goo blog サービス終了のお知らせ 

「詩客」エッセー 第2週 

毎月第2土曜日に、遠野真さんの連載エッセー全13回、藤原龍一郎さん、北大路翼のエッセーを各1回掲載いたします。

いちばん美味しい星の食べかた 第5回 ゴミ箱 遠野 真

2016-05-03 00:12:22 | 日記
 サークルの付き合いなんかで大勢の人を自室に入れたとき、決まって誰かに「ゴミ箱でかすぎでしょ」と言われる。初めて指摘された時は衝撃的だった。ゴミ箱に大きい小さいなんて考え方があるのか。そう思って人の部屋に行くたびゴミ箱を確認してみたら、たしかにみんなの使っているゴミ箱はうちのより遥かに小さい。僕が使っているのはポリバケツの五倍くらいあるから、それに比べたらまるでミニチュアだ。入るものと言ったら、紙くずくらいだ。そんなんでどうやって部屋のゴミをまとめているのか、想像すると不安になるくらいだ。アマゾンの段ボールとか、弁当のパックとか、大きめのゴミが入らないじゃないか。うちなんて、広げてセットしたポリ袋が週二回の回収日までには必ずパンパンになるくらいなのに。しかし、ゴミ箱の大ささを指摘した人間に言わせてみれば、それだけ僕が部屋にこもって多量のゴミを産出している、ということらしい。
 しまった、と思った。ゴミ箱からふだんの引きこもり生活がバレた。たしかに、、狡猾な奴は察するだろう。このゴミ箱のサイズからして、こいつは部屋にこもりっきりの、友達が少ない人間だ……と。単身者がそれだけ大きなゴミ箱を必要とするのは家から出ないか、分別を無視してなんでも突っ込んでいるかのどっちかだ。どっちでもない、と言いたいけれど僕はじっさい友達が少ないし、たいていの時間を家の中で過ごしている。
 自覚していることとはいえ、自分からそう表明しないうちにバレてしまうと恥ずかしいじゃないか。こっちから「友達いないんで~」と言うのと「友達いないんだね」と察されるのは意味がまったく違う。
 かといって、いらない恥をかかないためにゴミ箱を買い換えて新しくすることも、怠惰な僕はしなかった。というか、ゴミ箱を捨てるゴミ箱がなかった。
 妥協策として人んちで見たくらいの小さなゴミ箱を買ってみた。当然通販を使う。試しに梱包の段ボールをたたんで入れてみたら、それだけでいっぱいになってしまった。おもちゃみたいな円筒形の入れ物から、無理やり小さくした段ボールがはみ出している光景は、絶妙に情けない心地へと僕を導いた。さっさといつものゴミ箱に段ボールを捨て直して、いろいろな使い方を試してみたが、どれも後でゴミをまとめる作業が手間になるだけなので、結局使用を諦めた。いくら世間が広いといっても、ゴミ箱をインテリアにしている人間はそういないだろう。やっぱりゴミ箱はでかい方がいい。大は小を兼ねる。
 二軍ですら出場機会がない野球選手みたいなミニごみ箱だったが、最近、あるだけ邪魔ということに気づいて捨てた。ゴミ箱を捨てたのは人生で初めてだった。弁当のパックも入らないんじゃ使いようがない。無駄にしたお金のことを思うと切なくなるけど、十年来染み付いたインドア体質がそうそう変わるはずもなかったし、結局僕はゴミ箱を捨てるときに脱インドアの意志も一緒に捨てることにした。
 でかいゴミ箱はぼっちのシンボルだ。家主の怠惰な日常を懐深く受け止めてくれる。
 壊れることがないから一生のお付き合いになるかもしれない。それなら名前でもつけて可愛がったほうがいいだろうか。考えておこう。

