太安万侶は古事記に置いて「国を生んだ」と記しています。八島が最初に生成されたため、日本を大八島国(おおやしまのくに)というと書いています。誰が生んだのかと云いますと、イザナギとイザナミが二人で生んだと書いています。そして、二神は続けて6島を生むだと記します。
6党の名前を上げていますが、その二番目の島の名前が小豆島です。
前回は、「両児島」という名前の島は、現在は有りませんので、笠岡市の高島と神島の二つの島であることを提案しました。
小豆島は、同じ表記で「しょうどしま」と読む島は有ります。この小豆島が、古事記に書いてある小豆島と一緒かどうかを調べてみようと思います。
インターネットで調べますと、小豆島のことは、記紀に「阿」
阿豆枳と阿須疑の謎 http://www.gozasoro.co.jp/azukikobore/a158.html
小豆島のことは、記紀に「阿豆枳」と書かれてある様に書いてありますが、わたしが持っている古事記と日本書紀の翻訳本では、
古事記では、国生みの所では、「小豆島」。応神天皇紀には小豆島は有りません。
日本書紀では、応神天皇紀に置いて、「阿豆枳辭摩」があります。
阿波旎辭摩 異椰敷多那羅弭 阿豆枳辭摩 異椰敷多那羅弭 豫呂辭枳辭摩之魔 儾伽多佐例阿羅智之 吉備那流伊慕塢 阿比瀰菟流慕能秋九月辛巳朔丙戌、天皇狩于淡路嶋。是嶋者横海、在難波之西、峯巖紛錯、陵谷相續、芳草薈蔚、長瀾潺湲。亦麋鹿・.
瀬戸内海の小豆島は、淡路に次いで、二番目に大きい島らしいです。従いまして、太安万侶が、国生みの所に、書いた可能性は有ります。ただ、「阿豆枳」と記紀に書いてありますと書かれていますが、見付かりませんでした。所が、小豆島のことを検索しますと、小豆島には、「阿豆枳神社」があります。 これは「しょうどしまじんじゃ」と読む人はおられないでしょう。「アズキじんじゃ」と読むのでしょう。「阿豆枳神社」はいつから小豆島に鎮座するかが判りません。
皆さんも、小豆島が、「両児島」が神武天皇と関係があったことを導いた様に、天皇家と関係がある島かどうか、調べてください。
6党の名前を上げていますが、その二番目の島の名前が小豆島です。
前回は、「両児島」という名前の島は、現在は有りませんので、笠岡市の高島と神島の二つの島であることを提案しました。
小豆島は、同じ表記で「しょうどしま」と読む島は有ります。この小豆島が、古事記に書いてある小豆島と一緒かどうかを調べてみようと思います。
インターネットで調べますと、小豆島のことは、記紀に「阿」
阿豆枳と阿須疑の謎 http://www.gozasoro.co.jp/azukikobore/a158.html
小豆島のことは、記紀に「阿豆枳」と書かれてある様に書いてありますが、わたしが持っている古事記と日本書紀の翻訳本では、
古事記では、国生みの所では、「小豆島」。応神天皇紀には小豆島は有りません。
日本書紀では、応神天皇紀に置いて、「阿豆枳辭摩」があります。
阿波旎辭摩 異椰敷多那羅弭 阿豆枳辭摩 異椰敷多那羅弭 豫呂辭枳辭摩之魔 儾伽多佐例阿羅智之 吉備那流伊慕塢 阿比瀰菟流慕能秋九月辛巳朔丙戌、天皇狩于淡路嶋。是嶋者横海、在難波之西、峯巖紛錯、陵谷相續、芳草薈蔚、長瀾潺湲。亦麋鹿・.
瀬戸内海の小豆島は、淡路に次いで、二番目に大きい島らしいです。従いまして、太安万侶が、国生みの所に、書いた可能性は有ります。ただ、「阿豆枳」と記紀に書いてありますと書かれていますが、見付かりませんでした。所が、小豆島のことを検索しますと、小豆島には、「阿豆枳神社」があります。 これは「しょうどしまじんじゃ」と読む人はおられないでしょう。「アズキじんじゃ」と読むのでしょう。「阿豆枳神社」はいつから小豆島に鎮座するかが判りません。
皆さんも、小豆島が、「両児島」が神武天皇と関係があったことを導いた様に、天皇家と関係がある島かどうか、調べてください。