3月12日
本日はチケット最終発券日なので、チケット購入のためカンパラへ。
バム(プリンスの兄ちゃん)の娘のイボンをカンパラのバムのところに届けるというのでプリンスも一緒に行きました。
チケットは3月22日エンテベ発ー23日名古屋着。6月20日関空発ー21日エンテベ着のフライトです。観光ビザでの申請で6ヶ月のチケットを予約してあるのはおかしいと言われると藤さんが教えてくれましたので。
夕づとめ後にプリンスにおさづけを取り次がせて頂きました。何のおさづけかというと、日本滞在中、多少ならば肉を食べても大丈夫なように。豚肉や牛肉を食べろとは言わないし、肉が食べられないことは言っておいて良いことなんだけれど、出された食事の中に多少肉が入っているくらいは大丈夫。なんと言ってもおぢばに帰っているのだから、出された物を喜んで食べれるようにと。これが良いのかどうかは分かりませんが・・・。プリンスは鶏以外の肉を食べると吐いてしまうということなのです。それはそれでしょうがないかと思っていたのですが、修養科へ行くことの準備を進め始めてから思っていたことで、日本滞在中、炊事本部の食事ではカレーや野菜炒めなど肉が入っていることがありますが、出された食事を食べられないとかいうのでは、せっかく修養科に行っているのに余計な心配をすることになってしまうので、それがかわいそうと思ってのことでした。ということで私はプリンスの日本滞在中はおかわりをお供えすることにしました。
3月13日
本日は神殿普請基礎部土嚢積み作業。プリンスがひのきしんしてくれました。
午後はプリンスのビザ申請用の写真を取りにマサカへ。
ビヤンスィから連絡があり、赤ちゃん(テレーザ)は良くなって退院してきたのだけれど、今度は下から2番目のヘンリーがマラリアで入院したとのこと。それでマサカからの帰りにビラマリア病院に行かせて貰いました。意識も朦朧としてかなり重い様子でした。
3月14日
本日も神殿普請基礎部土嚢積み作業。プリンスがひのきしんしてくれました。
今日もビラマリア病院へ行かせて貰いました。ビヤンスィのところ、ビヤンスィから始まり、テレーザ、ヘンリーと立て続けだったので、ビヤンスィは頑張っているし、どういう思召しかしらと考えた結果、子供の身上だからこれはビヤンスィだけでなく嫁さんも引き寄せてるのでは?と思い、そのことを伝えました。最近教理勉強会で教祖逸話篇を読ませて貰っている中に、夫婦揃ってというのが出てきていたので。前に一度ビヤンスィに夫婦揃ってという話をしたことはあるのですが、嫁さんは笑っているだけというのが現実でした。それと最近は赤ちゃんがまだ小さいのであまり出歩けないというのもあったので。なのでもう一度ビヤンスィから話しをしてみて、私からも話すからということにしました。
3月15日
本日も神殿普請基礎部土嚢積み作業。プリンスと妹のジャッキーがひのきしんしてくれました。ジャッキーが来たのにはちょいとビックリしました。
今日で2段目が終了しました。
昼にビヤンスィとヘンリーが退院して、帰りに参拝に寄ってくれました。まだちょっとボーっとしていましたが、良くなって良かったです。
3月16日
本日はビザ申請のためカンパラへ。プリンス、ドーラ、ビヤンスィと。
朝づとめ後出発のときに右前輪がパンクしていました。タイヤ交換をして出発。タイヤ交換をしているときにプリンスの写真を忘れていることに気づき、タイヤ交換のお陰という話をしながらの出発となりました。ついでに昔ある教会長さんは乗るはずの飛行機に何か問題があって乗れなかったらその飛行機が墜落して、飛行機に乗れなかったことが御守護だったということを聞いたことがある。何か問題があったことでも、それは大難を小難に御守護して下さってることがあるんだよという話もしてみて、とにかく何でも結構なんだということを話しました。
ニェンドでドーラと待ち合わせ、パンク修理をして出発。カンパラではイガさんと落ち合い、まず和田さんのところへ。3ヶ月でチケットを発券していましたが、6ヶ月のフライトに変更してイガさんから在留資格証明書を受け取り大使館へ。発券後の変更のため50ドルかかってしまいましたが。
