「髭風ヲ吹いて暮秋嘆ズルハ誰ガ子ゾ」。天和二年、芭蕉39歳
侘輔 「髭風ヲ吹いて暮秋嘆ズルハ誰ガ子ゾ」。天和二年、芭蕉39歳。この句の前詞に「憶フ二老杜ヲ一」。老いた杜甫を想うと前書きしてこの句を芭蕉は詠んでいる。
呑助 髭が風を吹くんですか。そんなことはないでしよう。
侘助 そうだよね。森川許六が描いた「おくのほそ道行脚図」がある。芭蕉存命中に門弟の許六が描いたものだから、芭蕉の顔かたちが忠実に表現されているのではと言われている。この図を見てみると芭蕉には口髭が描かれている。手入れの行き届いた口髭だ。
呑助 実際は無精髭みたいなものだったんじゃないんですか。
侘助 芭蕉が旅を栖(すみか)とするようになるのは、四十一歳、貞享元年『野ざらし紀行』からだから芭蕉庵にいたときには髭を毎日剃っていたかもしれないなぁー。
呑助 どうして芭蕉は髭を毎日剃っていたと想像できるんですか。
侘助 日本には髭の文化がないからね。英語には頬髭、顎髭、口髭とそれぞれ固有名詞があるでしょ。ゲルマン人やスラブ人には髭の文化があるから頬、顎、口にそれぞれの固有名刺がある。
呑助 ゲルマン人やスラブ人が住む地域は寒い所だから髭の文化があったんでしよう。
侘助 東海道を上り、江戸に向かった芭蕉は無精髭を伸ばしたまま、旅をした経験があったのかもしれない。その経験があればこそ、この句が詠めたんじゃないのかなと考えているんだ。長く伸びた無精髭に当たる風を感じると頬の髭によって煽られた風なのかと錯覚することがあったのじゃないかと愚考したんだ。
呑助 それが「髭風を吹いて」なんですか。
侘助 失意の中、年老いた杜甫を芭蕉は思っていた。年老いた杜甫の頬や顎には長く伸びた髭が風に吹かれていたのだろうと芭蕉は想像すると同時に杜甫の詩『白帝城最高楼』を思い浮かべていた。
杖藜嘆世者誰子
(藜(れい)を杖して世を嘆く者は誰が子ぞ)。
泣血迸空回白頭。
(血に泣き、空に迸(ほとば)しりて白頭を回らす)。
呑助 杜甫の詩を下敷きにして「髭風ヲ吹いて暮秋嘆ズルハ誰ガ子ゾ」は詠まれているんですか。
侘助 そのように言われているみたいだ。高楼に上り、杜甫は世を嘆いたが芭蕉は暮行く秋を嘆いた。芭蕉は杜甫の気持ちに寄り添って句を詠んだ。
呑助 誰だって、暮行くを秋を眺めていたら、惜しまない者がいるだろうかと、いうことですか。
侘助 暮行く秋を眺め続けている老人がいる。夕日の中に黒い人影になっている老人。
呑助 芭蕉は「誰ガ子ゾ」と言っていますよ。だから老人じゃないんですか。
侘助 秋の暮、芭蕉が見た人影は老人ではなかったかもしれない。しかしその人影に芭蕉は老人を見たのではないだろうか。
呑助 なるほどね。その人影は年老いた自分の姿、芭蕉自身の年老いた姿を想像したのかもしれませんね。
侘助 きっとそうなんだと思う。一人年老いていく自分を想っていたに違いないようにも思うね。
呑助 風を吹く髭は白く長いものが想像されますよ。そうでなくちゃね。