いちばん美味しい星の食べかた 第4回 筋肉を遠く離れて 遠野 真

2016-03-27 10:12:55 | 日記
 筋肉から離れたがっているような音楽があると思う。
 生きていると時々耳に入ってくる。
 かわいくて、脱力感があって、へにゃへにゃで、うっすらと有毒ガスの匂いがする。
 僕が大学に入学した頃に相対性理論というバンドが流行った。僕も好きだし、CDも持っている。ここで言いたい「筋肉から離れたがっている音楽」というのは、相対性理論のあのふわふわした声と曲を、更に骨抜きのふにゃふにゃにして、かつ「そうたいせいりろん」とあざとすぎるひらがな表記をするような、脱力の果てにポップであることすら放棄したようなスタンスのポップさの、相対性理論が普通の二枚貝だとするとそこからタコやイカに進化したような、そういう音楽のことである。ただしボーカルは男女どちらでも有りうる。
 わかるだろうか、いや、わからないだろう。書いてみて僕も自分の説明の下手くそぶりに失望している。なんで例を挙げないのかって? 覚えていないからだ。好みじゃないから曲名もバンド名も頭に残ってないし、調べるのも面倒くさかった。なるべく曖昧な比喩にたよらずに言えば、「試合直前の格闘家とか、筋トレに勤しむラグビー部員とか、男性的な力を多く有した人が聴いているとしたら、お仲間に嘲笑されること間違いなしの、筋肉の逞しさからかけ離れた世界観の曲」ということだけど、これでも想像がつかなかったらこの文章は読むだけ時間の無駄なのでブラウザを閉じて頂いていい。そうでもなければ、僕の代わりにyoutubeを探索して条件に一致する楽曲を見つけてきてほしい。
話をつづける。
 かつて、ものすごく勉強がよく出来る知人が、「生まれてこの方、体育の時間が苦痛でしょうがなかった」と打ち明けてくれたことがある。スポーツがあまりにも下手くそで、何かアクションするたびに笑いものになるし、笑う人がいない優しい場だったとしても、かえって惨めさは浮き彫りになる、そんな苦行だったという。彼は頭がいい他に音楽もよくできて、特にジャズが好きだったので、僕の思う「筋肉から離れたがっている曲」とはたぶん関係がない。けれど、僕が初めてそのような曲――タイトルも知らないその曲にふれたとき、即座に彼の、ただのガリガリとも違う、ヒョロヒョロとした体型をぼんやりと思い出した。思い出してから、「誰か、彼のように運動ができない人が、フィジカルに優れた不良や、脳筋タイプの粗暴な人間に対する反の感覚でもって、こういう音楽を作ったのかな」という妄想が、僕の意識に浮かんできたのた。
 もう少しましな説明が出来そうだからあらためて書くと、僕が言いたかったのは「男性的な意味での筋肉と、それにまつわる負の要素をまったく寄せ付けないという条件で、別の価値観が生成される世界観を表現した音楽」ということになる。
 多種多様な意味合いで「肉体的に優れた」男性がしばしば実際に行い、しばしば被害妄想的にイメージとして押し付けられている「搾取」や「暴力」がまるで機能しない世界。そういうものを、音楽の中で築こうといるのかもしれない。……そんな気がして勝手に僕の脳内で類型化してはいるものの、バンド名も知らないんだから曲を作った人たちの意向は知りようがないし、察することもできない。
 だから、これはただの妄想だ。
 でも、そういうふうに「何かへの反」を作品全体に、あるいは生活全体にルール化して取り入れているグループは世の中にたくさんある。歌人だって、そういう人をたくさん内包しているだろう。筋肉的世界ひとつとりあげても、それが嫌いな歌人はしょっちゅう見かける。
 以前、ツイッターに「文学の正体がいじめられっ子の復讐会だったら嫌だな」と書いたことがある。でも、今考えるとこれは書き方が的確ではなかった。いじめられっ子の復讐はそこまで嫌じゃない。「みんながそう」だったら嫌なのだ。自分が所属している集団が「似た人が集まってつくる聖域」であってほしくない。それらの聖域にはいつも、「関係者以外立ち入り禁止」の看板が立てられているけれど、僕はその「関係者」という条件付けや審査が適切であった例を知らない。
 本当のところ、試合前のギラギラした格闘家や汗だくのラグビー部員にとって「そうたいせいりろん」が有効でありうることは、誰にも否定出来ないはずだ。しかし、それを否定して笑いものにすることが聖域の内部においては許されている。人間は、一人の他者を一つのエリアに押し込めたがるいきものだ。それ自体は悪いことではない。ただ、そのせいで、複数人の多様性が認められたとしても、一人の多面性が認められることはなくなる。認められるのは「多面性という一面」で理解される場合で、そのときには、紙のサイコロを開いて、使い物にならなくするような作業が行われる。