大使館が昼休みになってしまったので、イガさんと一緒に昼食を食べてから午後大使館へ。書類を提出し、月曜日にビザが出る予定です。マサカからきているので22日にビザを取りに来るように話をしました。
帰り道、ルカヤを過ぎたところで前からトラックのタイヤが飛んできて、ハイラックスの上に落ちてきました。すれ違った対向車のトラックのタイヤが外れて飛んできたのでした。
タイミングが少しずれてフロントガラスに落ちてきていればあわや大事故にもなりえるところでしたが、屋根が凹んで、荷台のなんていえば良いのか、黒いパイプでできた枠がひん曲がってしまいましたが、とにかくそれだけですんで良かったです。
タイヤが外れたトラックの人と修理代の交渉をしようと話を始めたのですが、トラックのオーナーはいない、私は荷物のオーナーでしかない、修理代を払う気もない、ポリスでも呼んだら良いじゃないかと開き直った態度でした。外人だからどうせポリスを呼ぶこともないとたかをくくっているようでした。私の話し方も、自分の気持ちは押さえつつも、やはり攻めるような話し方になったしまっていたのですが・・・
諦めて行こうかと思いましたが、ルカヤが近くにあるからポリスを呼んでこようということになり、ルカヤのポリスステーションへ。ポリスは一緒に行って間には入るけど交渉は自分達でするようにと。それでもう一度はなしをしました。
一つ気にいらないのは、完全に向こうの落ち度なのに、ごめんなさいという言葉一つ出ず、俺は関係ないという態度だったことで、大したことにはならずに済んでいるけれど、一歩間違えば大事故にもなっているような所だったんだから、そこのところの反省はしてくれという話をし、修理代は払えるだけでいいと話をしました。結局30,000シリングを貰いました。
細かいことはもうちょっとあったのですが、大体こんなところでした。
プリンス達とも、一歩間違えば大事故になるところだったけど、車の傷、しかもガタガタになっててそろそろ修理しなきゃと思っていたところがいよいよ修理が必要な状況になっただけで済んだのは、やっぱり神様が大難を小難にしてくれたことだから、良かったね。神様のご守護だったねという話ができました。
プリンスとドーラは修養科出発直前での出来事で、大難を小難にしてくれる神様の御守護を感じることが出来たようです。ありがたいことです。
3月17日
本日は神殿普請基礎部土嚢積み作業。プリンスがひのきしんしてくれました。今日から3段目に入りました。土嚢積みの目安の水糸、今までは室内を6m×8mと思って、基礎で土中に埋まるし、内側に引いて積んでいたのですが、今日から外側にしました。改めて直角を測ってみるとちょいと曲がっていたので、直角に合わせ直して作業しました。最初に杭を打って水糸を引いていたのですが、作業してる間にも、また水糸を盗まれたときなどに杭自体も曲がってしまったのだと思います。
午後はカリロへ。おさづけ取り次ぎの後お礼のおつとめをして終了。
3月18日
今日は久しぶりに家の掃除などをしようと思っていたのですが、昨日カルングからの国会議員の当選祝いのパーティがマドゥーカであり、朝までディスコでうるさくてまともに寝れなかったので、朝づとめの後どうしようも無く寝ました。
結局何も出来ず・・・
午後はムウェルカに。ビヤンスィも一緒に行きました。近くで葬式があり人はおりませんでした・・・ビヤンスィが毎月のプログラムを教えて欲しいということで、
2日は前日ひのきしんで掃除など。
3日は月次祭。
7の日はカリロ。
8の日はムウェルカ。
11日は渕和の遥拝づとめ。
19日はビヤンスィのとこの講社祭。
26日はおぢばの遥拝づとめ。
帰りにビヤンスィのところに寄った時に、ちょうど嫁さんもいたので、神様はビヤンスィが好きだけど、あんたのことも好きだと思うから、一緒に参拝においでと話をしました。笑いながらですが行くよと答えてくれました。ヘンリーも今日はもう元気一杯になっていました。
