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謹賀新年 ウガンダへ帰国!報告

2008年01月04日 | ウガンダ情報
From: takamitsu
Subject: 謹賀新年
Date: 2008年1月3日 1:13:10:JST

 明けましておめでとうございます。昨年中はいろいろとお世話になりました。
また本年もよろしくお願い致します。
11月にウガンダに戻ってからのこちらの様子をまとめて書きます。
 今回はウガンダに戻ってくる途中にちょいと一手間ありました。
ドバイは濃霧により全ての発着陸が不可能な状態だったそうで、ドバイに近くなってからカラチへ戻り緊急着陸。機内で2時間ほど待ちましたがドバイは以前濃霧で発着陸不可能とのこと。出発して飛んでいる間に霧が晴れればとの機長の判断でカラチを出発しましたが、ドバイは依然として発着陸不可能。次はマスカットに緊急着陸。また機内で2時間ほど待ちましたが、まだまだドバイの状況は変わらずで、12時頃空港内に降りることになりました。昼食を用意してくれたのですが昼食待ちの行列は1時間。津気屋より長い行列でした。味は1時間待ちにしては・・・。マスカットには6機くらいが緊急着陸で待機していました。15時頃初めの1機目がドバイに向けて出発。私の飛行機がマスカットを出たのは20時頃でした。21時頃ようやくドバイに到着。私が乗るEK723ドバイーエンテベは遅れながらも出発したもよう。インフォメーションで聞いたらトランスファーデスクでフライト変更の手続きをしろとのことでトランスファーデスクにいくと、それはそれは大勢の人で賑わっていました。ドバイ空港、エミレーツ航空大混乱。
 午前4時頃、トランスファーデスク前で待つこと約6時間、ようやく私の番が回ってきました。他の人とのやりとりを聞いていたら、ドバイのホテルは全て満室(たぶんエミレーツ航空が確保できるホテルなのだと思いますが)で、丸一日以上待ち時間が出来てしまった人でもホテルも用意出来ない状態でした。誰かが出発で運よく一部屋空けばそこに入れるけれどと話していました。マスカットで待っているときは、翌日のフライトでもドバイの待ち時間は6時間以上になるからホテル用意してくれてゆっくり出来るかなぁと期待してしまいましたが、それどころではなく、ドバイで次のフライトの手続きまでの待ち時間で時間は無くなり、次のフライトが決定してから出発までの時間は、普通の乗り継ぎと変わりませんでした・・・シルバー会員でラウンジを使えたので、食事は頂けましたが・・・。マスカットで昼食を食べて以来の食事は午前4時半となりました。二人以上だったら並ぶのを交代したりできましたが。しかし美江と敬陽が一緒じゃなくて良かったと思いました。この待ち時間の長さは美江と敬陽にはかわいそうなので。
私はこの日8時25分のエンテベ行きに乗ることになりました。丸一日遅れ。
非常事態が発生したとき、英語がどれほど聞き取れて理解できるかが一番不安な訳ですが、何とか事態も把握でき、その後の対処も出来たのでよかったです。
エンテベには16時頃到着。タクシーでカンパラへ。ジョフリーと会ってハイラックスをもらい、村へ。着いたのは22時でした。今回は非常に長い旅路でした。
 
 日本帰国前に約束した、センペーブヮが11月20日に晴れて信者さんとなりました。センペーブヮ・ロジャース 16歳 男。入信用紙に記入後、ハッピをあげました。真誠ウガンダ布教所開設後12人目の信者さんです。

 12月3日、月次祭 参拝者:大人9人、子供20人(おつとめ終了時)
 11下り目三ッ、みなせかいからだんだんと もっこにのうてひのきしん が完全に出てこなくて、ここだけ止まってしまいました・・・月次祭でこんな完全にお地が抜けてしまったのは初めてでした。ちょっと詰まったりすることはありますが・・・みんながひのきしんに来てくれるのを、私の力不足で足止めしてしまっていたりするのかな?などあれやこれやと反省中。
 ユダはまたまた直会用のパンケーキ作りひのきしんのため、朝から来てくれました。今回はユダの好きなおにぎり作りもちょっと手伝って貰いました。
 なにはともあれ、立教170年納めの月次祭も満員御礼(狭いからとも言いますが・・・)でつとめさせて頂くことが出来ました。ありがとうございました。神殿が完成しても満員御礼で月次祭をつとめられるよう、またおつとめ奉仕できる人が増えるように、神殿普請ともども頑張ろうと思いました。

