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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 70

 
 それから少しして、叔父と叔母の二人の声が聞こえた時、小さなアサダさんは気がついたようだった。
 今の自分が帰っていい場所があることを。もう、一人で迷わなくてもいいのだということを。
 私とヒカルも、その事がわかると顔を見合わせて、すぐに小さなアサダさんをこのトンネルから外に出そうと急いだ。
 ヒカルは小さなアサダさんのスカートに付いた砂埃をお母さんみたいにパンパンとはたいて、私は小さなアサダさんが頭をトンネルの低い天井にぶつけないように軽く手で押さえながら、出口へと誘う。
 トンネルから一歩だけ出て、すぐに叔父と叔母の姿を見つけた小さなアサダさんは、心底安堵の表情で私たちを振り返った。
 同時に、つかの間の楽しい団らんのひと時の終わりを悟り、もじもじとした様子でこちらに向かって何か言わんとしている。
 私とヒカルはとびっきりの笑顔で手を振り、それに無言で応えた。
 小さなアサダさんも、大きくうなずき、手を振った。
 そして、小さな声で言った。
「トモヤ、ヒカルちゃん、また会える?」
「必ずまた会えるよ」真っ先にそう答えたのはヒカルだった。
「うん、これからもずっと一緒さ!」私も手を振りながら答える。
 そして小さなアサダさんの顔が満面の笑顔に変わった時、トンネルから見える外の景色ごと、眩しく光りだした。
 白い光に飲み込まれるように徐々に小さなアサダさんも、外の景色も、全てが溶けていくようだった。
 その光の中で、小さなアサダさんは叔父と叔母のもとに駆け寄り、しっかりと抱き寄せられた姿が見えた。その時には、もう自分たちが居たトンネルも、隣のヒカルも、自分自身さえも光に包まれ見えなくなった。

 気がつけば、私とヒカルは最初に小さなアサダさんと出会った公園のブランコの前に居た。
 空には星々ではなく、明るい日差しを注ぐ太陽が空に昇っていた。
 もう、ブランコに一人でいる小さなアサダさんの姿はない。

「昇華されたみたい」ヒカルは、不思議そうな顔をしている私に向かって言った。
「・・・昇華?」
 ヒカルが言うには、過去に置き去りにされるように、迷いの世界に囚われ続けていた小さなアサダさんの意識が、自分が感じている寂しさや不安も含めて、自分自身を受け入れられるような気づきを得られて、救われたのだそうだ。

「イナダくんが後先を考えず、目の前の小さなアサダさんと一心に寄り添ってあげたから、気づけたんだと思う」
 ヒカルにそう言われ、私はよく判らずに「何に、気づけたのかな」と聞く。
 優しい眼差しを誰も居なくなったブランコに向けて、ヒカルは答えた。
「自分も人から助けられながら生きている、ということに」

 物心ついたときにはすでに父も母も他界していたアサダさんは、周りの父と母を持つ同年代の子どもたちの親に甘える姿や、やさしく頭を撫でられる姿に、埋めようのない喪失感を心の内に育ててしまっていたに違いない。自分にはお母さんもお父さんもいない。自分の孤独は誰からも気づいてもらえない。自分には本当に帰っていい場所がない。周りにとって邪魔な存在・・・と。
 私はそのことに胸が締め付けられるような切なさを感じると同時に、そんな自分の孤独にひたすら歯を食いしばるように耐えて迷いの街をたった一人で歩き続けている小さなアサダさんの姿を想い、本当によく頑張ったと、抱きしめて沢山たくさん褒めて上げたい気持ちで胸がいっぱいになった。
 そして、そんな小さなアサダさんが自分の帰るべき家、叔父と叔母の元へと心からの笑顔で帰っていったことに、人は誰もがそれぞれに与えられた巡り合わせの中で、たくましく生きていけるという希望を見せてもらった気がした。
 
「その気づきで、もつれた巡りの一部を解くことができたみたい」ヒカルは目を瞑りながら言った。
ー!。そうだった。この意識の世界にやってきた目的を、私は改めて思い出した。

「じゃあ、もう現実世界のアサダさんは目を覚ましてくれるの?宇宙は消滅しなくてすむの?」
 私は気がはやり、矢継ぎ早にヒカルに問うが、ヒカルは首を横に振って答えた。
「残念ながら、まだよ。過去のアサダさんの意識に干渉して、巡りの一部のもつれが解けただけ。これから、現在のアサダさんとの巡りを、急いでつなげないと・・・」
 そう言って、ヒカルは険しい表情をしながら、私の背後の遠く上の方に向かって指を差した。
 指の先を目を見やって、私はまた言葉を失った。
  
 そこには、空に立ち込める入道雲のように巨大で、真っ黒の塊となったような影が、不気味に揺らめきながら渦をつくり、向こうに見える街をまるごとひとつ闇の中に呑み込んでいた。

「あ、あれは・・・一体、何なんだ・・・!?」


・・・つづく

 
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