 お洒落して行ったカフェに、競馬場帰りの小汚いおじさんが居ても逃げない、嫌な顔しない。
 逆に、小汚いおっさんだらけの居酒屋に清楚な女性が現れてもニヤニヤ汚い目を向けない。
 じゃあ、競馬場の小汚いおっさんと、お洒落なカフェの両方を「おっさん×カフェ」的に、同時に志向している人がいたとしたら、その人はどうすればいいのだろう? 
 理想的なことは、内側にいる人にとって我慢ならないことである。
 そして悲しいことに、人間は内側を志向する生きものだ。
 僕のこれまでの人生は「汗だく×そうたいせいりろん×何か×何か×……」みたいな重国籍状態への憧れの中で、それが達成されることのないまま費やされた。自分なら可能だと思っていたけれど、結果的には「汗だく」と「そうたいせいりろん」のどちらにも定住することができなかった。それは僕の人間的な失敗であり、構造的な問題でもある。その苦しさは、利発でジャズを好む彼にとっての「体育」に似ていたかもしれない。しかし彼は、僕にその話をした頃、とうに「体育」を見限って、そこから遠く、彼にふさわしい聖域に腰を落ち着けていたのだ。僕はといえば、二十代も半ばになり、いつの間にか自分が「汗だく」と「そうたいせいりろん」両方の……いや、もっともっと、自分が入ることを望んでいなかった場所までも見渡せる場所に居ることに気がついた。
 「外側」である。
 「外側」という聖域には立ち入りの条件がない。規定する集まりがないのだから当たり前だ。周囲を見回しても誰も居ない、孤独で静かな場所だけれど、現実に外側の住民に近づいた時はわかる。雰囲気で察するし、においがする。そして、どういうことか、ここのところ「外側」の人口は増加の一途をたどっているらしい。しかし「外側」には内側のように共有される暗号がないので、住人同士が手を取り合うことはない。だが、互いの存在に勘付いてはいるのだ。
それならば、と思う。
 似た者同士のちいさな聖域と、聖域を求めるこころが消え去った世界を理想と考えてきたから、そこへの諦めは付いている。それでも、だ。
 類型的な人が傍にいないと安心できない? でも、安心という前提を手放せば、理論上は「それ」が可能な気がするのだ。似た者同士という幻想に凝り固まった集団を見つけるたびに、だったら全員が示し合わせて住民票を手放すのもありじゃないか、と、どうしても考えてしまう。そんな立ち位置すら、一つのまやかしであり本当は「内部」であるかもしれないとは、わかっているけれど……僕は妄想を止められない。

 補集合、つまりベン図の「余り」はいつも歪な形をしている。真っ白に投げ出された、それか一色に塗りつぶされた「余り」の範囲内を移動するとき、円の内側から内部を眺め回すより広い景色が、より豊富な角度で見えることに気付く(しかも内側が観察できる!)。そのような歪さは良くも悪くも人を変に面白くするだろうし、たった一つの円の内側に篭もるよりは、余りの自由さを志向していたいと今は考えている。
 もし、「筋肉から離れたがっている曲」を作っている人や、そのバンドのファンに会うことが叶うなら、その音楽とその音楽が好きな自分について、いろいろ、腹を割って話してみたい。僕は外側もいいぞ、とは絶対に言わないし、内側にしか居たことのない人には言ってもその意味が通じないことを知っている。そもそも、双方へ通じるドアやトンネルは存在しない。通り抜ける穴を必要としなければ、そこから出ないまま一生を終えることができるのだ。そんなことだから、話が深まってくるほどに互いが孤独になるだろう。その孤独はますます彼(彼女)を深く内側たらしめ、僕自身にとっての余りの外形をより鮮明にする。それでも、互いの存在を認知することには、おおきな意味があるという気がするのだ。
 音楽から始まったこの些細な妄想が全くの的外れでなかったなら、その証に、話し合いのどこかしらで、その人は僕に対してぼんやりと不快な思いをするはずだ。妄想だと断った上で言えば、そうなって欲しい。
 僕はいまでも「筋トレ」をしているから。

