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れいこのいろいろ日記 渡米後~

2010年4月から始まったアメリカ生活。ブログで日本の友人、知人、家族に近況報告します。

CA運転免許試験合格

2011-03-17 | お役所手続
先週10日夜(アメリカ時間)、ベイエリアのローカルニュースを見ていると、
日本の東北関東の沿岸に大地震による津波警報が発令されたと速報がありました。

驚いて、契約している日本チャンネルに切り替えると、NHK総合(ライブ)の放送になっていて、
大津波に警戒するよう呼びかけていました。
画面では、報道で大津波が押し寄せると言っているのに、気づかなかったのか、ざぶんざぶんなっている沿岸の横を平然と車が通っていました。
大丈夫かな?と思った直後、海から大津波が押し寄せ、目を疑うような光景が次々と画面に現れました。


日に日に亡くなった方、行方不明者の数が増えていき、福島第1発電所の放射能漏れの問題、燃料、食料不足など、
日本全体が混乱に陥っていますね。
ご家族やご友人が亡くなった方や行方不明になっている方、家や全てを失った方の取材の様子を見ると、とても心が痛みます。


こちらアメリカでも、CNNではほとんどの時間を割いてこの大災害や発電所の放射能問題を報道しています。

夫の会社の仙台事務所はどうにもならなくなり、横浜の事務所も混乱に陥っているようです。
ここアメリカからできることと言えば、寄付しかありません。夫の会社や同僚もたくさんの寄付をしているようです。

寒波が押し寄せていますが、避難されている方、救援活動をされている方には十分体調に気をつけて頂きたいです。




カリフォルニア運転免許の件ですが、
2011年1月14日、筆記試験を受けて合格し、それから運転の練習を始めましたが、
ドイツ他や日本に行ったりしていたため、あまり練習ができていませんでした。
さて、そろそろ実技を受けるかと思って2月中旬にオンライン予約をした結果、一番早くて3月16日の予約しか取れませんでした。
またそれまでに日本に帰ったりしていたので、練習するにはこれ位先で良かったなと


2011年3月16日(水)   ☆ちなみに、3月13日より夏時間となり、日本との時差は16時間(遅い)になりました。

16時10分の予約なので、15分前にサンタクララDMV(運転免許センター)に行って路上テストの手続きをする。
前にずらっと路上テスト待ちの車が並んでいて、ドキドキしながら自分の番を待っていると、後ろには1台も来ない。どうやら私が最後らしい。
テストの前に、ライト、ワイパー、方向指示器、デフロスタ、ホーン、ハザードランプ、サイドブレーキ、手信号のチェックを受ける。
それから、ひたすら一人だけぽつーんと待たされ、ようやく試験官登場。
無愛想な黒人のおしゃれ気取りのおにいさん。
この人、なんだか聞き取りにくい喋り方するなーと思いながら、いざ出発
事前にインターネットで調べていた通りのコースを走行。見事に通り毎の制限速度や一時停止箇所まで覚えていたため、気分は楽ちん
試験官は直前にしか、次の指示をしてくれないので、もし初めてその道を通るのであれば、どぎまぎしていたと思います。
途中、住宅街で路肩に停車、そのまま直進バック(約10M)で×チェックを受ける
(縁石にぶつかったら即アウトなので、ちょっと離れ気味にバックしたらバレた)

その後も予想通りの道を走行し、これでもかと目玉と首を動かし、確認していますよ!のアピール
4ストップの交差点でヨボヨボおじいちゃんの横断や車線変更時の斜め後ろのめんどっちい車の存在も何とかやりすごし、無事DMVに帰還
最後、駐車のところでちょっと試験官にキレられたけど、無事合格したので、よかったよかった

1回で受かったのも、過去受けた人の試験ルート情報とグーグルマップのおかげ。インターネット万歳


帰り、ご褒美に大好きなパリスバゲット(韓国系のパン、ケーキ屋さん)のケーキを買ってもらいました その夜、夫はケーキで胸焼け


あとは運転免許証が届くのを待つだけ 


2、3ヶ月後にはこちらの学校(何らかの英語教室)に通い始めるつもりなので、車を買ったりしなければ。(また金がかかる・・・
渡米して早11ヶ月。そのうち2ヶ月は余裕で日本に滞在していて(去年9月グリーンカード取得以降、日本に帰ったのがもう6回)、
まだ本格的にこちらの生活に腰を下ろしていません

