「邂逅の森」を話す
暖簾をくぐると源ちゃんがにいた。
しばらくだね。一牟ぶりくらいかな。
よせやぁい。おとといここであったばかりじゃないか。
そうだったかな。本当にしばらく逢ってにいないような感じがするんだけどね。
アルツの心配はないの。若年性痴呆症が流行っているから気をつけた方がいいかも。
源ちゃんがこの間、言っていた小説、何というんだっけ。
「遜遁の森」かい。
そうそう、その小説、読んだよ。
どうだった。
面白かったよ。「夜這い」のところなんか、面白く読んだよ。
今でも通ずる話だと俺、思ったけどね。若い男が皆、憧れる女には男はいない。男たちが敬遠してしまう。思い切って「夜這い」をかけたら、受け入れてくれた。やはり、男は度胸だね。駄目元でアタックする。
俺は「マタギ」の話に興味をもったよ。山の神令まは醜女(しこめ)で嫉妬深い。内の山の神も同じだ。嫉み始めたらどうにも手がつけられない。だから大事に清く貧しく美しく生きねば、と思うね。
マタギは山の神さまの怒りをかわないよう、初めて冬山の熊狩りに参加する者は一月も前から女を断ち、禁欲生活をする。山に入ると若者は下半身を露出し、勃起させ、祈る。参加している者は皆、真剣にこの儀式を執り行う。こうして、山の神さまに祈り、猟がうまくいくと信じて疑わなにい。
神話的な世界がつい最近まであったんだね。
こうしたことって、とても大事なことのように思うよ。子熊を抱えた熊は絶対に捕らなにい。自然の摂理には逆らわない。こうして掟や仕来りのようなものがつくられ、それを厳格に守る。山の恵みは神様からの恵みだと村人は皆感謝する。今のような自然環境の破壊はなかった。自然に対する畏敬の念のようなものを失ったとき、自然破壊は進むのかななんてこの小説を読んで思ったけどね。
難しいことを言うね。
そうさ、俺は哲学者だからね。小説の中に人間の真実のようなものを見いだすから。
こりゃ、驚いたね。哲学者ときましたか。
源ちゃん、面白い小説があったら、また紹介してよ。
うん、小説なんてたまにしか読まないからね。