いちばん美味しい星の食べかた 第3回  seldom(めったに~ない) 遠野 真

2016-02-28 12:23:30 | 日記
 ある日……なんていう書き出しは虚構だ。人間の心持ちは、長い時間をかけてだんだんと、じわじわと、あるいは本人も自覚できないままに固まってゆくものである。
 だんだんと、じわじわと、僕は僕の周囲にある迷惑に、そして僕自身が抱えた迷惑に、生きていればこれから出会うであろう人達を巻き込まないと心に決めたのだ。手の届く範囲のあらゆる人生の一部分に触れたり、手に入れたりするのを諦めることになるとしても、それしか責任を果たす方法がないとすれば、迷うことはない。

 で、僕はそのような考えを持った頑なで堅物で生真面目な生物なのであり、生真面目な堅物といえばその大半は、何らかの熱い感情や志向を、心の裡で飼い慣らしているものだ。
 有り体に云えばヘンタイのことである。
 たとえば笑いのツボなんかが、歳を重ねるごとに変態的になってきている気がする。もう少し詳しく言うと、昔は漫才の番組で見るようないかにも作りこまれた笑いが素直に面白かったのが、いまはより変な、より突飛な取り合わせにウケるようになっているのだ。
 以前、若い女性歌人と歌会でお会いしたとき、その人がエナジードリンク「MONSTER ENERGY ®」を飲んでいた。レッドブルと人気を二分しているアレだ。そのとき僕は、自分が望んでいなかったのに、ニヤニヤと、フフッと、笑ってしまったのだ。
 手に握られた黒い缶、その中央のでかでかとした緑色のひっかき傷のロゴ。今までの知識や経験の集積によって、僕はモンスターエナジーに対して、パリピの人たちがクラブの大音声のなか輪になって飲んでいるのがしっくりくるというイメージを無意識に抱いていたのだ。そのようなものを、うら若い文系女子が歌会の場で持っているし、飲んでいるし、しかもそのことに外界からのツッコミが一切ない。(これは僕が持つイメージの中の話であって、実際の歌人やモンスターエナジーに含むところは無いのだけれど)僕はそういう事態にどうしようもなく笑ってしまうのだ。実際上はそこまで分析してから笑うに到るわけではないので、怪訝そうな顔をされているのに、笑った原因を説明できず、余計に後味が悪くなってしまった。
 例として十分だったかはわからないが、話を進める。取り合わせの妙もそうだけれど、笑いというのは緊張と緩和によって生じるものらしい。
 思うに、変態的な笑いのツボというのは、それぞれが背負っているストレスや、孤独感やコミュニケーションの不全といったものがもたらす過緊張によって引き起こされるのではないだろうか。
 日々ツイッターを眺めていると、「そういったネタ」に出会うことがしばしばある。でも、それらのシュールで変態的なモノを楽しんでいる人達のアカウントを追ってみると、案外普通の生活者だな……という感じで、拍子抜けするのだ。
 ふつーの顔をして暮らしている人たちの変態性を暴くのがネットの仕事の一つなのだとして、濃淡の差はあるにしろ、ネット社会に365日繋がっている現代人は、だいたいが変態的なものを背負わされているか、そうでなくても隣合わせに居るのだ。本当に清潔な人たち、モンスターエナジーで笑ってしまう僕の意味不明さに純粋に引いてしまえるような人たちは、ネット社会ではマイノリティであるか、そこまで密接にネットと関わっていないか、という気がする。
 つまりこのエッセイを読む人の過半数は、持ち主の所為でモンスターエナジーが急にシュールな笑いを点火するモノと化す現象が理解できる、言わばお仲間だと信じている。お仲間の方々はこぞって僕に同情してほしい。変なツボのせいで、失礼な態度をとってしまう事件が、数えきれないほどあるのだ。
 ところで、大学の友人(彼もまたヘンタイのようである)によると、僕らの変態性はネットによって可視化されただけで、昔から同じような人たちは同じくらいの数、存在したのだという。本当なのだろうか。例えばピクシブというイラスト投稿サイト一つ見るにしても、僕はネットによってヘンタイの数は増えたし、現在進行形で増加中だと信じきっているので、増加説VS可視化説の諍いはいつも平行線を辿ってしまう。
 そんな時、僕は真実への欲求に駆られる。このままコミュニケーションの下手くそな人が増え続けて、子孫に再生産されるなら、近い将来、世界はいつかヘンタイに覆われることになるんじゃないかと。人類がみな文筆家なら、人類がみな政治家なら、とかそういう類の悍ましさではない。悍ましさに気付かれぬまま、僕らは悍ましい生き物になってゆくのだ。