これからは、アメリカで働けるように、英語力、特に会話レベルをアップさせなければ

運転免許

2011-01-17 | お役所手続
17日経過しましたが、あけましておめでとうございます 

年明けはサンノゼから1時間半くらい南にあるモントレーのホテルで迎えました。
モントレーはとても海岸線のきれいな場所なのですが、残念ながら、3日間全て台風のような嵐になり、
近場へドライブしたり、地元の魚介を買ってお雑煮を作ったり、ディナーを作ったりして
暖炉&キッチンのあるホテルの部屋での~んびりした年末年始を送りました
ただ、大晦日の夕方は、雲の間からきれいな真っ赤に染まる夕陽を見ることができました

ところで、私は1月4日~10日の日本滞在後、14日(金)に運転免許の筆記試験を受けてきました。
年末にDMVという運転免許センターのようなところで、教本をもらってきて、数日勉強しました
このような試験がない限り頑張って勉強することはないので、久しぶりに頭を使って、脳も少しは活性化したのでは


試験まで時間は充分にあると思っていましたが、1月10日にアメリカに戻ってくるまでバタバタして、ほとんど進んでいませんでした。
結局、11日から13日の3日間で詰め込みました(教本を2回通り読み(英語の勉強がてら)、過去問を200問くらい解きました)



アメリカの教本(英語版)。DMVでただでくれます。日本と比べるとうっすい。たったの90ページで完結。
細かい事は書いてくれていませんので、路上で学習して慣れろという事でしょうか・・。
 うっすー






試験当日(2011年1月14日)。
DMVにて試験の前に申請書を出して、申請代31ドルを支払い、指紋、写真を撮って、テスト用紙をもらいます。
テスト用紙を持って、まるで選挙の投票場のようなテーブルで、立ったまま問題を解いていきます。
制限時間なし 夫の会議の時間が迫っているので、できるだけ早く解きました
終わったら、解答用紙を持って、採点の窓口に並びました。
ここでものすごく待たされる なんせ、採点は機械ではなく、人が行っているのです 公文式??
自分の番が来たので、解答用紙を出すと、1個間違えた様子
後で見ると、問題の「illegal」(違法)と「legal」(合法)を読み間違えていました。。
36の問題があり、30問以上合っていれば合格です(3択です)。 意外とゆるいですよね。。
ということで、1問間違えたものの、無事合格しました 日本に比べると何てことはありませんね
それでも、前に並んでいたおじちゃん数人はどうもたくさん間違えちゃったらしく、
新たな試験問題を持ってカウンターに向かっていらっしゃいました。多分、勉強せず、ぶっつけ本番だったのでしょう。
  



こちらでは日本のように運転免許を取得するまでの過程が厳しくなく、筆記に受かったら仮免がもらえ、
すぐに路上で運転してよいらしいです(免許を持つ人が同乗しなければいけない)
仮免用紙をもらう際、日本の免許を提出していれば、仮免中でも一人で運転してよいとどこかに書いてあったような。。
もしこれまでに車を運転した事がない人であれば、筆記試験に受かれば、初めてハンドルを握るのはいきなり路上です
なんとおそろしい 本人も周りの車もたまったもんじゃありません
どうしても恐ろしいという人は、民間の教習スクールに通うのでしょうね。でも、基本的にはいきなりの路上デビューだそうです


ということで、仮免をもらった翌日からスパルタ運転特訓に励んでおります


1月15日(土)    
私の運転(初めてアメリカで運転)で約150キロ北のナパバレーに行く
左ハンドル、右側走行にとまどいながら、フリーウェイに
フリーウェイでは、みなさん法廷速度など守らず、
交通量が多いにもかかわらず、交通の流れが時速120~130キロになっていました(いつものことですが)

仮免中の私は一番右の車線(遅い車用)で制限速度の65マイル(100キロちょっと)で走るが、全ての車に抜かされる
一方向が6,7車線もある大きなフリーウェイはあちこちにインタージャンクションがあり、
次々に車線変更を強いられ、しかも右車線を走っていると出入りする車に巻き込まれ、冷や冷や

車線変更の際に方向指示器を出さない人もたくさんいますし、
みなさん、130キロの交通の流れの中で頻繁に車線変更をしたり、ブレーキを踏む。まるでレースです
スプラッシュマウンテンの「最後の落ち」寸前の気持ちでした

死ぬ思いでナパバレーに着いたのでした。。


ナパバレーではいつものオリーブオイルとワインを購入。
 



  
日本各地に寒波が襲っている中、ナパバレーは気温が20度まで上がり、ぶどう畑一面に菜の花が咲いていました 柿もなっていました
サンノゼも先週中ごろから穏やかな小春日和が続いています




