秩父事件の映画「草の乱」
居酒屋で生酒を飲んでいると源ちゃんがλつてきた。奥から挨拶を交わすと入口付近に座ろうとする。こっちにおいでよと、手招きをすると一度座った椅子から立ち上がり近づいてきた。
花見には行ったの。
誰と行くんだよ。俺はいつも一人だよ。一人で桜の花を見るなんて乙なものじゃない。
俺にはそのような趣味はないよ。花より酒と昔から言われているだろう。
「花より団子」というんじゃないの。
嫌だね。この人は。話が通じないよ。
「草の乱」は、見たの。
見たよ。この不景気な時代をどう乗り切ろうかといつも思っているだろう。その気概のようなものを感じたかったんだ。
明治の農民には気概があったのかね。
そりゃ、今とは違うよ。なんか新しい社会を築いていくんだという心意気を当時の農民にはあったように思うね。
秩父事件を映画にしたものだよね。
そうだ。自由民権運動が盛り上がった頃の話だった。発端は生糸の値段が切り下げられたことが始まりだな。
昔も今も中小業者は苦しめられているだね。
良い時は短くて、悪に時の方が長いからな。廃業しても地獄に変わりないからな。
昨日あたりも、一人、やめたよ。こう単価を切り詰められちや、やっていけないよ。俺みたにいに他人ができなにい品物を作つてにいれば別だろうがね。俺なんか、単価を切り詰められることなんてないよ。お客さんの方で値段を上げてくれるぐらいだから。特殊技能がなきや、難しいとは思うよ。いつまで俺の技能が通用するのか、ああI、大変だ。
秩父では農民が生糸の値段を下げられてどうしたの。
まあ、相場だから、しようがない。いつの時代も同だけれど、不景気の時代、弱い者をいじめて自分だけ損をしなにいようにする者がいる。しようがない、と言えばそれまでなんだけど。農民の怒りがそんな者に向けられるわけだな。
その悪い商人がその時代、その社会の悪人を代表しているんだろうね。
そうかもしれねえな。今だって、弱い者をいじめて金を儲けている者はいるだろうからね。そいつが誰か、判れば今だって、社会的に断罪されるだろう。明治の頃は、自由民権運動かあったから、その運動と呼応して秩父では、大きな運動になったんじゃないのかな。
そういう時代の精神を秩父事件は表現しているから今も映画になるのだろうね。
なかなか難しいことを言うね。
源ちゃんほどじゃないよ。
そうかい。われわれの組合も支持したんだよ。カンパをしたんだよね。だから見に行ったようなものなんだ。この映画だって事前に資金を集めることなしでは作れなかった映画だと思うよ。商業ベースにのるような映画とはいえないもんな。見ていて深く心を打つものが弱かったように思うよ。秩父事件の首謀者が北海道に逃れ、死に際、我が息子に自分の本当の名前、出身地など明かすところでは、グツとくるものがあったな。父が息子に秩父事件とはどのようなものだったかを話す形で映画は進むわけだけどね。父は息子に自分の真実を話して死んでLいくんだ。それは分かるような気がしたな。自分の真実とは秩父事件の真実のことだと思うよ。決して単なる
犯罪ではないということだ。