 移転してすぐは日本帰国などでまだ落ち着いていませんでしたが、今回戻って来てからはいよいよ腰をすえて生活、においがけ・おたすけ、神殿普請を進めていきます。のでいよいよソーラーを使い始めることにしました。マサカでコードを買ってきて、ソーラーパネル、コントローラー、バッテリー(ハイラックスの交換した中古のバッテリー)、インバーター(前にハイラックスで使っていたもの)を繋いで挑戦してみました。私自身ソーラーシステムは初めての経験です。
電話や乾電池の充電はOK。7月に前会長さんが持ってきてくれた、小菅さんから頂いたランタンがシガーライターから電源を取れるようになっていたので、そのコードをコントローラーに繋いだらランタンが使えます。晴れてばっちり充電できた時で3~4時間ランタンが使えるくらいです。日が暮れて寝るまでくらいは使えるような感じです。残念ながらコンピュータを充電することは出来ませんでした。四苦八苦してみたのですが、ソーラーパネル1枚では弱いようです。
 とにかくソーラーで明かりも取れるようになり、大分発展した気分です。

 5日チタビヤマ小学校へ贈呈した机の写真を撮りに。学期末の会議がカルングであったらしく、先生1人が残ってくれていて写真を。
話は変わりますが、ビヤンスィのところのヤギの様子がおかしいので、食べることに決めて絞めたら、腸にビニール袋が入っていたとのこと。様子がおかしいかったのはビニールを食べてしまったからということのようでした。それで皆で肉を分けたのですが、私にも2kgくらいくれました。思いがけず肉をゲット。月次祭で使った卵の残りもあったので、そのヤギ肉で、から揚げ、ヤギかつ、骨のところを煮込んでだしをとってカレーを作り、美味しく頂きました。3日間ヤギ料理となりました。
 翌日の夕づとめの後に、プリンスにカレーを少しおすそ分けしたときに、残っていたから揚げをナカイマとアイリーンとママにと言って渡したら、プリンスも挑戦してみると。プリンスは肉(四足の)が食べらず、食べたら腹が痛くなってしまう体質だったのです。
日本へ行く前に、食べ物のことについていろいろ話したこともあり、また、せっかく修養科へ行って、食べ物のことであれがダメこれがダメといって余計な気をまわしてしまうのも勿体ないし、可哀相と思い、良いか悪いか分かりませんが、一度だけプリンスに少々肉を食べても腹痛で苦しまないようにとおさづけを取り次いぎ、私はおかわり分を9月までお供えしていたのでした。プリンスは日本へ行って食べてみたけれどやっぱりダメだったと聞いたので、都合良すぎる無理なお願いだったかなと思っていたのですが、プリンスが食べれるようになれるかもと前向きに信じていたことがまず嬉しく、今になって全く食べられないではなく、少しなら食べても問題なくなってきてるというのがとても嬉しいことでした。
 私個人的に思うようになったことですが、やっぱり食べ物の好き嫌いはよろしくないなぁと。八つのほこりでも教えて頂いているし。アレルギーとかで食べられない人はしょうがないところですが、それもやはり埃を積んできた結果ということが言えるのではないかなと。それぞれに好みは当然あるし、あって良いし、私も好きな食べ物はいっぱいありますが、出たもの、出されたものに選り好みする姿というのが可哀相でもあるし、素敵ではないなと感じることが多いので。私の場合はにおいがけ、おたすけに出るようになって、お供えを頂く(みんながお供えしてくれるのではなく、私にくれるのをお供えとして受け取っているだけではありますが・・・)ようになって、くれるその物よりも、その人の気持ちが嬉しいと感じるように変わってきたことが、私の見方が変わってきたところだと思います。与えを喜べるかどうかの姿の一つではないかなと。もしかしたらアレルギーで食べられない物があるというのは、与えを喜ばないということが積み重なった上に出てきたものではないかと思うようになったのです。自分の気持ちに関係なく、かりものの体が受け付けないわけなので。プリンスにもこんな感じのことを自分自身の体験を踏まえて話したことがあったので、プリンスが挑戦してくれたことが嬉しいのでした。

 12月12日に待望のトイレが一応完成しました。壁プラスターや床仕上げなどはしていませんが・・・。しかしこれで野糞生活ともお別れ。2室のうちの1室は広めにして体洗い室にしてあるので、濡れタオルで体を拭くだけの生活ともお別れし、ちゃんと体を洗えるようになりました。スノコを作ってその上で洗うようにしました。とりあえずこれで最低限の生活環境が整いました。たいしたことではなく、当たり前以下のことではあるのですが、とても嬉しいところです。

 12月中旬から神殿普請を再開しました。4段目まで積み終わり。5段積んだら窓となるのですが、窓枠、ドア枠をどうしようかあれこれ悩んでいました。土嚢建築で習った方法では最低でも窓、ドア枠だけは作っておかなければならないので。悩んだ結果こっちのレンガ積みの建設と同じ感覚でいくことにしました。これまで土嚢を積んできてそれで大丈夫と判断し。
こちらで購入した土嚢袋は非常に耐久性に優れず、もうすでにいたるところが破けてしまっています。土は四角く固まっているのででっかいレンガが積まれているような感じなので、まぁ積んでる壁自体は大丈夫です。お陰でというか、確実に壁のプラスターはしなければならないというように考えてみたら、ドアや窓もこっちのやり方と同じように後からはめ込むでも大丈夫だなと思えるようになりました。壁を積み終わったら、土嚢袋は破いてしまって土を剥き出しにしてしまったほうがプラスターのモルタルもちゃんと壁につくだろうから良いかも知れません。

