込めなかったと言ってましたが、私は内容よりも、音楽や美術のメキシカンな、エスニックな雰囲気がとても新鮮で印象に残りました。
トランプさん、壁を作る!と毛嫌いしているけど、豊かな文化を持った国じゃないかと思いました。
もっといろいろ勉強したいなーと反省しました。
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