1月16日(日)    
クパティーノで中華を食べ、午後3時半から運転の練習のためにサンタクルス(海)へ向かう
昨日ほど車の流れが激しくなく、車線もせいぜい片側4車線。ちょっと楽
だけど、法定速度を守った私は、またもや全ての車に追い抜かされました
サンタクルスへの道はくねくね道が多く、よく事故が起こっています。
しっかし、他の皆さんはぶっ飛ばします

運転して分かったのですが、法定速度が速すぎないかと。。
片側2車線の山の狭いくねくね道の制限速度が45から55マイル(72~88キロ)。日本だと絶対40~50キロです。
皆さんは100キロ以上で駆け抜けています。


私も今は冷や冷やしていますが、この過酷な状況に慣れてくるとは思います。

ただ、事故だけは避けたいですね





昨日のサンタクルスは霧でもやっていました。







次は実技試験です。いつ受けようかな~
ちなみに、ここでは、自家用車を持って行って、試験官が乗り込んで試験を受けます。同乗する試験官も命張ってますなあ


面接終了☆

2010-09-09 | お役所手続
  2010年9月8日(水) 

8日午前中、移民局にて、グリーンカード申請手続きの最後の関門・面接がありました。
この面接はそんなに簡単ではないということだったので、呼ばれるまでちょっとドキドキして待っていました
呼びにきたのは、黒人のおば(あ)ちゃんで、その人が面接官でした。

最初は気さくな感じで、当たりかな?と思っていましたが、何だか細かい、どうでもいいことが気になる人のようで、特に必要のないような書類が必要と言い出した。
弁護士が説得しようとしても、絶対に必要ですと言って引かない
面接後にもうちょっと考えるからと言われ、その場で仮のグリーンカードスタンプはもらえませんでした
追加提出書類は、午後に移民局にファックス送信済みです。

これまでスイスイと順調過ぎるくらい手続きが進んでいたので、面接もうまく行くと思っていましたが、現実はそう簡単には行かないんだなと。。
他の人は半年はかかっている事を考えると、別に今回のことは大したことではありません。何てったって、まだ申請から2ヶ月半ですから。

ところで、移民局で、やたらと日本語ができる職員がいたのに驚きました
仲本工事似の警備のおっちゃんは警備そっちのけでいろいろな所に出没しては日本語でしゃべっていました。私たちも入り口、受付、
面接後の受付付近、建物の外でそのおっちゃんとおしゃべりしました。奥さんが日本人なんだそうです。
面接後、出口付近で面接の結果どうだったと聞いてきた仲本工事似の警備のおじちゃん&そこでだべっている兄ちゃんたちがいて、
聞くとその人たちは面接官なんだそうです。
その面接官のうち、白人の面接官は「おつかれさまでーす。」とか(店の名前の)「漢字は?」とか言うからびっくり!超気さくな人たち。
振る舞いが日本ぽくって笑えました。。建物の外で「ちょっとすいませーん。」とか「(行き先を)まちがえた。。」とか言ってるし。
警備のおっちゃんによると、「その人に当たったら、あなたたちは今日合格だったよ」と。。ほんまかいな
そのお兄ちゃん面接官たちは決して適当に判断はしていないはず。必要なことを客観的に審査しているんだろうと思います。

この手の面接は面接官の裁量が大きいので、偏屈面接官にあたると、嫌な思いをするということです。(ネットでいろんなケース(経験談)を調べた)
同行してくれた若いかわいらしい女性弁護士さんも一生懸命主張してくれて、面接に同行してもらってよかったと思っています。
弁護士がいるといないでは面接官の心証も違うと感じました。
帰りに外を弁護士先生、夫、私の3人で歩いていると、後から出てきた上記お兄ちゃん面接官たちに(弁護士さんと私)奥さん?姉妹?と冗談言われました。。
その女性弁護士さん(日本人かな)、私と同じ位の歳なのに、異国の地でがんばっているなと感心しました謙虚だし。


サンノゼは朝からずっと雨雲がかかっていました。昼頃移民局を出るとき、一瞬パラっと雨が私は約5ヶ月ぶりに雨を見ました
この時期に雨が降るのはとても珍しいみたいです。
大事な面接の日にかなり珍しい雨が降るなんて。。なんだか気持ちがパッとしませんでした

しかし、翌日(今日9日)、早速速報メールが届き、グリーンカードを作成する手続きに入ったと連絡がありました。な~んだ、OKなんじゃん
アメリカにしてはすばやい動きです