 今回は、実際のところどのへんが「アレ」なのか自覚している範囲内で書いてみた。増加にしろ可視化にしろ、そういう人たちが現代の社会にたくさんいる、という体感だけは読者の誰も疑わないだろう。翻って考えれば、それだけ強い内圧や歪みが、心に生じているということだ。みんなは一体、何に対して生真面目で堅物なのだろう。労働か、恋愛か、物欲か、それとも人間でいることか。どれにしたって、簡単じゃないことは周知の事実である。

 昭和生まれの人たちが、自分たちにとっての「昔」は長閑な時代だったとか、空気が豊かだったとか、言うのだ。でも、もし僕がその時代に生を受けたなら、ヘンタイにはならない代わりに、今の自分以上の、もっとスケールの大きな寂しさにとらわれてしまったのかもしれない。平成の世の中に生まれなければ、こんなに頑なにならずに済んだのかもしれない、とも言えるけれど……とりあえず自分はヘンタイたちにうっすらと優しい、幸福な時代に生まれたということを、良しとしているのだ。

朝まだき所詮は敗者復活の具として「書く」という行為あり 中沢直人

いちばん美味しい星の食べかた 第2回 サワダのこと 遠野 真

2016-01-31 16:40:16 | 日記
「頭悪いやつのほうがおもろいに決まってるやん」と彼は言った。
 僕と高校時代の同級生だったサワダ(仮名)は、ノリがよくおしゃべりで、イケメンではないけれどスポーツ万能、誰が見ても学年の人気者、という感じの男子だった。
 僕の通っていた高校は、Ⅰ類、Ⅱ類、Ⅲ類というふうに、出願の時点で学力別にクラスが決まっているのだけれど(数字が多いほど賢くて生徒数が少ない)、部活動に関しては全クラス合同なので、Ⅰ類の彼とⅡ類の僕は同じバドミントン部で知り合うことが出来た。
 バドミントンというのは地味なスポーツだから、入部するメンバーも自然と地味になる。女子には日焼けの心配がない運動部として人気だったけれど、男子はどこの学校でもまぁひどいもんである。はっきりとそのせいだとは言えないけれど、半年もしないうちにサワダはバドミントン部を見限り、硬式テニス部に転部してしまった。
 退部して以来、部活帰りの自転車置き場や、休み時間の廊下で、サワダがテニス部の垢抜けた連中と楽しげに話し込んでいるのをよく見かけた。いろいろと波紋は呼んだけれども、彼の転部は正解だったのだ。
 進級を控えた春休み、久しぶりにサワダを交えて、バドミントン部のメンバーで遊ぶことになったのだ。そこで彼と話した時に、冒頭の言葉が出た。
 それまで特に上とか下とか意識せずに付き合っていたサワダに、完全に打ちのめされて、僕は返す言葉に詰まり、黙りこんだ。当のサワダはそんな僕の様子など全く気にしていないふうだったのが、なお恐ろしい。
 つまりサワダは、「お前は俺よりつまらない人間だ」と言ったのだった。
 後から考えてみると、たしかに彼の言ってることはものすごくざっくりとした条件をつければ正しいと思えた。でもその場で反論する余裕はなかったし、そんなことをしてもサワダの人間観は変わらないだろう。とにかく、僕にはサワダを説得する力量がなかった。