本日はチケット最終発券日なので、チケット購入のためカンパラへ。
バム(プリンスの兄ちゃん)の娘のイボンをカンパラのバムのところに届けるというのでプリンスも一緒に行きました。
チケットは3月22日エンテベ発ー23日名古屋着。6月20日関空発ー21日エンテベ着のフライトです。観光ビザでの申請で6ヶ月のチケットを予約してあるのはおかしいと言われると藤さんが教えてくれましたので。
夕づとめ後にプリンスにおさづけを取り次がせて頂きました。何のおさづけかというと、日本滞在中、多少ならば肉を食べても大丈夫なように。豚肉や牛肉を食べろとは言わないし、肉が食べられないことは言っておいて良いことなんだけれど、出された食事の中に多少肉が入っているくらいは大丈夫。なんと言ってもおぢばに帰っているのだから、出された物を喜んで食べれるようにと。これが良いのかどうかは分かりませんが・・・。プリンスは鶏以外の肉を食べると吐いてしまうということなのです。それはそれでしょうがないかと思っていたのですが、修養科へ行くことの準備を進め始めてから思っていたことで、日本滞在中、炊事本部の食事ではカレーや野菜炒めなど肉が入っていることがありますが、出された食事を食べられないとかいうのでは、せっかく修養科に行っているのに余計な心配をすることになってしまうので、それがかわいそうと思ってのことでした。ということで私はプリンスの日本滞在中はおかわりをお供えすることにしました。
3月13日
本日は神殿普請基礎部土嚢積み作業。プリンスがひのきしんしてくれました。
午後はプリンスのビザ申請用の写真を取りにマサカへ。
ビヤンスィから連絡があり、赤ちゃん(テレーザ)は良くなって退院してきたのだけれど、今度は下から2番目のヘンリーがマラリアで入院したとのこと。それでマサカからの帰りにビラマリア病院に行かせて貰いました。意識も朦朧としてかなり重い様子でした。
3月14日
本日も神殿普請基礎部土嚢積み作業。プリンスがひのきしんしてくれました。
今日もビラマリア病院へ行かせて貰いました。ビヤンスィのところ、ビヤンスィから始まり、テレーザ、ヘンリーと立て続けだったので、ビヤンスィは頑張っているし、どういう思召しかしらと考えた結果、子供の身上だからこれはビヤンスィだけでなく嫁さんも引き寄せてるのでは?と思い、そのことを伝えました。最近教理勉強会で教祖逸話篇を読ませて貰っている中に、夫婦揃ってというのが出てきていたので。前に一度ビヤンスィに夫婦揃ってという話をしたことはあるのですが、嫁さんは笑っているだけというのが現実でした。それと最近は赤ちゃんがまだ小さいのであまり出歩けないというのもあったので。なのでもう一度ビヤンスィから話しをしてみて、私からも話すからということにしました。
3月15日
本日も神殿普請基礎部土嚢積み作業。プリンスと妹のジャッキーがひのきしんしてくれました。ジャッキーが来たのにはちょいとビックリしました。
今日で2段目が終了しました。
昼にビヤンスィとヘンリーが退院して、帰りに参拝に寄ってくれました。まだちょっとボーっとしていましたが、良くなって良かったです。
3月16日
本日はビザ申請のためカンパラへ。プリンス、ドーラ、ビヤンスィと。
朝づとめ後出発のときに右前輪がパンクしていました。タイヤ交換をして出発。タイヤ交換をしているときにプリンスの写真を忘れていることに気づき、タイヤ交換のお陰という話をしながらの出発となりました。ついでに昔ある教会長さんは乗るはずの飛行機に何か問題があって乗れなかったらその飛行機が墜落して、飛行機に乗れなかったことが御守護だったということを聞いたことがある。何か問題があったことでも、それは大難を小難に御守護して下さってることがあるんだよという話もしてみて、とにかく何でも結構なんだということを話しました。
ニェンドでドーラと待ち合わせ、パンク修理をして出発。カンパラではイガさんと落ち合い、まず和田さんのところへ。3ヶ月でチケットを発券していましたが、6ヶ月のフライトに変更してイガさんから在留資格証明書を受け取り大使館へ。発券後の変更のため50ドルかかってしまいましたが。