面接後にパスポートに仮のグリーンカードのスタンプを押してもらえなかったので、グリーンカードが14日までに届かなければ、
15日の日本行きフライトは変更する可能性があります。
一足早くもらった労働許可証は、速報メールから1週間もしないうちに届いたので、一応ギリギリまで待ってみます。
この賭けのようなぎりぎりのプランを立てるとあまり心臓によくありません。。。

健康診断での体験

2010-06-25 | お役所手続
今週、弁護士を通して移民局に永住権(グリーンカード)の申請をしました。
うまくいけば、3~6ヶ月で許可が出るそうです

その申請をするには、健康診断、予防接種、ツベルクリン検査、血液検査が必要でした。

 2010年6月8日(火)

近所の医院に行く  豪快なおばちゃんドクター。

予防接種は上腕に恐れていた豪快垂直刺し
アメリカのドラマで見たやつだー

もちろん痛い

両上腕に1箇所ずつ豪快垂直刺しの予防接種、そして左腕に懐かしのツベルクリン注射

2日後。見事なる陽性
  


血液検査をしに、血を採るだけの施設に車で行く
小さな平屋の集合住宅の一部屋の中に歯医者と血液採取場が。
受付のおばさんに血液検査で来たと言うと、うちは歯医者の方だからと冷たくあしらわれる
血液検査の方は不在。
日本にはない状況なので、目がテン
血液採取のおねえちゃんが戻ってくる。
ここで、信じられない恐怖経験。
おねえちゃんが血管を出すため上腕を縛る。ゴムがゆるい。。
血管が出てこない。
でも容赦なく針を刺す。血が出てこない。
刺したまま、中で針をぐりぐり動かし血管を探すが、血は出てこず。
そんなこと止めてくださいと心の中で祈る
諦め、針を抜く。謝ることなく、右手を出せという。(左手は刺し損)
右に刺す。なんだか血が漏れ、青くなる予感。



    やっぱり・・・




ツベルクリン判定は見事なる陽性だったため、
肺結核の訳はないが、仕方ないので、レントゲンを撮りに別の撮影専門の施設に行く

ここまでで、325$。高いなあ。。 大した検査はしてないぞー
しかも、検査ごとにいちいちでそこまで行かなくてはならない・・・。
どうして、ここでは検査ごとに細分化して、平屋の集合住宅的な建物の一室でこぢんまり商売やっているんだろう。。
こちらとしては、めんどくさいぞ

検査結果は何も問題なしでした

ところで、ツベルクリンの注射をしてからもう17日。まだ跡が消えませんが。。
こんな事ってあるんでしょうかね


この一件だけで、処置のワイルドさが丸分かりだったんですが、
この国に私の体をお任せして大丈夫なんでしょうか

婚姻しました♪

2010-06-10 | お役所手続
     2010年6月10日(木)  

サンタクララカウンティーの役所で婚姻手続きをしました



日本のように役所に婚姻届を出して終わりではなく、まず窓口でマリッジライセンス取得の申込みをして、
その後立会人のもとセレモニーをし、その証明を役所に出さなければなりません。

私達は2日前に窓口でライセンス取得&セレモニーの予約をして、
本日(10日)午前11時前、役所のカフェテリア脇にある部屋で
セレモニーをしてもらいました。
立会人はお役所の方に。立会い料10$也
それをしなきゃ婚姻手続きが先に進まないので、最も手っ取り早くできる役所にて。
(もちろん、ちゃんとした結婚式は日本でしますよ


役所内ですが、部屋にはリングピローも設置してあります




役所の窓口のおばちゃん(?)がセレモニーを進めます




リングをはめる前に、誓いの言葉を復唱します。は?と聞き返すこと度々




誓いのKISS 役所のおじちゃんがバチバチ写真を撮ってくれます


役所の人たちは朗らか和やかムードで10分のセレモニー終了。
部屋の外では、次のベトナム人カップル一団がかしこまって待機されていました。


婚姻の証明書は翌日午後2時から受け取れるそう。婚姻手続きをするのに3回も役所に行かなきゃいけないなんて。
しかも今日のセレモニーは本当に必要なのだろうかと疑問が残る・・・。本人確認してないし
決まりだから仕方ない

それはともかく、これで晴れて婚姻手続き終了となったので、一安心


ところで、こちらでは婚姻するにも役所で約160ドルの手数料を徴収されます。
びっくりしましたが、そういうもんです。ここは外国ですもの