 二年生になった春、やむを得ない事情で僕はひとり暮らしを始め、それに合わせて部活を辞めた。サワダと僕は実力的に部のツートップになることを期待されていたから、顧問やキャプテンを失望させてしまったかもしれない。でも、仕方ないことだった。
 ひとり暮らしは事前に考えていたほど忙しいものではなかったし、掃除や料理を終えればかなりの自由時間が出来たので、それまでの人生で一切縁がなかった読書を趣味にして、詩を書いたり、美術館に行ったりするようになった。それら全てが一人でちまちまとすることだったから、僕は自分と対照的な存在として、ときどき、サワダのことを思い出した。この文化的で地味な遊びの楽しさはたぶん、彼の言う「おもろい」の埒外なのだ。その埒外をそもそも全く相手にしないで、自分が面白いと感じるものを素直に信じて、自分とはこういうものだと他者に表明する。それだけのことが十六歳の時点でできているサワダは、僕より大人だったのだかもしれない。
 反対に僕はいまだに自分の「おもろい」を疑ってばかりいる。あれもできそう、これもできそう、でもあれも違う、これも違う、で八方塞がり、流れ流れてたどり着いた短歌でたまたま賞に選ばれただけの宙ぶらりん人間だ。僕は、サブカルの世界にどっぷりと浸かることもできないし、リア充の世界にもぐりことも出来ない。どちらかを選ぶということは、どちらかを捨てるということだ。「おもろい」を恣意的に限定することなく、サブカルとリア充を両立している人間を僕は知らないし、おそらく存在しない。みな何かの価値観を棄却したり下に見たりすることで、自分を正当化して生きている。それでも、僕はどちらの(どの)可能性も捨てたくないのだ。
 サワダも僕も、スマブラとドッジボールしかすることがないような小学生だったのに、片方はリア充まっしぐら、片方は文芸の、それも短歌という小さなジャンルで新人賞を獲った。
 「そちら側」から、文芸の世界に攻め入ることができたことは、今後、僕のアイデンティティになるのかもしれないけど、文芸と真剣に向き合うほど、それは先々弱点になるという予感がある。バイオリンの奏者が練習を始めた年齢で区別されるように、文芸もまた、幼い頃から本に親しんできた人とそうでない人には、抗し得ない力の差があるというのが、短歌の世界に入って一年経った僕の率直な感想だ。
 何かを両天秤にかけて、片方がダメになったとき、もう片方に色気を見せるのは人情というものである。ある日、録画した「こじらせナイト」を見ていたら、能町みね子が「運動できるんだから、普通にEXILE聴いてりゃいいのに」と言っていた。
 まったく。