大使館が昼休みになってしまったので、イガさんと一緒に昼食を食べてから午後大使館へ。書類を提出し、月曜日にビザが出る予定です。マサカからきているので22日にビザを取りに来るように話をしました。
帰り道、ルカヤを過ぎたところで前からトラックのタイヤが飛んできて、ハイラックスの上に落ちてきました。すれ違った対向車のトラックのタイヤが外れて飛んできたのでした。
タイミングが少しずれてフロントガラスに落ちてきていればあわや大事故にもなりえるところでしたが、屋根が凹んで、荷台のなんていえば良いのか、黒いパイプでできた枠がひん曲がってしまいましたが、とにかくそれだけですんで良かったです。
タイヤが外れたトラックの人と修理代の交渉をしようと話を始めたのですが、トラックのオーナーはいない、私は荷物のオーナーでしかない、修理代を払う気もない、ポリスでも呼んだら良いじゃないかと開き直った態度でした。外人だからどうせポリスを呼ぶこともないとたかをくくっているようでした。私の話し方も、自分の気持ちは押さえつつも、やはり攻めるような話し方になったしまっていたのですが・・・
諦めて行こうかと思いましたが、ルカヤが近くにあるからポリスを呼んでこようということになり、ルカヤのポリスステーションへ。ポリスは一緒に行って間には入るけど交渉は自分達でするようにと。それでもう一度はなしをしました。
一つ気にいらないのは、完全に向こうの落ち度なのに、ごめんなさいという言葉一つ出ず、俺は関係ないという態度だったことで、大したことにはならずに済んでいるけれど、一歩間違えば大事故にもなっているような所だったんだから、そこのところの反省はしてくれという話をし、修理代は払えるだけでいいと話をしました。結局30,000シリングを貰いました。
細かいことはもうちょっとあったのですが、大体こんなところでした。
プリンス達とも、一歩間違えば大事故になるところだったけど、車の傷、しかもガタガタになっててそろそろ修理しなきゃと思っていたところがいよいよ修理が必要な状況になっただけで済んだのは、やっぱり神様が大難を小難にしてくれたことだから、良かったね。神様のご守護だったねという話ができました。
プリンスとドーラは修養科出発直前での出来事で、大難を小難にしてくれる神様の御守護を感じることが出来たようです。ありがたいことです。
3月17日
本日は神殿普請基礎部土嚢積み作業。プリンスがひのきしんしてくれました。今日から3段目に入りました。土嚢積みの目安の水糸、今までは室内を6m×8mと思って、基礎で土中に埋まるし、内側に引いて積んでいたのですが、今日から外側にしました。改めて直角を測ってみるとちょいと曲がっていたので、直角に合わせ直して作業しました。最初に杭を打って水糸を引いていたのですが、作業してる間にも、また水糸を盗まれたときなどに杭自体も曲がってしまったのだと思います。
午後はカリロへ。おさづけ取り次ぎの後お礼のおつとめをして終了。
3月18日
今日は久しぶりに家の掃除などをしようと思っていたのですが、昨日カルングからの国会議員の当選祝いのパーティがマドゥーカであり、朝までディスコでうるさくてまともに寝れなかったので、朝づとめの後どうしようも無く寝ました。
結局何も出来ず・・・
午後はムウェルカに。ビヤンスィも一緒に行きました。近くで葬式があり人はおりませんでした・・・ビヤンスィが毎月のプログラムを教えて欲しいということで、
2日は前日ひのきしんで掃除など。
3日は月次祭。
7の日はカリロ。
8の日はムウェルカ。
11日は渕和の遥拝づとめ。
19日はビヤンスィのとこの講社祭。
26日はおぢばの遥拝づとめ。
帰りにビヤンスィのところに寄った時に、ちょうど嫁さんもいたので、神様はビヤンスィが好きだけど、あんたのことも好きだと思うから、一緒に参拝においでと話をしました。笑いながらですが行くよと答えてくれました。ヘンリーも今日はもう元気一杯になっていました。