 こうして神殿普請の進め方で悩んでるのと並行して、土嚢で、1.5tの水タンクにやドラム缶を置く地面から60cmほど高くした台を壁に継ぎ足す形の工事をし、水タンクに蛇口を取り付けて設置しました。雨季は終わり乾季になってしまったのでまだ水タンクを置いてからまだ雨が降っていないので、タンクに水が溜まり、蛇口から水を出す姿は見れていないのですが・・・水漏れなどなくちゃんと工事が出来ているか、一抹の不安を抱きつつ、雨を心待ちにしています。

 私が日本に行っている間に、ドーラは子宮外妊娠という身上を頂いていました。3日の月次祭に来ず、ビヤンスィから病気らしいということを聞いたので、翌日様子を見に行ったら、そういうことで通院しながら自宅療養しているとのことでした。
大変だったけれども早めに処置できて良かったねと話した後に、もう一つ順序違いにならなくて良かったねと。結婚するにはそのお金がまだないので結婚式はできないでいるのが現状。カヨンド君はすぐにでも子供が欲しいと言ってるそうですが、皆公認で同棲はしてるけどまだ結婚はしていないので、やっぱり子供は結婚してからが順序だと思うと。結婚をしないのはお金が無いというのが理由ですが、それは披露宴にかかるお金だから、披露宴はお金ができてからやるとしても、神様に結婚をお誓いするというのがけじめというか大事なことだと。結婚はお金でするものじゃないんだから、とにかく先にそっちをしては?といった話から、うちでしようかという話に進んできました。その後はまだ話は進んでいませんが・・・

 プリンスも日本から帰ってきてからちょっと事情があるとのことでした。ちょっと物入りの時とかのための小遣い稼ぎをしていた路上のチャパティ屋を、自分がいない間に引き継いだ子が辞めてしまって、他の人のチャパティ屋ナブトングヮで定着してしまって、それと競争してまた店を出すわけには行かず・・・。前に映画(といっても小さいテレビを小さい部屋で見せるだけのものですが)の入場料集めのバイトもしてたことがあり、それもやってみたけれど、日本から帰ってきたプリンスに、客が変な反応をするらしく、妙な違和感を感じてそのバイトも出来ないと。他にもプリンスの父ちゃんが買った土地に問題があったりもしているとのこと。とは言え、それでめげている訳ではなく、頑張っています。
プリンスは修養科中、ウガンダに帰国後3年は真誠ウガンダの用をすることを第一にするというような心定めをしたそうです。そういうことも聞いたので、後日、いろいろ上手くいかないことが続くのは、神様がプリンスの誠真実を試してるのかも知れないね。ちょっとした障害で崩れてしまう程度の心定めなのか、それでもやるんだという心定めなのか。逆境ですぐに諦めてしまったりする程度のものは誠真実とは言えないし。まぁなんとかなると思うけど、どうしてもダメだったらまた相談してと話しました。

 19日にチタビヤマ講社祭に行ったときに、ビヤンスィから、来年は半年か1年かタンザニアに出稼ぎに出るつもりでいるという話がありました。事情を聞くと、ビヤンスィは昨年タンザニアで魚を仕入れて今後で売るという仕事をしてて、ビヤンスィがそれをやめる時に、仲間の一人がそれを続けるのに、ビヤンスィが出資者に、彼なら仕事を続けて利益を持ってくるから大丈夫だろうとアドバイスをして、その出資者は彼に75万シリングを出資して仕事を続けた。その後その二人の間で直接仕事をしていて、出資者は300万シリングを出資したが、そのすぐ後に彼は姿を消してしまったので、300万シリングは帰ってこない。それでその出資者は彼を大丈夫だと言ったのはビヤンスィだから、ビヤンスィが300万シリング返せと言いだし、11月に警察につれて行かれたそうです。警察が間に入った話し合いで、ビヤンスィの責任として最初の75万シリングを出資者に返すようにとなり、バイクのログブックを担保として預けることになった。それでその借金返済の為にタンザニアに出稼ぎに出るとのことでした。
 保証人になったりした訳でもないので、そんな責任があるわけではないのですが、だから余計に、お金で問題が起きてくるというのは、神様にお金で借りが多いというか、メイズの種を蒔いたらメイズが生えてくるように、お金の種を蒔くことがお金が生えるようになる。徳ということだけど。タンザニアでの出稼ぎが終わって今回の借金を返したら、神様にお供えをするようにと話をさせて貰いました。とりあえず目標というか目安としては自分の収入の1割を。そうして神様にお供えすることが、問題が起きてくる悪い根っこを小さく、無くしていくことになり、また将来の徳積みにも繋がってくるから。本当は神様の御用、おたすけをするのが一番なんだけどね。という話をさせて貰いました。とにかくタンザニアでの出稼ぎが上手く行くことを願うところです。

布教所に戻って来て1ヵ月半、思い返してみると結構いろいろありました。

たかみつ


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