【村上たか】・・・文化6年〈1809〉~明治9年〈1876〉
文化6年〈1809〉近江国犬上郡多賀町の、多賀神社にあった寺坊尊勝院の娘として生まれる。
18歳の時に当時の藩主だある、井伊直亮の侍女となる。
20歳で京都に上り、祇園で芸者になる。
その時、男の子を生んでいるが私生児であったため、子供と共に生まれ故郷の彦根に戻る。
井伊直弼との出会いもこの時である、舟橋聖一の「花の生涯」のヒロインでもある
またNHKの大河ドラマの第一回目の作品でもある。淡島千景が演じていた。
井伊直弼が大老になってからも、男女の関係は切れたとは言え、
安政の大獄の際、京都の倒幕派の情報を江戸に送るスパイとして活躍
井伊直弼が桜田門外で暗殺されるや、文久2年〈1862〉尊王攘夷派に捕まり
三条河原に三日三晩晒されたが、女性と云う事で殺害を免れた
その後、一乗寺の金福寺で出家し妙寿尼と名乗り、明治9年〈1876〉亡くなる。
墓は金福寺の末寺である圓光寺に在る。
と云う事で・・・金福寺と圓光寺を訪ねたのでした・・・どちらの寺院も紅葉が鮮やかでした
【一乗寺下がり松】まで市バスで、そして金福寺への道を・・・鮮やかなモミジが顔を覗かせています、石段を上がると金福寺!
こじんまりしたお寺ですが、中々の名刹です、
入った処に、村上たか女の創建になる弁天堂がお出迎え・・・中に入ると、彼方此方で色鮮やかな紅葉たちが歓迎してくれる
与謝蕪村の墓もありました 高浜虚子も蕪村の墓に一句
こちらが有名な〖たか女晒し者の図〗です
村上たか女が14年間の余生を過ごした時に書き残した貴重なもの
金福寺から次の寺院、たか女の墓がある、圓光寺にやって来ました、なんと夕方のテレビ中継があって5時までとか
何処を向いても、紅葉・もみじ・モミジ、でした・・・どこを見ても赤・黄・薄緑、のコントラストが抜群でした
部屋の中からも、見入ってしまいました、障子とのコントラスト! テレビ中継用のセットが組んでありました
そして・・・村上たか女のお墓です
たか女のお墓に参って、さらに坂を上がると、ナント 東照大権現・徳川家康公のお墓に出会いました
今年も又、尋ねられなかったけど・・・紅葉は如何なもんでしょうか・・・
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