
今から3年前の10月31日、大阪は旭区の架かる赤川鉄橋に行きました、撤去になると聞いたから
まだ今の様に仕事に在り付いていない時でした、カメラとパソコンから印刷した地図を片手に・・・
やっとの事で現場に辿り着きましたら・・・人・人・人、でした・・・それを見て此処なんやと確信を
御覧の通りに、鉄橋に鉄道と歩道が一緒になっているんです・・・今から思えば危険な事ですよね・・・
でもまあ・・よく写真を撮りに行っておいたと、今更ながら感心しますよ!
もう一つの思い出は、私の詩吟のお弟子さんのお話です・・・それこそ50年近くになります
今もあるか?どうかは分かりませんが・・・旭区の旭警察署の前に旭工業会がありました
きっかけは?忘れましたが、確か新年の宴会に詩吟を頼まれて行ったのが初めでした・・・
そして工業会で詩吟をの教室を持つことになります・・・その中に松波哲正さんがいらっしゃいました
松波さんは確か愛知県から大阪に出て来られて、パチンコ王と云われた人でした・・最初は知りませんでした
お稽古の帰りに、北新地へ連れて頂いた事も数回ありました、帰りは最終ギリギリの時間に、
最寄りの京阪の駅に送って頂くのでした・・・私の家にも一度来て頂いた事も懐かしい思い出です
或る時、松波さんから 『じつはこの度わが社の創立25周年の祝賀会を太閤園で行います、そのときに・・
先生の詩吟で〖遠い道〗を是非とも吟じて頂きたい』 と云うお願いでした。
ナント松波さんは・・その時に発覚したのですが・・・恵まれない子供にランドセルを寄付していたのです
しかも無名で、その事を、挨拶に立った、大島市長〈当時〉のお話で分かったのでした・・・
そしていよいよ私の出番です、松波さんがお母様に感謝の花束を贈呈される前に司会のナレーションが
続いて私の【遠い道】の詩吟が始まりまして、聞いていたコンパニオンの女性も泣いていましたし、・・
大島市長が声をかけて下さいまして、『この感動は一生涯忘れることはないでしょう』との言葉を下さり、
松波さんは大満足でした・・・太閤園の会場に来る前に赤川に出来たマルハチパチンコ店を見学しました
素晴らしい店舗で、林武を始め有名な画家の絵が社長室に飾ってあったのを思い出します
苦労人だけあって、優しい心の持ち主でした、私には本当に良くして頂きました・・・
太閤園での思い出は私にとってまさに黄金の思い出です、赤川と云うと松波さんを思い出します
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