いちばん美味しい星の食べかた 第1回 無痛日記 遠野 真

2015-12-29 14:20:01 | 日記
 小学生のころ、感想文を書くのが嫌いだった。
 遠足や社会見学、ビデオ鑑賞に講演会、総合的な学習の時間、それから年一回の宿泊行事。それらの行程が一通り終わったあと、教室に戻ると決まって先生が原稿用紙を配る。何かにつけて書かされたから、六年間で100作を超えていたかもしれない。
 毎度毎度、緑色のマス目を睨みながら、「うへぇ」と頭をかかえた。
 なぜ、100回もうへぇと思わなければならなかったのか?
 感想が無かったからだ。
 アサガオを観察しても、山に登っても、はだしのゲンを見ても、伝統工芸の職人から話を聞いても、その頃の僕には心に思うことが何もなかった。
人はそれぞれ違うところに感動のツボがあるから、学校側のチョイスした行事がことごとく僕のツボを外していただけと考えることもできるけれど、おそらくそうではない。
 五歳の時から十年間飼っていた猫が死んだときも、僕にはあるべき感情がなかった。
 衰弱しきってまともに動けないのに、どこかに隠れようと立ち上がって、そのたびぷるぷると震えて転んでしまうのを、抱き上げて寝床に戻した。見守っていうるうちに夜中になったので、母に世話を任せて寝たあと、息を引き取った。次の日の朝、母に死までを看取ったと告げられたのだけれど、その時はほんとうに自分でも自分が不思議だった。産まれた時から一緒にいて、大好きだった猫の死に少しのかなしみすら抱くことがないのだ。こちらが向けた愛情は疑いようもないのに、だ。子供は自身に死の感覚が希薄だから他者のそれに心を揺さぶられにくいのかもしれないけど、それにしたって夜中に一人で泣くくらいのことがあってもおかしくはなかった。当時の僕にとっては、愛猫の死も、どうでもいいことだったのかもしれない。

  白紙で提出したって、居残りや持ち帰りで書かされるのは明白だ。
  何も感じなかった、と一度くらい書いたかもしれない。
  しかし先生は書き直しを命じただろう。
  何も感じない心は排除の対象た。

 僕は抗いきれなかった。感想文が課されるたび優等生ふうの機械になって、まるで人間味のない言葉で文章をかさ増しかさ増し、なんとか乗り切っていた。
そんな経験は珍しくないという人が居るかもしれない。他の子供もみな僕と同じくらい無感動で、噓と建前の感想を表出することに慣れながら社会に適応していくんだと指摘されたら、そうなんですかってお茶を濁すほかはない。
 僕が言いたいのは、自分が変わり者だったということではなくて、無感動な自分の心には、学校や社会に居場所が認められていないという事実だ。無感動とは、「人間らしさ」というよく分からないむにゃむにゃしたものを犠牲にして得た、貴重な強さでもあるのだ。あらゆる物事と、出会った瞬間にお別れの準備が済んでいて、しかも、そのお別れにまつわる建前を、ほとんど無視することが可能だった。
 かつて飼猫を愛していたように、今の僕には沢山の「好きなもの」がある。多くはないけれど「好きな人」も。ただ、もしもその誰かや何かが、明日死んだり消えたりしても、なんとも思わないだろう。それらがなくなった世界を生きていくだけである。
 日常生活の中で、ふと、世間には僕のような人が案外たくさん居るんじゃないか? と感じることがある。
 もし居るのならその人たちに、あんたは強いからそのままいけよ、とエールを送りたい。
 そうじゃない人には、僕みたいな「好き」も多様性の一つだから認めてね、と言いたい。

 去年、とある短歌の新人賞を受賞したことがきっかけで(正確には、田丸まひるさんに文句をつけたことがきっかけで)この文章を掲載してもらっているのだけれど、昔の自分を振り返ってみると、あの無感動な子供が詩を書いて賞を取るなんて、と笑いそうになってしまう。当時に比べれば僕も複雑に劣化して、いろいろな物事から、さまざまな感想を得られるようになってしまったのだ。無感動な強さだけを保持していたなら、歌作のような非経済的な活動をする理由はなかったのだけれど、さまざまな感情や感覚が生きる上で有用なものになったことを僕はもう知っている。
 目指すのは多感と無感動のハイブリッドだ。


◇◇◇


 これから一年間、ここで月イチのフリーエッセイを担当します。フリーと言われたんだから、今度ばかりは感想がないという感想もオッケーだろうけど、それだと書く意味が皆無なので、もののあはれを感じてしまうようになった僕が、スポイルされた無感動ぶりを懐かしみつつ、なんでもないことや、なんでもなくないことを、なんでもなく書いてみようと考えています。

君が死んでもたぶんなんにも感じないけれども好きでそのように言う
角川短歌賞応募作『地球照』より